魔法少女ゆかり☆マギカ(休載中)   作:hidon

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     神の使いか 悪魔の手先か B

 ――――翌日の日曜日、正午過ぎ。

 言葉通り、葵は縁の家に訪れた。

 

「……………」

 

(ひえ~っ!)

 

 鬼の様な形相を張り付けながら――――玄関先で迎えた縁が顔を青褪めながら、心の中で悲鳴を挙げる。

 

「あ、あの~葵、さん?」

 

「……お邪魔します」

 

 思わず「さん」付けでおっかなびっくりに声を掛ける縁だったが、葵は無視して、靴を脱いで、ズンズンと二階に上がる。

 

「…………」

 

 縁は、呆然と彼女の後ろ姿を眺めていたが、やがて、ハァ~、と溜息を付く。

 

「参ったなあ……」

 

 ガックリと肩を落とす。

 昨日の決意はどこへ行ったのやら、葵を見た途端、縁はすっかり萎縮してしまった。

 

「立ち向かうしかないのかぁ……」

 

 とはいえ、その原因を作ったのは他ならぬ自分自身である。逃げる事は許されない。怖いが、選択すべきことは一つしかないのだ。

 縁は、頭を抱えながらも二階に上がって自分の部屋に入っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(……全く!!)

 

 縁はどうかしている。いや、どうかしているの(アホ)は元からだが、今回は特におかしい。

 

(あんな目に遭ったのに、魔法少女になりたいだなんて……!)

 

 使い魔に殺されかけただけでなく、魔法少女同士の争いに巻き込まれたという。縁の言葉通りなら――かなり抽象的であったが――相当激しい物であった様だ。

 

(もし、篝さんの言葉が本当なら……縁を早く遠ざけないと)

 

 魔法少女になることが『縁の死』に直結するかどうかは定かではない。

しかし、魔法少女の世界は危険極まりない。容易に飛び込ませていいものではないと葵は思った。

 菖蒲纏と萱野優子。縁は二人に憧れを抱いたという。

後者は知らないが前者はよく分かる。確かに自分も過酷な世界で前向きに生きる彼女の姿に胸を打たれた。

 しかし、宮古 凛のような魔法少女もいることも事実だ。

 魔法少女の一部だけ見て、なりたいと思うのは早とちりというものだろう。彼女を遠ざけるには、もっとよく魔法少女の事を教えなければならない、と思った。

 

(でも、どうしたら……)

 

 とは言っても、葵はあくまで一般人。方法が思い浮かばない。

 一度、宮古凛の魔女退治に付き合えば――――と思ったが、それで、縁が死んでしまったら元も子も無い。

 

「もしもし? 悩んでんの?」

 

 不意に声が掛けられる。

 

「……見てわかるでしょ」

 

 恐らく縁か。自分をこんなに悩ましておきながら、随分能天気な事を云う奴だ。そう思って、素っ気なく返す。

 

「だったら、お姉さんが聞いてあげようか?」

 

「結構です。って、…………えっ??」

 

 『お姉さん』? よく聞くと縁とは違う声だ。ハッと意識を覚醒させると、全身に風が当たってて、寒かった。ブルブル震えながら、風が吹く方向を見ると、窓が全開だった。

 しかし、それ以上に――――

 

「はっ??」

 

 黒い長髪を後ろに縛った、クールそうな雰囲気の細身の女性が、窓枠に立っていた。

 

「お待たせ、あおi…………ってええええええええええええええええ!!!???」

 

 ようやっと部屋に入ってきた縁が、葵に声を掛けようとした瞬間、仰天の余り大声を挙げる。

 当然だろう。本来この部屋に居るのは葵しかいない筈だ。なのに――――

 

「なんであかりちゃんがいんのおおおおおおおおおおおおおおお!!!」

 

 呆然とする葵と、目を大きく見開いて絶叫する縁。二人の反応を見て、窓枠に立つ少女――――篝あかりが、ニッと笑った。

 彼女はそのまま、窓枠から飛び降りて、縁の部屋に侵入。黒いTシャツの上に、白いショートガウンを纏い、下半身はデニムというラフな出で立ちだ。いつの間にか靴は脱いでいた。

部屋の中央に有る、ピンクのクロスが敷かれたテーブルの前に正座すると、どこに隠しもっていたのか、ふところから、クッキーや煎餅の入った袋を取り出すと、テーブルの上に放り出した。

 

「じゃ、お茶、出してくんない?」

 

「は、ハイ!」

 

 混乱中の縁に視線を向けると、明朗な声色で指示を出す。縁は慌てて返事すると、ダッシュで一階に下りたのだった。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いや~、急にお邪魔しちゃって悪かったわね」

 

 自分で用意したお茶菓子の、ビスケットを美味しそうに齧りながら、あかりは満面の笑みで謝罪する。

 

「お邪魔っていうか、不法侵入だよぉ~!」

 

 縁が両目から涙を流しながら、そう訴える。

 

「っていうか、そう思うんでしたら、もっと悪びれてくださいよ。貴女、完全にストーカーですよ」

 

 葵が最早、犯罪者を見る様に軽蔑を込めた目で睨みつけて冷酷に告げる。

 

「ふふ~ん♪ 魔法少女に人間の(ルール)は適用されない、だから」

 

「犯罪じゃない……ってそれ前にも聞きました! 人をからかうのもいい加減にしてください!!」

 

 葵が怒声を張り上げるが、あかりは涼しい顔で、冷たいお茶を啜っている。

 

「葵、どうどう」

 

「ぐぬぬぬ……!」

 

「あかりちゃん、そういえば、なんで家に来たの?」

 

 縁がいきり立つ葵を宥めながら、あかりに質問する。

 実際は、何で家の住所が分かったのか、何で玄関で無く窓から入ったのか聞きたかったが、怖いから辞めた。

 

「ちょっと、話したいことがあってね」

 

 そう言うと、あかりは目を細める。

 

「それって……」

 

 

 ――――魔法少女の事?

 

 

 縁がそう尋ねた瞬間――――あかりの菫色の瞳が黒く淀みだした。

それを見た縁は思わず呆気に取られ、葵は、昨日の事を思い出し、ゾッとした。

 

「さて……」

 

 低い声で、重たそうに口を開く。

 和やかな空気が突如ピリッ、と張り詰めたものに変わるのを縁と葵は肌で感じた。思わず背筋をピンと伸ばしてしまう。

 あかりは表情こそ笑顔を張り付けたままだが、淀んだ瞳が放つ眼光は刺す様に鋭い。間違っても、これから冗談を言う様子ではない。が、良く見ると、僅かに顔を引き攣らせており、苦々しさも感じられた。

 あかりは質問には答えなかったが、これから話す内容は、間違いなく魔法少女に関してのことだろうと、二人は思った。

 魔女という異次元を生み出す化け物相手に命がけで戦い、隣街の魔法少女達と縄張りを掛けて争う――――それだけで、彼女達は、自分たちとは違う世界の人間なのだと感じた。そして、これから聞かされるのは、自分たちが目の当たりにした事象どころでない、更に深く根付いた異質なものなのかもしれない、と縁と葵は直感でそう思った。

 

 

 葵はこの場から逃げ出したい衝動に襲われるが、目の前のあかりから放たれる異質さに完全に飲まれてしまっていた。まるで蜘蛛の糸に捕まった様な感覚だ。逃げ場は無い。

 

 

 ――縁は、そんな親友の表情を横目で見る。

 葵がおかしい。思えば、昨日電話をした時から様子が変だと思っていたが、怯えてる様な……焦っている様な……どちらにしても急にこんな表情になるなんて今まで無かった。

 間違い無く原因は、目の前の篝あかりだろう。彼女を悪く思いたくはないが、昨日の電話で葵から聞いた以上に何かを言われたのかもしれない。

 気になったが、それを確認する術は自分には無い。それに、

 

(ごめんね……葵)

 

 葵には悪いが、自分は、楽しみだった。

 あかりはこれから何を話して()()()のだろうか。

 

 

 

 

 

 しばし、静寂が続いたが、あかりがそれを破る様に口を開いた。

 

「ふたりとも……白狐って知ってる?」

 

「「へ??」」

 

 その名前を聞いて、縁と葵はポカンとなる。てっきり魔法少女のことかと思ったが……なんというか、拍子抜けだ。日本中で知らない者はいないだろう。

 

「白狐……って、伝説の……」

 

「私達も探したことがあります!」

 

 葵が急にハッとして興奮気味に言う。縁はそれにやや不快な表情を見せつつも、伝説の白狐と魔法少女の関係が気になった。

 

「その白狐が、どうしたって言うの?」

 

「そっか、まだ会った事はないのね」

 

 その様子だと。とあかりは最後に、そう付け加える。その言葉に首を傾げる縁。

すると、

 

 

 

「そこから先は、僕が教えよう」

 

 

 

 突如、少年の様な声が聞こえる。――――いや、というよりは、頭に直接響いた感じだった。

 

「え、何今の……」

 

 縁は愕然と目見開くと、自分の左手で頭を掴んだ。自分の周りに『少年』の姿は無い。

 

(まさか、幻聴?)

 

 でも、声は頭に直接届いてきた。

 

「縁」

 

 隣の葵の声に振り向く。

 葵も自分と同じく、驚いた表情を浮かべながら、右手で頭を摩っていた。彼女も、同じ声が聞こえた様だ。

 縁はチラリとあかりを見る。もしかしたら彼女が悪戯でやったのかもしれないと思ったからだ。しかし、あかりは、そんな縁の考えなど見通していたかの様に、首を横に振って否定した。

 困惑する縁と葵。あかりで無いとしたら、一体誰の仕業か。それ以上に、何が起きてるのか、さっぱり分からない。

 だがそこで、窓の外から誰かが居るような気配を感じた。

 

「「!?」」

 

 二人して咄嗟に、目を向けると、そこには、真黒な何かが居た。

 

「……猫?」

 

 縁がその影を観て呟く。猫の様な体つきの影は、ルビーの様な真紅の瞳を瞬かせていた。

 

「……!!」

 

 ルビーの瞳は、自分に向けられているようだった。その視線に射抜かれる様な感覚を覚えてビクリと肩を震わす縁。

 

「……んん?」

 

 葵が影に違和感を覚えて、目を凝らして見る。

背中に逆光を受けているせいで、前方が影になり、真黒に見えるだけであった。よく見ると、全身が白一色だ。縁の言う通り、猫に近い容姿をしているのは確かだったが、身体のところどころの部位が奇妙な形をしている。

 葵はそれに既視感があった。

 

 

 

 

 全身が白い体毛で覆われており、

 

 細い身体と、大きな頭部というアンバランスな身体付きで、

 

 兎の様に真っ赤な瞳を瞬かせて、

 

 耳から、巨大な白い毛を垂らしている。

 

 それらの特徴を持つ生物―――正確には生物では無いが――――はこの世に一匹しかいない。

 

 

 

 

 

「白狐?」 

 

 そう、それは、SNSサイトでも話題になっていた、伝説の妖怪の姿だった。

 

 

 

 

「白狐……あれが!?」

 

「ええ、SNSサイトで投稿されたイラストと一致しているわ……!」

 

 縁と葵は、目の前の存在に、興奮を抑えられない様子だ。当然だろう。何せ、大昔から存在を確認され、最近でも年頃の少女達の間で話題になっていた伝説の妖怪が目の前に居るのだ。

 

「……そうだ!」

 

「縁?」

 

「へへ――――っ!!」

 

 縁は突然何かを思いつくと、そのまま白狐に向かって平伏した。葵がそれを見て呆然となる。

 

「……何してんのよ?」

 

「だ、だって、伝説の妖怪なんて畏れ多いし……ぶっちゃけ私信じてなかったから、祟られるんじゃないかなって……」

 

「~~!?!?」

 

 縁のその言葉を聞いた葵がズッコけた。彼女は悲しいぐらいにどうかしているの(アホ)であった。だが、

 

「ぷっ…………あっはっはっはっはっはっはっは!! 」

 

 あかりはツボったらしく、彼女は噴き出すと、大きな声で笑いだした。

 

「篝さん!?」

 

 予想外の反応に目を丸くする葵。

 

「あっはっはっはっはっはっはっはっは!!」

 

「あ、あかりちゃん!? そんなに笑わなくたって~!?」

 

 お腹を抱えて転げまわるあかりに、顔を紅潮させて抗議する縁。

 だが、彼女のアホな言動のお陰で、緊張感で支配された室内に、僅かながら和やかな雰囲気が戻った。

 

「ヒ~ヒ~……そんな事ないって~」

 

 涙を拭いながらあかりは、縁の懸念を否定した。

 

「……頭を上げるといい。僕はそんな真似はしない」

 

「な、な~んだ……」

 

 次いで白狐の言葉が頭に響いて安心する縁。頭をゆっくりと上げると、窓辺に立つ白狐をまじまじと見る。ところどころ不思議な形をしているが、それ以上にさっきから気になったのが、両眼だ。真紅に光る二つの瞳、それに見つめられていると息が詰まりそうになってくる。

 

「美月 縁」

 

「ふぇっ!?」

 

「な、何で縁の名前を……」

 

 突如白狐が、縁の名前を言い当てた。それを聞いて、縁と葵の表情が愕然となる。

 

「僕はテレパシーを使って他人の脳内に直接干渉ができる。名前ぐらいだったらお見通しだ。隣の君は、柳 葵だろう?」

 

「そ、そうですけど……」

 

 淡々とした口調で、とんでもない事を言う白狐に、葵と縁は身体を冷えた水に浸けた様な感覚に襲われた。全身がゾクゾクと足元から震えてくる。

 

「あと、白狐というのはこの国の伝説の妖怪の事だろう。日本人は、僕をよくそれに例えている」

 

「……違うんですか?」

 

 恐る恐る縁が尋ねる。

 

「そうだ、正確には僕を『白狐』と呼ぶのは相応しくない」

 

 そこで一呼吸するかのように、一拍間を置いた。

 

 

 

 

 

 

「――――僕の名前は『キュゥべえ』、魔法の使者だ」

 

 

 

 

 

 白狐改め、キュゥベえの両眼が、眩く光った様に見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「魔法の、使者……?」

 

 葵がちらりと、あかりを見る。冷たいお茶を飲み干した彼女はコップの中の氷を口の中でコロコロと動かしていた。

 

「そ……こいつ。菖蒲 纏達を魔法少女にしたのって……」

 

「えっ!!」

 

 葵は仰天して目を大きく見開くと、咄嗟に白狐をもう一度見た。

 

「……『運よく、出会えた者は願い事を一つ叶えて貰える上に、無病息災の肉体と、万夫不当の力を得る』」

 

 思わず、呟いた言葉は、白狐の伝説の中で、最も一般的に知られているものだった。キュゥべえと名乗った存在はそれを聞いて頷く。

 

「伝承の通りだ。彼女達は全員が、僕に『願い』を叶えてもらい、魔法少女の力を得た」

 

「本当だったんだ、それ……」

 

 震えた声で呟く縁。

 今まで、白狐を信じていなかった彼女だが、超常的存在を目の当たりにすれば、信用せざると得ない。 

 

 

 

 

 刹那――――

 

「……!!」

 

 キュゥべえの頭に、()()()が一本、突き刺さった。

 

 

 

 

「「え!?」」

 

 縁と葵が素っ頓狂な声を挙げた瞬間――――キュゥべえの身体が、崩れ落ちた。全身から力を失って、窓枠から、フローリングの上へポトリと落っこちる。そして、全身が炎天下のアイスのように、ドロドロに溶けだした。

 

「ッ!!」

 

 一般的な動物とは程遠い死に様に、葵は口を抑えた。不快感を覚え、顔が青褪めていく。

 

「うげぇ~…………ん?」

 

 縁も、キュゥべえの死に方に、唖然としていたが、ふと気になった。

 どうして彼が、死ななければならなかったのか?

 この場で、彼を殺せる者が居るとしたら、一人しかいない。まさか、と思い彼女を見ると、その人物はキュゥべえに死に様に慄く様子も無く、寧ろ笑って眺めていた。

 

「あかりちゃん、まさか……」

 

 犯人はすぐに判明した。震えながら、見つめる縁。彼女の視線を受けたあかりは、表情を崩さないまま、コクリと頷く。

 

「うん。偉そうだから、殺した」

 

「ええええええええええええええ!!?」

 

 素っ気なく言うあかりに、縁は絶叫を響かせる。隣で不快感に顔を歪ませていた葵も、キッとあかりを睨みつけた。

 

「こ、こここ、殺したって、どど、ど、動物虐待っ!!」

 

 縁が錯乱状態になりながら叫ぶが、あかりは至って落ち着き払ったままだ。とんでもない事を仕出かしながら、どうしてそんなに冷静でいられるのか、縁は分からず混乱する。

 

「こいつ……動物じゃないし」

 

 あかりはそんな縁の反応を愉快そうに見つめながらそう言い放つ。

 

「えっ??」

 

 縁の目が点になる。

 

「すぐ分かるわよ……」

 

 多分、またビックリするから――――とあかりは意味深な言葉を付け加えて、二人に忠告する。葵は、不快そうに顔を顰めたままだったが、縁はあかりの言ってる事が分からず、首を傾げた。

 

「やれやれ」

 

 ――――すると、再び脳内に溜息まじりの声が響いてきてギョッとなる。咄嗟に縁が窓辺を見ると、

 

「えええええええええええええええええええええええええ!!??」

 

 驚きのあまり、絶叫せざるを得なかった。

 なんと、今しがた死んだ筈の白狐、改めキュゥべえが居るではないか。しかも、至って元気そうだ。

 復活を遂げた(?)キュゥべえは、窓辺から降りると、ドロドロになって畳にへばりついて死んだキュゥべえに寄り沿った。そして、その亡骸に覆いかぶさったかと思うと、むしゃむしゃと貪りだしたではないか。

 

「た、食べてる!?」

 

「ううう……っ!!」

 

 それを見た縁が再度絶叫。隣の葵は、不快感の余り、畳に突っ伏した。その背中を咄嗟に縁が摩る。

 やがて、復活した(?)キュゥベえは、亡骸を食べ終えると、「きゅっぷい」と謎のげっぷをしてから、あかりの方へと目を向ける。

 

「やれやれ、久しぶりに会えたと思ったらいきなりそれかい? ……『端末』を壊して欲しくは無いんだが」

 

「どーせ痛く無いんだし、すぐ生き返るんだから……いいでしょう?」

 

 キュゥべえがあかりを注意するが、彼女は満面な笑みを向けて、ゾッとする様な低い声色で返してくる。

 

「君の前では身体がいくつあっても足りないな……分かった。発言の仕方には注意しよう」

 

 キュゥべえは観念した様に言うものの、あかりの右腕は背中に回されている。また、不用意な発言をしたら即座にクナイを投げるつもりらしい。

 

「あの~~、今のって、一体?」

 

 縁が困惑した表情で問いかける。

 

「あ~、こいつね、『宇宙人』なの」

 

「は???」

 

 また、さらっととんでもないワードが出てくる。縁の目が再び点になる。あかりは構わず、キュゥベえに近づくと、その首根っこを捕まえて持ち上げた。

 

「なんでも、宇宙を救うのに魔法少女が必要なんだっけ?」

 

「確かにそうだが、それだけではないだろう。魔法少女がいなければ穢れが抑えきれず、魔女は野放しとなる。魔女の危険性は君とて、熟知している筈だ。僕はそれを食い止める為に二次性徴期の少女達と『契約』しているのさ」

 

「でも、だからって……誰かれ構わず魔法少女にしようっていうのは止めなさいよ。魔法少女ってほんっと命賭けなんだからさあ。 そんな危ない事に巻きこもうなんてどうかしてるでしょ」

 

「『どうかしてる』というのが、()()()()()()か、僕には理解できないが、君に睨まれる状況はあまり宜しくないな。わかった。頭の片隅には入れておこう」

 

「……機械端末のくせして、人の神経の逆撫で方は一流ね。どこで学んだんだか」

 

「……つまり、どういうことなんですか?」

 

 未だ目を点にしたまま、困惑した様子の縁。

 だが、盛り上がる一人と一匹に置いてけぼりにされる訳にもいかず、食い下がる。

 言葉を聞いたキュゥべえは、あかりの手から離れ、テーブルの上に着地した。

 

「白狐、キュゥべえ。だが、その名も通称に過ぎない」

 

 キュゥべえは、ルビーの様な両目から眼光を瞬かせながら、呟く。

 

「僕たちの本当の名前は、『インキュベーター』という」

 

 キュゥべえ――――改め『インキュベーター』はぽつぽつと自分たちの素性を語り出した。 

 

 

 

 

 

 

 彼らは太古の昔より、地球より遥か彼方にある惑星から来訪した宇宙人だと言う。

なんでも、彼らは宇宙を管理しているそうで、宇宙が熱源的死とかよくわからないもので、遠い未来に滅びる事を知ったらしく、それを食い止める為のエネルギーを探しに、宇宙を旅してきたらしい。

 やがて、地球に辿り着いた彼らは、人間が持つ『感情』のエネルギーに注目した。

その感情の強さを『魔力』に変換し、超人にする技術を人間に提供した――――というのが魔法少女の起源である。

 

 

 

 

 

 

「そんな昔からあったのに、どうして誰も知らなかったの?」

 

 しばらく休んでた葵がようやく復帰した。キュゥべえに尋ねる。

 

「魔法少女には最低限のルールを定めているんだ。その内の一つが、『変身した姿は誰にも見られてはならない』。誰もが徹底してきたからこそ、今まで、あまり表沙汰にはならなかったんだ」

 

「邪馬台国の卑弥呼なんかは、白狐に出会ったっていう逸話はあるわ。でも、あくまで逸話程度で収まってる。あたしの考えだと、コイツらが情報操作したって線も有ると思うの」

 

 キュゥべえの答えにあかりが割り込んできた。ジト目で彼を睨みつける。

 

「映画の見過ぎじゃないですか、それ……」

 

 葵がまさか、と言いたげな表情で突っ込む。だが、あかりは否定せず真剣な表情を浮かべたままだ。縁の方はというと、あかりの言葉を聞いて、目を見開いていた。

 

「そ、そんな凄い事もできるの……?」

 

「誤解だ。僕にそこまでの力も無ければ、人間社会に割り込める権限も持ち合わせていない」

 

「どうだか」

 

 否定するキュゥべえを鼻で笑うあかり。

 

「僕は端末の性質上、『嘘を付く』という概念は無い。なぜ疑うんだい」

 

「あんたは死なない。それが何よりの証拠だからよ」

 

 答えるキュゥべえを視線で釘付けにしながらあかりが低い声で言う。正確には、死んだが、全く同じ個体が現れた、と言う方が正しい。

 

「あんたは、自分が死なない為の技術を持っている」

 

「それが、何か関係があるというのかい」

 

「要は、人間よりも優れてるって事よ」

 

 あかりが言葉を続ける。 

 このキュゥベえは、惑星に有る本体に地球の情報を送る為の『端末』でしか無いらしい。要は、生きてはいないのだ。その為、痛みも感じないし、何度殺してもすぐに復活してくるそうだ。

 

「だから、印象操作なんて、お茶の子さいさいじゃなくって?」

 

 キュゥべえは、『やれやれ』と言いたげな表情でかぶりを振った。これ以上、あかりと会話してても埒が明かないと踏んだのだろうか。彼はあかりに背を向けると、テーブルの上でゆっくり歩を進めた。やがて、葵の眼前で立ち止まる。

 

(これが……白狐)

 

 葵は初めて見る白狐の姿をまじまじと見つめる。

 

(そして、昨日、篝さんが言ってた――――『アレ』?)

 

 僅かにあかりに目を向けると、あかりもその視線に気づいたのか、僅かに頷く。それを見て確信する。

 『口達者なアレには気を付けろ』という言葉。アレとは白狐――キュゥべえのことだったのか、と合点がいった。

 

「柳 葵。君は魔法少女になるかどうか迷っている様だが……」

 

「っ!? どうしてそのことを――――」

 

 不意にそんなことを言われ、葵の全身が跳ねあがる。

 

「言っただろう――――脳内に直接干渉できると。……さて、君には『願い』があるのかな?」

 

 ――――『願い』。

 そう問われて、しばし考え込む。魔法少女になるかならないかは別として、真剣に考えたことは無かったかもしれない。

 だが……、

 

「いえ……とくには……」

 

 自分には、優しい家族もいる、親友もいる、友人もいる、日々の生活も騒がしくも楽しい毎日を送っている。何の不自由も無い。故に、特に願いなんてなかった。

 

「ふむ。では、次の機会にさせて貰うとしよう。――――さて、美月 縁」

 

「は、はいっ!」

 

 今度は声を掛けられた縁の全身が跳ねあがる。キュゥべえは葵に背を向けてゆっくりとテーブルの上を歩いて縁の方へ近づいていく。

 葵の顔に緊張が走る。まずい、ここで縁が何らかの願いを彼に言ってしまえば、彼女は『魔法少女』になってしまう。それはなんとしても食い止めねば――――そう思って、あかりに視線を送る。

 

 

 だが、あかりは、微笑を浮かべて眺めているだけだった。これから起きる事を、全部察しているかのように――――

 

「かが……っ!?」

 

 葵が咄嗟にキュゥべえを止める様、あかりに声を掛けようとするが――――ドス黒い視線を突き立てられてしまい、その場で硬直してしまう。その間に、キュゥべえは縁の眼前まで移動した。

 

「美月 縁」

 

「は、はいっ」

 

 緊張と興奮が入りまじり、言葉尻が上ずっている縁。しかし、

 

 

 

 

「――――()()だ」

 

 

 

 

 数泊間を置いて、キュゥべえは一言呟くと、顔を俯かせた。

 

「へっ?」

 

 縁が呆気に取られた様に声を挙げる。キュゥべえが何を言ってるのか理解できない。だが、キュゥべえは俯かせた顔を挙げると、

 

 

 

 

「君には、魔法少女の素質が、()()

 

 

 

 

 惨酷なまでに淡々と、そう告げた。

 

 

 

 

 

 

 ――心の中に炎がある。自分はそれを傍で眺めている。勢いはすさまじく、決して消える事は無いと、信じていた。そればかりか、炎はやがて、天に辿り着くんだと確信していた。

 だが、突然大きな足が現れて、炎を踏みにじってしまった。

 

 足が上げられると、残ったのは、洞窟の様な薄暗く狭い空間に、ちっぽけな自分―――

 

 

 

 

 

 

 縁は、そんな奇妙な感覚を味わった。

  

 

 

 

 

 

 

 

 




 ギリギリ一万字以内……! あ、危なかった……っ!

 今更ながら、一つの場面に3人ぐらいに収めた方が、書き易いと気づきました。

 キュゥべえ、ようやっと登場させることができました。登場させると、シリアスの具合がグッと高まるんですが、台詞を書くのが難しいですね……。

 そして告げられる衝撃的な事実。縁の運命は一体どうなることやら……。


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