魔法少女ゆかり☆マギカ(休載中)   作:hidon

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     魍魎の庭に飛び込む勇気はあるか D

 

 

 

 

 

 そして、話は冒頭に戻るのであった。

目の前で繰り広げられる激闘は、魔法少女同士————というよりは、怒りに燃える野獣と、狂った重戦車の争いの様であった。

 

(――――何で私、こんなところにいるんだろう?)

 

 自分はただ家族と買い物に来ただけなのに。

 縁にできることといえば、ただ何も無い青空を見上げて、現実逃避をするだけであった。

 

 

 

 

「うおおおおおおおおおおおお!!!」

 

 極太な銀色のバットに魔力を込めると、形状が『盾』の様に変換する。自身の巨体よりも大きいそれを構えながら、優子は突進を仕掛けた。

 

「ッ!」

 

 狩奈は機関銃を乱射するが、優子が構えた盾によって全て弾かれる。ならばと思い、機関銃を下ろすと、背中にぶらさげていたロケットランチャーを両手で引き上げると、前方に向けて構える。刹那、ランチャーからミサイルが発射。

 

「ヤバッ!?」

 

 優子も、流石にこれは自分の盾では防ぎきれないと思ったのか、ミサイルが当たる寸前に横に転がって回避する。ミサイルは優子の後方の床に落ちると大爆発。近くに居た縁が、爆風で吹き飛ばされそうになるが、必死に地面に這い蹲って耐えた。

 

「だ、大丈夫か!!」

 

 咄嗟に後ろを振り向いて声を掛けると、縁からは「だ、だいじょうぶで~す……」と情けない声が返ってくる。

刹那、再び機関銃の乱射音。優子は慌てて顔を戻すと、巨大な盾を構えて受け止める。

 優子の顔に焦りが見え始めた。

 

(まずいな……やっぱりアタシじゃ奴との相性が悪い)

 

 怒りの感情に身を任せた自分を優子は呪った。狩奈の機関銃からは絶え間無く銃弾が降り注ぎ、反撃する間を与えない。接近戦主体の優子にとっては苦い状況だ。更にロケットランチャーを撃たれては、自分は回避できたとしても、後方の縁が巻き込まれる可能性が極めて高い。

 

「ヒャッハアアアアアアアアア!!!」

 

 一方の狩奈は、優子の焦りなどお構いなしに狂笑を響かせながら機関銃を乱射してくる。顔中を血まみれにした形相も相俟って、地獄から這い出た幽鬼の様だ。

 

(あのバカ……、自分が分かってねえのか……)

 

 優子は、盾で身を守りながら、苦々しい表情を浮かべる。今の狩奈はハッキリ言って異常だ。優子を倒す事に熱中する余り、自身の胸元に食い込んでいる宝石――――ソウルジェムが黒ずみ始めていることに気づいていない。

 このまま、攻撃を続ければ間違いなく濁り切る―———即ち、『魔力が尽きる』ということだ――――。

 つまり、耐えていれば自然と狩奈は戦闘不能になり、優子に軍配が上がる。それで良いのかもしれない。

 

(だが……)

 

 相手が例えイカレ脳みその持ち主であっても、同じ魔法少女として、()()()()は阻止しなければならない。

 何故そう思ったのか、当の優子自身分からなかったが、そう思ってしまったのだから仕方が無い。

 

(アタシ一人じゃ奴を止められねえ……。誰か、誰かいないのか……!)

 

 テレパシーを発動して、周囲に呼びかける優子。自分は狩奈の攻撃を耐えながらも、一般人の縁を守らなければならない為、身動きが取れない。

 

(魔法少女なら誰でも良い。今すぐ、此処に来い)

 

 勿論、自分のチームメンバーだったら一番良いのだが、そんな幸運は巡ってこないだろう。だとしたら、狩奈と同じチームの魔法少女が、自分のテレパシーを受け取ってくれることを祈るしかない。

 『ドラグーン』最高幹部の一人、狩奈 響(かりな ひびき)が自分の魔力が尽きるのをお構いなしに、敵を倒そうとしている事を知れば、流石に止めに入る筈だ。

 そう思って暫くの間、テレパシーで呼びかけるも、周囲に魔法少女は居ないのか、中々捕まってくれない。

 

 

(優ちゃん?)

 

(…………………………………っ!!!)

 

 だが、一つの声が脳内に響いてきた瞬間、優子は目を大きく見開いた。

 

 

 

 

「どうしたアっ!! もう終わりか反撃してみろ!! じゃないと面白くないだろぉ萱野ォッ!!!」

 

 相変わらず機関銃を撃ちまくりながら、狩奈が挑発交じりの声を響かせる。

 

「…………待ったっ!!!」

 

「?」

 

 しばらく銃弾を盾で受け止めていた優子だったが、刹那、狩奈を静止する声を張り上げる。

 狩奈の機関銃から銃弾の嵐が止んだ。銃口は向けたままだが。

 

「…………降参だ」

 

 狩奈の攻撃が止まった事を確認すると、優子は掲げていた盾を床に捨てて両手を真っすぐ上空に向けて伸ばした。

 

「優子さんっ!?」

 

「ハッ!」

 

 それを見た縁の顔が驚愕に染まり、狩奈は鼻で笑う。

 

「何を言い出すかと思えば」

 

「頼む! 見逃してくれ!!」

 

 優子は床に両膝を尽き、頭が付くぐらいに深々と下げる。

 

「このまま戦いを続けたらじゃ、アタシはハチの巣だし、お前もソウルジェムの魔力が尽きる! お互いに不利益を被っちまう!」

 

「だからなんだァッ!? 私の魔力がどうなろうがお前の知った事じゃねえだろうがァッ!!」

 

 が、優子の提案を、狩奈は容赦なく切って捨てた。機関銃の銃口を、優子の後頭部に押し付けて怒号を鳴らす。

 

「…………『竜子』が悲しむぞ」

 

「…………うっ」

 

 その名を出された狩奈が、一瞬たじろぐ。同時に、困惑気に呻いたのを優子は聞き逃さなかった。

 

「だ、だったら! テメェの後ろにいるそいつを私に寄越せッ!! そうしたら見逃してやる!!」

 

「えっ……?」

 

 狩奈が自身の困惑を隠す様に、怒声を上げる。突然、矛先が自分に向いた事に縁の顔が驚愕に変わる。

 

「……分かった」

 

 優子はゆっくりと立ち上がる。機関銃の銃口は依然として向いたままだ。もし、自分に攻撃しようとする意志を見せれば、即座に撃ちぬくつもりだろう。だが、優子は狩奈に背を向けると、縁に向かってゆっくりと歩き出す。

 

「え、ちょっと、優子さん……!?」

 

 縁の顔が困惑に染まる。先ほどの「お前を親の所に帰してやる」という台詞――――あれを言った時の優子の眼差しは、今まで見たことが無い強い力を感じた。

 

 まさか、あれは嘘だったのか――――?

 

 そう思った瞬間、縁は背筋を氷に押し付けた様に冷たく感じた。同時に顔が絶望に染まり、青ざめていく。

あんな狂暴な魔法少女の手に自分が渡ってしまったら、何をされるのか、想像したくなかった。

だが、何よりショックなのは、優子が『保身の為に自分を売ろうとしている』という事実だった。

 

「……」

 

 やがて、優子は自分の目と鼻の先で立ち止まる。

 

「……!」

 

 優子の顔をじっと見つめる縁。彼女の顔は憮然としているが、どこか自分に対して、申し訳ない気持ちが浮かんでいるようにも見えた。

 

「……悪いな」

 

 優子は静かにそう謝罪を述べると、大きな手を縁に向かって伸ばす。

 

「!!」

 

 もうオシマイだ――――さようなら、お父さん、お母さん。

 

 人生で二度目の『死』が迫る瞬間を身に感じた縁はぎゅっと両目を瞑った。まぶたの裏に浮かんだのは、これまでの15年と数か月の日々の走馬燈と、家族や友人達の顔であった。

 自分の首根っこが、大きな手に掴まれた瞬間、両足がふっと軽くなる。見えないが、高く掲げられたのだろう。

 

「よし、イイぞ!! そいつを私に寄越すんだ萱野!!」

 

 相手の歓喜の籠った声が、縁の耳を貫く。

 思えば、彼女を初めて見たとき、可愛いと思った。自分よりも小柄で、細見の体躯。純白のポンチョで上半身を包み、銀に近い色のショートヘアをゆらゆらと揺らす姿は人形の様だった。優子と喋っている様子を思い出しても、決して饒舌とは言えず、寧ろ話が得意そうでは無かったし、表情も変化が乏しく固い印象を受けた。

 

 ――――まさか、魔法少女に変身した途端、ここまで変わってしまうとは。魔法少女、恐るべし。

 

 

「お前の負けだ。狩奈」

 

 

 そんなことを考えていると、突如優子の低い声が聞こえてきた。同時に、首根っこを掴んでいた手が離れる。

 

――――身体が宙を舞った。

 

 

 

 

「馬鹿かお前ええええええええええええ!!??」

 

 狩奈の驚愕の声が響いたのは、その直後であった。

 彼女の目に映ったのは―――――優子が右手に抱えた一般人の少女を、後ろに向かって放り投げる姿であった。

 少女はかなり軽かったのか、凄まじい勢いで宙を水平に飛んだかと思うと、やがて、マンションの外までいき、落下。

 

「な、なっ……なん!?」

 

 狩奈は優子の予想だにしない行動に唖然となる。

見た目に反してアマちゃんとも言える優子――――まさか残酷な真似をするなんて完全に想像の範囲外だ。

狩奈は成す術も無く、少女が落下する姿を茫然と見つめてしまった。

 

「何処見てやがるッ!!」

 

「!!」

 

 刹那、自分を呼ぶ声が聞こえて我に返る。振り向くと、巨大な拳が自分の目の前に迫っていた。

 

「ぐううううううううう!!!」

 

 それを顔面で受け止めてしまった狩奈は、口と額から血を撒き散らしながら吹き飛んでいく。そのまま屋上から落下すると思われたが、一歩手前で止まった。

 

「…………くっ、くっ!」

 

 狩奈は必死で体を起こそうとするが、肉体の損傷が激しく出血量も多い上に、機関銃の乱射やロケットランチャーの連発によって魔力を大きく消費してしまった為に、満足に動かすことができない。

 ようやっと、首を起こすと、目に見えた光景に愕然とした。

  

「ッ!!」

 

 まず、見えたのは、両足を開いた状態で、右拳を突き出している萱野優子の姿。

 だが、それには驚かなかった。彼女の後ろに居る『モノ』が見えた瞬間、大きく目を見開いた。

 

 

 ――――はっと目を引く美女が、そこに居た。

 後ろに束ねられた紫色の長髪は、風に揺れて舞っており、陽光を反射して輝いている。

 整った顔は、花が咲いた様な生き生きとした美しさ。

 くびれる所とふくらむ所がはっきりとした身体を、深い紫色のドレスで包んでおり、大きく開いたスリットからは艶やかに白い太ももが露出している。 

 

(あいつは……!?)

 

 まるで絵に書いた様な完ぺきな美女————ドラグーンには存在しなかった。

 

(…………菖蒲 纏………!!)

 

 そう。そこには――――ビルの外へ投げ捨てられた少女を抱えた、魔法少女姿の纏がいた!!

 

 狩奈が自分の敗北と、意識が薄れていくのを自覚したのはほぼ同時だった。

 

 

 

 

 

「ま、纏さぁ~~~ん!?」

 

「間一髪だね」

 

 縁は両目から溢れんばかりの涙を流しながら、纏の首にガッシリと捕まっていた。纏は彼女を安心させるように柔らかい笑みを見せる。

 

「ナイス、纏!!」

 

 優子は後ろに首を向けると、纏に向けてニカッと笑って、グッと親指を立てた。

 

「はぁ~、優ちゃん、あのねえ……」

 

 纏は優子を見た途端、溜息を付いた。

 

「いくらなんでも、女の子を平然と放り投げるのはどうかと思うんだけどぉ~……」

 

 苦笑いを浮かべながら、纏は優子にそう指摘する。

 

「悪い悪い。でも、お前が居たから安心して放り投げられた」

 

「それはそうかもしんないけど、一歩間違ったら危なかったよ……。とにかく、女の子を危険な目に遭わすのはやめようよ」

 

 優子は謝るも、その表情は笑っていた。

 ああ、これは何を言っても駄目だ。それを見た纏はそう思ってガックリと肩を落とす。

 

「それにしても、何で纏さんが此処に?」

 

 不意に縁が頭に疑問符を浮かべて問いかける。

 

「うん、土日のお昼はいつもジョギングをしててね。こっち(緑萼市)まで走ってるんだよ」

 

「え? ちょっと待って……纏さんの自宅って」

 

「桜見丘高校の裏だけど。大体一時間くらいかなあ」

 

「そこからここまで一時間……車でも30分は掛かりますよ!」

 

 またもや魔法少女恐るべし、と思った縁であった。

 

「そういえば、優子さんって纏さんと、知り合いなんですか?」

 

「知り合いも何も、こいつ、アタシのチームメンバーだしな」

 

 優子が親指で纏を指すと、彼女はコクコクと首を縦に振る。

 

「……へ??」

 

 縁は目が点になる。

 

 

 

 その後、優子からざっくりと説明がされた。

 桜見丘市には主に4人の魔法少女がチームを組んで活動している。そのリーダーを務めるのが目の前に居る萱野優子であり、菖蒲 纏はチームメンバーの一人だ。4人の魔法少女は普段は、自分が住む町でそれぞれ活動しているらしい。

 対して、此処、緑萼市には60人規模の魔法少女を抱える大規模なチームが存在し、度々、余所の地域に圧力を掛けてくるらしいのだ。

 

 

 

「はへぇ~……!」

 

 60人規模!! 確かに桁違いだ。魔法少女がそんなに居るチームとは一体どういうものなんだろう。

アホな自分にはとても想像できるものではなかった。

 

「んん? ――――それにしても、優子さんがリーダー……ということは……!」

 

 首を捻り、自分の小さな脳みそをフル回転させる縁。

 優子は自分が桜見丘の魔法少女を束ねるリーダーだと言っていた。ということは、纏のことをよく知っているはずだ。

 つまり、彼女が、土日に緑萼市までジョギングをしているということも、どのコースを走っているのかも、知っていても不思議ではない。

 

「もしかして、優子さん……纏さんがここまで来るのを予想して、私を投げたんですかっ!?」

 

 思考がそこまで辿り付いた途端、縁が目を見開いて思わず声を張り上げた。

 縁から見た萱野優子の印象は……お世辞にも頭の良い人とは思えなかった。というか寧ろ脳みそに筋肉がついてるんじゃないかと思ってしまっていた。しかし、先の行動が計算づくであったとしたら話は別だ。

 強く、優しく、加えて頭の回転も速い……縁は優子がまるで、理想的なヒーローの様に見えた。

 

「まあな」

 

 優子は縁に向かってグッとサムズアップする。目をキラキラと輝かせて、視線を送る縁。

 一方、縁を抱きかかえたままの纏はジト目を浮かべる。

 

(嘘でしょ優ちゃん)

 

(…………ごめん)

 

 テレパシーでそう指摘されて、優子は固まってしまう。そしてテレパシーで謝った。

 実際は、()()()()ビルの近くを通りかかった纏が、優子のテレパシーをキャッチし、彼女から指示を受けて、先ほどの連携に至ったのである。

 

「そうだ、あの人! 狩奈さんは!?」

 

 縁が突然ハッと声を挙げると、優子の後ろに居る少女――――狩奈響を指さす。

 彼女は、屋上から落ちる一歩手前で、目をぐるぐるに回して伸びていた。変身が解けたのだろうか、服装も灰色の軍服ではなく、白いポンチョとショートパンツ姿に変わっていた。

 

「……あいつか、ほっときゃ誰かが連れてくだろ」

 

 優子は、素っ気なく返す。誰かとは狩奈のチームメイトの事だろうか。それを聞いて縁がムッと眉間に皺を寄せた。

 

「でも、傷だらけだし、このままにしとくのは可哀想ですよ! どこか病院へ連れていかないと……!」

 

 纏から離れて、縁は優子に抗議する。残っていた魔力が働いたのか、狩奈の額や口からは出血が止まっていたが、如何せん傷だらけの姿なのは変わりない。

 

「あのなあ、お前をこんな目に遭わした張本人だぞ。治したらまた襲い掛かってくるだろうが」

 

 優子は忠告するべく、声に威圧を込めて言うが、縁は一歩も引かない。

 

「でも、傷ついてるのを放っておいたら後味悪いですよ!」

 

 優子の鋭い視線をキッと睨み返しながら、縁は吠える。

 優子の言っていることは確かに正しい。相手は危険人物スレスレの魔法少女。しかしだ――――だからと言っても満身創痍の状態を放っておくことは、縁にはできなかった。そんなことをすれば、自分もまた彼女と同類になると思ったからだ。

 

「優ちゃん」

 

 傍らに立つ纏も、攻める様な視線を自分に向けてくる。彼女も縁の意見に同意らしい。両者から例え様も無い圧力を感じた優子は顔を俯かせると、ハア~、と溜息を付いた。もう、折れるしかない。

 

「わかったわかった。お前、優しい奴だな……」

 

 でも、と最後に優子は付け加えると――――ニィッと笑って、縁の顔を見た。

 

「気に入ったぜ……!」

 

「……っ!」

 

 その表情に、その言葉に、縁は心が震えるのを感じた。

 

「纏」

 

「らじゃー!」

 

 優子が纏に指示を出すと、彼女は、落ちる寸前の狩奈の身体をこちらまで引っ張る。そして、彼女の身体に両手を当てると、淡い紫色の光が発生した。紫色の光は、狩奈の身体を包んだと思うと、見る見るうちに、傷を塞いでいく。

 

「凄い……魔法少女ってこんなこともできるんだ……」

 

「いや、家のチームじゃこれができるのは纏だけだ」

 

 優子がぽつりと呟くが、縁は目の前の光景に目を奪われてしまっており、聞く耳を持たなかった。優子も特に気にせず、狩奈の治療を待つ。 

 やがて、紫色の光が収まると、そこには無傷の狩奈の姿があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 

 狩奈がゆっくりと目を開けると、真っ青な青空が視界に広がった。

 

「私は……?」

 

 ぼんやりと、思考を整理する。

 駅前の公園で萱野優子を見掛けた自分は、奴の仲間である『宮古 凛』が『自分の手下の魔法少女を痛めつけた』事を口実にして勝負を挑んだ。高層物の屋上に誘い込み、有利に戦いを進めようとしたが、優子の予想外の行動の連発にペースを乱されてしまい、結果、敗北。

 そのまま意識を手放してしまったようだ。

 今、自分は固い床の上に背中を預けている。ゴツゴツとした感触。どうやら、ここは先ほど自分が意識を失くした場所のようだ。

 

(――――そういえば……)

 

 意識を手放す前は興奮し過ぎて、あまり気にしなかったが、萱野優子によって頭をゴツゴツした此処に叩きつけられたせいで、視界が血で覆われるぐらい出血したのを覚えている。

 右手でゆっくりと額を撫でる。ツルツルとした皮膚の感触。出血はしていない。それどころか、傷も無い様だ。よかっ――――

 

「っ!!??」

 

 狩奈はガバッと起き上がる。自分は『癒しの魔法』の使い手ではない。よって自身の魔力が出血を止めることは有っても、傷を完治させるまでには相当時間を掛けなければならない。

 額は出血量からして相当深く切ったのは間違い無い。だとしたら、『誰か』が自分を治したとしか思えない。

 起き上がった狩奈は前方を見る。そこに見えたのは――――よく見知った、眼鏡を付けた顔だった。

 

「『人間重戦車』のヒビキ……無様な姿ねぇ」

 

 そういって呆れた顔を浮かべながら溜息交じりにそう呟く少女。40階の屋上というだけあり、風が強く、少女の二つに束ねられた、三つ編みがユラユラと揺れている。

 

「あなたか……文乃」

 

 私を助けたのは――――と言う前に、文乃と呼ばれた眼鏡の少女は首を横に振った。

 

「不正解。治したのは菖蒲 纏であって、私じゃない」

 

「菖蒲が……?」

 

「萱野と一緒に居た一般人の女の子、居たでしょう? あの子が『貴女を助けろ』って萱野にしつこく迫ったのよ。ビックリね。あんな目に遭わした張本人を助けようだなんて――――おっと」

 

 文乃はわざとらしくハッとすると、口を手で塞いだ。だが狩奈は彼女が言ったことを聞き逃さなかった。

 

「『あんな目』……? 文乃……貴女は何処まで見ていたの?」

 

「あれ、そんなこと言った? 最後の方しか見てないけど……ってちょっと、怖いから……魔法少女の目で見ないでよ」

 

 いつの間にか狩奈は魔法少女時の目でギロリと文乃を睨みつけてしまったようだ。指摘されてハッとなり、視線を逸らした。

 

「どうして、助けてくれなかったの……?」

 

「手持ちのグリーフシードが無かったのよ。たまたま通りかかっただけだし」

 

 文乃は素っ気なく言うが、その目が笑っているのを見て狩奈は確信した。

 

 ――――それは嘘だ。

 

 最後しか見てないというのなら『あんな目』なんていう言葉は出てこない筈だ。恐らく、狩奈と優子の激突の一部始終を彼女は見ていたのだろう。『面白そう』だったから放置したのだ。

 

 

 

 60人規模の魔法少女数を誇るドラグーンでは、「最高幹部」と呼ばれる3人の魔法少女が頂点に君臨している。

総長の三間竜子(みま りゅうこ)、副長の狩奈 響(かりな ひびき)、そして美咲文乃(みさき ふみの)。

 竜子と狩奈は基本的に下っ端の魔法少女達の統率、強力な魔女出現時の陣頭指揮、大掛かりな人命救助等が主な役目であるが、文乃は違う。

 

 彼女は戦闘力は皆無に等しいが、『自分の五感の一部を電子機器に潜り込ませる』能力を持っている――――

 

 今や緑萼市中の監視カメラは、彼女の目である。

 自身の視覚情報を送り込んだカメラで、余所の魔法少女が縄張内に踏み込んでいないか、下っ端が『ドラグーン』の掟に沿った行動をしているか、監視するのが彼女の役目だ。それらを発見した場合は、即座に竜子と狩奈に報告し、対処してもらう。

 彼女が常に目を光らせているからこそ、ドラグーンの秩序は守られている。

 

 

 ――――筈であった。

 

 

 実はこの美咲文乃、相当な変わり者であった。気まぐれで気分屋。おまけに何事も面白さ最優先で行動するのが、竜子と狩奈の悩みの種であった。

 今回、狩奈直属の魔法少女が余所の新米魔法少女に恐喝を働いたが、本来この行為はチームの掟で禁止されている。

文乃が監視を怠らず、すぐさま狩奈に伝えていれば、宮古 凛の横槍を入れるまでもなく防げた筈であった。

 

「そもそも、文乃が……仕事をキチンとやっていれば……こんな事にならなかった」

 

 狩奈は、文乃が監視を怠った理由を単純に気分が乗らないからだと考えていた。

 

「でも、萱野優子と戦う口実ができたじゃない」

 

「!?」

 

 だが、文乃の言葉に狩奈は愕然となる。

 

「どう? やりあった感想は?」

 

「…………っ!!」

 

 どこか嘲りを含んだ言葉に狩奈は強く歯噛みした。

 

「仕組んだの……!? 全部……貴女が……!?」

 

 きっかけは、宮古凛が撃ったから。それは間違いだった。

 文乃が凛に()()()()のが、そもそもの始まりだった。

あの時、何も知らずに縄張りに侵入してきた新人に、文乃は狩奈の部下を差し向けたのだ。

 

 凛が、近くの建物の屋上で陣取っている事を、既に知っていながらーーーー

 

「前々から萱野とやりあいたい、なんて言ってたのはアンタでしょ? その望みを叶えてあげたんだから感謝されて然るべきだと思うけど? まあ、一般人を巻き込んだのは完全に想定外だったけど……その上、ボロ負けだし」

 

「くっ……で、でも、萱野を潰したいのはそれだけじゃない……。今後を考えたら、ドラグーンの勢力図は更に広げる必要性があったから……! 手段を選んではいられなかったんだ……! あなたの様に、面白そうだからとか、そう言う理由じゃない……!」

 

「はいはい、そういう事にしといてあげるわ。次にまた一般人を巻き込んだら、竜子、キレるかもよ」

 

 自身の大切な者が怒り狂う姿を想定し、狩奈は肩を震わせる。

 

「肝に銘じておく……でも……」

 

「でも……?」

 

「どうして、あの子は、私を助けようなんて萱野に言ったの……?」

 

 自分は、あの少女を魔法少女の戦いに巻き込み、ロケットランチャーで吹き飛ばしそうになり、人質にしようとさえした。あの少女が自分に向けるべきは怒りの感情の筈だ。

 

「……あなた、魔法少女に染まりすぎて、そんな簡単な事もわからないの?」

 

 文乃は狩奈の問いに訳が分からない、と言った様子で首を傾げた。

 

「文乃は……分かるの?」

 

「分かるわよ」

 

 文乃はこくんと一回、頷くと、はっきりと、こう言った。

 

「可哀想だったからよ」

 

 漁師に撃たれた熊みたいで―――――そうからかう様に言うと、狩奈は不機嫌そうに口を尖らせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方、マンションの屋上から降りた3人は、近くの公園のベンチで一休みしていた。

 

「は~~あ、今日は散々な一日だったぜ」

 

「優子さん、寧ろそれ私の台詞ぅ~……」

 

 溜息を吐きながら、言う優子に、隣で座る縁が涙目でツッコむ。

 

「おっと、それもそうか、ゴメン」

 

「でも、でも、お二人のお陰で命拾いしましたぁ~! ありがとうございますぅ~!」

 

 縁が顔を涙と鼻水でくしゃくしゃにしながら、神に祈る様に両手を合わせて二人に御礼を述べる。

 

「いや、殺されるってことは無かったと思うぞ、たぶん……」

 

「そういえば…………縁ちゃんって一人で来たの??」

 

 ティッシュを差し出しながら、優子は苦笑いを浮かべると、そこで、纏が会話に割り込んで縁に尋ねてくる。

 

「え? …………あっ!!」

 

 纏に指摘されて、縁は咄嗟に立ち上がった。

 

 

 

 

 ――――両親のこと、すっかり忘れていた!!

 

 

 

 

 重大な事に気づいた縁は、優子と纏に泣きつき、ショッピングモール内を一緒に探して貰うことにした。

 

 

 

 そしておよそ二時間後、両親の姿を発見。

 父親と涙の再開を交わした縁は、家族全員で優子と纏に深々と謝礼を述べて緑萼市を後にしたのであった。

 

 

 ここに、縁と葵の激動の土曜日は幕を下ろしたのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 先ほど優子達が戦っていた40階建てのビルの屋上――――夕陽に染められたその場所に、今は誰もいない。

 否、よく見ると白く小さな四足の生命体が(へり)の上に立って、地上を眺めていた。

視界に映るのは、路地を歩く無数の人々の姿だが、その中に十代半ばの少女が混じっていると、白い生命体はそれをじっ、と見据えた。

 やがて、波行く人々の群れの中に、数名の少女の姿を一通り確認し終えると白い生命体はゆっくりと顔を上げた。

 すると、足音が後ろから聞こえてきた。白い生命体が振り向くと、いつの間にか自らの真後ろに、一人の少女が立っていた。

 

「君か――――」

 

 生命体が声を掛けると、少女は恭しくお辞儀する。

 

「ご機嫌よう」

 

 挨拶を告げると、少女は、(へり)の上に登り白い生命体の傍らに立つ。夕陽が二人を迎え入れる様に照らした。 

 

「ここで君に会えたのも、『運命』と呼ぶべきかな。ならば、折角だから聞かせてもらおうか」

 

 白い生命体は、真紅に輝くビー玉の様な両目を少女に向けると、問いかけた。

 

 

「君達は、いったい、『誰』だ?」

 

 

 白い生命体の問いかけに、少女は口角をグイっと吊り上げる。口の端が蛇の様に嗤った。

 

「私達は――――」

 

 遥か遠くに輝く夕陽を見つめて、少女はゆっくりと口を開く。

 

「銀の庭の住民――――」

 

 聞きなれない言葉を耳にした生命体が、ピクリと反応。頭を上げて少女の顔を見つめる。

 

「誰かが私達を救う為に、創り上げた箱庭の中に、私達は住んでいるの」

 

 その口調はどこか愉快さを含んでいた。唄うように口ずさむ。

 

「箱庭は――――堅牢で……雄大で……決して誰にも侵される事のない絶対的なものでなくてはならない」

 

 遠くを見つめる目を細める。視線の先にあるのは、橙色に輝く夕陽。彼女が、人間の世界を見ていない事は、一目瞭然だった。

 

「相変わらず君の言葉は、訳が分からないが、行動や思考には興味を抱くよ」

 

 白い生命体は、変わらない目で少女を見つめながら淡々と言葉を発する。

 

「一体君は、願いを叶えていながら、それ以上何を望むんだい? 何を企んでいる」

 

 両眼から放たれる真紅の眼光が少女を射抜くが、少女の態度は変わらない。

涼しい顔を浮かべながら、どこか勝ち誇っている様子で、返す。

 

「興味を抱いたのなら、調べてみるといいよ」

 

 貴方も知的好奇心を持つ者なら、と少女は付け加える。生命体は沈黙。

 

「私という観察対象を通して、魔法少女の事をもっと知るといい。多分、無駄に終わるでしょうけど」

 

「随分な言い方をするね。人類が生まれた頃から干渉してきた僕達に対する挑戦かな?」

 

「そう捉えて貰って構わないけど、貴方達が如何なる研究材料を持ってきた所で、私という存在を解析することはできない」

 

 少女はフッと笑って、生命体の方へ顔を向ける。笑顔だが、その瞳には何の感情も灯していない様に見えた。

 

「それでも――――『自信』があるのなら、やってみれば?」

 

 生命体は何も答えない。呆れたようにかぶりを振ると、少女に背を向けて立ち去ろうとする。

 

「僕達には自尊感情は存在しない。残念だが、君の調査は見送ることにするよ。

 ただ、一つだけ言わせてもらおうか。

 いつまでも思い通りに行動できるとは思わない事だ。

 君達の行動はやがて、誰かが気付き、止める。

 いつでも、覚悟だけはしておいた方がいいんじゃないかな?」

 

 文字通りの忠告を伝えると、生命たはビルの端から飛び降りて、その場から消え去った。

残された少女は、それを見送ると、視線を再び夕闇に戻す。その顔には薄らと微笑みが浮かんでいた。

 

 

 

「しずかに よりそって」

 

 

 

 それは何の詩か――――少女が詠う様な声で、口ずさむ。

 

 

 

「どこにも いかないで  まどべで よりそって」

 

 

 

 両足をふっと離した。身体が宙を舞う。

 

 

 

「なにを なくしたって」

 

 

 

 直後、垂直に落下。しかし、少女は、柔らかい笑みを浮かべていた。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




※そんなに書いたつもりはなかったのですが、文字数を見たら約1万文字も書いていたことに驚愕しました。
 おかしい、短く畳むつもりだったのに……しかも長い割に、まとめかたはとても雑です。
  
※最初は満身創痍の狩奈を縁が助けようとする、という展開は無しで、狩奈を倒したら、そのまま話は畳むつもりでした。
 何故か書いてる内に、縁が勝手に動き出してしまったのです。

 書き始めたのは4月、それから5月に直し、更に6月に直し、7月にようやく完成、という非常に難産な話でした。
 頭の中では、登場人物がノリノリで動いているのですが、いざそれを文章に起こしていると、いろいろ書き加えようと思ってしまいます。
 
 そして勢いで書き、読み直すと非常に恥ずかしい文章を書いているので目を背けてしまいます。
 3か月後ぐらいにまた読み直し、書き直し、直視できるものにしていく……そんなことをして作ってます。


次回は8月19日投稿予定となります。

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