天邪鬼が斬る!   作:黒鉛

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逃げた先には

私は逃げた。

敗北したから逃げるのではない。勝つために逃げた。

 

私は逃げた。

他に方法はあったはずだが、その選択を全て棄てて逃げた。

 

私は逃げた。

手に持ったその道具をしっかりと握りしめ、鬼が殴り込みにきても、天人が暇潰しできても、仙人が説教の為にきても、妖怪の賢者が本気で私を捕まえにきても……私に降伏しようと言った小人がきても逃げた。

 

私は逃げた。

逃げて逃げて逃げ続けた。

 

まだ下克上は終わっていない。

私が叛逆者でい続ける限り下克上は何度でも出来る。

 

博麗の巫女も白黒の魔女も紅い館のメイドも異変は解決出来てもついには私を捕らえることが出来なかった。

見ていろ強者共。

 

 ――鬼人正邪はここにいるぞ。

 

 

 

 一人の妖怪は走り続けた。

 どんな妖怪が来ようともあの手この手を使っては逃げた。

 

 そして、走り続けた先で彼女を待っていたのは――。

 

 

「……おいおい、待てよ。これってまさか……」

 

 ――見たことのない土地、見たことのない服装の人間。

 そう、ここは外の世界だった。

 

■ ■

 

 人が次第に朽ちゆくように、国もいずれは滅びゆく――

 

「私とナジェンダさんの帝具があれば…対抗できるはず!」

 

 千年栄えた帝都すらも、いまや腐敗し生き地獄

 

「――パンプキン!!」

 

 人の形の魑魅魍魎が我が者顔で跋扈する――

 

(くっ…落としきれ…)

 

 天が裁けぬその悪を、闇の中で始末する

 

「がっ」

 

「帝国を裏切るとは…。残念だよナジェンダ」

 

 我等全員

 

 

「……どこの誰だか知らないが、あんたの叛逆精神は気に入った」

 

 殺し屋稼業――。

 

「そこの強者共、そこの女の代わりに私が相手をしてやろう!」

 

 

■  ■

 

 

「腹減った〜……死ぬー……」

 

 鬼人正邪は空腹だった。

 数年前に花の妖怪のような性格の強者に敗れて以来、そのボロボロの容姿からか何度も賊や妖怪に襲われた。

 

「外の世界にあんな妖怪がいるとは……聞いてないぞ」

 

 彼女が妖怪とはいえ所詮弱小妖怪、それなりの敵が相手だと手も足も出ない。

 それでもまともに戦えているのは彼女の持つ道具のお陰だろう。

 

 正邪はただ逃げ回っていたのではなく、元々小槌にあった魔力の半分ほどを既に回収済なのだ。

 

 その魔力のお陰であの八雲紫の攻撃も防げたと言っても過言ではない。

 

「……飯が、食いてえな」

 

 しかし現実は非常。

 小槌で飯は食えないのだ。

 

 だが、いくら正邪とはいえ全く知らないバケモノの肉を食べるようなことはしない。

 毒でも入っていてそれで死んでしまったのならそれこそ笑いものだ。

 

「……お、なにか来るな」

 

 近くの茂みに隠れ、遠くからこちらに向かってくるものを見る。

 馬車であることから中に人がいるのは間違いない。

 

「……こいつはいい。ここがどういう場所なのか聞ける上に飯も食えそうだ」

 

 早速、倒れかけの少女のような演技をして馬車の前に立つ。

 ……しかし、土の中から何かが上がってくる気配を感じる。

 

「ちっ、またかよ!!」

 

 すぐさまその場を離れ、打ち出の小槌を構える。

 ……ちなみに、これを打ち出の小槌と呼んでいるが正確には打ち出の小槌のレプリカである。

 

「邪魔なんだよオラァ!」

 

 小槌を振り下ろし、地中から現れた妖怪を一撃で仕留める。

 その威力はあの鬼や天人を後ろに退らせるほどだ。

 絶命した妖怪を横目に正邪はプランBへと移る。

 

「怪我はないですか? 危なかったですね」

 

 そうして男二人の前に近付こうとするが、男二人はまだ怯えた表情だ。

 

「……? どうかしましたか?」

 

「う、後ろだ!!」

「まだ土竜は生きている!」

 

「……え」

 

 後ろを振り返る。

 絶命したと思っていた妖怪はまだ生きていたのだ。

 

 万全の状態で戦ったならあの一撃で仕留められたのだろう。

 しかし、空腹で体に力が入っていない一撃では妖怪を一撃で仕留めることは出来なかったのだ。

 

「なら、もう一度……」

 

 再び小槌を構えようとしたが、その手を降ろす。

 既に奴は脅威ではなくなっていた。

 

 颯爽と現れた少年は妖怪を斬りつける。

 その動きはいくつか無駄があるものの、磨けば強者になりうる強さだった。

 

「うし、少し出遅れ感あるけどなんとかなったな」

 

 剣を戻し、妖怪が動くか確認する。

 今度こそ確実に絶命したようだった。

 

「すげぇなあんたら! あの土竜を二人だけで倒すなんて!!」

 

 男たちは笑顔で正邪たちの元に寄る。

 ここで正邪は考えていたことを行動に移そうと考えるが、それを止めるように少年が前に立つと……

 

「当ったり前だろー。ま、土竜なら俺一人でも倒せたけどな!」

 

 と、笑いながら話す少年に先を越されたと舌打ちをする。

 

「ちなみに俺はタツミって言うんだ! 帝都で有名になる男の名前だから覚えておいた方がいいぜ!!」

 

 ここで正邪は初めて帝都という場所の名前を聞く。

 この土地に来て以来こうしてまともな会話をしていなかった為、街の名前すら一つも知らなかった。

 そして、このタツミの表情を見る限り帝都という場所は京の都のような場所なのかもしれないと考えた。

 

「奇遇ですね。私も帝都で成り上がろうと考えているんです」

 

「そうなのか! やっぱ帝都で出世ってのは田舎者のロマンだよな!!」 

 

 どうやらこの発言は間違っていなかったと一息つく。

 正邪の読み通り帝都は京の都と似たような場所と考えたほうが良さそうだと思う。

 

「……帝都は、君たちの思うような夢のある場所ではないぞ」

 

 一人の男がタツミの希望に満ちたオーラを潰すように話す。

 なんでも、帝都には人の皮をかぶった化物が住まうらしい。

 

 それを聞いていた正邪は当然だろと言うようにため息をついた。

 

(……いつの時代でも弱者は強者の糧になってるってことか。まあ当然っちゃ当然か)

 

 彼らが忠告する理由もわかる。

 このタツミという男は田舎者という身分においては弱者的な立ち位置にいる。

 それに加えて彼はお人好しだ。いつ強者共の食い物にされてもおかしくはない。

 

 そして、それは正邪にとっても同じことだ。

 

「なら、その化物に利用されないように私と一緒に行動しよう」

 

「……え? あんたと?」

 

「まあ、実を言えば無一文で腹も減っていてな。こうして食い物をくれそうな奴を探していたのさ」

 

 正邪は人の騙し方を知っている。

 特にタツミのような甘そうな人間は嘘でも本当のように話せばなんでも信じてしまう。

 姫さまといういい例がある。

 ……とはいえ、腹が減っているというのは事実だった。

 

「私はいい奴と悪い奴の見分け方を知っている。一人で行動するよりも二人の方がいいと提案するぜ?」

 

「うーん、それもそうか。いや、俺は仲間とはぐれただけなんだけど……。でも、そういうことならよろしくな!」

 

 正邪は小さく微笑んだ。

 いつでも捨てられるいい駒を手に入れたと、笑った。


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