彼女は久しぶりに一人で静かに、そして誰にも邪魔されることなく眠れてとても機嫌が良かった。
だから彼女は朝一番に見た人間がヒソカであってもただ無言で蹴りを入れる程に上機嫌だった。
「今日もキレてるね♦」
「そうかしら、私は今日はとてもいい気分だ。今なら変態の生け作りをつくれそうな気がするからね」
彼女はさわやかな笑顔で腰に刺したサーベルを抜く。
「今日の朝食にそんな予定は無いからね♦それよりも朝食を一緒にどうだい、おごるよ♥」
「……………………」
彼女は気分がいいので、このままこいつを切り裂くか、それとも我慢して一緒に行くのかを選択肢に乗せる。
そして彼女は後者を選ぶ。
「美味しくないと殺しちゃうぞ♥」
彼女は機嫌がいいので少しばかりのリップサービスとして女性らしく彼の誘いに乗ることにした。
それに対して彼も紳士らしく突き出された手の代わりのサーベルの先端を優しくつまむと彼女の方に押し返して、
「味は保証するよ♦」
そのまま流れるようにその手を握るとエスコートする。
「そう、それは楽しみだ」
彼女も笑顔で彼の手の甲をつまむと彼について行く。
しつこいようだが、彼女は今日は本当に機嫌が良いのだ。だからウザい彼を切り捨てることなくエレベーターに向かう。
ここで一つ言いたいことがある。それはヒソカはこの天空闘技場においてかなりの有名人であるということだ。
つまり、彼女のような新人を狩ることをして天空闘技場の200階を闘う者どもにはかなりショッキングな事実であろう。
特に昨日一瞬でこの200階に到達した彼女を捕捉することが出来なかったギド、サダソ、リールベルトは彼女の部屋の近くで彼女が出るのを待っていたのだが、あり得ない光景に三人とも押し黙り、彼女がエレベーターで降りていくのをそのまま見逃してしまう。
「俺、降りる。まだ殺されたくないから、な」
サダソが額に冷や汗を流し、他の二人に彼女を標的にするのを止めることを伝え、そしてもしやるなら俺を巻き込むなと声には出していないが二人にはその思いが嫌という程伝わった。
なぜならば二人とも同じことを思っていたからだ。
「安心しろサダソ。俺もやらねえさ、なあギド」
「う、うん。そうだね!」
三人は顔を見合わせて誰からとでもなく笑いあう。
しかし、三人は知らない。彼女が既に彼等の存在に気づいていたことも、そしてそれが朝ヒソカが彼女の部屋に顔を出すことにより彼に彼女の意識が向いたこと、最後の彼女の機嫌が良かったことにより見逃されたことは知らない。
ただ、三人とも何故だか知らないが、ヒソカと彼女が話している姿に恐怖を知らぬ間に覚え、冷や汗をサダソ同様にかいていたなど全く気が付いていなかった。
いや、彼等はヒソカに恐怖していたために出たものだと勘違いしていただけだともいえる。
実際のところは彼女の殺気が彼等にも向けられていたのだが、彼女の目の前のヒソカに向けられた濃密な殺気により感覚がマヒして、ただ冷や汗と言う形で彼等の体が答えたのだ。
彼等は幸運だった。
彼等が対応を間違えていれば今頃廊下に人間大のアートとして壁にシミが出来ていただろう。
三人組は鬼の居ぬ間にこそこそと部屋から離れる。その姿は200階クラスまで到達した猛者にはもはや見えなかった。
ヒソカに女がいるというあり得ない光景に天空闘技場が上に下にと大騒ぎだが、二人は周りなど気にするはずもなく朝飯を食べに天空闘技場の200階クラスの者だけが利用可能なレストランで朝食をとっていた。
ただ、彼女の機嫌は良いのでおごると言いつつも結局ただ飯を食べれる場所に連れてきたことに文句など言わない。実際に飯は美味しいのだから。
だから彼女は余り得意ではない放出系の能力を用い、念弾もどきとでもいうべきオーラの塊を食事中のヒソカの顔面目掛けてぶつけるという可愛らしいいたずらしかしない。
それが二人の距離が近いため当たれば意外と痛い一撃なのだが、それでも彼女にとってはいたずらの範囲を出ない。
そしてそれはヒソカも同様に彼女の行動を可愛いと思っている。
「ふふ、立っちゃうじゃない♥」
ブチィ
遂に何かがキレる音がすると同時にフォークが飛ぶ。もちろんヒソカは簡単に避ける。
彼が避けたフォークはもちろん何処かに刺さって止まる。問題は何処に刺さるかと言うことだが、もちろん何かに刺さって止まるわけだ。
ここで一つ、この二人が入店してからかなりの数の客が逃げていたのだが、逃げ遅れた客も当然の如く存在する。
つまりこの場合のフォークの新たな置き場所は逃げ遅れた客の後頭部となり、朝一番の死体を作り出す。
彼女と彼にとって当たり前の何かを即座に壊すbreak fastがこうして始まる。
おまけ
「ねえ、ヒソカ」
「何だい♥」
「私は金儲けができるからここに来たんだけど。…なぜかなぁ」
彼女はヒソカへとちょっかいを出すのを止めて朝食に集中していたのだが、デザートまでいくと箸を休め、財布の中身を確認している。
「私の財布は取っても軽いのだけれど」
「何故だろうねぇ♦」
「不思議よね。ここに来たら金儲けができると言ってなかったけ?」
「さあ♣」
ヒソカはそんなことを言っていないので軽く流す。
だが、彼女の中ではヒソカが天空闘技場に行くことを提案したことになっており、そのメリットも必ず享受されるものだと思っていただけに、素晴らしいルームに朝から上機嫌な気分であったのだが、気づいてしまうと彼女の機嫌など簡単に変わってしまう。
彼女は昨日最初の試合の後貰ったファイトマネー152ジェニーしかなく、後はここまで来るのに使った交通費で財布には札束も他の硬貨すらない。
彼女はその中から1ジェニーを取り出すと、それにしっかりとオーラを注ぎ始める。
その無駄のない洗練されたオーラの操作にヒソカは目を細めてみているが、店のスタッフは皆彼女の殺気に押されて下がっており、店の中は彼女と彼以外には死体しかない状況になっている。
「ねえ、お金の有意義な使い方って何か知ってる?」
「う~ん何だろうね♠」
彼女はその硬貨を指ではじく体制に持っていくと、その狙いをヒソカに定める。
「とこらでさぁ、話はハンター試験のサバイバルに戻るんだけどさ、私あの時こう思ったのよね。あいつマジ殺すって」
「?」
「それで、殺すリストに入れた人間は私は絶対逃さない。それは知っているわよね」
こんなところでいきなり眼帯を取り外した彼女に対して、ヒソカは話の流れが見えず、そして彼女がなぜこんなに殺気だっているのか分からない。
まあ、ヒソカが彼女が殺気立っている理由など分かるはずもない。なぜなら彼の前では彼女はいつも殺気立っているのだから。
だからヒソカは静かに話の続きを待つ。
「それで、試験が終わったと同時に標的に接触したんだけど、そいつはある男に買収されたって言ったんだ。私は余りの事実に怒りで目の前が真っ赤になって標的を初めて逃したよ」
ヒソカは遂に彼女の言いたいことが分かった。それと同時に彼は仕込んでいたモノを確認する。彼は出来る男だ。彼女の殺意と共に反撃の準備をこなすなど朝飯前である。
「ねえ、金の使い方って、人を殺すために使うのが最もいいと思わない」
彼女はヒソカに微笑むとヒソカも彼女に微笑み返す。
ただ、どちらも笑顔は暖かくない。裏に逃げたスタッフも倒れ伏すものが続出するほど二人の間にはシャレにならない殺気が空間に満ちている。
「というわけでさ、死ねやぁぁぁぁぁあああ!」
ホールにあるモノがまとめて吹き飛び、ヒソカの能力によりもしくは引き寄せられ、場外乱闘が開幕するのであった。