咲き枯れて星いざないの詩   作:麻戸産チェーザレぬこ

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 長くなりました。すみません。
 修正。


三 清らなり、枯れた花 続

 暗い空間に、たからものが浮かび上がる。

 父の幹道(みきみち)、母の麻八(まや)、5歳の(てつ)()、赤ん坊の(きん)()(ろう)、そして三毛猫のきんかんと一緒に家族写真を撮った思い出。そして家族写真が燃えてゆくのだった。

 はらえども、はらえども炎は消えない。だがなぜかその炎は熱くはなかった。又、不可解な事に赤い(ごう)(りゃく)(しゃ)は麻八と幹道だけを業火(おのれ)に連れさらんと。 

 次に水を念じた。水が消火しようと滝のように落ちるが消えない。

 腕がだらりと下がるも諦めたのではなく、別の一手を考え始めたため意図せずであった。

 途端、銀の目の前にスマートフォンがあらわれる。

 

 ――は?

 

 それをどうすればいいのか理解できずにいたどころかフツフツと腸が煮えくり返るのだ!

 勇者となったところで何が出来る!? あれはただの()()()ではない。今欲しているのは炎を消す力や知恵なのであって勇者としての力はいらない。勇者としての素質より家族を救える何かが欲しい。

 いきなり――待て、と銀に警鐘が鳴らされた。

 自分は勇者になりたいとは思わなかったが、これでバーテックスという神樹様の、自分たちの敵から家族にともだちを護れる。神樹様のお役に立てられると喜んだ。そして勇者とは人々を助ける力。人々の勇気の象徴。

 だのに勇者はただ泣くだけで自分の家族を炎から救えないではないか。

 

 ああ……、アアアア゛ア゛ッ゛ッ゛ッ――――

 

 叫んだ。

 吐き出してぐずりながら、浮かんでいるソレを手に取った。

 

「……くそっ……! そうだよ、いっつも……いってる、じゃんっ。やってみ、なくちゃ……わからないってさァ……!」

 

 勇者になれば追い払えると思い込みいざ勇者になろうとするも勇者になれない。

 

「なんでだよ!! あたしは勇者なんだぞ!? なんでなんでなんでここに限って!? 勇者なんてくそ食らえって、いらないって思ったからなの!?」 

 

 とうとう崩れ落ちる銀。目を閉じることも耳を塞ぐことすら許されず銀は泣いて喚くのみ。愛する人を奪われ、目の前で凌辱されるのを見せつけられている哀れな人間のように。

 涙に声がかれたのと同時に炎の勢いがおさまってゆく。その場にいるのは銀だけとなった。

 そうして立ち上がる。

 あんなのは嘘だと、誰もが抱く嬌飾な希望を銀も信じて現実から目をそむき夢もないドコカを目指して。

 その時、遠くで泣き声がしたけれど振り向くだけにとどめ、今にも倒れそうにそのドコカへ歩いていった。

 

 

 

 

 

橋杭家(はしぐいのいえ)

 西暦の幕がおりる頃にハオと、ハオに協力を仰いだ少数の人々により建てられた。神世紀74年まで協力者の夫婦とその家族が住んでいたけれども、二人が他界した後は誰も住まなくなり、改修や掃除などをする者達だけしか訪れなくなった住まい。

 夜で灯りは少ないが結構な家――そう認識できる。

 橋杭邸にこれからホロホロたちは入居して、この世界に光を迎えさせるための――。

 明りが無い家の中に入りすぐ二階に上がり、部屋に備えられたソファにいったん銀を横にさせた。たんすから1枚のタオルを取り出して精霊にこれを温水で濡らせと言う。ほどよく水気を含んだほわほわ湯気を昇らすタオルを銀の顔にあてる。寝息に乱れた様子は無く大人しげな調子。

 苦しいカンジは無いか……とぽつり漏らせば急に銀は顔を歪ませた。すぐさまタオルをはなして精霊に温度を調整させる。

 

「びっくりするもんな………ごめんな」

 

 もう一度タオルをあてて今度は大丈夫、そう見なして赤ん坊の体を拭くよう綺麗にしはじめる。

 チビ精霊が汗を拭き取るホロホロの肩をちょんちょんつつき、たんすに指を指す。

 

「着替えさせろって? なるホロ、汗だくだったしホコリや灰も被ってるか」

 

 立ち上がろうとしたら袖口を銀につかまれたが起きた気配は無い。目を細め、そおっと指をはなし少女の手を包む。それを見た精霊が代わりとして取りに行く。

 ピリカもちっちぇえ時こんな感じだったな――懐かしみに浸ったかのよう口からこぼす。

 そうして着替えや汗ふきは終わり銀をベッドに寝かせた後に、汚れた衣服と顔のほかも拭いたために3枚となったタオルを持ち、青い精霊に銀を看るように指示をして退出しようとしたのだが、(うめ)き声がホロホロの背後から聞こえた。

 意識をとりもどしたらしい。

 

「……すい、くん。ここなにも。もえてないよね」

「燃えていないし、もう燃やさせはしない」

 

 言ったからには死ぬまでだろう。

 銀は体をおもむろに起こすとともに先ほどまで見ていた夢を思いだした。

 下を向いて深い息をはく。それでもヘドロの様にまとわりつく不快は銀を放さず、かえってしゃぶり尽くさんと銀を絡めては欲す。

 冷えきった瞳はチラリ淡い青い髪の子どもを見やれば、ほほえみをかえしてきた。銀はホロケウの瞳にまた冷たさを感じとる。すべてを突き放すようでいて、厳しさの先に母性が垣間見える晴天の雪山。

 くゥ~~――銀のおなかは鳴った。おなかをゆっくりさすりだす。

 

「腹んたしになるモン――」 

「待って! その、えと……」

 

 ホロホロを引き止める。

 碓氷くんそばにいてとは恥ずかしくておねがいは出来ない。良くも悪くも自律から来たものであり、理由としては二人の弟の姉としてお手本にならなければいけなかったから。

 もしも銀が横に立つ男の子の妹だったなら甘えたことを言えるのだろうか。

 

「手伝うからさ、……碓氷くんも疲れてるでしょ」

「おう、助かる」

「――っ、うん」

 

 銀の顔にパァァっと花が咲いた。

 少女が後ろについてからいっしょに一階へ降りていった。

 階段を下りている途中でホロホロが何か見覚えがあるモノを持っているのがちらりと上から見えた。それは服っぽい。ふと気になり自分の今の服装を見る。

 フリルが襟と袖口について飾りはそれだけの純白なワンピース。なるほどどうりでひざ下がスースーするわけだ。といってもワンピースに着替えさせられる前まで神樹館のセーラー服だったが。

 …………えい――。くいっ――なるべく痛まないように襟ぐりを引っ張り銀は覗く。それと並行してスカート越しから触って確かめる。

 手を放して目を細めた。そしてホロホロに向かって言う。

 

「べつに制服のままでよかったのに。でも、ありがと」

「は!?」

 

 何かおかしいこと言った? とでも言ってるかのよう銀は首をかしげた。沈黙が置かれたのち、先に銀が口を開く。ホロホロは銀を向いたまま固まっている。

 

「いやらしいのは考えてないでしょ。碓氷くんはさ」

「な、なに当たり前な風に言ってんだよ? 銀ちゃんが言うようにやましいことは考えなかったし、俺の妹看病してるみたいだなぁ。ってな感じには、まぁ。でも、普通は――!?」

 

 いくらあれがあったとしても――そう言いかけそうになり言葉を選んだ。

 

「――風呂から上がった時に自分が持ってきたパジャマが無くて、でも知らないヤツが『はい、パジャマだよ』って言ってきたら身の危険かんじるだろ? ……うへぇ、鳥肌たってきたぜ」

「んん、やっぱそうは思わない。だって、たしかあの夜道歩いてるとき汗かいてた気がしてたんだけど、碓氷くんはそのタオルで疲れて寝ちゃった私を拭いてくれた」

「だ、だからよぉ」

「髪はべたついてるけど、なんぼか気持ちいい。それに色々やってもらったし、――ここまで優しく介護っぽいのしてくれる碓氷くんがするはずないじゃん。それともなに、またありがとうって言ってもらいたいのかね? 言っちゃ悪いけどよっくばりさんメ」

「……すまん」

 

 青い髪は前方に向き直る。

 銀の耳に拾われないよう……重症だな――そう呟く。さすがに人の心までは治癒することができない。色んな食べ物や飲み物を食べたり飲んだり、ぐっすり休んで英気を養う。様々な人々――銀の場合は家族や寝言でつぶやいた『すみ』と『そのこ』であろう――、自然や動物とふれあい知恵や知識、心を豊にしたり助けてもらう。そのように皆の力をかり自分で、心の傷をなおしてゆくのだから。

 バーテックスから銀を救うことができた、銀の傷を癒した、病院に診せていった、三ノ輪家まで送りに行った、銀の汚れや汗を拭いて、汗臭い制服からワンピースに着替えさせた。それらのことだけしかホロケウはできない。今すぐに銀を家族のもとへ帰さねばならないが、()()から立ち上がるのは銀が決める事。

 だから銀に謝った。俺の力は小さい。

 だから銀に謝る。今にも砕かれてしまいそうなのに、俺にそう言ってくれる優しい銀の厚意を無下にしているから…………。

 ――いかんいかん、いくらこういう事に弱いからと言ってオレまで落ち込んでどうなるというのだ。いま銀の周りにいるのはオレだけだ。しっかりしなくては――そう叱咤。

 あの世とこの世を結ぶ者と謳われている。ひいては、希望(ゆめ)とたましいを結ぶ者――それをシャーマンと呼んでいる。

 力が小さいのは人間であるから当たり前だ。しかし無力ではない。小さいなら積もらせろ、生みだせ知恵を。

 銀の為に。

 そしてお礼もしっかり受け取ろうではないか。

 再度振り向き銀を見やる。覚悟を改めた目で。

 しばらくそのままでいたら銀がモジモジしだした。

 

「な、なんだよ……」

 

 微笑を携えつつ答える。

 

「嫁さんに貰いたいくらいかわいいなって」

「…………ぬぁっ! ヨメさ……ッ、かわいい――もももらいたいって、お、おおッ――およよ……ッ! およよっ……!」

 

 お嫁さんになることが三ノ輪銀の夢であるからこの慌てようは当然かもしれない。だが興奮しすぎである。

 茹で蛸をよそにホロホロは階段を降り終えて、数歩先にある洗濯機まで進む。すると少女が制服とタオルを取った。

 

「ワタシ、ヤルヨ」

 

 後をまかせてホロホロは台所に入っていく。

 冷蔵庫の中に置いてあったのは期限が神世紀298年7月14日までの牛乳一本(今日はその年の7月11日午前2時20分)とわかめ一袋、ジャガイモ三つ。

 何にしようか考えていたら銀も中身を見るため青髪の隣にきた。

 ホット牛乳にしないと銀が言ったためそれに決めた。

 テーブルの上にことり――それが二回鳴る。砂糖、ガムシロップ、ハチミツ等が置かれていて少女の向かい側に腰をおろした男の子はハチミツを選ぶ。が、銀もそれに手を伸ばしていた。したがって、まだ手を出していなかった少年は先に譲った。

 二人してティースプーンでかき混ぜる。

 ぐるぐる。

 グルグル。

 自分がつくりだす渦を銀は見る。渦の中に黒い点を錯覚する。黒と白が混ざれば灰になり、そしてなんとなく花も燃やせば灰になるのかなと考えたら手が止まった。

 ホロホロは手を止めてスプーンで白く暖かなそれをすくい上げては青い精霊に飲むかと訊たら、ぺこり頭を下げてスプーンを受け取る。ミルクをちびちび飲み干せばまるで酔ったかのようにヘナヘナ落ちてゆき、テーブルに仰向けになる。顔はほんのり朱い。

 それを見た銀が恨めしそうに言うのであった。 

 

「やさしい気持ちになるってこのことかも」

「んじゃぁオレ特製ホットミルク飲めばもっとやさしくなれるぜ」

「ははっ、ただ温めただけじゃんか」

「うるへ~、ともかく冷めないうちにのみな」

「うん……碓氷くんの。いただきます」

 

 カップに口づけるとミルクの湯気は強張った顔の筋肉をほぐすように銀をつつむ。頬がゆるんでゆくのがよく分かり、特にまぶたや鼻根に眉間といった目のあたりがゆっくりたるまってゆき、また温かくて気持ちいい。顔のしまりがなくなってゆくのが快感となり、それが心にまで伝わって体の内側からぽかぽかしてきた。

 まだ飲んでいないのに、抜けた息を吐いてしまう。

 そして目頭がじんわり熱くなってきた。

 ずずず――。

 渇いた口のナカをミルクが潤して、第二波としてミルクに温まられたハチミツの甘さがゆっくりひろがってゆく。

 これは、一気に喉の奥へ流しこんではいけないもの。

 

「おいしい………」

「そうかそうか~! 焦らなくてもまだあるぜ」

「……。碓氷くんは飲まないの? ねこじた?」

「こいつ」

 

 ホロホロは下へ指をさす。そこに視線をやればチビ精霊が両手をカップの口に両手をひっかけるように置いて、猫が舐めるよろしくぺろぺろとミルクを飲んでいた。

 極楽を堪能している間にこうなっていたらしい。

 

「ま、このちっこいのには助けられてばっかだからその分の礼みたいな? でも飲みすぎんなよ~」

「碓氷くんとその精霊むかしっから仲いいんだ」

「昔っからの付き合いじゃねえけど一緒に山場を越えた。日は浅いが俺にはもったいないくらいさ、こいつは」

 

 銀は自分のカップのホットミルクを見つめる。

 まるであの子と私みたいに仲がいいと思った。

 この牛乳のような色をした鳥であった。須美や園子と出会うまえ、泣いてた私をあの鳥は慰めてもらった。あの鳥はなんもしていないと言うかも知れないけれど、これは銀の揺るがない真実であり思い出。

 だから自分も頼られる人間になるんだ――そうあの鳥と勝手に約束して、トラブルに巻き込まれやすい体質となった。

 祖父が死んだのに母が悲しそうじゃなくそれで母とケンカをした時から、サッカーのスポ小で上手くいかなかった時、ともだちの悩みをどうしたらいいのか思いあぐねていた時も、人とどう仲よくしたらいいのか悩んでいた時も、そばにいてくれた。よく分からない鳴き声で私を助けてくれた。勇気をくれた。

 うん……泣き寝入りするにはまだ早すぎるよね――――

 もう一口を銀は飲む。

 

「――碓氷くん。明日の朝になったらもう一度いく。ってゆうか帰る」

「俺らもついてくぜ。こども一人じゃあアブねーから」

「こどもって。ほんと碓氷くん面白いこと()うなー」

「……つーこって、あさ。はやくメシくわねえとだめ、だぁ~……」

 

 ホロホロはそう言い残し、結局一口もつけないままバタり音をたてて突っ伏して寝たようだ。

 

「さっそくだらしなく口あけてるし、6年の男子ってこうゆうもんなのか」

 

 壁にかけられた時計を見ると2時56分であった。

 

「朝早くって何時に起きるつもりなんだ……って、明日は今日か」

 

 そして銀はカップの牛乳を飲み始める。飲みながら青い精霊をまじまじと見ていた。精霊はホロホロの分を飲み干してカップを流しに置いてホロホロの体の上に我が物顔で寝っ転がる。

 銀のカップも空になりおかわりをした。

 

 

 

 

 づむり――ちび精霊がホロホロの頬に指をつきさす。ホロホロの眉間にシワがよった。精霊は目をパチパチさせてつきさす指先から水をだす。ホロホロの顔がだんだん真っ最中になってゆく。

 

「おまえ、起こすのなんとかできねえの? まぁ起きられたからいいけどさぁ。でもよーすげえ気持ち悪い」

 

 席をたてばタオルケットが肩から下がり首を傾げるが視野に、銀もタオルを掛けながらスヤスヤ眠っていた。

 朝の6時ぴったりを指針は指していて、体を鳴らし朝ご飯をつくろうとし始める。朝餉を終えてみじたくを済まし家を出て駅に向かう。

 そして一行は駅に着き、大橋市――西暦のころは坂出市と呼ばれていた土地――行きの電車を駅舎の中で待つ。備えられたテレビは朝のニュース番組を流していて、昨日から今朝にかけてのイベントや事件についてを伝えていた。果たして三ノ輪の家が全焼したことが大きく報道されていた。

 そして銀は父と母が亡くなったことを知る。ああ、やっぱり……今の自分の顔を見せまいとうなだれて隠す。しかし涙は流れていなかった。

 

「……とうさん……かあさん……!」

『上り列車が参ります。ご注意下さい。上り列車が――』

 

 隣に座る少年が深く息をつく。乗る列車がやって来てしまったのである。

 銀はのろり立ち上がり声を震わせて、

 

「乗り遅れる」

 

 ホロケウは視線を僅かに下げながら従った。

 改札口を抜けて銀は続ける。

 

「これに乗らないと、たぶんダメになる。それに、泣き声が聴こえてくるんだ。時間が経てば経つほど大きくなる。でもそれがうるさいとは思えなくて……なんとかしてあげなきゃって」

 

 そして列車は銀の帰る地に向けて発車するのであった。

 電車から降りれば、銀の顔写真が貼られてあった。ポスターには銀の服装や特徴、『捜しています』の一文、連絡先の番号が書かれていて連絡先の番号は国の機関である大赦のモノと銀の親戚たちのモノ。

 三ノ輪家は大赦と深い関わり合いを持つため一日も経たないうちにこのようになったのだろう。おそらく大橋市中にこれが貼られたり配られたりしているやもしれない。

 それにしても駅舎は人がいない。もちろん駅員はいるが書類を整理していた。

 空調はきいているが銀のでこに汗がぽつぽつ浮きでる。心音が少しづつ激しくなってきた。それは、ここに着いて泣き声が大きくなってきたのと関係あるかもと銀は疑う。

 怖いのかもしれない。泣く理由を知るのが。

 ――けど、怖いのは私だけじゃない。

 鉄男と金太郎。弟たちは無事であると乗車中、見知らぬ女性のワンセグを盗み見てそのことを知った。

 長男といえども鉄男はまだ小学生にもなっていない。おととい鉄男に遠足のお土産を買うと約束した。きのうの鉄男は姉の帰りを楽しみに待っていただろう。お土産を抜きにしても、銀が家に帰ればいつも鉄男の遊び相手をしてくれたり、背中を洗ってくたり、困っている人を見つけると助けにゆくから、自慢の姉であり銀を愛している。また、金太郎の世話を銀は親よりもしていて、金太郎と触れ合う時間は誰よりも長くてその事を譲らないと決めている。銀は、なによりも金太郎を可愛いと想っているし、金太郎も銀の想いが分かるから自分をたいせつに想ってくれる銀を愛している。

 突如、平穏な日常は崩された。両親が火事に巻き込まれ死んでしまい鉄男も金太郎も泣くだろう。だが、泣くにしても思い切り泣ける場所が必要だ。その場所は心からの安息の地でもあるから、その銀がそばにいてくれないと不安だけが募り、光届かぬどん底の未来しかないのだ。

 それでも、鉄男は長男だから兄としての責任を背負いショックを受けている金太郎を励ましているに違いない。普段鉄男も金太郎の遊び相手になっているから。それにもしかしたら金太郎も我慢しているかもしれない。我慢してはならないのに、兄を心配させまいと。

 銀は大きく息を吸い、ゆっくりゆっくり息を吐く。

 須美と園子もだ。二人はバーテックスと戦い尋常ではないダメージを負い、自分も大怪我を受けている銀によって安全な場所に寝かされた。ある程度回復した二人は銀に助けられたと思い目を覚まし、銀の許へ向かった。

 バーテックスはいない。神樹様も無事で世界は守られた。しかし銀がいない。

 そのすぐ後に、銀の家が火事になった報せを受ける。そして銀の両親が遺体となって保護されたのだ。その時の二人の心中を想像するのは難くないだろう。

 三ノ輪家の炎上、麻八と幹道の死、行方不明の銀――銀は知る由もないがこれらは大赦は無論、神樹館を始めとした連なる機関や施設に衝撃を与えたのだった。

 もう一度呼吸を行う。

 銀はホロケウに目をやった。

 

「では、最後まで付き合ってもらいますかねぇ」

「おう! いいぜ銀ちゃん」

 

 駅を出る。

 夏の日差しが目や肌に突き刺さる。車やバスのエンジン音、鳥たちの鳴き声、日傘をさして暑さをしのぐ人、タオルを頭に巻いたり首にかける人、スーツを着たどこかのサラリーマン、子ども連れの家族――。

 この日常を護り、家族は救えなかった。

 めまいがしたけれども、すぐ喝を自分にいれる銀。

 

「どこからいこうなー」

「……あっちにいく。なんとなく、私を呼んでる気がするんだ」

「虫の知らせってやつか」

「あきれたりしないんだ……」

「シャーマンだって言ったろ? つか、何かしらのかたちで人がのぞみを掴もうとしてるんだ。それにチャチャいれるソイツを白い目で見るさ。ソイツも夢に向かって走っているとしてもな。だから胸を張れ。今は少なくとも、銀ちゃんは間違ったことをひとっことも言ってない。もうひとふんばりだぜ? もちオレもな」

 

 まぁオレが言うのは変だけど、と少年はこぼす。

 銀たちはその場所へ向かう。

 そこは公園であった。よく父や鉄男とあそんだ記憶がある。

 

「須美ねえちゃん、園子ねえちゃんゴメン。ひるごはんまだ食べてないのに。金太郎、ここさがしたら一回もどろう……」

「謝らないで鉄男君。私たちにとってもすべきことなの。それに金太郎君や鉄男君が熱中症になったりでもしたら銀に怒られるわ」

「それにしてもびっくりしたんよ~、神樹館に二人が来るなんて~。よく誰も止めなかったねぇ?」

 

 平日の昼時に、須美と園子がいるのは今日は半ドンだからだ。元から教諭たちの会議が入っていたのである。

 

「さいしょはナイショにして一人でさがすよていだったんだけど、金太郎もさがすってダダこねたから。あと大赦の人がやってきてさ、『君たちだけじゃ危険ですから、私も途中までお供させて下さい』って。その時さおかしかったんだ。ウチにいた人たち全員ねむってたんだ。で、それでね、オレもなんか眠くなってきて気づいた時には神樹館についてた」

 

 長くしゃべりすぎたからか鉄男が園子に買ってもらったジュースを飲む。

 今まで静かにしていた、ベビーカーに乗せられた金太郎がベビーカーを大きく揺らす。 

 

「うー、あー! あー!!」

「ちょっ、っちょバタバタするなよ! 須美ねえちゃんこまってるだろ!?」

「だだだだいじょうぶよ鉄男君! この子は将来大和魂を持つ立派な殿方になるわ!!」

 

 金太郎の謎な行為に対して園子は目を澄ましていた。

 

「………ミノさん?」

 

 ザッ――と。砂が鳴る。

 その音は、三人を凍らせた。

 そして金太郎が泣き始めた。それに呼応して銀が三人の処に踏みしめながら歩いてゆく。口をぱくぱくさせてむせび泣きながら――言葉を出そうにも出なかった。

 

「ねえちゃん?」

「――ごめん、ごめんね………」

 

 須美が両手で口を覆いながらへたり込み、涙をながしながら園子は銀を目に焼きつけていた。金太郎は泣き続けていて、鉄男は奥歯を噛みしめていた。

 

「――っ! おれ、おれっ………ぇっぐ!」

「………そう、そうだったんだ。あの時ないてたのはそうだったんだ……なら」

 

 なら、これから私が安らげる処になろう。でも、今だけは――。

 銀は笑おうとするもできなかった。涙がボロボロあふれて赤くなった頬を伝い顔がくしゃくしゃになってゆく。そして金太郎が一段と声を張って泣く。合図であり、それは伝染していった。

 こどもたちは大声で泣いた。

 

 ――ただいま

 

 はっきりと言葉にできなかったが、ちゃんと伝わっただろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 東の空は藍色の衣を纏ってい、西に陽は沈んでゆく。

 その日の労働を終えた人々はまっすぐ家に帰えり家族団らんに過ごしたり、スーパーによったり、仕事仲間と飲みに行く。これから仕事があるという人々もいてそれらが忙しなく行き交う時刻。

 青い髪と青い精霊は、公園で銀が三人の子どもたちの許へ帰ったのを見届けて何も言わずに別れた。この世界に来たのはここを〝なんとかする〟ためであり、銀たちと仲良くなるために来たのではない。また、実をいえば銀と行動している途中妙な気配を感じ取っていた。それはどうやらホロホロと青い精霊に向けられているもので、ならば銀たちに被害がでる前に銀と離れたのである。

 昼時からそんな気味悪いモノをまこうとしていたがそのおかげで見知らぬ場所に踏み入れてしまった。

 

「いいかげん姿現せよな。つかこれで六度目だぞ」

 

 ホロホロたちが流れついた地は大赦が置かれていて、誰も使っていない古びた門の前である。

 

「出てこねえか。んじゃあここら一帯凍らせるぜ?」

 

 つむじ風がホロホロたちを通り抜け門へ向かって、ギギギと門が開いた。

 そーこないとな、とホロホロは門を正面にとらえる。

 門の中は暗く、白い仮面が浮かんでいた。

 門から出て来たのは人であり、その人は面を外し、頭にかぶっていた白い頭巾も取る。肩に届くか届かないかの妖しい黒髪と、誰もが麗人と答える貌が茜に照らされた。

 

 


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