竜と短槍   作:ムラムリ

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6.

 獣同士の話、というのは人間には分からない。喋る獣は人間と共存するしないに関わらず確かに居る。ただ、共通して声もほぼ出さずに喋り、まだ原理も解明されていない。

 ダイケンキは確かにリザードンとあの時喋っていた。ただ、何を喋っていたのか、俺も誰も、知る事は出来なかった。

 その数日後、腕利きの鳥獣使いがやってきた。

 相棒となる獣は、乗って来た一匹だけ。

 ピジョットと言うらしき赤と黄の毛を頭から長く生やした鳥獣に乗ってやってきて、その鳥獣には宝石が付いた首輪が付いていた。

 また、本人もその宝石と良く似た宝石を嵌めた腕輪をしていた。

 それに目が行っている事に気付き、それが獣の力を人間との絆によって引き出すものだと説明された。

「ただ、石は良く分からない代物でね。似たような石が沢山あるが、それぞれ特定の獣しか強められない。

 更に、どちらかの力が不十分だったりすると、獣自身が暴走してしまう事もある」

「暴走、ですか?」

「文字通り、暴走さ。人が死んだ例だってある」

 怪訝な目で見ると、もう扱いなれているから安心しろ、と返された。

 

 専門のトレーナーが来た所で、リザードンが来なければやる事は無い。

 見張りも露骨に一人だけでしていれば、怪しまれるだろうという事で、見張りも立てない。しかしリザードンは来ないまま日は悪戯に過ぎて行った。

 暇ならその宝石の力を見せてくれと言ってみたが、人も獣も酷く疲れるから、と断られてしまった。

 ポカブ達はその間ずっと、サザンドラの骨の方、小屋から遠く離れた場所までは行こうとせず、そわそわと落ち着きが無いままだった。

 肉の味も、毎日のように殺して食べている自分達でしか分からない位ではあるが、落ちた。

 それでも、専門のトレーナーにソーセージを食べてもらうと、絶賛されたのだが。

「やっぱり、こういう田舎でちゃんと牧場で伸び伸びと育てられたポカブは、都会で食べるポカブとは全く違う。今まで食っていた肉が、無機質なものに思えて来てしまう程に」

「無機質?」

「色んな依頼を片付けて、色んな場所に行ってきた身でもまだ、上手く言い表せないのだが……この肉は、生きている、と感じられるという感じか……」

 生きている、か。

 多分、それは育て方の違いなのだろう。

 都会でのポカブの育て方を俺は知らない。ただ、効率を求めたものになっているとは知っている。

 それが、肉質の違いにも響いているのだろう。

「都会だったらもっと高く売れるよ、この肉」

 褒めちぎられると、流石に抑えるべきだと思っても嬉しくなってしまう。

 やっている事は、ある種の才能が無いと出来ない、残酷な事なのにも関わらず。

 旨い肉を作る事、それは誇りと言われれば違う気がした。

 誇りと言うよりは……殺す以上、無駄にしてはいけないと言うような…………使命だ。

 フライパンの上で、皮が破れて中の脂が弾けたソーセージ。肉汁が染み出て来る前に、またトレーナーの前に置いた。

 パリっと音を立てて、トレーナーが沢山食べる。

 

 

*****

 

 気付けば、収穫祭のひと月前となっていた。

 七日間が過ぎても、リザードンは来なかった。流石にトレーナーも退屈し始めていて、そして雇っている日数だけ金が嵩んで行く。結構な分の金が。

 そんな事を言うと、流石に何もしてない日は半額でいいよと言われた。その代わりに肉たっぷりくれと言われたり。

 助かったは助かった。でも半額でも高い事には変わりはないのだが。

 

 収穫祭に向けて、一日に殺す量が増える。そして、卵で入って来る量も。

「何で人間だけ卵で生まれないんだろうな」

 卵は、別の場所で生産される。卵を産んでいるチャオブー、エンブオー達は、子供達が肉として消費されている事を、知らない。

 俺は、その問いに適当に返した。

「人間が特別優れているのか、それとも特別劣っているのか、そのどっちかだろうな」

「後者だったらどうする?」

「……別に優れていたって劣っていたって関係ないだろ」

「……そうか」

 卵を生産している方の人も、思う所はある。

 互いに、美味い物を食う為に、ちゃんとパートナーにさえなれる獣達を犠牲にしているのだ。

 割り切れてしまう才能は良い物なのかどうか、と言われれば正直余りそうだとは思えない。

 

 痺れさせ、首を落とし、血を抜いて、切り分け、加工する。

 父は加工所に掛かりきりで、俺は慎重に、慎重に、ポカブ達に気付かれないように、より多く殺す。

 牧場のポカブ達に殺している事が気付かれたら、終わりだ。

 若いダイケンキ達にも手伝って貰って、血の臭いを洗い流す。日が照って、その水が蒸発していく。

 いつもは一か所で足りるのだが、この時期になると二か所、三か所と別の場所を使わなければいけない。

 血の臭いを嗅ぎ取られないように、風向きも考えて、ポカブを連れて行くのも緊張する。

 最悪、血の臭いまでは気付かれて大丈夫ではある。牧場のポカブ達に気付かれてしまう事が、終わりに繋がる。

 気付いたポカブが逃げて、牧場のポカブ達が異変に気付く。痺れさせる所を見られる。

 その二つが無ければ、問題はない。だから最悪、他のポカブ達が見えなくなった直後に痺れさせ、その状態のまま奥まで引っ張っていき、殺すと言う手も無くはない。

 でもそうすると勿論、肉質は落ちる。収穫祭に出す肉は、最高の質でありたい。気付かれる危険を最小限までに抑えて、そして、その気付かないままの幸せの中で、殺す。

 今日の分が終わった後、吐いているダイケンキが居た。

 父のダイケンキ……吐いているダイケンキの親が近付き、様子を見守る。

 ……あれは、無理そうだな。

 この作業は、野生だった獣でさえも受け付けない事が多いのだ。無理も無い。

 

 後始末も終わり、加工所へ父を手伝いに行く前に、トレーナーがやってきた。

 青い顔をしていた。

「……見ていたんですか」

「興味を持ってしまってね……。でも、見るのは初めてだったんだ」

「面白いものでも無いでしょうに」

「……でも、何となく、都会の肉との違いが分かったよ」

「そうですか」

「ここのポカブ達は、死ぬ直前まで生きているんだ。出来るだけ、気付かせないようにしている」

「……そんなの、当たり前じゃないですか」

「…………。そうか」

 言ってから気付いた。多分、都会の近くで効率的に育てられているポカブ達は、殺される前からとうに気付いているのだ。気付いていながら、逃げられない環境に居るのだろう。きっと。

 それが、死ぬ直前まで生きている、の否定になる。

「都会の方じゃ、そうじゃないんだ」

 そう言って、青い顔のまま生気が失ったようにふらふらと戻って行った。

「…………いや、考えるのは止そう」

 都会への憧れは、元々そんなに持っている方では無かったが、それでも更に減った。

 

*****

 

 ……さて。お前に質問だ。

 お前はあそこで、何をしていた? いや、どうなる予定だった?

 …………。

 分からない、考えた事も無い、か。そうだよな。

 全く羨ましくないが、いや、ある意味羨ましい。私は、そんな馬鹿みたいに生きられていない。

 馬鹿とはなんだって? そりゃあ、馬鹿だよ、お前は大馬鹿だよ。

 お前は、あそこで育てられていた理由も知らずに生きていたんだからさ。

 理由? 分からないのか? お前、言っただろ自分で。それが正解だよ。それが。

 嘘? いや、嘘じゃない。

 思い当たるような顔しているじゃないか。

 お前、私に言ったよな? 進化してから、喋れるようになってから、私に聞いたよな?

 僕を何の為に連れ去ったの? 僕を食べる為に連れ去ったんじゃないの?(・・・・・・・・・・・・・・・・・) ってさ。

 それが紛れも無い正解だよ。

 あんたは、食べられる為に育てられていたんだ(・・・・・・・・・・・・・・・・)

 まあ、私も一匹目は、最初に連れ去ったポカブは食ったよ。そりゃ美味かったさ(・・・・・・・・・)。人間達が態々育てる程だって分かったさ。

 …………。

 連れ去った理由?

 ああ、私がお前を連れ去った理由ね。私は、これからお前に聞く問いを、お前自身がどう答えるかを知りたかったんだ。

 ……お前は、これからどうしたい? お前は、これからどう生きていきたい?

 私は、それを聞く為に、お前を食べなかったんだ。




設定ミスというのは後から気付くものです(殺す場所屋内にすれば臭いが漏れる心配も無いよなあ)。

ポカブ

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