竜と短槍   作:ムラムリ

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14.

 収穫祭の日がやって来た。

 朝、派手な祝砲が打ち上がり、それからカボチャの重さを競ったり、人間とポケモンが舞いを披露したりと、色々な催しが開かれている。

 俺達家族は、もうやる事は無い。大忙しだった日は、俺が傷を治している内に終わった。

 父と祖父が、豚舎の中のポカブを一斉に殺し、そして肉が傷まない内に全て加工した。俺が立ち上がれるようになった頃には、二人とも、寝ても寝ても寝足りないと言う程に疲れていた。

 その肉を卸し、そして役目は終わった。例年よりも肉の量としてはとても多い。残っていた全てのポカブを殺して肉にしたのだから。

 でも、肉質は良いものではなかった。

 太陽の光をたっぷりと浴びて電気をため込んだエレザードでも、豚舎の中のポカブ達全てを即死させられる訳ではない。電気を全て吐き出しても生き残っていたポカブも居たし、それらの肉はとても不味かった。

 そして、殺した数に比べて、シャンデラもいつも通りだった。強く燃える事も無く、その身に栄養として取り込んだ魂は、いつもと同じだったのだろう。

 それから、その肉をどうするか悩んでいた所に個人的に残っていた鳥獣使いが来て、それを試食した。

「ああ、これ、都会の肉の味だよ」

 ……都会はやはり、そういう事なのだろう。

 

 エレザードと一緒にぶらぶらと祭りを巡る。リザードンとサザンドラの痕跡は、ほぼほぼ無かった。バルジーナを相棒に持つ男の弓の腕前が更に増していたり、その位だ。暗い影はどこにもない。

 あの二匹が残していったものに、後ろめたい精神的痕跡は全く無かった。殺されかけた俺を含めて。

 豚舎の修繕も近い内に終わる。破壊光線で出来たクレーターも、日が経てばただの窪みに変わる。

 肉を食う人達。ポカブを食う獣達。美味しそうに、口周りを脂で汚しながら食べている。この中に、ポカブを殺している現場を見て、それを食べられなくなる人達もきっと居る。

 これは、罪なのだろうかと思った事は、若い頃は幾度となくあった。けれど、幾度とあったとしても、俺がこうして続けている以上、家業を継がなかった兄や弟達よりは少なかったのだろう。深刻に思わなかった。

 こんな事があっても、俺はこの仕事を続けて行くのだと、当然のように俺は思う。それがある程度異常な事も、俺自身分かっている。

「……なあ、ポカブを殺した時、何か思ったか?」

 エレザードは相変わらず答えない。その体と、その小さい頭には、リザードンやダイケンキほど物事を考えられる複雑さは無いようだ。

 殺す、という行為。パートナーにもなれる、知性を持てる獣を殺すという行為。

 それに対してエレザードが何を思っているのか、何も思っていないのか。

 分かる事はやはり無いだろうが、俺と同じ()に居るのは間違いない。

 ……いや、そもそも、その境界そのものも無いのかもしれないが。

「……良いな、お前は気楽で」

 エレザードは、そうだよ、と言うように呑気に欠伸をした。

 ……まあ、俺も似たようなものだ。

 俺は考える事はあれど、そこから先には行こうとしない。その理由を強いて挙げるとするならば、この体のどこかでとっくに納得しているからだろう。生まれた時点で、才能のように。

 ダイケンキの二匹が、檀上で剣舞をしていた。華やかなものではなく、静かな舞だ。ある意味、恐怖を覚えるような、そんな舞だった。

 ……父のダイケンキは、本当に死期が近くなっていた。あの一件以降、力を使い果たしたかのように眠る時が多くなっていた。

 

*****

 

 夜になり、月が出て来た。花火が数発打ち上がり、そして祭りは程なくして終わった。

 鳥獣使いが、挨拶に来た。隣に眠たげにしているピジョットを連れて。

「明日、帰るよ」

「そうですか」

「良い町だったよ、ここは」

「何も無いような町ですけどね、それは良かったです」

「……恨んでないのか?」

 ……?

「あんたが殺されかけたのは、俺の責任でもあるだろうしな」

「ああ、その事ですか。別に何とも思ってはいませんよ。サザンドラが来た事自体、予想外でしたし」

「……そういうものか?」

「そういうものじゃないんですか?」

 実際頼んだのは、サザンドラを制圧してくれ、だったし。

「……もっと早く倒せてればな、あんたの方にもすぐに行けたんだが。それにしても、あんた、死にかけたというのに随分けろっとしてるな」

「きっと、毎日のようにポカブを殺している身だからか、心の奥底でどこか、復讐に対して覚悟しているようなものがあるんだと思います」

「……辛くないのか? その仕事」

「辛かったら続けてませんよ」

「そういうものか」

「そういうものです」

 それから、ふと気になった事を聞いてみた。

「ところで、サザンドラは手強かったんですか?」

「手強い、というよりしぶとかったな。殺意も無かったし、敵意も余り無い内に、仕留めに掛かったが、中々倒れてくれなくてな……」

 そんな間に、豚舎での出来事は終わってしまったと。

 あそこで鳥獣使いが間に合っていたらどうなっていただろう。俺は骨折せずに済んだかもしれないが、今よりも後味は悪い事になっていたような気がする。

 ただの勘に過ぎないが。

「じゃあ、こちらからも最後に質問だ。

 どうしてダイケンキはあんな事したんだ?」

「父から聞いた事ですが……、あの二匹はどうやら腹違いの兄弟だったようで。サザンドラの方が兄で、悩みを抱えている弟を助けようとしていたみたいです。それがどうしてあんな事をした結果に繋がったのかは、そのリザードンを間近で見た俺でも分かっていませんが。

 ……ダイケンキは、あのリザードンに何かを感じて、本当の意味で自由にしたかったみたいです」

「それが自身の場所を土足で踏み荒らされようとも?」

「踏み荒らされようとも、です」

「こういう時ほど、獣の言葉が分からずにもどかしい事は無いな、なあ? ピジョット」

 ピジョットは立ちながらもう寝ていた。

「ああ、もう。で? そのリザードンは自由になれたのか?」

「そうみたいですね」

「じゃあ、もうポカブを荒らしに来る事も無いと」

「そうですね」

「それは断言か?」

「はい。あのリザードンがポカブを奪いに来た理由は、それが美味そうだったから、という理由よりも、殺された父親よりも優れている事を示したかったから、という事でしたし。

 その悩みが解決された以上、敢えて人間にちょっかいを出しに来るとは思えません」

「理解、しているんだな。あのリザードンを」

「まあ、ある程度は、って程度ですけどね……。間近で見てきましたから」

「でも、肝心なところは一つ、見逃しているようだ。

 まあ、それは、リザードンを余り見たことの無いあんたにはしょうがない事だろうが」

「肝心なところ?」

「あのリザードンは雌だよ」

「えっ」

 

*****

 

 朝から、何となく今日で終わりだな、と体が理解していた。

 段々と、体が軽くなって行くような感覚がしている。死への恐怖は、受け入れるとか、受け入れないとか、そういう能動的なものではないようだった。

 私には、余り無い。気付いたら、受け入れられていた。

 何故なのか、それを考える時間ももう余り無いが、その一因に、あの二匹があるような気がしてならなかった。

 相棒が、隣でずっと座っていた。

 私が私自身の死期を悟ったように、相棒にも分かったのかもしれない。

「寿命が同じだったらいいのにな」

 相棒がぽつりと、そう言った。

 馬鹿らしい、と思った。あのリザードンと似ている、とも。

 沢山のポカブを殺し続けて来た身だからこそ、自ら死を選ぶような事は馬鹿らしいと、より強く感じる。けれど、自ら死を選んでしまうような辛い出来事がある事もきっと事実だ。

 相棒にとって、私の死はそれに近いのだろう。

 馬鹿らしいとも思うが、嬉しくもあった。

 

 昼が過ぎ、日が暮れていく。体が段々と軽くなっていく。重さを失っていくような感覚。

 起き上がる事ももう、多分出来ない。眠気が段々と強くなってきた。

 背中を撫でられるその手は、温かかった。淡いオレンジ色の空の色と、白い雲。広がる空っぽな牧場。私が殺したサザンドラの死体。町中で聞こえる賑やかな声、私の兄弟、そして、息子達。

 ポカブを殺し続けた一生。

 ゆっくり、ゆっくりと、走馬燈というものが流れていく。

 自分の意志でなく、体が、そうさせている。

 生きる意味さえもを見出させず、無知な幸せのままにポカブを殺し続けた私と、相棒をサザンドラから守り、そして自死を選ぼうとしたリザードンを助けた私が居る。

 傍から見たら馬鹿げているのかもしれない。理解出来ないのかもしれない。

 けれど、私自身、その背反した二つの私にどこか納得をしていた。理解は出来ていない、ただ、どちらかが無ければどちらかも無かったのだろうとは思う。

 私は、空を眺めた。暗闇と、そして星が見え始める夜空。

 そうだな、悪くない一生だった。

 温かい手を感じながら目を閉じるのに、後悔はなかった。




おしまい。
読んでくださってありがとうございました。

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