藤尭×切歌恋愛SS   作:ふゆい

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 誤字に非ず。


逆境のフリューゲル

「今日から始まるっ! 二泊三日の歓迎旅行ぅ~!」

「僭越ながらバスガイドは私こと小日向未来と、立花響が務めさせていただきます」

「特機部二の慰労とFIS組の歓迎会を兼ねまして! 皆さん大いに楽しんじゃってくださ~い!」

 

 「いぇーい!」と未来ちゃんとハイタッチで場を盛り上げる響ちゃん。翼さんやマリアさんよりもアイドル感満載の彼女達に、特機部二の職員達は日頃のストレスを発散するかのように歓声を上げる。大人ばかりの集団だから、こういう気軽にテンションを上げてくれる存在は貴重だ。リディアン組には感謝しないといけない。

 

 そんな中、いつもであれば響ちゃんと一緒になって馬鹿騒ぎしているだろう切歌ちゃんが座っている方に視線を向ける。通路側で静かに本を読んでいる彼女の隣には、おそらく俺を目の敵にしている調ちゃんが座っているのだろう。視界には入っていないが、妙な威圧感がこちらに向かっている錯覚に捉われてしまう。

 

 ……そんな時、ふと本から顔を上げた切歌ちゃんと目が合った。

 

「……ど、どうも」

「……ふん」

 

 思わず手を振って挨拶をした俺とは反対に、明らかに機嫌が悪い様子で鼻を鳴らすと再び読書に戻っていく切歌ちゃん。分かってはいたが、ここまであからさまに嫌われるとどうしてよいか反応に困ってしまう。

 

「あらら、完全にへそ曲げちゃってるわねあの子。あそこからどうやって挽回するのか楽しみにしているわ」

「他人事と思って楽しんでるでしょマリアさん……」

「そりゃあもう。それとも、切歌の味方になって一緒に罵倒した方が良かったかしら?」

「……中立の貴女でいてください」

 

 俺の隣。窓際に頬杖をついた体勢でくすくすと上品に微笑むマリアさん。何故彼女がこの席に陣取っているかと言うと、メンタルの弱い俺のサポートをするためだとか。あまり距離が近いのはどうなのだろうとか思わないでもないが、彼女曰く「ボディタッチなんて挨拶みたいなもの」らしい。だからといってさっきから俺の頬を突いてくるのはやめてほしいところだけど。

 

「……むー」

「どうしたの切ちゃん。そんなにむくれて」

「な、なんでもないデスよ調。気にしないでほしいデス」

「ふーん……?」

「あら切歌。こんなことでいじけるなんて、貴女もまだまだ子供ねぇ」

「ま、マリアは黙っていてほしいデス! そ、それに、そんな人の事はもうなんとも思っていないデスよ!」

「うぐぅ」

「自業自得自業自得」

 

 ドでかい流れ弾が着弾して胸を押さえるが、前の席から身を乗り出してヘラヘラ笑ってくるクリスちゃんにイラッとしたので軽くデコピンで応戦しておく。ちなみに彼女の隣には司令が座っているが、なんだかんだちゃっかりしているなぁと感心だ。あれだけ他人を弄っておきながら、自分はしれっと特等席取ってるんだから侮れない。

 

「クリスちゃんは本当師匠の事が好きだねぇ」

「あぁっ!? なにテキトー言ってんだ鉛弾お見舞いすっぞ!」

「ひぇぇ怖い」

「なんだクリス君。そんなに俺の隣が良かったのか? 可愛いところもあるじゃないか」

「ふぇっ!? や、その、別に……お、おっさんだったら寝る時に寄りかかっても寝やすいだろうなって思っただけだ! か、勘違いすんなよな!」

『ツンデレ乙』

「いい度胸だひびみくコンビ。余興初めにここでキスでもさせてやろうか?」

「落ち着け雪音。それは墓穴を掘るだけだぞ」

「緒川さんとよろしくやってるセンパイには言われたくねーですよ!」

「げほげほげっほ! えっほええっほ!」

「お、緒川先輩大丈夫ですか」

「え、えぇ。すみません浅原さん。ご迷惑をおかけします」

 

 とばっちりを受けた緒川さんが普段のポーカーフェイスを完全に崩して狼狽していた。ちょうど近くに座っていた特機部二新人のデータ処理担当、浅原からお茶を貰って事なきを得たようではあるが、その際に少し翼さんが面白くなさそうな顔をしていたのが印象的だった。複雑な人間関係すぎる職場に胃が破裂しそうだ。

 

 ……そんでもって、今日から二泊三日かけて俺が行おうとしている作戦も、結構神経を使うから前途多難だ。

 

 FIS組の歓迎会と特機部二の慰労を兼ねた今回の温泉旅行。この長期行事を利用して、俺は切歌ちゃんに自分の想いを伝えるつもりだ。そして、その為にはまず、最大の難所である月読調を突破しないといけない。まずもって切歌ちゃんの告白を既に断っている俺が逆に告白しようとしている図自体がそもそもちゃんちゃらおかしい気はするが、そんな常識は数日前に置いてきた。誰に何を言われようと、俺は切歌ちゃんに告白する。

 

「いやぁ、焚き付けた私が言うのもなんだけど、傍から見るとクズ男以外の何者でもないわねぇ」

「そういうこと今言います? 普通に傷つくんですが」

「あら、もしかして励ましてほしいの?」

「……いえ、多少責めてくれた方が、俺も踏ん切りがつきます。褒められるのは、明らかに間違ってる」

 

 俺は既に切歌ちゃんを傷つけている立場だ。それなのに自分だけ誰かに認めてもらおうなんてお門違いにも程がある。切歌ちゃんと同じか、それ以上の逆境に置いてくれた方が俺としても決心がつきやすい。

 

 分かって言っているのだろうが、意地が悪い発言をしてくるマリアさん。そんな彼女は俺の返答に何を思ったのか、先程のニヤニヤはどこへやら、まるで我が子を見るような慈愛に満ちた表情で俺の顔をまじまじと見つめていた。慣れない状況に思わず狼狽えてしまう。

 

「な、なんですかその顔は」

「良い顔をするようになったなって思っただけ。つい何日か前には自己嫌悪に押し潰されそうになっていたくせに」

「自己嫌悪自体は今もしていますよ。馬鹿な選択をしたなって自責の念も止みません。でも……」

「でも?」

 

 一旦言葉を止めた俺をマリアさんが不思議そうに見やる。前の席からはクリスちゃんと司令が耳をそばだてている気配を感じるが、そんなことは些細な問題だ。誰に恥じることをいう訳でもなし。

 

 俺の決心を導いてくれた装者二人を前に、俺はできるだけ自信に満ちた表情を浮かべる様に心がけると、この数日で辿り着いた答えを言い放つ。

 

 

「あの時あぁいう選択をしたから、今こうして自分の気持ちを整理することができました。だから、自責の念はあれど、後悔はありません」

 

 

『…………』

「え……っと、そこで黙られると、なんだかこそばゆいのですが……」

「……あははっ、なんだよそれ、そんな当たり前のことをドヤ顔で言ってんなよなー」

「えぇっ!?」

「盛大に見栄切った割には普通すぎて逆に笑えてくるわね」

「さすがに酷すぎません!?」

 

 俺の一世一代の宣言を聞くや否や予想外の反応を見せる二人に悲しみを禁じ得ない。え、あれっ!? なんでこの二人はこの状況で笑ってんの!? おかしくない!?

 

 何か言葉の選択を誤っただろうか、と一人焦る俺ではあったが、今までずっと笑っていたクリスちゃんの「だけどまぁ」という合いの手で動きを止める。顔を上げると、椅子越しにこちらへ身を乗り出しているクリスちゃんと、相変わらず頬杖をついているマリアさんが穏やかな笑顔を浮かべ、俺を見ていた。

 

 状況が掴めない俺は押し黙るばかりの中、クリスちゃんが言葉を続ける。

 

「馬鹿みたいに当たり前だけど、その当然に気が付けたのなら、一丁前なんじゃねぇの」

「特に凝る必要なんてないのよ。至極当たり前で、誰でも思いつくような気持ちが大事っていうこともあるんだから」

「……それ、結局褒めてるんですか?」

「さぁ?」

「褒めてるかもしれないし、貶しているかもしれないわ。ま、どっちでもいいじゃない」

「えぇ……」

 

 なんか体よくはぐらかされた気がしてならない。クリスちゃんはともかく、マリアさんはたまにこうしてよく分からないことをよく分からない言葉で語ってくるきらいがあるから困る。特殊な語録じゃ理解できない人種がいることを一度自覚してほしいところだ。

 

 だが、期待されているのは事実らしい。これだけ迷惑をかけた上にお世話になったのだから、ちゃんと自分で後悔のないように行動しなくては。二人の為にも、何より俺自身の為にも。

 

 ――――そんな時、ふと背中に刺さる視線を感じ振り返る。

 

「……?」

 

 振り向いた先では、やはり変わらず読書を続ける切歌ちゃんの姿があるだけだった。だけど、どこか落ち着かない様子で本を持つ手が震えているようにも見える。いったいどうしたと言うのだろうか。長時間バスに揺られているから、乗り物酔いでもしたのかもしれない。あまり見ているとまた睨まれそうだから、ある程度で視線を前に戻す。

 

 なにはともあれ決戦の時だ。今回くらいはマトモに根性入れて頑張らないと。

 

 旅館に向けて揺られるバスの中でクリスちゃんとマリアさんに弄られつつも、一人決意を固める俺であった。

 

 


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