藤尭×切歌恋愛SS   作:ふゆい

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 マリアさんまじマリアさん。


アガートラーム密会

 仕事を終え、マリアさんと合流した後に連れてこられたのは、繁華街から離れた隠れ家的なこじんまりとした居酒屋だった。確か当初の目的だとオシャレなバーに連れていかれる予定だったと思うのだけど、どうして和風居酒屋に変更されているのだろうか。別に俺的にはどこでもいいとは思うけど、単純に気になったため問い質してみる。

 

「あの」

「……なによ」

「オシャレ度が百八十度くらい真逆だと思うんですが」

「……予約できなかった」

「はい?」

「だから! 予約できなかったの! 風鳴家御用達のバーだからって司令にお願いしていたのに、間に合わなかったからってこっちの店になったの! わ、私は悪くないわ!」

「いや、俺的にはどっちでも構わないんですけど……」

「くっ、情けないと言うなら笑いなさい。あれだけカッコつけておいてこの様なんて、マリア・カデンツァヴナ・イヴ一生の恥ッッッ!」

 

 日常的に小さなドジは繰り返しているから、今更一生の恥とか言われても正直反応に困る。フロンティア事変を起こした頃に比べると随分おっちょこちょいな面が目立つようになってきたから、最近陰でポンコツマリアと呼ばれている事実を知らないらしい。ちなみに命名者は翼さんだ。なんでも、可愛くないと言われたのを地味に引きずっているとかなんとか。意外と根に持つタイプだった。

 

 勝手に落ち込んでいるマリアさんを慰めつつ中に入る。あのままグダグダしているのも時間の無駄だと思ったので、さっさとアルコールを摂取してしまうのが無難だと判断した。マリアさんは一度落ち込むと割かし面倒くさくなるから、完全に埋没する前に行動した方が良いというのも理由の一つではある。

 

 店内はカウンターと個室の造りで、奥に調理場があるシンプルな構造になっていた。カウンター裏には各種様々な日本酒、焼酎の瓶が所狭しと並べられていて、昔ながらの日本居酒屋という風体である。司令が好きそうだな、となんとなく思った。

 

「最初は何にする?」

「あ、じゃあ俺は生で」

「あら、意外と無難なのね。てっきりカクテルあたりから頼むのかと」

「……もしかしなくても馬鹿にしてますね?」

「そんなことないわよ。せっかくだし、私もビールにしようかしら」

 

 「生二つ」と手慣れた様子で注文を行い、続けていくつかの肴を頼んでいくマリアさん。とても二十一歳とは思えない玄人さに一瞬面食らうが、いったいどこで覚えたというのだろう。FIS所属時はそんなに外食をする機会もなかっただろうに。

 

 怪訝に思っていると、俺の視線に気が付いたマリアさんが照れくさそうに苦笑を浮かべる。

 

「昔から日本の居酒屋に興味があってね。こっちに来てからちょくちょく司令や友里さんに連れていってもらっていたのよ。ほら、日本酒とかおつまみとか、日本にしかない魅力的な文化がいっぱいあるじゃない? せっかく日本でそういうものが窘める年齢なのだから、満喫しないと損かなって思って」

「へぇ……。こんなこと言うのも失礼かもしれませんけど、マリアさんはこういう俗っぽい店はあんまり好きじゃないのかと思っていました。歌姫だし、なんかこうお嬢様みたいな感じだし」

「そんなことないわよ。育ちが特殊だとはいえ、私だって好奇心旺盛な女の子だもの。調や切歌に負けないくらい新しいものには敏感よ。……ちょっと子供っぽいかもしれないけどね」

「そんなことありませんよ。むしろ、それくらい素直な方が好感が持てます」

 

 世界規模で愛されている歌姫、マリア・カデンツァヴナ・イヴ。

 

 マリアさん自身も、自らの肩書で苦労している面があるのだろう。彼女の知名度はそんじょそこらのアーティストとは比べ物にならない。ちょっとした言動が自身の人生を左右しかねない危険な綱渡りと隣り合わせな状況。俺が考えているよりもずっと他人の視線を気にしなければいけないはずだ。それがどれだけ神経を使うことなのか、想像すらできない。

 

 そして、そんな状況に置かれているからこそ、それでも自らの感性を、意思を優先して動こうとしている彼女の姿はとても眩しく見えた。かつて他人からの評価に怯え、大衆に迎合することを選んだ俺とは正反対の彼女が、羨ましいと思えた。他人より自分を大切にして生きることは、難しいことだと身を以て知っているから。

 

 完全に嫉妬半分尊敬半分で発した言葉だったが、どう捉えられたのだろうか。彼女はポカンと驚いたように口をあんぐり開けたまま、両目を見開いて俺を見つめていた。

 

「……どうしたんですか」

「いや、藤尭さんもそうやって素直に他人を褒められるんだなって思って。捻くれてるし」

「失礼ですね。俺だって褒める時は素直に褒めますよ。逆に、思っていることはすぐに言っちゃうらしいですけど」

「そういう裏表ないところに切歌(あの子)は惚れたのかもね。ほら、あの子の周囲には、藤尭さんみたいに真正面からぶつかってくれる大人はいなかったから」

「……真正面から接してなんていませんよ。現に俺は、彼女が子供だからって理由で切歌ちゃんの想いを拒絶したんですから」

 

 彼女の名前を出した途端、昨日の出来事が鮮明に蘇ってくる。

 

 俺から拒絶された時の彼女の表情が、そして去り際に見せた彼女の涙が。仕方なかったとはいえ、胸が張り裂けそうな思いに駆られる。クリスちゃんや司令に言われた様に、女の子を泣かせることしかできなかった自分の判断は、果たして本当に間違ってはいなかったのだろうか。

 

 俺が俯いてしまったせいで沈黙の空気が広がり始めていたが、ここで空気を読んだのかビールを店員が運んでくる。目の前に置かれたジョッキに一瞬意識が向くと、「よし」と一息入れたマリアさんが軽く微笑みかけてきていた。

 

「それじゃあまずは乾杯ね。今日はうんと飲んでうんと愚痴を吐き出しましょ」

「マリアさん若いのにそんなお酒強いんですか?」

「あのね、日本人みたいなアルコール分解能力の劣った民族と一緒にしないでもらえる? 私達にとって、お酒なんてジュースと一緒よ」

「それは心強い。じゃあ恥ずかしながら、今日はお付き合いお願いします」

「えぇ、乾杯」

 

 カツン、と甲高い音が薄暗い店内に響き渡る。司令の手回しもあってか、店内に俺達以外の客はいない。一挙手一投足がやけにはっきりと感じられて、少し居心地が悪く感じてしまう。

 

 おつまみがいくつか運ばれてきたところで、早速と言わんばかりにマリアさんが口を開いた。

 

「さて、まず聞きたいんだけど、切歌の告白を断った理由は如何なものなのかしら」

「それは……その……」

「言っておくけど、気を遣って嘘をつくとか、回り道めいた言い訳だけはやめてちょうだいね。それは私を、それこそ切歌のことを馬鹿にしていることにもなるんだから」

「……分かっています」

 

 俺の性格を見越しての指摘だろう。どこまでも見通してくる人だ。だからこそ、こういった相談事に乗る機会も多いのだろうが。

 

 覚悟を決め、手元のビールをぐっと一息に呷る。

 

「おっ、いいわねぇ。多少酔った方が色々吐き出せるでしょ」

「こんな話、シラフじゃできないですよ……」

 

 ふぅ、と一息つくと、続けて二杯目をオーダー。

 

「……実際に言うと、自分でもよく分かっていないんです」

「というと?」

「理由としてはあります。『世間体として告白を受けるわけにはいかない』だとか、『十歳近い差の大人と関係を持つのは、切歌ちゃんの今後に影響が出かねない』だとか。でもこれはあくまでも俺が勝手に言っている自分本位なものであって、彼女に否がある訳じゃない。直接的な原因と言えるのかは、微妙なところなんです」

「でも、理由なんて普通は自分本位なものでしょ? 他人の気持ちなんて分かる訳がない。統一言語を有しているわけでもないのだから、結局は自分の考えに従って判断していかなきゃいけないもの」

「分かっています。でも、どうしても自分の中で吹っ切ることができなくて。理論としては理解していても、感情としては、まだ……」

 

 つくづく最低な大人だと思う。誰かを傷つけたうえで選択したのなら、せめてその決断を後悔してはいけないはずなのに。後からうじうじ悩んで引き摺って。一番傷ついているのは切歌ちゃんだというのに、どうして俺はこうも被害者面で愚痴を零しているのだろうか。

 

 だが、かといってあの時彼女の告白を受けられたかと言われると、断言はできない。高校生にも満たない子供の告白を受けるなんて、()()()()()()()()からだ。周囲からの誹謗中傷もあるだろうし、なにより切歌ちゃんをその渦中に晒すのは我慢できない。愛だとか意思だとか、そういうものでどうにかなるほど世の中というものは甘くはないのだから。彼女が取り返しのつかない程に傷ついた時、俺が責任を取れるのか分からない。

 

 ――あぁ、少し分かった。

 

「俺は、怖いんだと思います」

「……それは世間が? それとも自分が?」

「どちらも、です。世間から忌避され、非難される辛さは嫌という程知っているし、自分のせいで誰かを巻き込む不甲斐なさも知っています。だから、彼女を『普通でなくなる辛さ』に巻き込むのが、俺は怖いんです。あの子のことが大切だから、世間の残酷さに殺されるのが我慢できないんでしょうね」

「なるほどね……」

 

 相槌を打つように頷きを見せるマリアさん。

 

 どうやら、俺の中で切歌ちゃんは想像以上に大きな存在になっていたらしい。

 

 好きだから。暁切歌という少女の事が大好きだから、彼女が悲しむ姿を見たくない。少し年齢差がある同士の恋愛なんて今更珍しい事ではないと良識ある人は言うかもしれない。だが、中学生の立場で、大人と付き合っているという風評がどのようなものを齎すのか。想像するのも恐ろしい。ただでさえ閉鎖的な風潮が多い日本において、それは軽々と求めていいものではない。

 

 マリアさんは俺の独白を相槌を交えながらもただ聞いてくれていた。たまにビールを傾けながら、俺がひとしきり話し終えるまで、ただ黙々と。

 

 そして、ちょうどジョッキが空になる頃に、彼女はカウンターに頬杖を突くと――

 

 

「貴方、馬鹿じゃないの?」

 

 

 溜息混じりに、呆れた表情であっけらかんと言い放った。

 

 予想外の返答に一瞬反応が遅れてしまう。彼女の言葉を脳が理解するのに時間がかかってしまう。自分でも脳の回転は速い方だと自負しているが、その俺を以て数秒ほど思考回路が停止した。

 

 今、マリアさんは何と言った?

 

「馬鹿じゃないか、って言ったのよ。しっかり理解しなさい」

「え、あ、う……ば、馬鹿?」

「そーよ。馬鹿も馬鹿、響以上の超絶馬鹿ね。それで特機部二随一の秀才だってんだから笑わせるわ。勉強や仕事ができても、そういう部分で落第だったら意味ないっての」

「辛辣が過ぎやしませんか!?」

「過ぎやしないわよ。変な勘違いでフラれた切歌の気持ちに比べれば、顔面殴っても足りないくらいだわ」

 

 苛立ちを隠そうともせずにガンをつけてくる。今にも胸倉を掴まれかねない勢いだ。あまり打たれ強い方ではない俺が武闘派の彼女に殴られればただでは済まないので勘弁してほしい。

 

 マリアさんは生ビールのお代わりを注文すると、ずいと下から見上げる様に詰め寄りながら言葉を続ける。

 

「藤尭さんの考えは確かに正しいわ。大人の意見としてはこれ以上ないくらいに常識に溢れた意見だと思う。自分と相手が傷ついても、最低限のマイナスで済むんだからね」

「……そうですよ。たとえずっと切歌ちゃんから嫌われたとしても、その方がずっと――」

「でもね藤尭さん。そもそもの話で、まず前提としての話をさせてほしいんだけど」

 

 彼女はそこで言葉を切ると、さも当たり前のことを子供に言い聞かせるような口調で、

 

 

「切歌がその程度の重圧に耐えられないなんて、どの立場から決めつけているのかしら?」

 

 

 確かな意思と気迫を以て、何一つ反論を許さない程の語気。相手は年下だというのに、喉が渇いて言葉が出てこない。圧倒的迫力を前に、生物としての危険信号が鳴り始める。

 

 委縮する俺を尻目に、言葉は続く。

 

「確かにあの子はまだ十五歳で、貴方から見れば子供かもしれない。司令も貴方も緒川さんも、装者の皆を保護対象として扱うのは正しいと思うわ。でもね、今まで前線に立って死地を乗り越えてきた彼女達が、どうして普通の子供と同じだと思っているの? 古参の三人は二度も世界を救った。そして、調も切歌も、幼い頃から地獄のような日々を生き抜いてきた。そんな彼女達を、年齢だけで子供と決めつけて扱うのは、私が絶対に許さない!」

「マリアさん……」

「ねぇ藤尭さん。今まで貴方が見てきた装者は……貴方がサポートしてきた切歌は、本当に庇護しなければならない程に弱い存在なの? 同じくらいの女子学生が経験するであろう青春を犠牲にして成長してきた彼女は、本当にお子様でしかありえないの?」

「それ、は」

「……少しだけ、考えてほしい。あの子は、貴方が思っている以上にずっと成長していて、ずっと大人なんだから」

 

 一気に言い切ると、すとんと腰を下ろす。ちょうど運ばれてきたビールを煽り、溜息をつくマリアさん。対する俺は、彼女の言葉を受けて考え込み始めていた。

 

 日常的な姿が天真爛漫としていたから、ずっと子供だと思っていた。でも、マリアさんが言うように、彼女を初めとした装者の少女達は、俺達の想像を遥かに凌駕するほどの経験を積んできた。それこそ、世界の危機に立ち合い、一人の人間として決断を迫られる程に。

 

 そんな彼女達を、切歌ちゃんを、子供として断じてしまうのは、本当に正しい事だったのだろうか。

 

「……今すぐに思考を切り替えろ、なんて馬鹿なことは言わないわ。幸い、時間はたっぷりあるもの。せっかく平和が訪れたんだから、今しかできない苦悩を目一杯時間をかけて悩み抜くべきだと思う。貴方も、切歌もね」

「すみません……今はちょっと、自分の中でもよく分からなくて」

「いいのよ。苦悩するのは大人も子供も関係ないんだから」

 

 情けなく頭を下げる俺に、マリアさんは大人びた笑みを向ける。これではどちらが大人でどちらが子供か分からない。本当に俺は、自分勝手な基準で色々と決めてしまっていたらしい。

 

 まるで子供をあやすようにぽんぽんと背中を叩いてくれるマリアさんに苦笑を浮かべる。差し出されたビールで再び乾杯しつつ、彼女が追加で熱燗を頼む姿を見ながら話を進めていった。

 

 時に優しく、時に厳しく。時には聞き手として、時にはアドバイザーとして。

 

 マリアさん主催の二人っきりの会は、多少無理して飲んでいたらしい彼女が酔い潰れる日付変更近くまで続いた。

 

  

 


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