『藤尭って変わってるよな』
初めてそんなことを言われたのは、いつだっただろうか。
昔から何かと要領が良くて、大人からも秀才だと褒められてきた。同年代と比べてもそれは顕著で、あらゆる事柄ができてしまうものだから、達観したような生き方をしてきた。それをおかしいとも思わなかったし、俺にとってはそれが日常だったから。
ただ、ある日。
仲良くしていた友人の一言が、今でも俺の心の中に楔となって残っている。
『いつも見下したような顔してさ。普通じゃねぇよ、お前』
中学生だったか、それとも高校生だったか。
人間は、平均より秀でた存在を恐れ、遠ざけ。
人間は、常識の埒外である存在を拒絶し、駆逐する。
「世間一般で受け入れられるような平凡性を獲得しなければいけない」と俺が学ぶまで、そう時間はかからなかった。これが司令や緒川さんのようにぶっ飛んだ怪物であればブレなかったのだろうけども、俺のメンタルは一般人のそれで、周囲からのバッシングに耐えられるような構造をしていなかったのだ。
そうやって周囲に溶け込むために自分を騙し、狡賢く生きてきたからだろうか。
いつしか俺は、根っこの部分から非常識を避ける様になっていた。
☆
切歌ちゃんとのデートから一夜明けた月曜日。
今日も今日とて特に非常識な任務に駆り出されるわけでもなく、いつものように惰性で仕事を進めている。
昨日あんなことがあったからといって仕事が休みになる訳でもない。リディアンに通う装者達四人は平日という事で今日は授業を受けているけれど、当事者である切歌ちゃん、そしてニコイチである調ちゃんの二人は特機部二のカウンセラーの協力の下、同年代の学習指導基準に追いつくべく勉強中らしい。直接関わる訳ではないが、同じ本部の中にいる以上どこかで顔を合わせることは避けられない。あれだけのことをした翌日であるから、今はあんまり切歌ちゃんと鉢合わせたくはなかった。つくづく狡い大人だと思う。
昨日の顛末をおそらく知っているはずの司令は特に何も言ってこない。こういう時に世話焼き根性全開で首を突っ込んでくるのが風鳴弦十郎という人間であったように思うけれど、触れても来ないということは自分自身で解決しろとのことだろうか。まぁ解決するも何も、昨日の会話ですべて終わってはいるのだけど。
「あら、あの結末で終わらせるなんて、いったい誰が決めたのかしら」
「……マリアさん」
「ハァイ藤尭さん。世界の歌姫、そして暁切歌の保護者であるマリア・カデンツァヴナ・イヴよ。昨日ぶりね」
「何の用ですか。ギアの調整は昼にやってしまったはずですけど」
「
「それ、絶対に言わないといけないんですか?」
「貴方が今後一切切歌に関わらないで、未練も一ミリも残っていないって言うのなら乗ってくれなくてもいいけれど。でも捻くれている貴方のことだもの、どうせ自分の中で消化しきれていないんでしょ? 相談くらいなら乗ってあげるわよ」
「……自分でも、思っているほどによく分かっていないですよ」
「かまやしないわよ。というか、自分の行動理由を完璧に把握している人間なんてざらにいるもんじゃないわ。それこそ、変態染みたドクターウェルくらいじゃないかしら」
「あれと比べられるのはさすがに心外だな……」
英雄願望全開で世界を滅ぼしかけていた超絶マッドサイエンティストを引き合いに出されるのは、さすがの俺も抵抗がある。いや、昨日の件だけで見るとベクトルが違うだけで同じくらい最低なことをしているかもしればいけれど。……こう考えているあたり、自分の中で割り切れていないのかもしれない。
しっかし、この歌姫は本当に何を考えているのだろう。
自分が可愛がっている妹分の気持ちを蔑ろにし、あろうことか周囲からもバッシングを受けまくっている現在の俺に干渉してくるとか、正直困惑してしまう。未来ちゃんとか翼さんとか、それこそ響ちゃんとか、そもそもフラットな立場の少女達はいつものように接してくれているけれど、調ちゃんとクリスちゃんは俺と顔を合わせるや否や親の仇を見るかのような表情で睨みつけてくる始末だ。全面的に自業自得だから今更何を言う訳でもないけれど、ちょっとばかしメンタルにクる。ストレスコントロールの意味でも、彼女の肩を借りるのは悪い選択ではないかもしれない。
携帯端末を取り出すと、一応今夜の予定を確認する。
「……大丈夫みたいですね。空いてますよ」
「それは素晴らしいわ。じゃあ、大人同士で親睦を深めに行くとでもしましょうか。それっぽいオシャレなお店を見繕っておくわ」
「なになに? 飲みに行くの? 私も誘ってもらえない?」
「ごめんね友里さん。今日はちょっと色々複雑な事情があるから。今度二人で行きましょう」
「残念。藤尭くん、童貞だからって変な気起こしちゃ駄目よ」
「起こさないよ!」
「あらどうかしら。私は切歌と違って、年齢も近いれっきとした大人なのだけど」
「そういうのは冗談でもやめてくれ」
「あらあら。結構参っちゃってるのね」
くすりと妖艶な笑みを浮かべるマリアさんに軽く苛立ちが芽生える。日頃切羽詰まっていて不器用な面が目立つくせに、どうしてこういう時は母性全開なのだろうか。この歌姫、本当に可愛くない。
「切歌、落ち込んでいたわよ? あの後部屋にこもりっきりで、今朝も引きずり出すのに苦労したんだから」
「……そうですか」
「ん、こういう話は夜にすべきね。ごめんなさい」
「いえ、別に構いませんけど……」
謝罪の言葉口にするマリアさんにどう返事をすべきか分からなくなってしまう。というか、そんなに表情に出ていたのだろうか。自分の意思で、自分の気持ちに従っての行動だったはずなのに、どこまで女々しいんだ俺は。こういう時に響ちゃんのポジティブさを見習いたくなる。「へいき、へっちゃら」なんて、今の俺にはとてもじゃないが言えない。
それはそれとして、世界的歌姫であるマリア・カデンツァヴナ・イヴと二人っきりで夜の街に繰り出すなんて、色々と大丈夫なのだろうか。こう、世間体とかスキャンダル的な意味合いで。
だけど、その辺はまぁ予想通り対策はしてあるらしく、
「今日は司令にお願いして、護衛を何人か準備してもらっているから大丈夫。行くお店も風鳴家関係のバーだしね。情報漏洩とかそういう事に関してはまったく問題ないはずよ」
「司令の職権乱用が過ぎる……」
「なにを言っているんだ藤尭。本当なら今すぐお前の顔面に右ストレートぶち込みたい気分なんだからな俺は」
「笑えないですよ……」
「だがまぁ、お前の気持ちも分からないではないしな。大人である以上最低限の責任が付きまとう。子供に比べて行動範囲の規制が緩くなるのが大人だが、反対に自由が狭くなるのも大人ってやつだ。その辺をうまくやっていかないと、子供以上に駄目な結果を招いてしまう。軽率な行動をしなかったという点だけは褒めてやるべきだろう」
「……正直、問答無用で殴られると思っていました」
「子供を泣かせたという点については許さんが、向こうは一人の女性として扱ってほしいと言っていたのだろう? だったらそれは大人同士の問題だ。部外者の俺が口を出すことじゃない。お前が自分で考えて出した結論がすべてだ」
「藤尭さんは精神面が幼いから期待できるかは分からないけどね」
「否定できない自分が情けない」
だが、少し気が楽になった。
昨日の自分の判断が絶対に間違っているとは思わないし、かといって吹っ切っているかと言われると微妙なところは否定しない。折り合いがまったくついていない現状、今は自分の中で精一杯悩むべきなのだろう。その為に、まずはマリアさんの意見を聞いておくのは悪くない。
俺だってできるのなら切歌ちゃんには笑っていてほしい。たとえこの結果がどちらかの望まない結末になってしまったとしても、ただ純粋に彼女を泣かせてしまった昨日よりはマシな決断が取れるはずだ。
……自信はないけど。
「じゃあとりあえず、今夜職務が終わったら待っていて頂戴。迎えに来るわ」
「了解です」
そう言って颯爽と本部を後にするマリアさん。あまりにも清々しいその姿に、この人はやはり大人なんだなと尊敬の念のようなものを覚え――――
「あうっ」
オートメンションのドアにぶち当たってうずくまるマリアさん。
鼻を押さえてぷるぷると震えている姿に俺と友里さんはおろか、司令までもが声をかけることができない。あれだけ格好つけて立ち去ろうとした矢先にこの様である。この歌姫、いったいどれだけキャラを貫き通せば済むのだろうか。
「……あの、マリアさ」
「うろたえるなッ!」
「えー」
後ろから見ても分かるくらい耳を真っ赤にして言われても説得力の欠片もありませんよマリアさん。
恥ずかしそうにダッシュで走り去る歌姫の背中を見送りながら、なんだかとても微妙な気持ちになってしまった。
この人に任せて、本当に大丈夫かな。
試験的に改行行空けやってみたんですけど、今までのとどっちが読みやすいとかどっちが良かったとかあったら言ってくだせぇ。