藤尭×切歌恋愛SS   作:ふゆい

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 先に謝っておきます。ごめんなさい。


大人として

 あんなにゲテモノめいたタイトルだったのに、実際に見てみたら笑いアリ涙アリのスポ根映画だった時にどんな顔をすればいいのか、二十年そこら生きている俺でもまったく分からない。

 

「ま、まさかエッチな気持ちを原動力に歌唱コンクールで金賞を取るとは……これは今後のシンフォギアでの戦い方にも通ずるものがあるやもしれませんデスね……」

「濡れ場はしっかりえげつないくらいリアルにやったくせに、登場人物の心情描写や人間関係の変遷を伏線交えて完璧に描いていったのは本当に納得がいかない」

「えっちなシーンに突入した途端にミュージカル調で喘ぎ声を演出し始めたときはどうなることかと思いましたが、総合的に面白かったデスね」

「司令の映画感性がマジモンだってことを再確認したよ……」

 

 非常に納得がいかないながらも、何とも言えない気持ちで切歌ちゃんと顔を見合わせる。完全に18禁臭をバンッバンに醸し出していたくせに、実際に見てみれば超感動巨編とか逆タイトル詐欺も甚だしい。色んな意味で題名をつけた担当者をクビにすべきではないかと真面目に考えるレベルだ。面白かった。濡れ場もあったし、切歌ちゃんが見るにはまだ早いくらい生々しい表現も多々あったけど、そんなことが些細でどうでもよく思えるくらい超絶A級映画だった。どれくらい予想外かと言うと、インカムを通して野次馬している装者達がこぞって見に行くことを決意するレベルには。なんか監督に弄ばれたみたいでだいぶ腹立たしい。

 

「思わずパンフレットまで買ってしまいましたデス……」

「監督の名前覚えたから関連作品借りてこよう。ムカつくけど、死ぬほど面白かったし」

「いいデスね。その時はあたしも一緒に見させてほしいデス。二人っきりでイチャイチャしながら見ましょう」

「すぐにそういうこと言わないの。見るのはいっこうに構わないけどさ」

「やったデース♪」

 

 隙をつくように危なっかしい発言をぶっ込んでくる切歌ちゃんを牽制しつつ映画館を出る。若さに任せて猛烈アピールしてくる彼女ではあるが、俺との温度差が激しすぎてリアクションが取りづらい。どうやら向こうは俺に好意を向けているらしいが、十歳以上離れている女の子からそういった気持ちを向けられても、微笑ましいの域を出づらいのが正直なところだ。幼稚園生が父親に言う「大きくなったらパパと結婚するー!」くらいにしか思えない。

 

『切歌ちゃんのスキンシップに顔真っ赤にして童貞ムーブしているくせによく言いますね』

「未来ちゃんシャラップ。それ以上いけない」

『子供子供って、もう高校生なんだぜ? いい加減自分で判断できる年齢なんだから、そう言って無下にするのは切歌に失礼だろ』

「……司令相手に懸想している子が言うと説得力が違うね」

『喧嘩売ってんのか? 買うぜ』

『く、クリスちゃんどうどう。藤尭さんも落ち着いてください~』

「……ごめん。ちょっと大人げなかった。謝るよ」

『……アタシも無遠慮だったよ。すまん』

 

 明らかに余計な事を言ってしまった。謝罪の言葉を口にしつつ自分の浅はかさに辟易する。世間体とか周囲からの評価とか、結局は自分本意な理由で彼女の気持ちを拒絶している自分が醜くて仕方がない。だけど、それ以上に世間一般の常識的観点から抜け出せない自身の平凡さに嫌気が差す。分かってはいる。分かってはいるが、分かるわけにはいかないと意地を張る俺がいた。

 

 切歌ちゃんは、こんな自己防衛ばかりする情けない男のどこに魅力を感じたと言うのだろう。

 

「キミはいったい、俺の何が――」

「? 何か言いましたか、藤尭さん?」

「……なんでもないよ。それより、次はどこに行くの?」

「ふっふー! そろそろ小腹が空いてきたので、お次は喫茶店に向かうのデス! なんと調オススメの場所なんデスよ~。いやー、楽しみデスねぇ」

「そうだね。じゃあ早速行こうか」

「デ~ス♪」

 

 ピタッと嬉しそうに俺の腕に抱きつく切歌ちゃん。案の定少しばかり胸を押し付けるようにして性的アピールを敢行しているが、俺はできるだけ心を無にして余計な反応をしないように心がける。女性に対して耐性がないために多少表情に出てしまうのは避けられないことではあるけれど、それ以上に彼女に対しての罪悪感が次第に大きくなるのを感じていた。客観的に見て、最低の大人だ。純粋無垢な彼女の気持ちを弄んでいるのだから。応える気概も無いくせに。

 

「藤尭さん?」

「へ? な、なに?」

「いや、なにじゃなくてデスね。今から行く喫茶店はパフェが絶品らしいんデスけど、藤尭さんは甘いもの大丈夫デスか?」

「甘いのも、辛いのも大好きだよ。というか、あんまり好き嫌いはないかな」

「なるほどデスね! でも確かに藤尭さんは料理も上手だから、好き嫌いが少ないのも納得デス!」

「それ関係あるの?」

「関連性は分かりませんけど、あたしがそう思うのだからそうなのデスよ! 切歌調べ、というやつなのデス!」

「テキトーだなぁ」

「む。フレキシブルだと言ってほしいデス」

 

 そう言ってニッと笑顔を浮かべる切歌ちゃんに微笑ましいものを感じるが、同時になんだかとても申し訳ない気持ちになってしまう。何故だろう。自分でも分からない。どうして俺は、彼女からの想いを年齢差のある勘違いとして処理しようとしているのだろう。

 

 自問自答していると、インカム越しに俺に話しかけてくる1人の女性。装者の中で一番付き合いが長い少女、翼さんだ。

 

『藤尭さんはなまじ頭がいい分、先を読みすぎて自縄自縛になるきらいがあります。「世間的には」、「一般的には」。人より優れているが為に、昔から周囲に合わせることを無意識に行ってしまっているのです。そこを意識しない限り、暁との関係は変わりませんよ』

「……よく見てますね、翼さん」

『数年来の付き合いですから。特機部二の方々のことは、よく知っています』

 

 まるで大人が子供に言い聞かせるかのように穏やかな口調で話す翼さん。年不相応に大人びているとはいえ、本当どっちが大人なのか分からなくなるくらいの正論だ。俺の性格と事情をちゃんと分かった上で諭してくる辺り、司令や緒川さん並みにタチが悪い。風鳴の関係者は、どうしてこうも観察眼に長けているのだろう。少しは分けてほしいところだ。

 

「よーっし、それじゃあ次の場所に向かうデスよ~!」

「おー」

「声が小さいデス! おー!」

「おー!」

「ふふっ。合格デスッ♪」

 

 満足そうに目を細め、あからさまに機嫌良さそうに歩き出す切歌ちゃんにこちらまで気持ちが和らぐ。響ちゃんに負けずとも劣らない彼女の快活さは、俺にとってまるで太陽のように見えた。影でうじうじと愚痴っている雑草を照らす、唯一無二の光。認めよう、俺にとって、切歌ちゃんは多少ながらも特別な存在になっているらしい。

 

 でも、俺は。今までずる賢く生きてきた俺は、どうしても――

 

 

 

 

 

               ☆

 

 

 

 

 

 それから、色んなところを二人で回った。

 

 調ちゃんオススメの喫茶店では、アニメに出てくるようなカップル用のペアストローを出されて動揺を隠しきれず笑われた。結局そのまま二人で1つのジュースを消費したものの、いい年こいてバカップルみたいなことをしている自分を消し去りたい思いだった。……切歌ちゃんは滅茶苦茶楽しそうだったけど。

 

 翼さんとマリアさん発案で、カラオケにも行った。俺自身あまりカラオケに行く機会がなく、歌もそんなに上手くはないのだけれど、切歌ちゃんが聞き上手というか、そこにいるだけで場を盛り上げる天才で、あまり得意ではない俺でも楽しんで歌うことができた。切歌ちゃんは言わずもがな、半端ない歌唱力で高得点を叩き出していた。途中から俺も負けじと高得点を狙いに行ったものの、到底敵わず撃沈してしまった。

 

 最後は未来ちゃんの提案で、なんと焼肉屋。「なぜそこで焼肉ッ!?」と皆の気持ちを代弁したマリアさんが驚嘆していたものの、当の提案者が頑なに譲らず、『晩御飯と言えば焼肉! 異論は認めません!』と今まで見せたことがない迫力で言い張るものだから誰も反論ができない始末。幸い切歌ちゃんは「久しぶりのお肉デース!」と目をキラキラと輝かせていたので問題はなかったようだけど。インカム越しに『甲斐性のない私でごめんなさい……』と世界的歌姫の啜り泣きが聞こえてきたことには触れない方が良さそうだ。FISの懐事情が厳しかったのだろう。

 

 ……そんなこんなで日も落ちて、時刻はすっかり夜の10時。夜更かししてはいけないと、現在俺達は切歌ちゃんが住むマンションの前に到着していた。これがれっきとしたカップルであればこの後にお楽しみ云々があるのだろうけど、そういったことは起こり得ないので真っ直ぐ家まで送った次第である。

 

 ロビーの前に着くや否や、礼儀正しく頭を下げる切歌ちゃん。

 

「今日はありがとうございました! お礼のはずだったのに、あたしの方が楽しんじゃいましたね」

「いや、俺も楽しかったよ。また誘ってくれると嬉しいな」

「……次は、恋人として誘っても、いいデスか?」

「…………」

「好きデス、藤尭さん。あたしは、藤尭さんのことが大好きデス」

 

 今までの明朗快活な様子が嘘のように真剣な面持ちで言い放つ。冗談だとか嘘だとか、そんな要素が入る余地がない本気の告白。こういったことに慣れていないだろうに、彼女なりに勇気を振り絞って想いを伝えてくれている。現に、彼女が握っている両手は心中の不安を表すかのようにプルプルと震えていた。

 

 嬉しい、と素直に思う。こんなに可愛い子から好意を向けられて、嬉しくない訳がない。これが恋愛ドラマなら、首を縦に振ってハッピーエンドだ。ケチのつけようがない完璧な展開。観客がこぞって拍手喝采するような場面。

 

 だけど、俺は。

 

「……ごめん、切歌ちゃん。俺はキミの気持ちには応えられない」

 

 ――ある程度予想はしていたのだろう。台詞の途中で顔を伏せた切歌ちゃんは、肩を震わせながら絞り出すように呟く。

 

「あたしが、子供だからデスか……?」

「…………」

「あたしが15歳だから、子供だから駄目なんデスか!? 幼いから、この気持ちは勘違いだって言うんデスか!?」

「……それは」

「歳の差だとか、年齢だとか、そんなことを理由に断られるのは納得がいかないデス! だって……だって! あたしは誰に何を言われようと! 藤尭さんのことが――」

「切歌ちゃん」

「……なんデスか」

「……ごめん」

「っ!?」

 

 乾いた音が夜の帳に響き渡る。じん、と鈍い痛みが頬から全身に広がっていた。それ以上に胸の奥が締め付けられるように痛むのは、理由を考えるまでもない。

 

 俺の頬を張った瞬間、やってしまったと言わんばかりに一瞬の戸惑いを見せた切歌ちゃんではあったけれど、その後何を言い残すわけでもなくロビーの奥へと走り去って行く。去り際に見えた横顔は元気娘の彼女が今まで見せたことがない悲しみに染まっていて。パタタ、とアスファルトを濡らした水滴が何であるのかなんてわざわざ言うのも躊躇われた。

 

『藤尭さん……』

「ごめんね未来ちゃん。色々と迷惑かけて」

『おい、お前ふざけんなよ! 切歌がどんな想いでお前を叩いたか――!』

『落ち着け雪音! 藤尭さんには藤尭さんなりの考えが……』

『女ぁ泣かせることしかできねぇ考えなんて、クソッタレ以外の何物でもねぇんだよ!』

「……クリスちゃんの言う通りだよ」

『こいついけしゃあしゃあと……! てめぇそこで待ってろ! 今からアタシが性根を叩き込んでやる!』

『だ、駄目だよクリスちゃん!』

『離せバカ! あぁいうのはいっぺん殴られないと治らねぇんだ!』

『駄目だって~!』

 

 鼓膜を破りかねないクリスちゃんの怒声と、それを止める二人の声。反論の1つでもするべきなのだろうが、そうしようとは思えなかった、自分でもこの選択が馬鹿らしいと分かっているのだから。分かった上でやっているのだから、俺は相当のクズ野郎らしい。

 

『藤尭さん。今日は気持ちの整理があるだろうし何も言わないけれど、明日ちゃんと話を聞かせてもらうからね』

「……了解です」

『素直でよろしい。はい、じゃあみんな今日は解散。さっさと帰るわよ』

『待てよ! まだアタシの話は終わっちゃ――』

 

 クリスちゃんの叫び声を最後に通信が切れる。おおかたマリアさんが主電源を落としたのだろう。調ちゃんが一言も発さなかったのは、切歌ちゃんへの同情ゆえか。何にせよ、取り返しのつかないことをしてしまったことに変わりはない。

 

「大変ですね、色々と」

「……緒川さんみたいに、もっと上手に立ち回れたらいいんでしょうけどね」

「いえ、僕だって似たようなものですよ。のらりくらりとかわしているだけで、やっていることは今の藤尭さんと変わりません」

「……良かったんですかね、これで」

「さて、それはなんとも。残念ながら僕は当事者ではありませんから」

 

 相も変わらず何を考えているか分からない表情で肩を竦める緒川さん。彼は同じ穴のムジナだと言っていたが、真正面から彼女を傷つけた辺り俺の方が最低だ。しかも、防人とそれを守る忍という明確な関係性がある緒川さんとは違い、俺は大した理由もなく曖昧なまま拒絶したのだから。「世間一般から外れた行動は後々切歌ちゃんを傷つける」とかいうあまりにも自分本意な言い訳によって。

 

 我ながら死ぬほど不器用だと思う。思うが、仕方がないことなのだ。親もなく、特別な環境下で育ち、基本的に愛情というものに慣れていない彼女が。友情と愛情の区別をつける経験すら得てこなかった彼女が後戻りできなくなる前に、こうすべきだったのだ。

 

 大人として、子供を正しい方向に導くのは当然の行いなのだから。

 

 ……ただ、何故だろう。

 

 

 彼女の笑顔が脳裏から離れないのは、何故なのだろう。

 

 

 




 こっからがメインパート。


試験的に改行行空けやってみたんですけど、今までのとどっちが読みやすいとかどっちが良かったとかあったら言ってくだせぇ。

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