結局昼は四人でラーメンを食し、そのまま中洲川端周辺を散策するなどしてなんだかんだ。さすがに連れ回すのも悪かろうと夕食からは二人でモツ鍋が有名なお店に脚を運んだのだが、これがまたどうして美味しいのなんの。どれくらい満足かというと、隣で幸せそうにお腹を擦りながら満面の笑みを浮かべる切歌ちゃんが歩いている程だ。
「いや~、やっぱりグルメの街福岡は最高デスねぇ」
「道中もだけど、蜂楽饅頭やらぜんざいやら、ちょっと食べ過ぎじゃない?」
「そ、そんなことないデスよ朔也。そ、育ち盛りなあたしにとって、これくらいは朝飯前ってやつデス!」
「晩御飯前だったんだよなぁ」
「それに、今の内に栄養をいっぱい取っておけば、将来ないすばでーな美人になれること請け合いなのデスから! 非常に癪デスが、マリアみたいに!」
「もう結構スタイルは年齢不相応だとは思うけど」
「デス?」
「なんでもないよ」
セーターを内側から持ち上げる様に存在を主張する二つの球体をちら見しつつ、ホテルへの道を歩いていく。今日一日通して食べ歩いていたせいか、満腹具合が半端ない。しかしながら、ちょっと物足りないというか……具体的には、少しばかりお酒が飲みたいなぁとかなんとか思ってしまう。モツ鍋を食べている時にも切歌ちゃんに遠慮してソフトドリンクしか飲んでいなかったから、ホテルで晩酌でもしようかな。
確かホテルの近くにコンビニがあったはずだ。缶ビールとおつまみをいくつか買って、切歌ちゃんが寝静まった頃に一人で飲むのもいいかもしれない。どうせ彼女の事だから、疲れ切って寝てしまうだろうし。
「部屋に戻る前に、少しコンビニに寄ってもいい?」
「あたしは肉まんが食べたいデス。確かこっちのコンビニだと酢醤油がつくって響さんから聞いたことがあるデスよ」
「食い意地コンビの情報網は限定的に凄いね」
「朔也? もしかしなくても失礼なこと言っているデスよね?」
「さーて、ビールとおつまみ買って帰ろうっと」
「無視するとそのお酒飲むデスよ」
「未成年も甚だしいくせにそれは見過ごせないな」
しれっと法令無視な爆弾発言を投げ込んでくる切歌ちゃんに指摘をしつつコンビニへ。この子が日本に来るまでどんな生活をしていたかは知らないが、さすがに飲酒はしていなかっただろう。成人しているマリアさんでさえあの体たらくなのだし、その辺は信用していいはずだ。ただ、年齢故か少々好奇心旺盛な面が目立つ為、こうして色々な事に興味を持ってしまうのは少しばかり危ない気はする。これが親戚の子供とかだったら「好きにしていいぞ~」とか無責任なことを言っていたかもしれないけど、目の前にいるこの子は大切な恋人だ。身体に悪影響が出てもいけない。……興味のままに行動することは悪いとは言わないが。
「朔也、このチューハイってやつは美味しいんデスかね?」
「お酒は二十歳になってから」
「むぅ……朔也がマリアみたいなこと言ってくるデス」
「公務員が法令無視を見過ごすわけにはいかないんだよ」
ジュースやお菓子をしれっと放り込もうとする彼女の進撃を防ぎつつ、目的のものをレジへと持っていく。少しだけ切歌ちゃんの希望するものは買ってあげるが、さすがにお酒の類を買ってやるわけにはいかない。ていうか、マリアさんにも同じことやってるのか切歌ちゃんは。そろそろ学習してくれてもいい気がするんだけど。
「何事にも興味を持つのは良い事だって司令も言っていたデス」
「言っておくけど、キミはまだ年齢的には高校生にもなっていないんだからね? その年で非行に走るのはお兄さん許しません」
「十五歳の身体を好き勝手に弄んでいる男の台詞デスかそれが……」
「レジのお姉さんが睨んできてるから少し黙ろうか切歌」
肉まんと酢醤油をレジ袋に入れている店員さんの目が本格的に怖くて直視できない。そりゃあ二十代男性が中学生の女の子を弄ぶだのなんだの言っていたら、警察呼ぶか悩むよなぁ。俺が逆の立場だったら、逡巡しながらも補導するだろうし。
結局店を出るまで調ちゃん並にじぃっと見つめられた俺ではあるが、背筋に薄ら寒いものを感じただけでお縄につくことはなかった。旅行先で事情聴取とか響ちゃんとクリスちゃんに間違いなく爆笑されること請け合いだろうから、命拾いして何よりである。
その後は夜風に震えつつも二人手を繋いでホテルまで向かい、特にこれといったイベントもなく部屋に辿り着く俺達だった。
☆
「シャワー上がったデスよ」
「じゃあ俺も浴びようかな」
「……お風呂上りのあたしを見てどう思うデスか?」
「あ、明日もあるんだから今日はダメ。大人しく寝てね」
「朔也はお酒飲んで夜更かしするくせに……」
「ある程度飲んだらすぐに寝るから」
ニヤつきながら寝巻の胸元を指で引っ張って挑発してくる彼女から目を逸らしつつ、ユニットバスへと足を進める。最近というか、クリスマスあたりから彼女のセックスアピールが激しくなってきているのは気のせいだろうか。一応生活自体はそれぞれの家で過ごしているし、頻度は増えたとはいえ、お泊りも週末くらいしかしてはいないのだけれど……その度に彼女から誘われて関係を持ってしまっているのは大人として如何なものかとは思わなくもない。……流される俺も俺だが。
服を脱ぐと、カーテンを閉めてノズルを捻る。旅行経験が少ないからか、未だにこういったユニットバスに慣れない俺がいた。支給されているマンションがそれなりにしっかりとした間取りだからというのもあるだろうけど、お風呂に入るのにカーテンを閉めて空間を狭めるという状況に窮屈なものを感じてしまうのはあまり得意ではないのだ。どうしてリラックスすべき空間で狭い思いをしなくてはいけないのだろう。もっと広々と穏やかな気持ちで身を清めたいというのが正直なところだ。
それと、風呂とトイレが一緒になっているから、自分のペースで落ち着けないというのも理由の一つではある。一人は風呂に入っている最中に催してしまった場合の気まずさといったらない。
「旅行向いていないな、俺……」
さっさと帰って自宅でゆっくり好き勝手に寛ぎたいと思ってしまうあたり、根っからの引きこもり体質だ。最近は切歌ちゃんの影響もあって多少は改善されてはきたけれど、外で遊ぶよりは家で料理したりゲームしたりの方が楽しいという実態。どうにも凸凹なカップルだとは未来ちゃんの言である。
そんなしょうもない思考に身を委ねながら身を清めていると、扉の向こうから聞こえてくる愛する恋人の声。ただ、それはなんだかいつもとは少し違った様子で。
『さくやぁ……世界がぐるぐる回ってるデェ~ス……』
「世界が……? って、ちょっと待て切歌まさかビールを勝手に飲んだりは」
『ふみゅぅ~……』
「このバカ!」
嫌な予感を覚えて(というか完全に想像通りだろうけど)慌てて浴室から飛び出す。最低限水気を取って寝巻も下しか履いていないという具合だが、先程まで彼女が座っていたベッドの方へ。今回は彼女のたっての希望でシングルベッドだから部屋自体はそこまで広くはない。その為、浴室を出ると彼女の様子はすぐに確認できた。
ベッドの端。備え付けのテーブルに手が届くほどの距離で丸くなって寝転がっている切歌ちゃん。普通に寝ているのであればまったく問題はないのだけれど、テーブルの上に転がっている空になったビールの缶を俺は見逃さなかった。そして、彼女の顔が真っ赤になっていることから導き出される答えはただ一つ。
「切歌……だからあれほど飲むなって言ったのに……」
「デェス……朔也ぁ~……」
「はぁ。まぁ仕方ないか。明日起きたらちょっとだけお説教だからな」
「うみゅぅ……」
完全に酔い潰れてしまっている切歌ちゃんにもはや溜息が止まらない。彼女と旅行に来ているのに魔が差してビールを買ってしまった俺にも非はあるが、それにしても好奇心旺盛がすぎるだろうに。
ぐるぐる目を回してしまっている彼女に布団を被せると、レジ袋からおつまみ各種を取り出して並べる。どうやらこちらはまだ手を付けてはいなかったらしい。缶ビールが一本しか残っていないから比率的にはちょっと心許ないけれど、ちびちび飲めばまぁ足りるか。生き急いで俺まで酔ってしまってもいけないし、今日はそれなりに疲れているからむしろちょうどよいかもしれない。
時計を見ると夜の十時。寝るには全然早い時間だ。テレビを眺めて過ごすにはちょっとばかし手持無沙汰ではあるけれど……。
適当にチャンネルを回しながら缶ビールを傾けていると、視界の端でわずかに点滅するスマートフォンに気が付いた。表示を見れば、珍しい人からの着信が。
切歌ちゃんを起こさないように気を付けつつ、画面をタッチして通話を始める。
「はい、藤尭ですけど」
『夜分遅くに申し訳ございません、藤尭さん。緒川です』
「こんばんは緒川さん。どうしました? 電話してくるなんて珍しいっすね」
『あ、いえ。なんと言いますか……お恥ずかしいのですが、少しお誘いのようなものでして』
「お誘い? 俺をですか?」
『はい。少々手持無沙汰になってしまいまして。翼さんは就寝してしまっていますし、もし迷惑でなければ、少しお酒に付き合ってはいただけませんか?』
電話に出るや否や、普段通りの丁寧な様子でそんなことを言ってくる緒川さん。珍しい、なんてものではない。基本的に自分の主張を通す性格ではない彼が、自ら飲みの誘いをしてくるなんておそらく初めてのことではないだろうか。彼と知り合ってかれこれ数年が経つが、緒川さんが誰かを遊びなり飲みなりに誘ったのなんて見たことはない。いつも翼さんのマネージャー兼世話役として活動してきた姿しか知らないから、なんともこそばゆいものを感じてしまう。
さてさてどうするか。とはいえそこまで悩むものでもなく。こちらも切歌ちゃんが寝落ちてしまっている状況であるから手持無沙汰なのは同じだ。それに、様子を聞く限り何やら悩みがあるっぽい。おおよそ見当はつくけれども、これを機に彼との距離を縮めるのも悪くはないだろう。
「大丈夫ですよ。こっちも相方が寝てしまって暇だったので、是非」
『ありがとうございます。それではホテルの前で落ち合いましょう。そちらの方が中洲まで近いですし、お迎えにあがります』
「了解しました。待ってますね」
そう言って一旦通話を終えると、私服に着替えて最低限の荷物を見に付ける。彼女が起きた時に心配しないよう、一応書き置きとメールを送り、部屋を後にした。さてさて、なんだか楽しい夜になりそうだ。
未だに知られざる緒川さんの一面が見られることを期待しつつ、彼との待ち合わせ場所へと向かう。
春の原稿が終わったので少しずつ更新再開していきますデス。
Pixivの方にR-18藤×切短編を投稿しているので、良かったら是非。
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=8791354