藤尭×切歌恋愛SS   作:ふゆい

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悪影響は突然に

「着きましたデス、福岡ぁ~っ!」

 

 到着ゲートを潜るや否や、飛行機での窮屈さを解放する様に勢いよく背伸びをする切歌ちゃん。同じ便で到着した周囲の人達がこちらに微笑ましい視線を向けているのが少し恥ずかしいが、俺としても初めての土地ということで多少テンションが上がっている次第だ。さすがに大人として態度には出さないけれど、それなりに心が躍っている。

 

 俺と切歌ちゃんの初となる旅行は、ここ福岡に決定していた。理由としては、以前彼女が言っていたようにグルメ散策をしたかったというのもあるが……もう一つ、別の理由があったりする。

 その理由というのが――

 

「長旅ご苦労様でしたお二人共。普通の旅客機となると、いつものチャーター機とはまた違った気分だったんじゃないですか?」

「それにしても、暁はどこまでも元気だな。うん、そのポジティブさは私も見習わないといけない」

 

 黒づくめのスーツを身に纏った落ち着いた雰囲気の男性と、妙に芝居がかった堅苦しい口調の女性。それぞれがどこか一般人とは違った空気を纏わせる二人が、到着ゲートの前で俺達二人を出迎えてくれた。忙しい身だろうということで出迎え自体はやんわりと断ったものの、ちょうどスケジュールが空いていたらしい。合間を縫ってこうして空港まで来てくれたという訳だ。

 

「わざわざすみません緒川さん、翼さん」

「いえいえそんな。わざわざ遠出してまで翼さんのライブを見に来てくれるファンを労うのは、マネージャーとして当然ですから」

「美味しいご飯も楽しみデスけど、翼さんの晴れ姿も楽しみデース!」

「そ、そこまで素直に期待されると私としても緊張してしまうが……以前のような敵対関係ではないからな。純粋に私の歌を楽しんでもらいたい」

「席は関係者席を取ってありますので、どうぞ二人で心行くままに楽しんでください」

「ほんと、何から何まですみません……」

 

 破格としか言えない待遇にただただ頭が下がる思いだ。仕事仲間とはいえ、今回は完全にプライベートの旅行である。それなのに世界的歌手のライブ、それも関係者席を用意してもらえるなんて早々あることではない。二課特権、とでも言うか。熱狂的なファンが知ったら怒られかねない待遇に身が引き締まってしまう。

 

 緒川さんはナチュラルに切歌ちゃんのキャリーバッグを持つと、手帳を取り出しながら再び笑みを浮かべる。

 

「僕達は一週間後まで福岡にいる予定ですけど、お二人はいつまで?」

「正月なのでゆっくりしたいんですけど、切歌ちゃんがウチの実家に行きたいって言っているんで、今回は三泊四日です。向こうに帰ってから、残りの休暇を過ごそうかと」

「実家に帰省する前に福岡旅行ですか。ご両親に会う前に疲れてしまわないよう気を付けてくださいね?」

「爽やかな顔して結構エグいこと言いますね緒川さん」

「どういう意味合いなのですか、緒川さん?」

「つ、翼さんは知らなくていいと思うデスよ、デス」

 

 普段と変わらないニコニコ具合の緒川さん。言動自体は紛れもなく紳士のソレだが、たまにこうして直球ぶっこんで来るので油断ならない。幸いこういう些事に疎いらしい翼さんは首を傾げているが、当然分かっている俺と耳年増な切歌ちゃんは気が気ではなかった。ていうか、若干十五歳の切歌ちゃんが顔真っ赤にしている状況があまり褒められたものではないけれど。

 

「ホテルはどの辺りに取っているんですか?」

「博多駅の方に予約してあるんで、今から地下鉄ですかね。ちょうどお昼時ですし、荷物を置いたらラーメンでも食べに行こうかと。博多と言えばまずは豚骨ラーメンと言いますし」

「ラーメン……モツ鍋……水炊き……」

「食い意地の張り方が立花に迫る勢いだな、暁は」

 

 欲望に忠実すぎる切歌ちゃんに苦笑を浮かべる翼さんではあるが、今回のメインは食べ歩きでもある為、彼女の反応はあながち間違ってはいない。お金も結構下ろしてきたし、多少の食い倒れは十分に楽しむことができるだろう。福岡と言えばグルメ。これだけは外せない。

 

 一応ガイドブックも持ってきたし、評価の高いお店にでも行こうかな。なんて考えていると、ここで緒川さんがいつものニコニコ三割増しな様子でこんな提案をする。

 

「お二人の貴重な時間を割くのはどうかとは思うんですけど、良かったら一緒にお昼ご飯を食べませんか? この時間帯はちょうど翼さんも休息ですし、たまには大人数でご飯というのも良いと思うんです」

「ちょっ、緒川さん……わ、私はラーメンなどという脂っこいものはあまり……」

「いいじゃないですか。たまにはこうして羽を伸ばして、新天地に挑戦するのも悪くありませんよ」

「それは、そうですけど……で、ですが、暁と藤尭さんの……で、でぇとを邪魔するのは、あんまり……」

 

 何やらモゴモゴと口籠っている翼さん。どうやら俺達の時間を割いてしまうことを気に病んでいるらしい。そんな他人行儀な仲でもなかろうに、変なところで引っ込み思案な防人だ。昔から人見知り、引っ込み思案なきらいがあったけれど、奏さんや緒川さんといった距離の近い人と一緒にいると未だに地の部分が出てきてしまうらしい。

 

 ちら、と先程からガイドブックに目を奪われている切歌ちゃんに視線を向ける。俺の合図に気が付いたらしい切歌ちゃんは一つ頷くと、彼女らしい太陽のような満面の笑みを浮かべ、遠慮がちな翼さんに思いっきり抱き着くと、

 

「あたしは翼さんと一緒にご飯食べたいデース!」

「あ、暁っ!? き、急にそんな抱き着いて来たりしたら衆目の視線が……」

「ラーメン、きっと美味しいデスよ? 豚骨とか、豚骨醤油とか!」

「そ、それは分かっているが……ほ、ほら、豚骨は臭いがするだろう? 一応歌女である私がそういう俗な臭いをつけるのは……」

「翼さんは……あたしと一緒にご飯、食べたくないデスか……?」

「うっ……そ、そういう訳ではなくてだな!? あぁぁ分かった! 分かったから泣かないでくれ暁! 一緒に食べるから!」

「本当デスか? 翼さん、大好きデース!」

 

 先程までの悲しげな様子はどこへやら、翼さんの承諾を得るや否やケロリと笑顔に戻ってゴロゴロと翼さんに頭を擦りつける切歌ちゃん。猫かよ、というツッコミはさておいて、いったいいつからあのような魔性の技を会得したというのだろうか。あぁいうことをするのは未来ちゃんくらいだと思っていたのだけど……在りし日の純粋無垢な切歌ちゃんはどこかへ飛んで行ってしまったらしい。まぁ、可愛いからいいけれど。

 

 切歌ちゃんに弄ばれている翼さん。そんな彼女をまるで我が子を見るように微笑まし気に眺めている緒川さんに気が付いた。

 

 そういえば、彼女が幼い頃から付き人として一緒に過ごしてきたこの人は、翼さんの事をどう思っているのだろうか。今まで何度か見せた動揺っぷりを見るに、決して脈無しという訳では無さそうではあるけれど。あまり自分の感情を表に出さない人だから、彼の気持ちがよく分からない。翼さんは……まぁ見るからに、だ。

 

 もしかしたら緒川さんも、翼さんに伝えられていない想いがあるのかもしれない。そこは本人達の問題で俺達がむやみやたらに関わって良い場所ではないだろうから、余計な事は言わないけれど。

 

「どうしました藤尭さん? あんまり僕の顔を見ていると、彼女さんが嫉妬してしまいますよ」

「は? 朔也?」

「怖い怖い怖い! 別になんとなく眺めていただけだから深い意味はないですよ緒川さん! それと切歌ちゃんはマジな顔で拳を握り締めるのやめて! 怖いから!」

「ここに来てライバルは男とか笑えないデスから本当にやめてください」

「そんなつもりは毛頭ないです、はい」

「なんだ今の暁の迫力は……かつての櫻井女史をも超えるオーラだったぞ……」

 

 そんな戦力的観察を冷静に行っている場合ではないということを分かってほしいところではあるが、なんかもう目が完全に据わっている愛する彼女を宥めることで精一杯な俺は翼さんに助けを求める余裕もない。緒川さんは相変わらず困ったように笑うだけだし、今回の旅行はもしかして四面楚歌か俺!?

 

「まったく、マリアは言わずもがなデスが、最近は未来さんとも仲が良いみたいデスし、ホント朔也は隅に置けないデスね……こうなったら首輪でもつけて強制的に飼い主が誰かというのを周囲に思い知らせる必要性が……」

「ストップ切歌ちゃん。俺の人権が危機的状況に陥りつつあるからそのアブナイ思考を一刻も早くやめるんだ」

「未来さんによると、響さんはそういうのが割と好きらしいデスよ?」

「知りたくなかったよ仕事仲間のそんな裏の顔」

「首輪、危機……? 緒川さん、二人はいったい何の話を……」

「翼さんはまったく知らなくていい内容ですよ」

 

 もうなんかいつのまにかヤンデレ的要素を垣間見せ始めたウチの彼女に最近恐怖が止まらない。た、たぶん愛ゆえの行動だろうから喜ぶべきなのだろう。うん、どこぞの陽だまり女子高生の影響を受けている可能性が微粒子レベルで存在しそうだけれど、これ以上深掘りすると深淵を覗いてしまいそうだ。切歌ちゃんもまさか本気で言っているわけではないだろうし、俺自身が多少気をつけていれば大丈夫だろう。……以前に彼女のスマホを背後から覗いた時に、通販サイトの履歴に首輪や手錠が見えたのは気のせいだと信じたい。

 

 何やら底冷えする笑顔を浮かべ始めた切歌ちゃんから視線を逸らすと、状況を変える為にキャリーバッグを持ち直して緒川さんと翼さんに声をかける。

 

「そ、それじゃあ早速ご飯食べに行きましょうか! ガイドブックによると中洲川端の大型ショッピングモール近くにあるラーメン屋が穴場で美味しいらしいですよ! いやぁ楽しみですねぇ!」

「藤尭さん、僭越ながら言わせていただきますが、背後の暁が今にも貴方を手にかけそうな表情をしているのですが」

「さぁって地下鉄乗り場はどこかな~っと! 緒川さん、案内をお願いします!」

「了解です」

 

 背中にグサグサ突き刺さる殺意の視線をできるだけスルーして歩き出す。これはホテルに着いた時に何をされるか分かったものではない。ご機嫌取りどころか、一晩中彼女が満足するまで付き合わされる恐れがある。初日から疲弊するのはできるだけ避けたいんだけど……愛されている、とプラスに捉えるべきだろうか。

 

 苦笑を浮かべる緒川さんと戸惑っている翼さん、殺意の波動に目覚めた切歌ちゃんという問題しかないパーティを引き連れて、俺の福岡旅行は幕を上げた。

 

 

 




 ラーメン食べたい。

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