藤尭×切歌恋愛SS   作:ふゆい

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マリアアフター

『まったく、マリアの頑固には困ったものデスよ』

「もう、だからずっと謝ってるじゃない……」

 

 電話口から切歌の溜息が聞こえてくる。年齢的には五歳以上下のはずなのだが、なんか上下関係がいつの間にか入れ替わっているような気がする。彼女の背後から未来や調の笑い声が聞こえてくるから、どうやら一緒に遊んでいるらしい。

 

 切歌と調の祝賀会から一か月ほどが経過した。紆余曲折あってようやく彼と結ばれることができた私は、二課の面々への謝罪行脚の末、こうしてようやく元の鞘に収まったわけである。未だに罪悪感や引け目などから強く出られないのは生来の気弱さ故か。特に切歌が相手となるとどうしても条件反射で下手に出てしまう。

 

 すっかりお姉さんポジションを取られてしまった私を他所に、切歌は呆れたような声を上げた。

 

『ずっと帰ってこないから心配していたのに、いざ藤尭さんと付き合い始めたらそのまま居着いちゃうなんて、予想外にも程があるデス』

「居着くって言い方やめなさいよ。こ、婚約者扱いなんだから、事前の同棲は必要でしょ?」

『そうは言うデスがマリア。料理も洗濯も、掃除に至るまで藤尭さんの方が上手なのに、今更貴女がこなす家事なんてあるデスか?』

「う。み、耳が痛い……」

 

 容赦ない切歌の物言いに思わず胸を抑える。

 

 年齢も年齢の為、彼の家で同棲を始めた私ではあるが、元々家事全般が得意な彼に仕事を押し付けているような形になっていた。彼の場合は好きでやっている節があるけれど、こう、将来の妻としてはせめて料理くらいは朔也より上手くなっておきたいというのが正直なところ。とはいえ装者の面々で家事が得意な人なんていないわけで、仕方なしに最近は暇を見つけては二課の料理上手で有名な二児の母、久米田さんに教えを請うている状況だ。最近は肉じゃがの作り方をようやく覚えたところである。

 

 朔也に教われば一番早いのでは? と考えない訳ではないが、彼の為に作ろうとしている中で、その当事者に教えてもらうというのは中々に悔しい。ただでさえ劣等感を覚えているというのに、これ以上負けてたまるか!

 

『まーた変な意地を張ってますよポンコツマリアが』

「切歌、貴女最近本当に容赦なくなってきたわね」

『姉貴分に好きな人取られた身からしてみれば、これくらい許容範囲だと思うデスよ』

「うっ……」

『冗談デスよ冗談。ただまぁ、あたしは明日くらいに駅前の新作ケーキが食べたいデスねぇ』

「くっ……誰がこんな逞しい子に育てたというのっ……!」

『切ちゃんのコレは間違いなくマリアの影響だから。その辺を責任転嫁してはいけないと思う』

「急に出てきて辛辣なこと言うのやめない調?」

『あはは……まぁせっかくだし楽しんでくださいよマリアさん。ちなみに私は今度新作かき氷春の味が食べたいですね』

「未来、貴女も大概強かだと思うわよ……」

 

 三者三様の誹りを受けてなんかもうグロッキーだ。せっかくのデートだというのに、開始前からこんなに疲れてどうする。

 

 ちなみに私がいるのは二課仮設本部の休憩室。装者の皆は出払っているが、オペレーターである朔也は何やら仕事が残っていたらしい。その為、こうして一人彼との合流を待っている次第だ。ディナー以外は特に時間的制限もないから、そんなに急いではいないのだけれど。……少しでも長く一緒にいたいと思うのは、我儘だろうか。

 

『マリアってやっぱり重いデスよねぇ』

「え。う、嘘。私……そんなに重い!?」

『デス。ていうか、もっと気楽にいればいいデスよ。同棲もしているんデスし、藤尭さんは別にマリアから逃げたりしないデス』

「それはそうだけど……」

『……まぁでも、今までが今までデシたから、それくらいあからさまに好意剥き出しの方が向こうも嬉しいんじゃないデスかね』

「切歌……」

『あーあーおアツいことで! いいデスもんねー! あたしには調がいるデスから! ねぇ調ぇ~♪』

『切ちゃん暑い、離れて』

『なんデスとぅ!?』

 

 私を元気づけようとしているのか、あえてひょうきんな言動を見せる切歌。調からはなんか辛辣な反応を受けているが、彼女が本当のところどう思っているのか私には分からない。もしかすると、心のどこかでは私に対して怨みを覚えている可能性だって否定できない。

 

 でも、それでも彼女は私を応援すると言ってくれたのだ。今までの過程がどうであれ、これからは彼女の期待に応える為にも全力で幸せを掴みに行かねばならないだろう。

 

 どこまで優しくてどこまでもお気楽な彼女に無限の感謝を込めて、たった一言を電話口に送る。

 

「……ありがとう、切歌」

『……幸せになってくださいね、マリア』

「お、お待たせしましたマリアさん。あれ、誰かと電話していたんですか?」

「えぇ、ちょっとね。それにしても遅いわよ朔也。婚約者をいつまで待たせるワケ?」

「う、ごめんなさい……」

 

 切歌との通話が終わると同時に、仕事を終わらせた朔也が休憩室に入ってきた。既に着替えは済ませているらしく、薄手のジャケットを羽織った春らしい服装。可もなく不可もなくと言った感じだけれど、まぁ及第点といったところか。

 

「歌姫の隣に並ぶには少し物足りない格好じゃない?」

「普通の一般男性に何を求めているんですか貴女は」

「嘘よ嘘。私にとっては、朔也と一緒にいることが一番の幸せなんだから♪」

「う、ぐ……そういうのは、ちょっとずるいです」

「嬉しいでしょう?」

「まぁ……」

 

 私は即座に立ち上がると、彼に密着する様に腕に抱き着く。スイッチが入らないと初心で童貞臭いところは変わらないのか、照れ臭そうに視線を逸らすと顔を真っ赤に染めていた。こういう男子高校生みたいな反応が本当に可愛らしい。たまに意地張って格好つけようとするところも、個人的には大好きだけれど。

 

 彼の右腕に抱き着いたまま、指を絡める様に恋人繋ぎ。カッ、と彼の指にはまる銀色の指輪に触れて、心が暖かくなるのを感じた。そして、彼と結ばれているという事実がより現実のものに感じられて、胸が弾む。

 

「今日はショッピングして、美味しいもの食べて……うんと楽しみましょ!」

「弱ったな。お手柔らかにお願いしますね?」

「えへへ、楽しみにしているわ♪」

 

 相変わらずネガティブでボヤき癖の治らない恋人だけれど、そこがまた私にとって魅力的な部分でもある。付き合い始めてから彼の色んな面を見られて、毎日が幸せだ。

 

 仮設本部を出る前に誰にも見られていないことを確認すると、一度軽く唇を重ねてから私達はデートへと赴いた。

 

 

                ☆

 

 

 歌手としての収入が本格的に入り始めた私は、正直な話あまりお金に困っていない。

 

 以前のような孤立無援の状況ならともかく、今は衣食住が保証された環境だ。切歌や調の食費も考えなくていいし、ウェル博士の偏食に頭を悩ませる必要もない。

 

 つまりは、時間とお金のすべてを自分の為に使える訳で。

 

「……だからと言って、わざわざ高層ホテルの最上階部屋を取る必要はあるんですかね」

「あら、いいじゃない? せっかくの一か月記念日なのだし、派手にした方が」

 

 完全に呆れた表情で口元をヒクつかせる朔也。サプライズにしたかったから、彼は何も知らない状態でここに連れて来られている。食事の後に芸能人くらいしか泊まらないような部屋に連れて来られたら誰だってこんな反応になるだろうが、素直に驚いている彼の顔を見るのは悪い気持ちはしなかった。

 

 だだっ広いベッドに腰を下ろしている彼の隣に寝転がると、にっこりと笑顔を浮かべる。

 

「朔也への感謝の気持ち、って感じね」

「今日一日のショッピング代や食事代を軽く凌駕しそうな逸品持ってこられると俺も男としてちょっと落ち込んでしまうんですけど」

「それだけ貴方を愛しているってことよ」

「す、ストレートに言われると照れるんですが」

「欧米人はまどろっこしいのが嫌いなの」

「マリアさんは欧米人らしくないですけどね」

「どういう意味よ」

「そういう意味です」

「……むー」

「拗ねているマリアさんはめっちゃ可愛いですよ」

「っっっ。……ずるい」

「お返しです」

 

 寝転がる私の前髪を弄りながら朔也が悪戯っぽく笑う。いつも私の尻に敷かれているくせに、たまぁにこうやって一矢報いてくるから悔しい。ヘタレで鈍感でデリカシー無くて草食系な朔也のくせに……。

 

 やられっぱなしというのは性に合わない私は彼の腕を掴むと、そのままの勢いで彼をベッドへと引きずり倒す。お互いに上着を脱いだだけの格好だから、ベッドに寝るのは少々違和感を覚えた。

 

 倒れ込んできた彼の顔が目の前に現れる。実力行使に目を丸くしている彼にゾクゾクとした感情が浮かんでくるが、私は自分なりに妖艶な笑みを浮かべると、彼の鼻先に軽く唇を落とした。

 

「……ホテル取ったのって、もしかして最初からそのつもりでしたね?」

「あら、どうせ家に帰ったらヤるつもりだったんでしょう?」

「そういう直接的な表現は歌姫としてどうなんですか」

「だって今の私は歌姫でも、アガートラームの装者でもないもの。今の私は、どこにでもいるようなただの女性で……藤尭朔也を誰よりも愛している、貴女の婚約者なんだから」

「マリアさん……」

「朔也。私ね、今とっても幸せなの。大切な人と一緒にいられるってことが、こんなに尊いものだなんて。セレナやマムに負けないくらい、私にとって貴方は大きな存在で……とても、大好きな人だから」

 

 そう言って、再び笑顔を浮かべる。

 

 今まで私は、大切な人を何度も失ってきた。その度に絶望し、悲しみを背負い。こんな思いをするのなら、好きな人なんて必要ないと悩んだ時期もある。

 

 でも、こうして様々な苦難を乗り越えて、彼と添い遂げることができてようやく気が付いた。

 

 

 大切な人の傍にいられるということは、本当に幸せな事なんだって。

 

 

 私の言葉に一瞬驚いたような顔をする朔也だったが、ふと表情を和らげると、寝転がったまま私の顎を軽く抓み、顔を僅かに傾かせる。

 

 そして、いつにない満面な、幸福感に包まれた笑顔を浮かべ、こう言った。

 

「大好きです。愛しています。貴女の隣でずっと、貴女を支えさせてください」

「……付き合って一か月でプロポーズなんて、普通じゃないわよ?」

「正式なやつはもう少し時期を見てやりますよ。今は予行演習と思ってください」

「私としては、いつでも準備オッケーなんだけど」

「マリアさんが俺より料理上手くなったらもう一度言わせてもらいます」

「……生意気」

「強情」

「ヘタレ」

「頑固」

「……愛してる」

「俺もですよ、マリア」

「んっ……」

 

 ――こういうときに呼び捨てしてくるあたり、彼も大概ロマンチストだ。

 

 触れるようなキスから、徐々に舌を絡ませる濃厚な口づけ。息を吸うのも惜しい程に唾液を交換しながら、徐々に互いを脱がせていく。露わになった桃色の突起に歯を立てられ、反射的に背中を反らせてしまった。少しずつ、互いの声が艶やかなものへと変わる。

 

 もう幾度となく身体を重ねてきたが、それらとは比べ物にならないくらいにお互いを求め続ける。名前を呼び、愛を歌い、また名前を呼ぶ。獣のようにまぐわいつつも、そこにあるのは彼への愛情。

 

 自分でもつくづく自制心がないとは思うが、仕方がないのだ。大好きな人がいて、こういう状況があるのなら、必然としか言いようがない。

 

 快感に溺れ、愛を叫び続ける。愛しい彼との時間を一分一秒でも無駄にしないよう、肉体のすべてを混じり合わせるように――

 

 

「大好きよ、朔也」

 

 

 ――愛を、紡いだ。

 

 

 

 




友達「マリアさん√読みたい」
僕「これ藤尭×切歌SSなんだけど?」

 そんなこんなで結構ガッツリ書くことになってしまったマリアさん√。本編時点である意味ではメインヒロインよりも人気を博していた彼女でしたが、書いていく中で好感度というか、キャラクター的な愛情がどんどん募っていきました。気丈なのにポンコツで、ある意味で一番人間味があると言いますか……可愛い(本音)

 マリアさんは装者の中でも唯一成人ということで、かねてより書きたかったダークでビターな風味となっております。韓流ドラマっぽいという評価をいただいていますが、僕自身こういう淫らに乱れたドロッドロした恋愛ものを書きたい欲があったので、実験的にも大満足。個人的には本編とは別の意味合いで最高の出来だと思っています。頑張った自分。

 読者様方からの応援もあり、無事にIFマリアも完結させることができました。本当に感謝です。ありがとうございます。

 次回からは本編第二部に続いていきますが、メインCPの藤尭さんや切歌ちゃんはもちろんの事、ライバルポジションのマリアさんの活躍にも注目していただけると二倍楽しめるのではないでしょうか。良い意味でも、悪い意味でも。

 最後に、ふじきりSSなのに「マリアさん√読みたい!」と声を大にして言ってくれた読者の皆さん。そういうの嫌いじゃないよ! でもふじきりのことも忘れないでね!

 また次回お会いしましょう、デス。


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