「……なるほど。事情は理解しました。色々言い訳はしていたけれど、とにかくアルコールに負けて一夜の過ちを犯してしまったと」
「いや、バッカじゃねぇのお前。だから無理して居酒屋なんかに連れ出すなって言ったのによ。無理するからこんな捻くり回したカオスに陥るんだ。反省しろ反省」
「返す言葉もないわ……」
翌日。怒り心頭のクリスに呼び出しを食らった私は、彼女達が授業の終わった夕方に未来の寮へと足を運んでいた。何故クリスの家でないのかと言うと、言わずもがな、同じマンションに私達の部屋があるからである。自業自得だとはいえ、今は彼女達の顔を合わせるのは限りなく避けたい。
響は切歌の説得に向かっているようで、先程から未来がメールのやり取りをしていた。直接顔を合わせるのは難しいだろうと、彼女達が仲介役として連絡を取ってくれているのだ。ありがたいというか、申し訳ないという気持ちが凄い。
明らかに呆れた表情を浮かべ、大仰に溜息をつくクリス。
「にしても、後輩を助ける為に計画したのに、まさかそこでアイツのライバルが増えることになるたぁ予想できなかったぜ」
「う……」
「えっと、確認しておきたいんですけど……マリアさんは藤尭さんのことが好き。ということで、合ってるんですよね?」
「……えぇ」
ストレートに皮肉ってくるクリスを他所に、未来が不安げな顔で問いかけてくる。真実を言うべきか悩んだが、この二人に嘘は到底通じなさそうだ。胸にチクチクとした痛みを感じながらも、自覚してしまった彼への気持ちを打ち明ける。
「明確に何があったから好き、という訳ではないのだけれど、気が付いたら彼に惹かれていたの。今回恋愛相談ってかこつけて居酒屋の場に連れ出したのも、もしかしたらそういった気持ちが元々あったからかもしれない」
「だから妹分の気持ちを利用してダシにしたってのか。最低だなアンタ」
「クリス!」
「うるせぇよ。こういう奴にはガツンと言っておいた方が良いんだ。甘やかしてもロクなことにならねぇ」
「……クリスの言う通りよ。自分の気持ちだとはいえ、切歌を利用した形になったのは否定できないもの」
「でも……人を好きになるってことは誰にも責められるべきことじゃないと思うんです。今回はこういう形になってしまったとはいえ、みんなが幸せになれる方法がきっと――」
「いえ、いいのよ未来。元々これは切歌と藤尭さんの問題だもの。私はそれを横恋慕で一瞬奪い取ろうとした。これ以上、あの二人に関わってはいけない」
「そんな……そんなの、マリアさんが救われない!」
悲痛な面持ちで未来がそんなことを叫ぶ。相変わらず優しい子だ。いや、響という絶対的なヒーローと常に一緒にいるから、それなりに影響されているのかもしれない。良いか悪いかはおいといて、こんな私の為に声を荒げてくれる人がいることが嬉しい。クリスも口では厳しい事を言っているが、それも私と切歌のことを案じての事だ。感謝しこそすれ、彼女達に恨みを抱くことは絶対にない。
目の端に涙を浮かべてまで私を気にかけてくれる優しい彼女に微笑みかけると、
「ありがとう、未来。貴女のその気持ちだけで、充分私は救われているわ」
「マリアさん……」
「……切歌にはアタシとあの馬鹿から事情を伝えておくよ。マリアが今直接顔を合わせるのは逆効果だからな」
携帯端末を操作しながらそう言うクリス。響あたりにでも連絡をしているのだろうか。放っておいてくれても良さそうなのに、最後まで面倒を見てくれるあたり本当に優しい。
「迷惑かけてすまないわね、クリス」
「はン。後輩の世話は先輩の役目だから気にすんな。まぁ、今日はさっさと帰って家で……いや、切歌と会う可能性があるから、別のところで寝た方が良いか。しっかし、良さそうな場所は――」
「こ、ここに泊まってください!」
「未来……?」
唐突に名乗りを上げた未来に怪訝な視線を向けてしまう。確かに先程から私の事を気にかけてくれているが、何故ここまでしてくれるのだろうか。妙に勘繰ってしまい首を傾げる。
不思議に思う私と同じ気持ちだったらしいクリスが代表して未来に問いかける。
「急にどうしたんだよ。それに、あの馬鹿が帰ってきたら寝る場所もねぇだろ」
「響は今日は切歌ちゃんの家に泊まるって連絡が来たから大丈夫。それに、私はもう少しマリアさんの相談に乗ってあげたい」
「…………」
「だって、報われない恋がそのまま消滅しちゃうなんて、悲しいもの。せめて、せめて私だけでもマリアさんの味方をしてあげたい」
「……お前、つくづくあの馬鹿に似てきたな」
「大好きな人に影響されるのは当然でしょ?」
呆れたように溜息をつくクリスに未来は胸を張って答える。彼女もまた、私のように悲劇的な恋をしているというのか。思い当たる節はあるが、もしそれが彼女の事だとするのなら、私以上に残酷で、どうしようもない話だ。
未来は強い。それこそ、装者の中でも他の追随を許さない程に、精神的な強さを持っている。対して、私はどうだ。藤尭さんの強さに甘え、クリスの優しさに甘え、未来の厚意に甘えている。あまりに弱い。最年長だというのに、情けないにも程がある。
――でも、それでも私は、あの人の事が……、
その時、ふと。
未来は何を思ったのか、私の顔を見るや否や、唐突に私を強く抱き締めた。
何が起こったか理解が遅れ、思わず彼女の名前を呼ぶ。
「み、未来……?」
「大丈夫ですよ、マリアさん。私がついていますから、今日はうんと吐き出しちゃいましょう」
「いや、そんな、吐き出すことなんて……それに、その……」
「マリアさん」
いつもの優しく大人しい彼女らしくないはっきりとした口調に、私は言葉を呑み込んでしまう。背中に回された腕にさらに力が籠められると、彼女はまるで我が子を慰めるような柔らかな語調で言葉を発した。
「今だけは、甘えていいんです。私が、全部受け止めますから」
「……いい、の?」
「はい。今日だけはうんと甘えて、うんと泣いて……それで、そこからどうするか考えましょう。大丈夫、きっとみんなが幸せになる道があるはずですから」
「……ぁ、ぅ。あぁぁ……!」
彼女に抱き締められたまま、内から湧き出すように嗚咽を漏らす。双眸から溢れる涙は、私の不甲斐なさを表しているようで。まるで子供のように涙で彼女の服を濡らしながら、クリスが見ていることも忘れて大きく声をあげる。
――クリスが私達の家に向かった後も、私は未来の腕の中で泣き続けた。
☆
夜。
あの後、晩御飯としてビーフストロガノフを作ってもらったり、一緒にお風呂に入って相談に乗ってもらったり、と割と少女めいた半日を過ごした私ではあるが、夜も更けた深夜一時近く、慣れないベッドでなかなか寝付けないでいた。
隣では未来が綺麗な寝顔ですやすやと静かな寝息を立てている。この寮には二段ベッドが備え付けてあるものの、彼女達はいつも同じ段で二人で寝ているらしく、下のベッドは段ボールや鞄などによって、完全に物置と化していた。やむを得ず未来と枕を並べて寝ている次第ではあるけれど、どうにも密着していけない。
「こんな可愛い寝顔のくせに、装者の中でお母さん的立ち位置なんだから……人は見た目に寄らないわよね」
いつも向かい合って寝ているのか、こちらに顔を向けたまま寝ている彼女の前髪を軽く梳く。少し口元が緩んだため起きたかと思ったが、目を覚ます様子はない。どうやら眠りは深いようだ。
未来の場合は一番近くに響という手のかかる子供がいるから、ここまで包容力に溢れているのかもしれない。以前にクリスも彼女にはお世話になっているようだし、ある意味で二課の中でも相当な実力を持った存在なのかもしれない。……同じように手がかかるはずの二人がいる私は、未だに子供なのは触れない方が良いだろう。
あまりに寝付けない為、一旦ベッドから降りる。水でも飲めば眠れるだろうか。手持無沙汰な為、部屋の隅で充電中の携帯電話を先に取りに行く。
「……メールの通知?」
画面がピカピカと光っていた為見てみれば、新着メールの文字。どうやら未来との生活でメールのチェックを忘れていたらしい。企業や営業元のメールを避けつつ、宛先を確認していく。
――その中で、一つ。
『藤尭さん』と書かれたメールが、何故か一際私の目を惹いた。
一瞬で喉が干上がり、全身から汗が吹き出し始める。心臓の高鳴りは止む様子を見せず、身体の火照りも治まらない。先日無理矢理に肉体関係を迫ってしまった罪悪感から、携帯電話を持つ手が無性に震えてしまう。
本当なら、このまま無視してしまうのがいいのだろう。彼らにはもう深入りしないと決めたのだ。切歌の為にも……そして、私の為にも。過ちはあの一度だけだと、自分の中で折り合いをつけたはずだ。
……その、はずだ。
どれくらいそうしていただろう。数分か、もしかしたら一時間が経っていたかもしれない。それほどまでに、私は戸惑いと混乱の渦中にいた。ぎゅっと携帯電話を握り、画面を見つめ続け――
私は、彼から届いたメールを開いていた。
そこに書かれていたのは、謝罪の文章。元はと言えば私が悪いのに、彼は自らの甘さと軽薄さを自責し、あろうことかすべての責任は自分にあると述べていた。拒否できなかった自分の責任だ、と。
いったいどこまで優しいのだろう、この男性は。あの現場を見ていた人間ならば、十中八九私が悪いと言うはずなのに。大人としての対応なのか、それとも私を気遣っての返答なのか。私を一ミリも責めることはせず、ただ自分が加害者であるとして物事を終わらせようとしている。
どこまでも優しくて、気弱で――――どこまでも、ずるい人だ。
だって、せっかく諦めようとしていたのに、忘れようとしていたのに、ここで優しくされてしまうと、諦められないではないか。
一つ、唾を呑み込むと、私は返答の文章を作っていく。それはとても卑怯で、彼の優しさに漬け込むような最低の返信。私はこんなに醜い女だったのかと、自分自身に幻滅してしまうような文面。
そこには、こう書かれている。
『私に悪いと思っているのなら、恋人ごっこを続けて。明日の夜、貴方の家で待っています』
……つくづく最低だ、私は。クリスや未来の想いを、切歌の気持ちを……そして、藤尭さんの情を、すべて踏みつけているのだから。
それでも、彼への想いを諦めることはできなかった。「人を好きになるのは自由だ」という未来の言葉が嫌と言う程脳内を駆け巡る。誰よりも私の事を考えてくれた彼女を言い訳にしているあたり、本当に救いようがない。
チクチクと胸に刺すような痛みを感じながら、水を飲んでベッドへ戻る。未来を起こさないように気をつけつつ、少しでも寝られるようにそのまま瞼を閉じた。目が覚めた時すべて夢だったらいいのに、と有り得ない事を願いながら。
友達「ふじきりSS読んだよ」
僕「どうだった?」
友達「マリアさんIFが読みたい」
僕「切歌と藤尭さんは?」
友達「マリアさん可愛い」
僕「ねぇメインの二人は??」
悲しい(泣)