藤尭×切歌恋愛SS   作:ふゆい

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夜を引き裂く曙光の如く

「切歌ちゃん達、大丈夫かなぁ」

「大丈夫だよ。藤尭さんも覚悟を決めたみたいだし、きっとハッピーエンドになるって」

「ギリギリでビビッてすごすご帰ってきたりしてな」

「雪音、それは藤尭さんに失礼だぞ」

「わぁーってるよ。冗談だっての」

「切ちゃん……」

 

 響と未来の部屋に集まり、やきもきとそれぞれ落ち着かない様子の装者達。クリスも減らず口を叩いているけれど、貧乏ゆすりが止まっていないあたり心配はしているようだ。かくいう私も悶々とする気持ちを抑える為に先程から知恵の輪に挑戦している真っ最中。ちなみにこれで三個目だ。

 

「マリアさんはなんでそんなに落ち着いているんですかぁ。切歌ちゃんと藤尭さんの運命がかかっているんですよ~?」

「そんな大袈裟な……」

「いや、確かに立花の言う通りだ。一世一代の大一番。外野である私達だが、彼らの緊張がこちらにまで伝わってくるようで身震いするな」

「そこまで感情移入することかしら。……ま、私はあんまり不安視してはいないんだけど」

「へぇ、随分とあのヘタレにご執心みたいじゃねぇか」

「そういうわけじゃないけれど。ていうか、そういう事あんまり言うとまたいらぬ誤解を招くからやめなさいね」

 

 彼と噂されても嫌な気持ちはしないが、仮にも妹分が好意を寄せている相手だ。余計な火種を生んで次なる諍いを起こすのは本意ではない。確かに、ちょっと情けなくて母性をくすぐる彼の事を放っておけないのは事実ではあるけれど。

 

 しかしながら、他の面子は何やら深読みしているようで。

 

「えぇ~? あんなに楽しそうにちょっかい出しているくせに、好きじゃないとか言われても説得力ないですよぅ」

「いや、そんな小学生みたいなことしないから」

「マリア、最近だと藤尭さんの話しかないから、てっきりそういうことなんだと。切ちゃんに譲っているのは、相当の意思を持ってやっているんだって思ってた」

「だから別に何にもないって……」

「まぁ落ち着けよお前ら。一旦マリアに自覚させる時間を取ろうぜ」

「あのねぇ皆。そうやってすぐに色恋沙汰に持っていこうとするのは、若人の悪い癖よ」

 

 やめろ、とは言わないが、さすがに過ぎるのではないだろうか。私はともかくとして、藤尭さんや切歌に迷惑が掛かってしまう。この子達は傍観者だから別に構わないと思っているのかもしれないけれど、保護者としてその辺は見過ごすわけにはいかない。

 

 そもそも、私と藤尭さんがどうこうなるなんて有り得ない話だ。だいたい、なんで世界の歌姫である私が、あんな優柔不断で気が弱い男を好きになるのか。確かにちょっと顔が良くて、料理ができて、優しくてキザで家庭的で――――

 

「…………」

「マリアさん?」

「……いや、駄目。嘘、嘘よ嘘。そんなわけない。それは本当にマズいから」

「急に顔を爆発させてどうしたんだよマリア。真っ赤だぞ?」

「私がそんな、このマリア・カデンツァヴナ・イヴがあんな、その、駄目。待って待って」

「まるで恋する乙女のような表情をしているが、大丈夫かマリア」

「だっ、誰が恋しているかぁ――――っ!?」

『分かりやすいなこの人』

 

 この場にいる全員が呆れたような視線を送ってくるが、現在彼女達に構っている精神的余裕はない。信じられないし信じたくないが、否定しようとすればするほど自分の中で答えが明確になってきて否定材料が破壊されていく。駄目、嘘、嘘でしょマリア。今更こんな気持ちを抱くなんて、遅い上にどうしようもないじゃない!

 

「後の祭りで飛び回って火に突撃した気分だわ……」

「いやぁ、面白い展開になってきましたなぁ(ニヤニヤ)」

「そのニヤニヤするのをやめなさい響」

「いひゃいっ、いひゃいでふよひゃりあひゃ~ん!」

 

 ニタニタと腹立たしい笑みを浮かべて私をからかおうとしてくるガングニール装者にお仕置き兼八つ当たりを執行。あーもーまったく、いい歳こいて何浮ついているのよ私……。

 

「恋するマリア、二十一歳ってか」

「ぶん殴るわよクリス」

「盛り上がっているところ悪いがお前達! 結構な一大事だ一旦宴会場に集まれ!」

「うひぃっ!? し、師匠!?」

 

 完全におもちゃを見つけた感覚で私を弄ろうとしていたお転婆娘に手が出そうになったところで、扉をぶち破らんばかりに姿を現した司令に全員が目を丸くする。女子の部屋に乗り込むとか正気の沙汰ではない、というツッコミをぶつけようとしたが、彼の様子がそれを許さなかった。見るからに焦った顔で私達を見渡している。

 

「ど、どうしたんだよおっさん。友里さんが風呂場で溺れでもしたか?」

「そんな冗談を言っている場合ではないぞクリス君! これは結構洒落にならない緊急事態だ。場合によっては正規適合者のキミ達に出動してもらう可能性も否定できない」

「な、なんだよそれ。何があったってんだ」

 

 一寸の遊びも許さない剣幕の司令に戦慄が走る。皆が息を呑む中、司令は額に浮かぶ冷や汗を拭おうともせずに、わずかに声を震わせて現状を伝えるのだった。

 

 

「藤尭と切歌君の姿が見当たらない。その上、予報よりも数段階酷い豪雨に見舞われている。つまりは、嵐の中で二人が行方不明という事だ」

 

 

                ☆

 

 

 切歌ちゃんの捜索を始めて三十分ほどが経過した。

 

「雨やっべぇ……これ、下手すると俺死ぬんじゃなかろうか」

 

 横殴りに降ってくる雨に打たれながら思わずボヤいてしまう。近くでは落雷の轟音が響いていて、いつ真上に落ちてくるか気が気でない状況だ。足元も完全にぬかるんでおり、少し足を取られれば脇の崖に土砂崩れしてしまう可能性が大きい。

 

 こんな状態にもかかわらず、未だに切歌ちゃんは見つからない。この天候だからそこまで遠くには行っていないと思うけど、万が一のことがある。もし怪我をして動けなくなっていたりしたら、それこそ一貫の終わりだ。

 

「切歌ちゃーん! 返事をしてくれー!」

 

 必死に声をあげるものの、ビュウビュウと吹き荒ぶ風雨にすべてを掻き消されてしまう。段々と視界も奪われてきて、このままでは俺自身の安否も定かではない。

 

 一度戻るべきか、と考えたけれど、そもそも今俺はどの辺にいるのだろう。豪雨の中一心不乱に歩いてきたから、方向感覚が死んでいる。

 

「……遭難ってやつじゃね、これ」

 

 かいてはいけない汗が全身から湧いてくる。幸い激流のおかげでじっとりと気持ち悪くなることはなかったけれど、秋口の気温に濡れ鼠が拍車をかけて身震いが止まらない。旅館から着てきた浴衣もすでにぐっしょり濡れている為、もはや衣服としての機能はほとんど働いていないのが現状だ。はっきり言って、相当ヤバい。

 

 ――そんな時、視界の端に見覚えのある金髪が過ぎった。

 

「っ! 切歌ちゃん!」

 

 最後の力を振り絞って走り出す。ここで見逃したらおそらく次はない。

 

 ぬかるんだ土を蹴ってふらつきながらも駆け出していく。

 

「なんで、なんでそこまでするデスか! 放っておいてほしいデス!」

「そうはいかない! 俺には、キミを追いかける義務がある!」

「っ……義務とか保護とか、そういうのはもうウンザリなんデスよ! いいじゃないデスか。あたしみたいな面倒くさい子供なんかより、マリアと一緒になった方が藤尭さんもきっと幸せに――」

「キミがいいんだ! 切歌ちゃんじゃないと駄目なんだ!」

「で、でもっ! あたしは何も変われないデス! 藤尭さんはあたしの為に変わろうとしてくれているのに、あたしは子供のまま、一歩も成長していないデス! そんな、そんなあたしなのに、藤尭さんの好意に甘えてるだけだなんて――!」

「暁切歌が大好きなんだ! 変わるとか変わらないとかじゃない。ありのままのキミが……そのままの切歌ちゃんを愛しているんだ!」

「ふっ、藤尭、さん……?」

 

 さすがにストレートが過ぎたのか、離れた場所から見ても分かるくらい動揺したように驚く切歌ちゃん。彼女の足がピタリと止まる。豪雨のせいですぐには近づけないが、一歩ずつ、確かに少しずつ距離を縮めていく。

 

「馬鹿みたいなプライドでキミを傷つけてしまった。いつまでも過去に縛られて、キミの気持ちを踏み躙ってしまった。許してくれ、なんて言わない。恨むならずっと恨んでくれても構わない。

「…………」

「でも……でも、これだけは聞いてほしい。俺はキミの事が、暁切歌のことが大好きだ! 子供だとか保護対象だとか関係ない! 世間からの風当たりは……ちょっとは不安はあるけれど! でも、キミとなら乗り越えられるって信じている!」

「藤尭さん……」

「だから、だからっ……!」

 

 後少し。後一歩。手を伸ばせばそこに、彼女がいる。

 

 

 ――――だが、ここで神様は味方するのを放棄したようだ。

 

 

 ビキ、と足元から嫌な音が聞こえ始める。それは次第に大きさを増し、明らかに何かを崩しているような崩壊音へと膨れ上がっていく。徐々に身体が揺れ、地面自体が揺れているような錯覚。

 

 なに、なんだこれ。え、嘘だろ、まさか。

 

 土砂降り。海岸沿い。遮られた視界。崖。

 

 これだけの要素が揃っていながら、何故失念していたのか。何故、警戒の一つも怠ったのか。

 

 ズッ! と。

 

 視界に映っていた切歌ちゃんの姿が一瞬ぼやける。

 

「藤尭さん!」

 

 悲痛な切歌ちゃんの叫びが聞こえてくるが、直後に襲いかかる浮遊感。背後から聞こえてくるのは、来るものすべてを呑み込まんとうねりを上げる荒れ狂った海の咆哮。さすがに直接見ることは気が退けるが、たぶんこれは相当なピンチではないだろうか。

 

 あ、これ死んだわ。

 

 場違いにも冷静に自分の状態を客観視できるくらいの窮地である。俺がシンフォギア装者だったら生還の可能性が残っているだろうけれど、残念ながら俺はただのオペレーター。超能力にでも目覚めない限り、この場を打破する方法はない。

 

 あー、せめてもう少しちゃんとしたシチュエーションで告白したかったなぁ。

 

 そんな馬鹿なことを考えている中、背中に猛烈な打撃が入る。どうやら海面に叩きつけられたらしい。内臓にダメージでも入ったのか、アニメみたいに吐血してしまう。そのまま何することもできず、徐々に海中へと呑み込まれていく。

 

 次第に意識も薄れてきた。慰安旅行で死んだ場合って保険とか下りるのかな、とかなんとか思いつつ、少しずつ意識を手放していく。もう、視界は完全に闇の中だ。

 

 走馬燈、なんてもんは実際のところ見えないらしく、闇に包まれたまま一歩ずつ死へと近づいていく。

 

 最後にもう一度だけ、彼女に触れたかったな、なんて。

 

 そのままふっと意識が消失する。ただ、幻聴なのか何なのか、最後に耳に残った声。……まるで歌のようなそれは、いったい。

 

 

 

 ――――夜も引き裂く曙光の如く。

 

 

 




 次回、藤尭死す! 

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