藤尭×切歌恋愛SS   作:ふゆい

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 少し形式が変わります。


純情イノセント

 俺は今、何故旅館の一室で正座を決め込んでいるのだろうか。

 

「藤尭さん」

「なんでしょうか未来ちゃん……」

「なんでも何もありません。マリアさんとクリスには相談しておいて、あろうことかこの私にまだ何も言っていないことがありますね?」

「クリスちゃんに関しては俺の意思とは無関係だった気がするけど……ていうか、未来ちゃんにわざわざ言う事では――――」

「わ、私だって装者の中では保護者的立場なのに! あの二人ばっかり大人な相談ムーブするのはずるいじゃないですか! 響の子守だけじゃなくても、私は恋愛相談だってお手の物です!」

「あれっ? 未来? 今なんか巻き添えでディスられた気がするんだけど? みくぅー?」

 

 相変わらず可哀想な響ちゃんはおいといて。

 

 マイクロバスに揺られること数時間。海岸線に隣接する温泉旅館に到着した俺達は、各自部屋を割り振られてしばらくの自由時間を楽しんでいたはずだ。時間も夕方前で出かける感じでもないし、家から持ってきていた据え置きゲームを同室の緒川さんとプレイしていた。こういう娯楽になれていないにも関わらず超絶テクニックを披露してきた緒川さんに十連敗を喫しながらも、久しぶりの休みらしい休みに心躍らせていたのがつい十分前の出来事である。

 

 そこからはまるで嵐のように過ぎ去っていったから、ダイジェストでお送りしていこう。

 

『藤尭さんを発見致しました未来隊長!』

『お手柄よ響隊員。そのまま私達の部屋まで連行して』

『あいあいさー!』

『な、なにしてんの響ちゃん。そんでもってどうして俺の方に近づいて――』

『すみません藤尭さんっ! 当て身っ!』

『たわばっ』

 

 ……とまぁ、こんな感じで気が付いたらひびみくの部屋にぶち込まれていた次第である。そのまま流されるように正座を促され、目線を上げれば仁王立ちで不服そうに俺を見下ろしている未来ちゃんの姿。機嫌を損ねている事情がいまいち掴めなかったが、どうやら切歌ちゃん関係の事らしい。どうにも理由が自分勝手すぎやしないかとは思わないでもないものの、これくらいの女の子は多感な時期であるから頼ってほしいという我儘もあるのだろう。

 

 部屋の隅で苦笑交じりに俺の方を見てくる響ちゃんは頼りに出来なさそうなので、現状この空間の支配者である未来ちゃんにとりあえず声をかける。

 

「き、切歌ちゃん関連のことだったら、一応二人に相談してとりあえずの決心はついたんだけど……」

「それは聞いてます。最年長マリアさんと先輩クリスの二人なら間違いなくちゃんとしたアドバイスと説得をしたんだろうってことも分かります」

「だったら……」

「でもっ! あんな切歌ちゃんを見ておいて、結果だけ大人しく聞くなんて私にはできませんっ!」

「……えー」

 

 とんだ自己満足説教を見ている気分だ。

 

 未来ちゃんはずいずいと顔を寄せてくると、決して上機嫌だとは思えない笑顔で詰め寄ってくる。

 

「さぁ話してください。どんどん話してください。切歌ちゃんへの想いやら気持ちやら、どうやって関係を修復、もしくはそれ以上にするつもりなのかをさぁさぁさぁ!」

「理不尽か!」

「恥ずかしいなら安心を。この部屋の会話は別室で聞いているマリアさんやクリス達にも筒抜けなので、何も心配することはありません」

「日本語大丈夫? 心配しか存在しない状況だよね?」

 

 マリアさんやクリスちゃんの二人は既に状況をご存知だから今更何という訳でもないけれど、調ちゃんや切歌ちゃんはいないよね? これで本人聞いていたら地獄以外の何物でもないぞ。

 

 一応不安材料を取り除くべく未来ちゃんを問い質すが、彼女は笑顔を崩さない。

 

「大丈夫です。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、心配ありません」

「それならまぁ……いやよくはないけど」

「まず聞きたいのは、切歌ちゃんの告白を断った理由ですね。二人には聞きましたけど、どうしてそんなに世間からの目を気にするんですか?」

「あー……えっと、それって絶対話さなきゃダメ?」

「無理に、とは言いません。でも、ある程度は知っておきたいんです。だって、そうじゃないと、何も知らないまま二人を応援するなんてことは、無責任なことですから」

「無責任、ねぇ」

「そうです。元はと言えば何も知らない私が余計な後押しをしてしまったことが原因なんですから。私があの時藤尭さんを困らせなければ、もしかしたらこんなに関係がこじれることはなかったかもしれないのに……」

 

 顔を俯かせ、申し訳なさそうに言う未来ちゃん。確かに、結果だけを見れば彼女の一手が原因を作ったと言えなくもない。デートの約束を後押ししたのも、装者全員でデートのサポートをすると言ったのも彼女だ。本人としては責任感を覚えているのだろう。

 

 ……だけど、この事で彼女が罪悪感を抱えるのは、大きな間違いだ。

 

 正座を崩し、わずかに身体を震わせる彼女の肩にポンと手を置くと、

 

「未来ちゃんは何も悪くないよ。遅かれ早かれこうなっていたと思うし、タイミングの問題だって」

「でも……」

「あの時の俺は切歌ちゃんからの好意を受け取る気は毛頭なかった。それはどのタイミングでもきっと変わらなかったと思う」

「…………」

「でも、こうして状況が変わったから、俺は自分を見つめ直すことができた。そして、切歌ちゃんへの気持ちを再認識することができたんだ。そこはむしろ感謝しないといけない」

「藤尭さん……」

「ありがとう、未来ちゃん。そして、聞いてくれるかな? もう一度俺を応援してもらう為に。俺の価値観、そのすべてを」

「……はい。聞かせてください。そのうえで、私は今度こそ藤尭さんをサポートしたいです」

 

 先程の不安げな表情とは打って変わって強い意志を湛えた瞳で俺を見据える未来ちゃん。ずっと黙り込んでいた響ちゃんもニコニコ笑顔で様子を見守っている。別室の装者達はどうか分からないが、大人しく聞いていてもらえると幸いだ。

 

 さて、と一息入れ、俺は話し始める。実際はそんなに大したことではない。ただ、周囲から浮くことの辛さを、そして「普通ではない」という生き辛さを実感した、そんな俺の体験を話すだけだ。

 

 かつて友人から突き付けられた言葉。そして俺が「普通」を求めるきっかけとなった体験を少しずつ話していく。徐々に表情が変わり、目の端に涙を浮かべ始めた二人の少女を目前に、俺は改めて自身の気持ちの変化を実感するのだった。

 

                ☆

 

 

 

 最初、現実を自覚した時は、頭の中が真っ白になっていた。

 

 

『ごめん。キミの気持ちには応えられない』

 

 何故、どうして? 疑問符ばかりがあたしの頭を駆け巡る。分からない。何が行けなかったのか、何が悪かったのか。どうしてこの人は、こんなに辛そうな表情であたしに言葉をかけているのか。

 

 混乱の末に行きついた結論は、「子供」というあたしの状況。彼と一緒にいる間、常のように言われてきたことだ。保護対象として、子供としてのあたしだから、彼の隣にはいられないのだと。大人である彼と一緒にいることはできないのだと。……そう、結論付けた。

 

 自分ではどうしようもない結論に怒りを、そして悔しさを覚えたあたしは極度の虚無感に襲われた。部屋を出る気力も起きず、普段なら喜んで取り組む訓練でさえも体調不良を理由に拒否する始末。このまま衰弱死するのではないか、とぼんやり頭で考えてしまう程に、何事に対しても無気力な状態が続いていた。

 

 ……そんな時、新しくできた先輩からの提案で、近くのお店に食事をしにいくことになった。あたしを元気づけようとしていると思ったから一度は断ったのだけれど、どうやら事情が違うらしい。それも、向かおうとしているのは大人な居酒屋。お酒なんて勿論飲めないあたしだけれど、彼女の提案を聞くと即座に断ることができなかった。

 

 

 知りたかったのだ。彼が抱える本当の気持ちを。そして、本当の理由を。

 

 

 お店の一番奥の陣取り、ジュースと料理をつまみながら二人の会話を聞く。盗聴みたいで気は引けたけど、背に腹は代えられない。それより、今はこの胸のざわめきをどうにかしたいと思ったから。

 

 昔から姉貴分としてあたしを世話してくれた歌姫がやけに激しいスキンシップを彼に仕掛ける様は正直イラついたけど、時折目が合う度に悪戯っぽく微笑んでくる様子から、どうやらあたしを焚き付けているらしいことが分かる。酔ったふりして彼にもたれ掛かった時は思わず飛び出しかけたが、そこは先輩が止めてくれた。「そういうところが子供なんだぞ」と叱られてしまったが、あれは向こうが悪い気がする。

 

 その後、先輩が彼の元へ向かい、あたしは先輩から渡された携帯端末を持って自分の家に帰宅した。遠隔操作で二人の会話が聞こえてくる。ぬいぐるみのことをバラされて少し恥ずかしかったけれど、続く彼の言葉にあたしは心臓が高鳴るのを感じてしまう。

 

 そして、あたしは自分自身に問いかけた。

 

 

「あたしは本当に、彼の不安を取り除けるほど強い人間なのだろうか」と。

 

 

 施設での訓練を乗り越えて、世界をかけた事件を解決して、新しい環境を手に入れて。そんな先でのあたしは、本当に二人が言う程に強い女性なのだろうか。

 

 先輩は言った。「何かあったら私達が全力で助けてやる」と。

 

 歌姫は言った。「あの子はずっと成長していて、ずっと大人なんだから」と。

 

 でも、果たして本当にそうなのか? あたしは、彼女達が言うような大人になれているのか?

 

 それから数日間悩みに悩んで、大規模な遠征の日になった。あまり盛り上がる気分になれず、親友から借りた恋愛小説を何の気もなしに読み進めていると、ふとこちらに視線を向ける彼に気が付く。見るからに挙動不審な様子で声をかけてくる彼に対して浮かんでくる感情。怒り、愛しさ、悲しみ、歓喜――

 

 結果として彼を拒絶するような反応を返してしまった自分に後悔を覚える。その後、また歌姫がまるで恋人にするかのように激しいボディタッチをする様を見て、更にフラストレーションが溜まった。こういうところが子供なのだと分かっているのに。

 

 ――――そして、今。

 

 お世話になった先輩コンビの押しに負け、あたしはとある部屋の押し入れに息を潜めて隠れている。拒否はしたものの、元々押しが強い非戦闘員の先輩に負ける形でここに連れてこられていた。襖一枚隔てた向こうからは、件の彼の声が聞こえてくる。

 

 何が始まるのか。首を傾げるあたしを他所に、彼は話し始めた。

 

 彼の価値観を形作った出来事と、その顛末を。

 

 ……聞き終えたあたしは、正直な話茫然としていた。だって、彼の事情なんて知らずに、一人で悶々としていたのだから。

 

 彼の選択は当然だ。自分の事も、あたしの事も考えた結果の選択なのだから、責められる道理はないだろう。

 

 だけど、その上で彼はあたしとの関係を考えてくれている。それは嬉しい。今すぐにでもここから飛び出して、彼の想いに応えたい。

 

 でも、だって、いや、そんな。

 

 今のままじゃ、彼の好意に甘えているだけじゃないか。何も解決はしていない。あたしは、あたし自身は何も変わっていない。そんな、そんな状態で行動するなんて、そんなのあたし自身が許せない。

 

 でも、でもどうすれば。どうすれば変われる? 何の後悔も憂いもなく彼の隣に立つには、あたしはいったいどうしたら。

 

 分からない。分からない。分からない。分からない。子供の自分には、皆目見当もつかない。

 

 

「あたしは……どうすればいいデスか……」

 

 

 誰も聞こえない襖の奥で、あたしの呟きは闇の中へと吸い込まれていく。

 




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