藤尭×切歌恋愛SS   作:ふゆい

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 藤尭×切歌とかいうドマイナーカップリングにハマってしまったので自給自足の為に書いていく予定。


Episode:雨ときどき暁
雨ときどき暁


 実年齢イコール彼女いない歴とかいうたいそう不名誉な肩書を持つ俺ではあるけれど、現状を不満と思っているか否かと問われればなんだかんだノーなわけで。

 

 非番の時はオンラインゲームに勤しんだり料理の腕磨きをしたりと何気に充実した毎日を送っている。独り身の現状を同僚の妙齢女性(最近合コンが上手くいっていないらしい)とたまに愚痴り合ったりはしながらも、かといって特段何をする訳でもなく自分に気が赴くままに新しい料理に挑戦しては自己満足する日々。かつての同級生が徐々に結婚報告を寄越してくる中、いつ無くすやも知れない命をその日その日で十二分に燃やし続けるような生活を送れる訳でもなく、なんとなく自堕落に過ごしてしまっているあたりは少し反省したいところだ。

 

 ザーザーと激しい雨が窓を打ち付ける。女心は秋の空、と言わんばかりに千変万化な天候だ。つい先日は残暑厳しい熱帯夜が続いていたというのに、降りしきる雨は熱されたアスファルトを片っ端から冷やし始めていた。今日も昼間はカンカン照りだったので、いわゆるゲリラ豪雨というやつだろう。傍迷惑な事この上ない。実際俺も少し降られた一人である。

 

 そして、同様の被害を被った不幸な人間がもう一人。

 

「ふぃー。急にどしゃどしゃ降られた時はどうしようかと思いましたが、ちょうど藤尭さんが通りかかってくれて助かったデスよー」

「まぁ家も近かったしいいんだけどさ。しかし一人暮らしの男の部屋に大人しくついてくるとかちょっとばかし危機管理が足りてないんじゃない?」

「いやー、藤尭さんなら大丈夫かなって」

「はぁ? なんでよ」

「女性に対してどうこうするような度胸はないって友里さんがこの間言ってたデスからね!」

「よぉしあの行き遅れは後日ネットの恐ろしさを思い知らせてやる」

 

 俺の預かり知らないところで根拠のない風評被害を受けていたことを知らされ、正直泣きそうなところを我慢している。

 

 シャワー上がりで湿っている髪をゴシゴシとバスタオルで拭きながら居間のソファへと腰かける金髪の少女。にぱにぱ笑顔で軽く俺をディスってくる彼女の名前は暁切歌。仕事仲間というか保護対象というか、なんとも形容しがたい間柄の女の子である。一応装者という肩書はあるものの、リンカー頼みで迂闊に戦闘ができない彼女を戦闘要員としてカウントするのは少々気が退ける大人で紳士な藤尭さんだ。ディスられてるけど。

 

 着替えがないとかで俺のワイシャツを彼シャツ感覚で着ている切歌ちゃんはソファにちょこんと座ると楽しそうにバラエティ番組を鑑賞していた。ちょうど翼さんが出演しているらしく、彼女独特の台詞回しが台所にまで聞こえてくる。

 

『くっ……何のつもりの当て擦り……』

「いつも思うのデスが、翼さんはどうしてあんな変な喋り方をするんデスかね」

「え、それ切歌ちゃんが言うの?」

「デス? あたしはいたって普通に普通の喋り方デスよ? やだなー藤尭さん」

「えぇ……いや、なんかもういいや……」

 

 脳内でクリスちゃん辺りが「お前が言うなッ!」と目を三角にして怒鳴り散らしているが、大人な俺は余計な火種を生まない主義だ。たとえツッコミが喉の奥まで出かかっているとしても、本人が疑問に思っていないのならわざわざ指摘する必要はない。回避できる争いは意地でも避けるのが非戦闘員である俺の生き方である。

 

 ふとテレビの時計表示を見ると、昼の一時を跨ごうとしていた。雨に降られて身体も冷え切っているであろう切歌ちゃんにせめてものもてなしとして、先程から調理していた特製野菜スープをマグカップに入れて差し出す。

 

「ほい。あったかいものどうぞ」

「これはこれは。あったかいものどうもデス! 気遣いのできる男の人は好感度高いデスよ!」

「そりゃどうも――――っ!?」

「ん? どうしましたか顔が林檎みたいデスけど」

「な、なんでもない。うん、なんでもないよ」

 

 キョトンとした顔で訪ねてくる切歌ちゃんから必死に顔を逸らす成人男性。

 

 理由としてはあんまりはっきり言えることではなく、具体的に言うとサイズが合っていないシャツの胸元がちょっとだらしない感じになっているとかそういうアレだ。襟ぐりから年齢不相応に成長したあれそれが垣間見えてちょっと心中穏やかではない。ただ、あまりにも隙だらけな彼女をそういう風に見るのは保護者的立場からしてどうなのかとの思いから自己防衛に走らせていただいた次第である。時と場合によってはマリアさんや調ちゃんから殺されかねないし。

 

 童貞特有の女性耐性ゼロな軟弱さに打ちひしがれる俺を他所に、特製野菜スープを啜っていた切歌ちゃんが驚いたように声を上げた。

 

「美味しい……。これ、インスタントとかではなく、藤尭さんが自分で作ったんデスか?」

「そりゃまぁ。さすがに客人にそんな雑なモノ出さないよ。料理は趣味だし、それくらいなら軽く作れるし」

「す、すごいデスね……。贔屓目抜きにしても美味しいデス。これ、そこら辺のお店よりもクオリティ高いデスよ」

「そこまで手放しに褒められると照れちゃうなぁ」

「お世辞でもなんでもないデスよ! これなら毎日でも飲みたいデス! 藤尭さん、毎日このスープをあたしの為に作ってくれてもいいんデスよ?」

「考えとくよ。まぁでも、これくらいなら誰でも作れるようになるから、今度教えてあげようか?」

「本当デスか!? やったー調が喜ぶ顔が目に浮かぶデース!」

 

 無邪気に喜ぶ切歌ちゃんに自然と表情が綻ぶ。

 

装者だなんだと言いつつも、やはりこういう根っこのところは年相応な女の子らしい。その上切歌ちゃんを初めとした装者の面々は何かと幼少期に不遇な時代を過ごしてきた傾向にあるから、こういうなんでもない平々凡々な日常が重要なのだろう。俺みたいな一般人には分からない苦労があるに違いない。

 

 自分用にもう一杯野菜スープを用意して彼女の隣に腰を下ろす。画面ではクイズに正解できなかった翼さんがクレーン車によるバンジージャンプを敢行していた。この歌姫はどうしてこうもバラエティ班として活躍しているのだろうか。仕事を取ってくる緒川さんの考えがよく分からない。こういう番組にばかり出演した挙句、オフの日には響ちゃんやクリスちゃんにからかわれるのだから不憫だ。

 

 終始楽しそうにテレビを見続ける切歌ちゃんを何の気なしに眺める。そういえば、何故彼女は珍しくも一人で街中をうろついていたのだろうか。普段ならば調ちゃんとセットで行動しているイメージが強いのに。

 

 何か特別な事情があるのかと聞いてみれば、返ってきたのは至極普通の答えだった。

 

「マリアはチャリティコンサートの準備でいないし、調は響さんと映画を見に行ってて不在だったので。暇潰しに探検していたのデスよ。まだ住み始めたばかりで知らないこともたくさんあるから、散歩は発見の連続なのデース」

「ふーん。てっきり調ちゃんと喧嘩でもしたのかと。結構普通な理由で安心したよ」

「……藤尭さんってたまにデリカシーありませんよね」

「デス語尾を消してまでマジトーンで言われると傷つくから勘弁してくれ」

 

 じぃっと彼女の相棒のように糾弾の視線を向けてくる切歌ちゃんから目を逸らす。何やら軽く地雷を踏んでしまったらしく、部屋の温度が数度低下したような身震いを感じた。おかしいな。あったかいものを飲んでいるはずなのに、おかしい。

 

「……というか、切歌ちゃんとこうして面向かって話すの初めてじゃない? いつもは任務の延長線上とか、通りすがりとかだけど」

「言われてみれば確かにそうかもデス。ていうか、藤尭さん基本的に自分から女の子に話しかけようとしないじゃないデスかー」

「うぐ。い、いや、だってそれはまぁ、うん、いいんじゃないかな?」

「はぁ……ヘタレで初心でプライドが高いって、女性にモテない三重苦デスね」

「真正面から切りつけてくるの本当にやめて」

 

 これみよがしな大きな溜息に肩を落とす。溜息をつきたいのはこちらの方だ。年頃の女の子なんて皆複雑な内面をしているのだから、何か迂闊な事を言って逆鱗に触れるのは御免被りたい俺の気持ちを分かってほしい。司令や友里さんみたいに完全に保護対象として接せるなら問題ないのだろうけど、こちとら筋金入りの女ッ気ゼロマンである。あれだけキャピキャピした(死語)女性陣が近づいて来れば、自ずと距離を取ってしまうのは致し方ないと言えよう。というか、全員やけに美少女なのが悪い。

 

 チラ、とこちらに詰め寄っているデスデス少女に視線を飛ばす。うん、例に漏れず美少女だ。少し垂れ気味の大きな眼とか、ピョンと跳ねたチャーミングな寝癖とか、健康的な八重歯とか――――

 

「ど、どうしたんデスか藤尭さん。そんなに勢いよく首を振ると取れちゃいますよ」

「なんでもない、なんでもないから。その飲み終わったカップ洗うから貸して」

「むむっ! そうは問屋がウェル博士! 一宿一飯の恩義は忘れないのが暁流なのデス! 食器洗いくらいはお任せあれ! 洗剤とスポンジはどこデスか~?」

「あ、洗い場の隅に……」

「了解デース!」

 

 動揺を誤魔化す為に洗い場に逃げようとしたのだが、何故か恩返しに励み出した切歌ちゃんがマグを持ったままてててと走って行ってしまった。結果オーライ……なのか? 袖が余っているシャツを捲ってせっせと食器洗いに勤しんでいる姿がなんとも微笑ましい。……シャツの裾から見え隠れする肌については触れない方が良さそうだ。というか俺の精神衛生によろしくない。

 

 このまま頃合いを見てお迎え役のクリスちゃんでも呼びつけるかな、とかなんとか考えている矢先に、耳に届くは切歌ちゃんの悲鳴。どうやら洗剤が貸し出し中のシャツに飛んでしまったらしい。また洗えばいいので特段気にする事はないものの、本人が滅茶苦茶慌てているので放っておくわけにはいかないだろう。

 

溜息一つ、台所へ向かう。

 

「あわわわわー! せ、せっかく貸してもらったシャツが泡わわわー!」

「落ち着いて。もうこの際シャツはどうでもいいから、洗うことに専念してもらえる? 洗った食器は俺に渡して。乾燥機にかけるから」

「め、面目ないデス……」

「謝る前に手を動かそうなー」

 

 涙目で謝ってくる切歌ちゃんの肩をポンポンと叩く。子供を慰めるのは頭を撫でるべきか悩んだが、俺のメンタル的にそんな気色悪いことはできそうもなかったので却下。これが司令や緒川さん辺りなら違和感なくやってのけるんだろうけど、こちとら生憎非モテ人生まっしぐら。無理なハードルは避けていくのがモットーである。

 

 怒られると思っていたらしい彼女はしばらくポカンと間が抜けた顔で口を開いていたが、すぐにいつも通りの天真爛漫な笑顔を取り戻すと食器洗いを再開した。今回は泡だらけなんて何のその、といった具合に手を動かしている。うん、子供はこれくらい一生懸命に真っ直ぐな方がいい。

 

「……こうして二人で作業していると、なんだか新婚さんみたいデスね!」

「げほげほえっほ! うぇっほぁ!」

「ふ、藤尭さん?」

「なんでもない!」

 

 ちょっとばかし隙だらけなところが、玉に瑕ではあるけれど。

 

 

 


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