それでも僕は提督になると決めた   作:坂下郁

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 前回のあらすじ
 戦闘開始…だけどモヤモヤ。

(20190110 一部改訂)


095. 甘く優しく、そして強く

 「全艦反航戦準備、突にゅ…え…?」

 

 単縦陣で突入し大火力でに圧倒を目論むと見られた敵艦隊は、最大戦速まで増速すると弧を描くようにそのまま教導艦隊とすれ違い通り過ぎていった。この間に受けた攻撃は散発的なもので、こちらを叩くためではなく、変針を強要して反航戦を成立させないようにするためとしか思えなかった。

 

 「な…ん、で…?」

 

 水雷戦隊を率い部隊の先頭を疾走していた神通の顔が戸惑いに揺れる。強大な砲戦火力を有する部隊の行動にしては消極的過ぎる。時雨が首を傾げながら敵の背中に砲を向けるが、すっと差し出された神通の手に遮られる。

 

 「ふぅん…逃げる気かな?」

 

 「敵に背を向けるとは…それでも海域の首魁…でしょうか…? いいでしょう、ならば後方から急追、同航戦で仕留めます!」

 

 速度と機動力に勝る水雷戦隊は殆ど横転しそうな急角度で大回頭すると再び速度を上げ始める。一連の動きは、高度六〇〇〇mを進む瑞鳳の航空隊から俯瞰できる。敵艦隊は大きな弧を描き五体での一糸乱れぬ艦隊運動を続けている。今なら艦爆隊の急降下爆撃を躱せないと瑞鳳が航空隊を差し向けようとした時、別な動きに気が付いた---。

 

 「神通さん、敵攻撃隊っ!! 援護に行くねっ‼」

 

 瑞鳳の急報に先頭を行く神通が怪訝な表情に変わり、すぐさま全周索敵に入ろうとして、目に飛び込んできた反射光に目を細める。一つ、二つ、三つ…敵艦隊と入れ替わるように、次々と深海復讐艦攻の部隊が現れ突入してくる。

 

 「神通、涼月、状況報告っ!」

 

 日南大尉からも短く鋭い指示が飛び、一三号対空電探改を装備する涼月が垂直方向を、二二号水上電探を装備する神通が水平方向の索敵に当たっていたが、それでも補足できなかった敵航空隊の接近。電探での探知を避けるため海面すれすれの高度を維持し、中にはあまりにも高度を下げすぎ海面に接触して墜落する機もいるが、明確な殺意を振りまきながらみるみる近づいてくる。そして上空では護衛の深海猫艦戦を突破して水雷戦隊を守ろうと瑞鳳の零戦隊が乱舞する。

 

 「上空は瑞鳳に任せて、時雨と神通で前衛、敵を射点に着かせなければいい。雪風は中盤まで下がり前衛の撃ち漏らしに備えるんだ。涼月は後衛、対空射撃管制に徹して絶対に前に出るなっ!」

 

 中破の二人を後方に下げながらの防空戦-日南大尉から緊迫した指示が飛び、艦隊は一斉に動き出す。神通は下腕部が甲板状の黒い耐熱防護板に覆われた左手をまっすぐ前に伸ばし肘の下を右腕で支え砲撃体勢に入る。照準や発射角など構ってられない、一刻も早く敵機が射点に着くのを妨害しなければ。速射性能に優れた一〇cm連装高角砲を装備する時雨はすでに水平射撃を開始している。

 

 「僕が…全力で守るから」

 「よく……狙って…なんて言ってる場合じゃっ!!」

 

 時雨の連装高角砲が発する甲高い砲撃音が連続で響き渡り、何個かの小隊に分かれ突っ込んでくる敵編隊の先導機(パスファインダー)が爆散する。涼月の指示で的確な照準を得ると次々に敵機を狙い撃つ。時雨の奮戦で少しだけ余裕の出た神通も砲撃を敢行する。二〇.三cm連装砲の轟音が響き、爆風が茶色の髪とリボンを激しく揺らす。だが至近距離から突入してきた敵編隊のすべてを抑えられるはずもなく、少なくない数の雷撃が神通達に襲い掛かる。必死の回避運動と瑞鳳の烈風隊の奮戦もあって敵部隊は辛くも撃退したが、瑞鳳の航空隊は大きな損害を受け態勢を立て直す必要に迫られ、水雷戦隊も神通と時雨が小破する損害を受け、目標とした敵艦隊との距離が大きく開いてしまった。

 

 

 

 刻々と戦闘海域から飛び込んでくる情報に基づき、普段の冷静さを置き去りにして、必死に防空戦の指揮を執り続ける日南大尉。隣に座る鹿島はC4ISTARの情報を更新しながら、ちらりと横目で大尉を盗み見る。大尉の作戦がここまで見事に躱されたのは初めてかも…と思う。

 

 戦況は悪いと言っていい、それも頗る付きに。

 

 アウトレンジで発艦し空母ヲ級を狙う赤城航空隊、敵の航空隊を釣り上げつつ先制を狙う瑞鳳航空隊、敵艦隊に迫ろうとする神通率いる水雷戦隊…緻密に組まれた用兵は、途切れることの無い相互連携により成り立つ。大尉の作戦は、相手は交戦開始地点を後方に下げるだけで、教導艦隊の連携を台無しにされたと言ってもいい。

 

 赤城のアウトレンジ攻撃の前に水雷戦隊が攻撃を受け、敵直掩機を釣り上げつつ急降下爆撃を担うはずの瑞鳳が水雷戦隊の援護に急行する状況。自部隊の動きは当然把握しているが、相手の意図は分からない。分からない物を自分の意図に沿って動かすのが戦術であり作戦だが、動かす要素が増えるほど状況は複雑になり、僅かなミスが成否を分け修正が難しくなる。

 

 すでに当初企図した通りに作戦が推移していない事を理解し、日南大尉は作戦を立て直そうと状況把握に努めている。視線はモニター上を動き回る輝点から離さず、無意識なのだろう、制服の詰襟を開けると乾いた口の中から絞り出した唾を飲み込むように喉をごくりと動かす。

 

 -わ…喉仏動いてる…こういうフと見せる男らしさって…。

 

 日南大尉の姿に思わず見入っていた鹿島は、ぷるぷると頭を振って合を入れ直す。作戦に沿って敵を動かして効率的に戦闘を運ぶ大尉だが、状況の変化にも柔軟に対応しこれまでは戦ってきた。だが今回は、すでに状況が変わっているのにヲ級に固執しているように見える。損害は受けたものの敵の航空攻撃は辛くも退けた。敵の打撃部隊は後退したが未だ無傷、第二波の航空攻撃も警戒しなければならない。敵が態勢を整えなおすのが先か、赤城の航空隊が敵に届くのが先か-いずれにしてもこの僅かな凪の時間に次の手を打たねばならない。

 

 

 「涼月と雪風を…みんなを…これ以上傷つける訳にいかないだろう…」

 

 

 大尉がぽつりと零した小さな呟きは、騒然とする作戦指令室の中でかき消されたように思えたが、さざ波の様に多くの艦娘の耳に届いていた。もちろん、隣に座る鹿島の耳にも。

 

 

 鹿島はようやく大尉の『焦り』の正体に気が付いた。

 

 

 夜戦に備えた戦力温存などではなく、もちろん中破した涼月と雪風だけを特別扱いしている訳でもない。戦艦ル級も脅威だが、砲撃は二次元的な攻撃でしかなく射程外にいればそれで済む。けれど、長大な攻撃距離と立体的に高速で機動しながら目標を自在に変えられる航空攻撃を躱し続けるのは至難の技。ヲ級を倒せば味方の脅威は減り、エアカバーを失った戦艦ル級に航空攻撃で大打撃を与えられる。そうすればこれ以上誰も傷つけずに済むから---。

 

 「だから大尉は、空母ヲ級を真っ先に倒したかったんですね…」

 

 2-5をS勝利で突破した先にしか、教導艦隊の皆が望む未来は得られない。だから部隊の艦娘達は自らを省みずに戦うだろう。戦場にいたら、自分でもそうすると鹿島は思う。それが分かるからこそ、共に戦場に立てず、退けとも言えない大尉にできる、精一杯の攻め(守り)。気づいてしまうと、もうどうしようもない。鹿島は眼の縁を赤くし泣くのを堪えながら、隣にいる若き指揮官がどれほど自分たち艦娘に思いを砕いているのか、改めて思い知らされた。

 

 

 -ああ…この人は、結局何も変わっていないんだ。

 

 

 合理的な作戦指揮と裏腹に、艦娘が傷つくのを割り切れない甘さ。きっと今でも葛藤や逡巡があるのだろう。日南大尉はそういう自分を割り切ることなく、それでも提督になろうとしている。自分は、そんな彼が勝つために何ができる? 鹿島は別の視点から戦場を俯瞰し始めた。そもそも、ヲ級を倒すのが目的ではない。あくまでも敵艦隊を殲滅して2-5を解放することが最終目的となる。なら、教導艦隊を迎え撃つ敵艦隊は何を考えているのか?

 

 「迎え…撃つ? まるで指揮官がいるみたいに…?」

 

 むうっと眉根に皺を寄せ、細い顎に支えながら小首を傾げた鹿島は、自分の言葉に何か引っかかりを覚え、頭脳をフル回転させ始めた。そして、隣のオペレータ席で起きた変化にも、引っ掛かりを覚えた。

 

 

 

 「He-y 大尉…」

 「金剛、今はそんなことしてる場合じゃない」

 「はぁっ!?」

 

 銀のツインテールを大きく揺らして鹿島が驚きの声をあげ、僅かに不快感を声に乗せた日南大尉の目の前にいるのは金剛。大尉とデスクの狭い隙間に入り込むと、そのままデスクに腰掛けて長い脚を組み、大尉を見上げるように意味ありげな纏わりつくような視線を送っている。背中から腰にかけての綺麗なSカーブを強調するように背筋を伸ばし、すうっと両腕を伸ばした金剛の巫女服様の上着の袂が白い影となって鹿島の視線を遮る。

 

 金剛は妖艶な笑みを浮かべながら日南大尉の顎をなぞる様に指を添わせ、もう一方の手を第一種軍装の胸元に忍び込ませる。周りから見ればナニヤッテンノ!? 的な状態で、夕立や村雨がゴゴゴしたのは言うまでもなく、祥鳳は泣きそう、ウォースパイトは無言のままキレそう…そんな光景に心底頭が痛いという素振りで困り果てた顔をする榛名。

 

 「…どうせこんな事だと思ったネー」

 一転、いたずらっぽくふふっと笑った金剛の手には、日南大尉が胸の内ポケットに忍ばせていた一通の封筒がある。表書には『退官届』の文字。この戦いに負けた時、あるいは誰かを轟沈させるような事になった時、日南大尉は躊躇わず提出する腹積もりでいた。そして大尉が唖然としている間に金剛が畳みかける。

 

 「こんなコトで思い詰めるなら軍を辞めてもイイのデース。その時は私が食べさせてあげるヨ? 御子柴中佐から前に稼いだ指名料と延長料金、運用したらかなりいい金額に育ちマシタカラ。けど違うデショ? 弱気の虫は、Nooo! なんだからネ! 大尉は絶対に負けまセン。もし負けるなら、私達が弱かっただけデース。デモネ、大尉の指揮で私たちが戦って、勝てない理由なんかないヨ」

 

 びりびりっと音を立てポイッと紙吹雪を撒き散らすと、金剛は黒いミニスカートを揺らしながら机を下りて、スッキリした表情で姉妹達の元へと戻っていった。その背中に日南大尉が声を掛ける。どこか肩の力が抜けたような、落ち着きを取り戻したような声。

 

 「金剛、自分は誰かに養ってもらうつもりはないよ、男だしね。…けど、ありがとう…」

 

 振り返らずに上げた右手をふりふりとする金剛の背中に柔らかく微笑んだ日南大尉は、ばしんと音を立てて両頬を叩く。

 

 一方で現場は緊迫の度を増している。Uターンして遠ざかった敵打撃部隊が東方面に再進出してきたとの報告が入り、さらに北方向の空には敵の第二次攻撃隊。対ヲ級でアウトレンジ攻撃を敢行するため航空隊を指揮する赤城からも、明らかに焦燥が伺える声で通信が入った。

 

 戦場を大きく迂回して超低空飛行を続けながら空母ヲ級を求めていた赤城だが、なかなか敵影を捉えられない。このままアウトレンジ攻撃を続けるか、水雷戦隊に進行中の敵に向かわせるかーー日南大尉の表情が苦しげに歪む。

 

 

 「…分かったぁっ!」

 

 鹿島が唐突に勢いよく立ち上がり、皆怪訝な表情で鹿島の動きを眺めていた。

 

 「大尉、これは…最近確認された『特異種』の可能性大ですっ!」

 

 鹿島が声を上げ、特異種の言葉に大尉の表情が怪訝なものへと変わる。今の所鹿島だけが掴んだ、敵艦隊攻略に向けた『何か』--。




 えっと、物語にお付き合いいただいている皆様、いつもありがとうございます。坂下、明日から海外へと旅立ちます。帰国は2019年1月中旬頃となる予定です。行く先はネット環境があんまり安定していないという話もあり、可能ならハメの巡回とか更新もするつもりですが、どうかなぁ…。気長に次回の更新をお待ちいただけますと嬉しいです。それでは、気の早いご挨拶ですが、A Happy Xmas & A Happy New Year!

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