それでも僕は提督になると決めた   作:坂下郁

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 前回のあらすじ
 季節ネタは難しいのがよく分かりました。


085. ウェスト・エンド・ガールズ -2

 豊後水道を南下した左側に見えてくる広く開けた湾口部を経て、奥に向かって狭くなる三角形の宿毛湾の最奥部に向かい、第二警戒航行序列で整然と進んでくる欧州連合艦隊。

 

 実戦で必ず随伴する水雷戦隊は同行せず、戦艦と重巡を中心とした、ある意味で見栄えを重視した編成となる。宿毛湾泊地側も、本部施設が置かれる池島地区、その奥に位置する教導艦隊が本拠とする片島地区に至る水道に蓋をするように咸陽島と大島周辺まで艦隊が前進し出迎える。

 

 その大島に設けられた臨時の野外作戦司令部では、頑丈かつ軽量な野戦用指揮官席に座りながら、日南大尉は艦隊の様子をモニター越しに確認中。親善航海で来港する欧州連合艦隊の出迎えのため、宿毛湾本隊の一一名と教導艦隊の七名で編成される儀礼艦隊が抜錨している。

 

 教導艦隊からは秘書艦の時雨と宿毛湾唯一の欧州艦ウォースパイトが参加しているため、秘書艦代理として涼月が日南大尉に付き添っているが、どうも普段の大尉の様子とは違うように涼月は感じていた。彼がまだ兵学校の学生だった頃にドイツのキール軍港に派遣されていた事、彼と共に訓練に参加した艦娘の多くが今回の親善艦隊に参加している事…懐かしさを隠さない表情を見せられ、隣り合う椅子に座る涼月は、胸の裡がもやもやとして、銀の細い毛先をつまらなさそうに指で弄んでいる。

 

 

 

 展開された儀礼艦隊の前列に展開される艦隊は梯形陣が左右に分かれ二重に敷かれ、上空から見ればV字型で構成されるのがよく分かるだろう。右翼は本隊の打撃部隊、最強の矛・大和を中心に、ビッグセブンの一角を成す長門と陸奥、脇を固める摩耶と鳥海、そして教導艦隊のウォースパイト。左翼は泊地総旗艦の翔鶴、瑞鶴、大鳳の装甲空母部隊を中心とする空母機動部隊に秋月型三姉妹が護衛に就く。

 

 「…………………」

 

 後列に陣取るのは教導艦隊で、部隊を率いる時雨はガチガチである。まさか国際儀礼上欠くことのできない礼砲を担う儀礼艦隊に参加する日が来るとは夢にも思っていなかった。旗艦の緊張は部隊に伝わり、白露、夕立、村雨、由良、阿武隈と連鎖的に動きがおかしくなる。通常の観艦式と同様の艦隊行動で、動作は難しいものではない。だが本隊所属の艦娘達と精度が決定的に違う。一つ一つの動作のタイムラグが積み重なり、教導艦隊は必死に隊列を乱さぬよう努力していた。

 

 宿毛湾泊地の場合、港湾管理線を来港する艦隊の旗艦が超えた瞬間に一発目の礼砲が発射されなければならない。そのため、前列左翼の空母部隊の艦載機は前進観測班として上空に展開、実戦さながらの緊張感で近づいてくる欧州連合艦隊の航路と速度を刻々と中継している。

 

 「今日は貴女に栄えある第一射を譲ります」

 「That will be great」

 和傘を差し掛けた大和が涼しい笑顔で告げると、前列右翼の最後尾に位置するウォースパイトがこくりと頷き無言の返事を返す。栄誉と重責は背中合わせ、ウォースパイトは玉座を模した特徴的な艤装から僅かに腰を浮かせ、小さく喉を鳴らす。そして玉座の左右から覆う装甲に配置された三八.一cmMk.Ⅰ連装砲が仰角を取り砲撃態勢に入る。

 

 「Gun salute, fire!(礼砲、放てっ!)

 

 横須賀鎮守府のように専用の礼砲台を持たない宿毛湾泊地では、儀礼艦隊に参加する艦娘達が礼砲を担当する。空砲での射撃なので、砲口がオレンジ色に輝き白煙が立ち昇る。各国の国旗を掲げ来航した欧州連合艦隊への礼砲数は礼法に則り二一、これを五秒間隔で繰り返し撃ち続ける。

 

 左右の連装砲を僅かな時間差で動かしきっかり所定の間隔で四発撃ち終え、爆風に金髪を激しく躍らせながらウォースパイトが威儀を正して前方の艦隊に視線を送る間に、前列の大型艦による大口径砲と、後列の水雷戦隊による小口径砲の射撃音がリズミカルに繰り返され、重低音と高音による砲声のハーモニーが鳴り響き、フィナーレは日本の誇る超弩級戦艦、大和の四六cm三連装砲による礼砲が締めくくり、欧州連合艦隊の度肝を抜いた。

 

 歓迎の礼砲は無事終わり、時雨を始めとする後列の教導艦隊が安堵の溜息を漏らす中、宿毛湾側の親善大使(アンバサダー)として、ウォースパイトが欧州連合艦隊の旗艦代理ネルソンへと近づいてゆく。同時に先頭を進んでいたネルソンも動き出し、英国生まれの二人が邂逅する。それぞれ後ろに控える艦隊に見守られながら言葉を交わすが、ネルソンは社交辞令の範囲を超えて踏み込んできた。

 

 「Queen Elizabeth Class Battleship二番艦、Warspiteです。遠路はるばるようこそ、宿毛湾泊地は貴女達を歓迎します。迎賓館へご案内しましょう」

 「欧州連合艦隊旗艦代理、余がNelsonだ。Warspite、貴女から直々に歓迎を受けるとは光栄の極みだ。色々話がしたかったのだ。なに、難しい事はない、御身に相応しい座について貰いたい、それだけだ。詳しい話はまた後でな」

 

 ウォースパイトの凛とした気品に気圧されず、外連味がない直截な言葉を返すネルソン。言葉に裏も表も無いのだろう、満足した表情で胸を張る。ネルソンの背後のやや離れた遠くには、右腰に矢筒を提げ、左手にはコンパウンドボウに似た弓をもつ背の高い赤いボブヘアー(レディッシュ)の艦娘の姿。ちらちらとウォースパイトに視線を送るアークロイヤルが、目が合った瞬間に女王陛下の姫騎士空母らしく片膝を海面に着き頭を垂れ、お言葉を掛けてくださいオーラを振り撒いている。

 

 一瞬、ほんの僅かに眉を顰めたウォースパイトだが、ネルソンの言葉には何も答えずアークロイヤルはスルーし、静かに遠来の艦隊を先導する。

 

 

 

 ウォースパイトが迎賓館(The Guesthouse)と呼んだのは、大島に新設されたスパリゾート施設。太平洋を見渡す大展望の露天風呂にエステ、宿毛湾で水揚げされる新鮮な魚、マリンスポーツが楽しめる外来者向けの施設で、妖精さん達が全面的に管理し、宿毛湾の艦娘達でさえ桜井中将の許可なく利用できない徹底ぶり。

 

 今回は儀礼艦隊に参加した宿毛湾勢、料理を担当する鳳翔・速吸・秋津洲(居酒屋鳳翔組)に、ホストとなる泊地総責任者の桜井中将と香取・鹿島・大淀(本部の幹部勢)に教導艦隊を率いる日南大尉、さらにはこのイベント全体の運営に当たる参謀本部特務班の橘川特佐を加え、全一一名の欧州生まれの艦娘達を盛大に歓迎する、するのだが。

 

 「Sono contento di rivederti!(久しぶりに会えましたね!) 今はね、イタリアに名前が変わったの!」

 旗艦(本人は頑なに代理を強調しているが)のネルソンを中心とする英国勢が桜井中将と歓談している傍らでは、かつて日南大尉と同じ部隊にいた六名が進んでくる。挨拶もそこそこに、大尉と同じか少しだけ背の高い、緩やかにウェーブのかかった長いブルネットの艦娘が駆け寄ってきたと思うと、満面の笑みを浮かべて大尉を抱擁する。

 

 雨が降ったら傘を差す、そんな自然さで行われるハグに、教導艦隊の艦娘もぽかーんとして、ハグされる大尉を見つめるだけだった。…思いっきりムギュってるので、日本の艦娘でいえば扶桑や山城に勝るとも劣らない何かが、大尉の胸元に押し付けられ柔らかく形を変え、さらにすりすりと頬ずりをしているを目にするまでは。

 

 「…あら? 地中海的なスキンシップは、ジャポネーゼには刺激が強かったかしら? あぁ…はは~ん、そういうこと? 心配しなくていいのよ、ヒナーミはfratello()みたいで可愛いだけよ」

 Vヴェネト級二番艦は改装で名前が変わる戦艦娘で、キール時代はリットリオだったが、第一次改装を経て名前は既にイタリアに変わったようだ。

 

 イタリアは教導艦隊の艦娘達がかなーりゴゴゴ…し始めているのに気が付くと、タレ目気味の明るい茶色の瞳でにっこり微笑みかける。明るい太陽を思わせる笑顔に、うーっと警戒の低い唸り声をあげている夕立やジト目の村雨、口をぱくぱくとさせている時雨でさえ思わず釣られてにへらっとしてしまった。

 

 ただ、宿毛湾の幹部勢の一人として、桜井中将と一緒に英国艦隊と歓談中の鹿島は様子が違った。

 「ゆるふわヘアー、おっきなやわらか胸部装甲と包容力満点の笑顔でお姉さんアピール…大尉はこの路線に免疫があったんだ、だからかぁ…。あれが欧州からの刺客…」

 ぐぬぬし過ぎて話を全然聞いていなかったので、香取に耳をつままれて (>_<)(こんな顔)になってしまった。

 

 

 

 その後もやってきた日南大尉の元へ現れるドイツ勢とイタリア勢。イタリアとは対照的に、レーベレヒト・マース(Z1)マックス・シュルツ(Z3 )やローマは、どちらかというと大人しいというかクールというか、淡々とした対応で、普通に大尉に挨拶して握手し、教導艦隊の艦娘達ともちょいちょい話をしている。とはいっても単なる社交辞令ではなく、目の端や唇の端に嬉しさや懐かしさを少しだけ浮かべ、大尉から付かず離れずの距離に留まっている。

 

 「………ねぇ、ひょっとして僕らブロックされてるのかな? 考えすぎ、かな…?」

 「ひょっとしなくても考えなくてもそうっぽい?」

 興味無さそうに返事をする夕立に、食べていたシュークリームのクリームを唇の端につけながら時雨が言い募ろうとした所で、場がざわっとし始める。

 

 豊かなストレートの金髪を右手で後ろに送りながら、ゴージャスなバディを黒とグレーを基調とした制服に包んだ背の高い艦娘が真っ直ぐに近づいてきた。

 

 「久しぶりね、ヒナーミ。このビスマルクがわざわざ会いに来てあげたのよ、もっと喜んでもいいのよ!」

 

 どやぁっと背中に集中線を背負うような勢いで現れたのは、ドイツの誇る大戦艦ビスマルク。…と、その背中からひょこっと姿を見せた、ビスマルクを一回り小さくしたような、長い金髪を耳のあたりで左右にお下げにした艦娘。にぱぁっと満面の笑みを浮かべ、両腕をまっすぐ前に差し出して手だけをふりふりする。

 

 「Guten Morgen! 私は、重巡プリンツ・オイゲン。よろしくね!」

 

 あざと可愛く小首を傾げ、相対する日南大尉の返事を待つプリンツだが、当の日南大尉は当惑した表情をビスマルクに送る。視線を逸らすように、苦し気な表情にビスマルクが変わる。

 

 「あ、ああ、久しぶりだねプリンツ。元気にしていたかい?」

 

 まるで初めて会うような挨拶に、日南大尉も戸惑いながら右手を差し出しプリンツと挨拶を交わすが、今度はプリンツが申し訳なさそうな表情に変わる。後に続く言葉が、大尉の疑問とビスマルクの苦い表情の答えとなった。

 

 「久しぶり、かぁ…あっ! 貴方のこと、写真で見た事あるよ! ってことは、こんな極東の国の人なのに私の事を知ってるんだね、不思議っ! でもね、ごめんなさい、私…前の事うまく思い出せないんだ、だから、もし失礼な事言っちゃっても許してね!」

 

 激戦に継ぐ激戦の欧州戦線で、轟沈寸前の損傷を受けたプリンツは、緊急入渠で命を繋いだ。ただ損傷を受けた部位が良くなかった。頭部に重傷を負ったプリンツは入渠が明けても記憶を取り戻す事ができずにいた。損傷自体は完全に治っているので、あとはキッカケ次第…というのが医療担当の妖精さんの見解。今回の親善艦隊へはビスマルクの強引なまでの主張で参加が決定した。


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