それでも僕は提督になると決めた   作:坂下郁

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 前回のあらすじ。
 キャンプの幹事は赤城さんです。


076. タテノリサマー

 早朝から始まった、宿毛湾の本隊と教導艦隊の合同贅沢キャンプ(グランピング)。妖精さんの謎技術であっという間に建設終了したベースポイントの大型ウッドテラスに加え、二階建ての宿泊棟も別建てされ、各人にウォーターベッド付の個室が用意される力の入れようである。

 

 宿毛湾本隊から参加した鳳翔たちが超豪勢な料理を振舞い、浜辺ではビーチバレー的何か、あるいはスイカ割り、水辺ではパラセーリングや水上スキーなど、アクティブ派は一秒でも無駄にしたくないと遊びまくっている。一方でウッドテラスの長い庇の下に置かれたデッキチェアやソファでは、まったり派がスロードリンク片手にゆったりと読書をしたり音楽を聴いたり、妖精さんによるエステなど、こちらもゆったりと充実した時間を過ごしている。

 

 

 そんな中、日南大尉はアクティブ派からもまったり派からも一歩歩くたびに声がかかっていた。

 

 

 「お、おい夕立っ、タイマンの途中だ…うぐぁっ!!」

 「大尉見つけたっぽいっ!」

 位置関係で言うと、夕立-ネット-天龍―(コート外)日南大尉。コートの向こう側に大尉の姿を認めた夕立は、柔らかい足場を物ともせず、ダッシュでネットの下を吶喊。もはやビーチバレーとさえ言わなくなった天龍を弾き飛ばして、大尉にロケットダイブを敢行とか。

 

 「ひなみん、この水上スキーを足につけて、この紐持って…準備はいい? 島風、最大戦速でいっきまーすっ!」

 四〇ノット超で疾走する島風に問答無用で牽引され、水面を水切りの石のように跳ねまわる水上スキーとか。

 

 「如月ちゃん、もうちょっと上に持ってて…そう、その辺。よしっ、いくにゃしっ!」

 「いや~ん、びしょびしょじゃない…。髪が傷んじゃう…」

 目隠しをして上体を∞にローリング、左右からデンプシー的なフックで如月が持ったスイカを叩き割る睦月と、叩き割られたスイカの果汁を浴びまくった髪の毛を気にする如月と、スイカ割りってこういう遊びだっけ…と唖然とする大尉とか。

 

 「きたきたきたー。大尉―、背中にオイル塗ってよー」

 「たまには休養も必要よね…って蒼龍、それはちょっと…」

 水着のトップスを外しうつぶせで寝転んでいたが、大尉に気が付くと上体を反らしながら満面の笑みで呼びかける蒼龍と、慌てて蒼龍をデッキチェアに押し付ける飛龍とか。

 

 行く先々でこんな感じ。

 

 一向に目的の場所に辿り着けずにいた日南大尉だが、ようやく目的の場所までたどり着くと、ジト目でちょっとお怒り気味の加賀と赤城が待っていた。

 

 「赤城さんを待たせるといい度胸ですね、大尉。赤城さんが心配のあまり、こんなに食が細くなって」

 「そういうのいいですから加賀さんっ。私はただ、まだかな、って言っただけで…」

 

 食材を本隊に提供させただけあって、遠慮という文字は辞書から消え去った感じで、二人のテーブルの前には大量の空いたお皿が積み上げられている。香取が赤城のことを交渉上手、と言った理由そのままである。

 

 んーと、少し考えた日南大尉はフードステーションで間宮に何かを注文して、赤城と加賀のテーブルに戻ってきた。

 「何を召し上がられるのですか?」

 「いや…オリョール戦で『間宮のバケツチャレンジ』って言ってましたよね? なので注文してきました」

 

 「ええっ!? 聞こえてたんですか? あの通信状態だからてっきり聞こえてないと…」

 

 がたっと椅子を揺らして赤城が真っ赤な顔で立ち上がる。食べたがってたバケツチャレンジをせっかくだから、という大尉の思いやり。確かにそう言ったが、重要なのは最後の『二人っきりで、ですよ』だった。そこを外してるのでがっくり、という感じで赤城は肩を落とすが、それでも自分の言葉を覚えていてくれたことに顔が綻んでしまう。

 

 「お待たせしました~。ごゆっくりどうぞー」

 どーん、という擬音が似合いそうな、修復バケツから大きくはみ出して盛られたかき氷を届けに来たのは、同じようにどーんという擬音でしか表現できない、フリルで飾られた黒いトップスが激しく自己主張する水着姿の間宮。

 

 「…赤城さんを目の前にして、他のを目で追うとは…頭に来ました。いいですか大尉、貴方は知らないかも知れませんが、赤城さんの胸部装甲もそれは見事なもので「わわわーっ! か、加賀さん!? 一体何を言い出すんですかーっ!!」」

 

 真っ赤な顔で無理矢理加賀の口を塞ごうとする赤城と、この機会に一航戦の誇りを見せるべきです、と赤城の弓道着を肌脱ぎにしようとする加賀。

 

 「あ…じゃ、じゃあ赤城さん、お待ちかねのバケツチャレンジ、楽しんでください」

 

 逃げるようにそそくさと日南大尉は立ち去った。というか、逃げた。

 

 

 

 時刻は夕方、水平線に太陽が沈み始め、きらきら輝く水面も砂浜も、全ての人も物もオレンジ色に染め始めた頃、ビーチは別な姿を見せ始める。ウッドテラスの前に作られた特設ステージでは探照灯を改造した幾つものライトが明滅を始め、各所に設置されたスピーカーからは重低音が速いテンポで響く。ステージ前に詰めかけた大勢の艦娘はリズムに合わせ踊りだし、まさに夏フェスといった様相。大尉もドリンク片手にリズムを取りながらライブの開演を待っている。

 

 瞬間、全てのライトが落ちる。そして全点灯。

 

 

 「那珂ちゃんサマーライブへようこそー!」

 

 

 ステージには言うまでもなく那珂ちゃんセンター、ただいつもと違い手にはギター。向かって左側に立つ川内は指先でベースを弾き音のチェック、奥のドラムには神通が座りドラムスティックをくるくる回している。

 

 「今日はぁー、スリーピースバンドで走っちゃうからね!! それじゃ一曲目いっきまーす!!」

 

 神通の合図で、センター那珂ちゃんが激しくヘドバンしながら疾走感溢れるリフをかき鳴らす。神通もBPM二〇〇以上の速さでバスドラを一六分で打ち、川内もきっちりリズムキープする。そして那珂ちゃんのロングトーンシャウトに、会場は一気にヒートアップし大歓声が巻き起こる。どう聞いてもスピードメタルやスラッシュ系の曲である

 

 「はぁっ!? アイドルどこ行った? ア●アとか…せめてポ●パじゃないの?」

 

 漠然とガールズポップだろうと思っていた日南大尉の予想は大きく裏切られた。けれど、大尉の音楽の好みも微妙に偏っており、こういう縦ノリ速弾き系の曲が大好きである。ノリノリで楽しんでいると、ふとオレンジの一団が目についた。初雪と北上から始まった那珂ちゃんさんファンクラブも、響や望月、さらには羽黒や阿武隈までも加え、いつの間にか勢力を拡大していた。水着とか解放的な恰好が目立つ中で、法被に長い鉢巻の姿で、那珂ちゃんの超絶ギターソロに合わせ、妙に統制の取れたオ〇芸を高速で打ちこんでいる。

 

 

 

 ライブ後半からは飛び入りでのカラオケ大会。那珂ちゃんバンドを従えた加賀のででん♪のハードロックアレンジ、ウォースパイトのAmazing Grace独唱、大和のヴァイオリンによる情〇大陸、初雪の意外なほどの美声…みんなカッコよかったな、と関心した日南大尉は、歌わされる前にこっそりとライブ会場を抜け出し、夜の波打ち際へと一人足を向けていた。

 

 さくさくと軽い足音を立てながら、ライブの余韻を引きずる大尉は、三ピースとは思えない那珂ちゃんバンドの音の厚さに圧倒され、艦娘と楽器の相性は良い、とつくづく考えていた。人間をはるかに凌駕する反射速度や感覚器を持つ艦娘にとって、人間のミュージシャンなら超絶テクと言われるコード進行やリズムキープなど、あくびしながらでもできるだろう。

 

 「戦争が終わったら、那珂ちゃんは本当に国民的アイドルになれるかも知れない………ん? あれ、は…?」

 

 浜辺にぼんやりと揺れる淡い炎が動いている。え…ヒトダマ的な…? と訝しがりながらも、大尉は近づいてゆく。さらに近づいてゆくと正体が分かった。行燈を持つ扶桑が波打ち際を歩いてきた。お互いの存在に気づき、扶桑は唇だけで薄っすら微笑み、大尉はほっと肩をなでおろす。

 

 「騒がしいのはちょっと…。気分転換に夜風に当たろうと思いまして。大尉も、ですか…?」

 白と赤のワンピースの水着に、透け感のある柔らかい素材のパレオとショールをまとった扶桑が、行燈の柔らかい光に浮かび上がる姿は幻想的にも見え、珍しく日南大尉が目を奪われていた。

 

 「……? 大尉、お時間があれば少しお話できませんか?」

 「は、はい…自分は大丈夫です」

 

 砂浜に腰を下ろした二人。やや距離をとって座っていた日南大尉だが、扶桑が距離をつつっと詰めてくる。

 「大尉にはお礼をしなきゃ、そう思っていたの。私に…帰る場所、帰りたいと思える場所があるって、思い出させてくれた…。死の中で生を感じるんじゃなくて、生は生で感じればいいんだ、って…」

 

 その言葉を聞いて日南大尉は心の底から安堵した。死にたがっているわけではない、でも生きることに執着がないようにしか見えなかった扶桑だが、オリョール戦の後から明らかに笑顔が増えていた。

 

 「ほら、見てください、大尉。淡い光の向こうに西村艦隊のみんなが…。大丈夫、みんなの思い…今なら分かるわ。安心して見守っていてね…」

 

 そっと日南大尉に寄り添い扶桑は腕を絡めてムギュる。砂浜に置かれた行燈が曖昧に照らす闇の中に浮かぶのは、最上、山城、時雨、満潮、朝雲。夜の暗さに輪郭が溶け込むようなぼんやりとした姿。え、これってそういう回想話だっけ?

 

 「姉様に亡き者にされるなんて…」

 「あーもー、やってらんないわねっ」

 「扶桑…それはどうかな、って思うんだ、うん…」

 

 完全に不機嫌な表情になった時雨がずいっと近づき、後に続くように西村艦隊のメンバーがわらわらと現れる。単に行燈の淡い光が陰影を色濃く作っていただけで、いうまでもなく皆現実の艦娘である。

 

 「一人でふらっと出かけるから、心配でみんなでついてきたのがバカらしくなったよ…」

 「あら…私は大丈夫よ、時雨…。みんながいるから、もう、大丈夫…」

 

 ぱんぱん、とお尻の砂を払いながら立ち上がった扶桑は、なんとも言えない艶やかな笑みを浮かべ、日南大尉にウインクをすると、さらに時雨をゴゴゴ…させるような事を言い放つ。

 

 「では大尉、私はこれで…。そうそう時雨、いつまでもお子様なお付き合いでは大尉が気の毒ですよ? 私でよければお慰めして「わーーーっ、何言ってるさ、扶桑っ!?「ね、姉様っ!? 姉様がそんなことするのでしたら、山城が代わりにっ」」」

 

 どこまで本気か冗談か相変わらず分かりにくい扶桑を中心に、チーム西村はわいわいと賑やかに騒がしく宿泊棟へと向かい遠ざかってゆく。

 

 

 ぽつん、と一人残された日南大尉だが、何とも言えない表情で夜空を見上げる。降って湧いた突然の休日を利用した、たった一泊二日のキャンプ。朝からこの時間までバカみたいに騒いで遊んで、あっという間に時間が過ぎていった。明日は撤収して第二司令部に戻って整備休息、そして再び戦いの日に戻る。それでも、いや、だからこそ時が経っても今日の事は忘れられないだろう。

 

 

 遠い過去を背負いながら今を戦う艦娘を、未来に連れてゆきたい―――指揮官として、彼女達が命と誇りを賭けるに値する未来を、自分は示さねばならない。教導課程を修了し自分の拠点を持ち、全ての責任を自分の肩に背負えば、少しは何かが見えるだろうか?

 

 

 「ようやく…自分のスタートラインが見える所まできたんだ…」




 本家ゲームも第二期開始ということで、この物語もここまでのお話を第一期とさせていただきたいと思います。次話以降は第二期準拠で行こうと思いますが、どうしようかな…。

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