それでも僕は提督になると決めた   作:坂下郁

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 前回のあらすじ
 二期直前の短い夏休みの始まり。


075. デレデレサマー

 ネーバルホリデー二日目―――。

 

 大発は喫水線いっぱい、それだけでは足りずいくつかドラム缶を曳航してまで満載した荷物と共に向かったのは、宿毛湾の白浜地区。宿毛湾本隊のいる池島地区や日南大尉のいる片島地区から湾の最奥部を挟んだ対岸、低山が海際まで迫り切り立った断崖や岩場が多い地形だが、地区名の由来となった美しい白砂が広がる浜辺が点在している。その一角が一泊二日のビーチキャンプの舞台となる。

 

 「…時雨、これは一体? 自分たちは一泊二日のキャンプに来たんだよね? 」

 「う、うん…ベースポイントをしっかり作るって聞いてたけど…でも、まるで拠点設営みたいな規模だよ、ね…」

 

 時雨と日南大尉が顔を見合わせ、視線を送った先。浜辺ぎりぎりに投錨し船首の歩板を倒した大発から、上陸作戦並みに統制の取れた動きで、妖精さん達が大量の木材やブロック、厚手の布などなどを次々と運び込んでいる。揚陸された資材は奥で待っている、棟梁風の出で立ちの妖精さんの指揮に従い手際よく配置され、着々と何かが建てられている。

 

 ビーチキャンプに間違いはない。けれども今準備が進んでいるのはグランピング-欧米で定着しつつある glamorous(グラマラス) camping(キャンピング)、ざっくり言えばリゾート的超贅沢キャンプである。日南大尉や時雨が考えていたような、ビーチにテントを立ててバーベキューを囲んで、などどいうシンプルなものではない模様。

 

 「ああ…そういえばバケーションの本場の人がいたね……」

 「一泊二日、だよね? 一か月でも暮らせそうな勢いじゃね?」

 

 珍しく機敏な動きを見せたかと思うと、数少ない木陰をダッシュで奪取した響と北上は、離れた場所からグランピングの施設が着々と作られていくのを、半ば呆れながら見守っていた。六角形の高い屋根と長い庇を持つ巨大なウッドテラス。どの方向からもアクセスできる円形のフード&ドリンクステーションが中央に作られ、その周囲にはデッキチェアやソファがいくつも並べられる。その奥には、ひと際高く周囲を睥睨するように設けられた玉座。ただ放熱を考慮しラタン製なのが執務室の物とは異なる。

 

 「イメージに近い形になっているようですね。よい仕事ぶりです」

 

 涼やかな声がかかり、一斉に妖精さん達が片膝をついて頭を下げる。まるで女王陛下の降臨を迎える騎士達の様である。さくさくと砂浜に音を立て、満足げな表情で近づいてきたのは、やはり女王陛下(ウォースパイト)。どれだけ暑くてもセーラー服様のドレスローブを着こんでいる。さすがの女王陛下も日本の蒸し暑さには閉口したが、英国生まれらしい生真面目さで、日本の艦娘のように解放的過ぎる出で立ちも躊躇われる。ならば、と選んだのは普段通りの制服の素材を全て薄手のシースルーにするという高等テクで、夏の輝く陽射しで透けるその衣装では体のラインがモロ分かりになってしまう。

 

 不意討ち気味にそんな姿を目にした日南大尉と時雨は、口にしていた水を思わず噴き出してしまった。時雨は慌てて大尉の目を隠そうしたが、身長差があるために飛びついたようになり、バランスを崩した大尉を砂浜に押し倒し、そのまま胸に飛び込む格好になった。

 

 何をやってるんだか、とちらりと視線を送り通り過ぎたウォースパイトはそのままウッドテラスへと進み、妖精さんにお褒めの言葉をかけている。

 

 「あいた、た……? ふぇっ!?」

 

 時雨はふるふると頭を振る。顔近っ! …あ、でもこの角度から見るのも新鮮かも…などと思っていた時雨だが、すぐにサーフパンツにラッシュガードを羽織る日南中尉の胸元に寄り添う自分の体勢に気が付いた。ほとんど、概ね八五%くらい裸で抱き合っている状態に、メガ〇テ寸前のばく〇んいわのように真っ赤な顔で、ぐるぐるの目であうあうした思考は―――。

 

 「そ、そう、こ、ここはある意味雪山なんだ、うん。人肌であた、あたたたたため合わなきゃっ」

 

 季節も方向も間違った帰結を迎え、むしろぎゅっと抱き付いてしまった。

 

 「時雨…」

 

 呼ぶ声に応えた、上気を通り越して真っ赤な顔で潤んだ瞳の秘書艦殿はたらりと鼻血さえ見せる始末。日南大尉はがばっと身体を起こすと素早い身のこなしで時雨を抱きかかえる。きゅっと目を閉じて身体を固くした時雨だが、頭の中は一時のパニックを通り過ぎて次のステージへと向かっていた。

 

 『あ…みんなが見てるけど…でも、キミがいいなら僕は…』

 

 頭の中が沸騰した僕っ娘は、お姫様抱っこでウッドテラスへと運び込まれた。

 

 「医療担当の妖精さんはいますか!? 時雨が…熱射病っぽいんです、応急処置をお願いしますっ」

 

 真っ赤な顔で鼻血をたらし、雪山であたたたっ…様子と発言から大尉は熱射病による意識混濁と誤解した。ある意味無理はない。

 

 「それじゃみんなの様子を見てきます。同じような状態になると危険なので」

 

 遮るもののない洋上で真上からの強烈な太陽に照らされながら、何時間にも渡る航海や戦闘機動を取るのが艦娘で、人間よりはるかに強化された生体機能がこの程度で熱射病になるはずがない。おでこに冷えピタを張られソファーに寝かされた時雨は、誤解したまま走り去る日南大尉の背中を呆然と見送りながら、生ぬるい同情の視線とともに医療妖精さんに頭をぽんぽんされていた。

 

 

 

 「よっしゃーーー! 天龍様に勝負を挑む奴はいるかーっ!?」

 「あら~、天龍ちゃんカッコいい~」

 

 浜辺に設けられたビーチバレー用のコートでは、ボールを小脇に抱え天龍が吠えている。スポーティなタイプの水着が強調する世界水準越えのパーツと合わせ、ボールが三つあるようである。対照的にコートの端の方には、女の子座りで手で庇を作り、ずちゅーとトロピカルドリンクを楽しんでいる龍田。ドレープの多いパレオと、ほんとにそれでソレ支えられるの? といらぬ心配をしてしまうホルターネックビキニで艶然と微笑んでいる。

 

 「勝負だよ天龍ちゃんっ! こないだの鬼ごっこの借りはここで返すんだからっ!」

 

 鼻息も荒くコートに姿を現したのは島風。出で立ちは普段とまるで一緒だが、そもそも普段から色々丸出しのようなものなので、取り敢えず良しとしよう。そのパートナーは…初雪。こちらも普段通りのセーラー服のまま、何で私が…とか言いながら連れてこられた。

 

 「おおっ! 上等だ、ぜかまし! 返り討ちにしてやるよっ」

 「ふっふ~ん! 私には誰も追いつけないよっ!」

 

 興味が無さそうなパートナーそっちのけで熱く盛り上がる天龍と島風、わらわらと集まるギャラリー、審判役は相方の加古がさっそく寝たため暇していた古鷹に決まり、いよいよ試合が始まる。

 

 ホイッスルが鳴り、先攻の天龍・龍田組から攻撃が始まる。ぽーんとボールを空に放り上げた天龍は、たっと砂を蹴り高くジャンプ、体を大きく反らし強烈なサーブを放つ。クロスで放たれたサーブに初雪は反応できず、対角線のラインすれすれに着弾するかに思われた。

 

 「おらぁっ! まず一ポイントゲット……な、なにぃっ! 返しただと! ば、ばかなっ!」

 

 取りあえずレシーブの構えを取っている初雪には動いた様子はない。だがボールは高く舞い上がりワンタッチでリターンされた。慌てた天龍がパートナーの龍田を振り返り、諦めて自分で動き出す。

 

 「天龍ちゃ~ん、こっちに砂掛けないでね~」

 

 こちらのパートナーは様子どころか動く気配すらなく、ずちゅーっとトロピカルドリンクを楽しんでいる。柔らかい足場を物ともせず、天龍が相手コートの深い位置にボールを返す。初雪の後ろ、ラインすれすれに落ちそうな絶妙なボールコントロール。初雪が後ろ向きに飛び込めばあるいは間に合うか、というタイミング。

 

 「固有時制御・二重加速(タイムア〇ター・ダブル〇クセル)っ」

島風が小さく口にし、身体ごと消えるような加速でボールを追いかけ、追いつく。はっきり言って詠唱に意味はない。決め台詞っぽいのが欲しいと初雪に相談した結果である。相談相手は選ぼう、という教訓は島風に残らないだろう、きっと。

 

 ぽーん。

 

 再び返されたボールに、天龍は今度こそ目を見張る。眼帯ガールの彼女の視界は狭く、初雪しか見ていない天龍には島風の動きが死角になっていた。

 

 「ば、ばかなっ!? 初雪が動いた様子はない…ハッ! 俺が見ているのは残像、俺の心眼でさえ捉えられない速さだと…おもしれぇ、これならどうだっ!」

 

 心眼どころか節穴、初雪は一mmたりとも実際に動いていない。一対一でラリーの応酬を繰り広げる天龍と島風、暑い…と言いながら律義に動かない初雪、おかわりくださ~いと優雅にドリンクを楽しむ龍田。もはやビーチバレーとはいえない何かは、飛び入り参加組が出てくるなど思いのほか盛り上がっている。

 

 

 

 こちらも律義で真面目なもう一人、日南大尉。

 

 ひと通り全員の様子を見終え、熱射病の兆候を示している艦娘がいなかったことに安堵し、ウッドテラス内のフード&ドリンクステーションでひと心地ついている。普段は遠征を中心に動いてもらい、なかなかコミュニケーションを深められずにいた艦娘たちとも色々話ができた。

 

 「こういう機会も大切…いや、楽しい…って言っていいかな」

 「そうですよ、大尉は真面目過ぎるんです、うふふ♪」

 

 独り言にカットインされ驚きの表情を浮かべた日南大尉の前には、銀髪のツインテールでにこにこ微笑む艦娘の姿。教官の鹿島である。普段の制服ではなく、青と白のストライプが基調となった便利な店的な感じの制服を着こんでいる。

 

 「はっ!? な、何で鹿島教官がこんなところに…?」

 

 フード&ドリンクステーションとは言っても、出来合いの物がただ並ぶだけではない。六角形のウッドテラス中央には大型のキッチンが設えられ、オーダーごとに出来立ての食べ物が供される。そして…厨房で忙しく立ち働いているのは、速吸、大鯨、そして鳳翔である。道理で居酒屋鳳翔で食べるのと同じ味だ、と日南大尉は納得した。そして疑問をいだく。

 

 「うふふ♪ どうして私達がいるのか、って顔をしてますね」

 図星である。ビーチキャンプを実施するのは当然本部にも知らせてあるが、教導艦隊の所属員だけで行う大前提である。けれどよく見ればウッドテラス内には宿毛湾本隊の艦娘があちこちで寛いでいる。

 

 「ええ…自分たち教導艦隊だけのキャンプだと思っていたので…」

 「えーっ、冷たいですねぇ大尉。ネーバルホリデーは教導艦隊だけじゃないですよー。私達もお休みなんですから。それに…教導艦隊のみんなだけでお泊り会だなんて…。節度を保ってもらうため(抜け駆けはさせませんよ)って意味で、目付け役が必要かな、と思いまして」

 

 「…鹿島、本音も盛大に漏れてるわよ…」

 

 呆れた顔でカットインしてきたのは、鹿島の姉にして同じく宿毛湾の教官を務める香取。なぜか鹿島と同じように青と白のストライプの制服を着ている。そして舞台裏を明かし始めた。

 

 「私と鹿島はコン〇ニ(酒保)担当なので、分かりやすくこんな格好をしてるんです。今回このイベントの報告を受けた際、本隊からも参加を希望する艦娘がたくさんいまして、幹事役の赤城さんに相談したんです。そうしたら、資材や食材の損益計算(PnL)上のインパクトが…と悩まれてまして。なので相談の結果、資材は教導艦隊側が、食材と施設運営の人手は本隊側が負担、ということで話がまとまりまして」

 

 ぽかーんと口を開け唖然とした日南大尉だが、視線は左右し、すぐにテラスの奥で大量の食べ物を前に満面の笑みを浮かべ、何から食べようと迷っている赤城を見つけた。知らないうちにそんなことになっていたとは…。香取はちらりと鹿島に視線を送ると、挑発するような感じで話を続ける。

 

 「ですが食材をこちら側で負担、というのは上手くやられた感じがします。やりくりも交渉もお上手、赤城さんの内助の功でしょうか。鹿島、あなたも本気ならこのくらいやらいと、勝てないかも知れませんよ」

 

 ぷうっと頬を膨らませ不機嫌そうな鹿島と、にやにやした感じの香取。日南大尉の視線に気づいた赤城は、慌てて子豚の丸焼きを同じテーブルの加賀に押し付けている。


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