それでも僕は提督になると決めた   作:坂下郁

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 前回のあらすじ
 初雪、ひきこもらず。


成り立ちと在り方
007. 現実は甘くないけれど


 水面を疾走する六つの後ろ姿-雲龍、天城、江風、熊野、矢矧、そして比叡-がみるみるうちに小さくなり、宿毛湾泊地の港湾管理区域線を超えて沖合に消えてゆく。既に小さな点にしか見えない後ろ姿を見送っていたのは、宿毛湾泊地で教官を務める鹿島である。ツインテールの銀髪を吹く風に任せなびかせ、リンガ泊地を経由し遥か遠くカレー洋リランカ沖へと進攻する仲間の無事を一心に祈るような表情を見せる。そしてもう一人、同じように港に立ち制帽を目深に被るのは―――。

 

 「お疲れ様でした。急なお願いでしたが、快くお引き受け頂きありがとうございました」

 「いえ、そんな…。大規模な部隊運用に圧倒され碌な事が言えませんでした。これが大規模進攻作戦(イベント)…」

 

 くるりと振り返り、深々と頭を下げる鹿島に、緊張が抜けないまま、ぎこちなく受け応えするのは日南少尉。宿毛湾泊地提督の桜井中将の代理として、抜錨する艦娘達を見送る役目を仰せつかった。

 

 この夏に発令された『西方再打通 欧州救援作戦』は、カレー洋からステビア海を経て、スエズ運河を抜けて地中海を目指すという遠大なもので、過去のそれと比べてもかなりの規模の作戦となる。本来後方支援拠点の宿毛湾は、この手のイベント参加は任意とされていた。だが今回の作戦規模の大きさから、艦隊本部の意向への()()を参謀本部に強く求められた桜井中将は、三期ぶりとなるイベント参加を決断せざるを得なかった。

 

 本意ではないにせよ、一旦決まれば軍人は全力を尽くさねばならない。手堅い桜井中将らしく、資材確保を皮切りに、バックアップ要員となる艦娘のレベルアップ、主戦級艦娘の編成及び作戦立案、装備改修等、それこそ目まぐるしく動き、いつ寝ているのだろうか、というほどの働きぶりを見せていた。

 

 本来なら第二作戦海域、リランカ港湾部に拠る敵戦力を撃滅するため機動部隊が抜錨する今日、戦地に向かう艦娘達を見送るのだが、空気を読まない参謀本部との電話会議のため、桜井中将は日南少尉に代理を頼んだというのがここに至るまでの話となる。

 

 「いえ…日南少尉には何とお詫びしてよいか…。この鹿島に出来る事があれば何でもおっしゃって下さいね」

 鹿島がすぐ間近まで迫り、胸の前で小さくガッツポーズをしながら真剣な相で日南少尉に訴える。あまりに距離が近いため、鹿島の豊かな胸がほとんど日南少尉にくっつきそうになっている。少し背中を逸らし距離を空けようとする日南少尉とぐいぐい前に出てくる鹿島の姿を見守る艦娘達―――。

 

 「…あれ絶対わざとだよね、鹿島教官…」

 係留柱(ピット)に腰掛け足を組み、頬杖を付きながら呆れ顔の時雨。

 「完全に狙われてるよ…ひなみんは、胸の大きい(ああいうの)好きなのかな」

 ぺたぺたと自分の胸を触りながら、最高速度と胸部装甲のトレードオフを悩む島風。

 「若いイケメンエリート…それを自分で育てて一緒に旅立つ…逆光源氏計画…」

 アイスキャンデーをもごもごと咥えながら生々しい読みを見せる初雪。

 

 

 何故鹿島が詫びているのか? その責任は勿論彼女にはないが、それでも教導の受け入れ側として詫びの一つも言いたくなる、それも無理はない。このままでは教導の実施に支障が出かねないからだ。

 

 艦隊本部と参謀本部のゴリ押し(要請)で参戦を余儀なくされたイベントのため、宿毛湾泊地は日南少尉のバックアップがほとんどできない状態となっている。地中海進出という途方もない作戦、そのために資材はいくらあっても足りず、主戦級を二組、さらに予備戦力を編制するなど、規模の大きくない宿毛湾にとってまさに総力戦で臨まざるを得ない。日南少尉の運営次第な部分もあるが、今の宿毛湾には、資源の貸付や任務報酬となる艦娘の貸与、さらには少尉の建造した艦娘の訓練や演習などに割ける余力がない。スケジュール上、イベントは長くても三週間から四週間で終了し、その後は通常の教導体制に戻れる。だが作戦の進展次第では宿毛湾泊地の資材も大きく目減りする可能性もあり、その復旧に要する時間も無視できるものではない。

 

 とはいえ、通常の拠点運営と考えれば通常海域での実戦を通して艦娘の育成を図ればよいのだが、そこにも影響が出る。大規模作戦進行中であり、宿毛湾泊地のドックは当然作戦参加艦の入渠が優先される。つまり日南少尉が通常海域で戦闘を行い、艦娘が傷ついた場合でも、その入渠優先順位(トリアージ)は”低“に分類されてしまう。

 

 

 宿毛湾の居候司令官カッコカリ、それが日南少尉の現状である。

 

 

 

 着任したての司令部レベル、というよりまだ司令官でもない日南少尉には、そもそも大規模作戦(イベント)に参加する資格は無く、間借りしている以上宿毛湾泊地(家主)の都合が優先されるのは当然。拗ねるでも投げやりになるでもなく、日南少尉はただ淡々と現状を受け入れている。それよりも、もっと目の前で考えなければならないことがある。

 

 「毎日待機時間が長くてつまんなーいっ」

 「初雪は…大歓迎…」

 

 第二司令部の司令長官室で、椅子の背もたれに体を預け軽く伸びをする日南少尉と、机の上に体を投げ出すようにしてじたじたしている島風。それをやや離れた所にある炬燵からぼんやり眺めている初雪。いつの間にか自分の部屋から例の冷暖切替炬燵を移設し、その後も着々と私物を増やしている。すでに司令長官室の一角は初雪に侵食されているが、日南少尉はあまり気にしていない様子。

 

 『別に初雪がここに住む訳じゃないし。ただ、整理整頓清掃は絶対条件。お菓子のカスとかその辺に零したままにしたら綺麗にするまで持ち込んだ物は全部没収ね』

 

 ある程度の自由は認めるがルールは守ろうというシンプルで明確な約束。初雪は今の所ちゃんと守っている。それよりも何よりも、自由奔放な島風と夏でもコタツムリな初雪を怪訝そうな目で見つめながら、自分の指示をじっと待っている艦娘達の方が気になる。

 

 時雨と相談の上、デイリー任務の回し方は考え済み。宿毛湾泊地の現況も考慮に入れ、イベントの進行状況がはっきりするまでは当面建造系開発系の任務を中心に、資材(お財布)のINとOUTを計算しながら、建造は資材ALL30、開発は鋼材のみ30あとはALL10でゆるゆると進めることにした。その結果、これまでに三人の艦娘の建造に成功し、新たに部隊に加わった。

 

 加わったのだが―――。

 

 艦娘特有の性向というか傾向というか、それが早速発揮され日南少尉もどうしてよいか分からず、半ば現実逃避をするように、目の前でゆらゆら揺れる島風のウサミミと指で挟もうとして、それに気づいた島風がにこっと笑いながら躱す、というどうでもいい遊びに興じていた。

 

 「今日も静か…ですね。…えっと、そうだ!由良、お茶を淹れてきますね」

 「お茶にいたしましょうか?」

 ぽんっと手を打ちぱたぱたと動き始め、ぴたりと動き止めたのは、長良型軽巡洋艦四番艦の由良。

 のんびりとした声とで準備を始めようと動き始め、ぴたりと動き止めたのは、綾波型駆逐艦一番艦の綾波。

 

 かぶってるんですけど? …向かい合う笑顔が可愛ければ可愛いほど、見えない視線のビームが激しいのはこの手の場面のお約束。

 

 「ひなみん、私、お腹空いてきたかな? …だから、鳳翔さんのとこ一緒に行こ?」

 机に肘をつき指を組むと、そこに顎を載せ小首を傾げながら上目使いの島風。

 

 個体差も大きく、全員がそうだという訳ではない。だが、全体的な傾向として艦娘は直属の上官となる司令官に好意を寄せやすいようだ。これは明確に立証されている訳ではないが、彼女達のかつてのあり方-軍艦としてその身を捨ててでも勝利を願い、ひいては無辜の民間人を守るという、忠誠心や自己犠牲などの在り様に起因するのでは、と言われている。軍人として兵士として好ましい特性と見做されるが、それが女性の身体に現界すると、一途で尽くす系の個性として現れる。由良も綾波も、建造により現界してまだ日が浅いが、それでも何くれとなく日南少尉の世話を焼こうとしている。

 

 

 かちゃり。

 

 「なにしてるのさみんな、もうすぐお昼だけど。ああそうそう、今日のデ「うふふっ、好きよ。…あら、もしかしてぇ、て・き?」

 

 いきなりこれである。好きも嫌いもたった今、今日の建造の結果となる朝潮型駆逐艦四番艦の荒潮とは会ったのだが…さすがに日南少尉も面喰ってしまう。そして時雨もハイライトオフの目になり、ぶつぶつと独り言を呟いている。

 「部下に慕われる指揮官は得難い物さ。でも度が過ぎるんじゃないかな、日南少尉…うん。というか、ハンモックナンバー三位って、モテ順か何かなのかい?」

 

 その時雨をからかうように慰めるように、頭に載る妖精さんがによによしている。白いブラウスに青のプリーツスカートを穿いた長い茶髪の妖精さんは時雨の頭をぽんぽんとしたかと思うと、何かを耳元で囁いている。

 

 「こんにちは、君はどの兵装の妖精さんかな?」

 日南少尉は、膝をかがめ視線を合わせるようにして、今は頭上から時雨の肩に移動した妖精さんに話しかける。時雨も、妖精さんも、他の艦娘達もひどくびっくりしている。中でも直接話しかけられた妖精さんの驚き方、肩にそっと手を掛けられ耳元で囁かれた時雨の力の抜け方は尋常ではなかった。時雨は一瞬で顔を赤くし、くすぐったそうに肩をすくめながら力が抜けたようにぺたんと床に女の子座りになってしまった。突然足場を失った妖精さんは、慌てて反対側の肩に移動する。そして時雨の顔の陰からそおっとその顔を覗かせ様子を窺っている。

 

 日南少尉は頬をぽりぽりと気まずそうに掻きながら妖精さんに悪気が無かったことを伝えようし、時雨に視線を合わせようと床に膝をつく。

 

 「わわっ! ひ、日南少尉…ちょっと近くないかな、うん…。それ以上は僕が大破しちゃいそうなんだけど…。そ、それとも『はじめての入渠!』任務を僕で達成したいのかな?」

 軽く涙目になりながら外はねの髪をぴょこぴょこ動かす時雨に、再び妖精さんがひそひそと耳元で囁く。

 「うん? うん、多分そうだと思うよ。自覚が全くないのが良いのか悪いのか、って所かな」

 

 何の話かな? と首をかしげる日南少尉に、恐る恐る綾波が話しかける。

 「日南少尉は~、ひょっとして妖精さんと仲良しになれる人なんですか~?」

 「仲良しっていうか、姿は見えるよ。会話は…こっちの言う事は理解してもらえてると思うけど、相手の言う事は分かるっていうか、多分こうなんだろうなって感じられる程度、かな」

 

 「す、すごいよひなみんっ! 私、桜井中将以外でそんな人初めて見たよっ」

 興奮を隠せず駆け寄ってきた島風が捲し立て、由良はこれが司令部候補生なのね、と感に耐えない面持ちを見せる。

 

 「そ、そう。それでね、報告だよ。今日のデイリー建造は一回、結果は…そこにいる荒潮が成果だね。デイリー開発は四回、全部アレ狙いでいって二回成功させたよっ」

 

 ドヤ顔で妖精さんが胸を張る。彼女が制御を担当する、時雨が狙っていたアレとは、小口径主砲の10cm連装高角砲。差し当たって駆逐艦の多くが主装備とする12.7cm連装砲は対艦戦闘用、対空迎撃に優れるこの砲を状況に応じて使い分けよう。練度が上がり第一次改装まで至れば、装備可能な兵装数も増える。そうなれば併用も可能となる。

 

 

 ここまででクリアした単発任務は、A2「駆逐隊を編成せよ!」、A3「水雷戦隊を編成せよ」、F1「はじめての建造!」、F2「はじめての開発!」。そして今日、荒潮の加入によりA4「6隻編成の艦隊を編成せよ!」を達成したことになる。

 

 そしていよいよ第一艦隊分の艦娘が揃い、出撃系任務に取り掛かることになる。

 


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