それでも僕は提督になると決めた   作:坂下郁

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 前回のあらすじ
 天龍ちゃん改二おめ。


068. これまでと、これからと

 海底資源採掘施設(プラント)の中でも、東部オリョール海域の中央部、Eポイントに設置された石油リグはその巨大さが知られている。海上に立ち上がる多数の巨大な円柱に支えられる構造物の威容は高さ二〇〇m超にも達し、さながら無機質な人工島のように聳え立つ。

 

 プラントの多くは深海棲艦との戦争の激化により多くが破壊あるいは放棄されたが、一部の施設は放棄された今も無人のまま残っている。かつて常駐していたエンジニアの居住区画は無人だが、海水脱塩処理を備え真水を自給可能、さらに深海から無尽蔵に供給されるエネルギーのお陰で、発電設備さえ生きていれば石油やガスの生産・精製設備は稼働し、生産された石油類は浮体式貯蔵設備に送ることができる。これら巨大な工業プラントは一旦運転を完全停止すると再開に莫大なコストと時間を要するため、プラントを放棄する際、人間は経済活動を優先し、最低限度の機能を維持する運転状態(メンテナンスモード)で立ち去った。

 

 各海域に遺棄されながらも人間の命令通り(プログラム)に従い働き続けるプラントからの資源回収、あるいは大本営からの委託を受け資源回収に向かう民間輸送船団の護衛が、艦娘の『遠征』と呼ばれる任務の一部に含まれる。そして遠征以外では、作戦行動中の艦娘達にとっても補給や休息の場として重宝される―――。

 

 その巨大な石油リグの屋上にあるヘリポートの端に立つ一つの人影。長い金髪と黒いウサミミを激しく吹き渡る潮風に躍らせながら、島風が両手を広げ風を受け止めるように立っている。目を閉じて強い風に身を任せながら、風に乗る様にふわっと後ろに飛ぶと、スレンダーな体を後ろに反らしながらバック転、とんっと手を床に付くともう一度くるっと体を回転させ奇麗な姿勢で着地する。連装砲ちゃん達が短い手をバタつかせて拍手をして迎えるが、島風はそのまま考え込む。

 

 教導艦隊は何度も東部オリョール海へ進出しているが、これまでの編成には意図的に空母勢が含まれておらず、海域解放のための最奥部進出よりも、教導艦隊全体の練度向上と資源回収、さらには任務群の消化を優先していた。だが今回、ついに日南中尉は海域解放に乗り出す。すっと細い顎を上げ空を見上げ、島風は出撃前の中尉の言葉を思い返していた。

 

 -羅針盤も関係するから絶対とは言えないけど、今回の編成には空母を加えるから最奥部へ到達できる確率は格段に高いはずだ。今回の東部オリョール海(2-3)を突破すれば、次はいよいよ教導艦隊としての最終目標、沖ノ島海域(2-4)攻略に向かうことになる。戦いを重ね着実に君たちは強くなった、そんな君たちを見ていて…自分は何をすべきなのか、いつも考えている。これまでも、そしてこれからも戦いは続き、自分の指揮に君たちは命を賭けてくれる。ならせめて自分は、その結果を全て受け止めるよう、揺らぐことなく、強くありたい-

 

 

 「私たちは強い…ひなみんは強くありたい、私は速くなるんじゃなくて強くなる…でも、『強い』って何なのかな…?」

 

 

 今回出撃した教導艦隊は北回り航路に入り、Aポイントのプラントで石油を補給、初戦となるBポイントでは敵艦隊を圧倒し勝利を収め、現在投錨中のポイントEへと進出した。この先は羅針盤次第だが、編成に空母を加えている以上、海域最奥部のGポイントへ進める確率が高い。二度の補給で物資も十分、損害もほとんど無く、待ち受ける敵主力打撃群とも十分に渡り合える。そのためEポイントでは、補給よりも休息が目的となっている。

 

 「こんな所にいたのか…まったく、探すのに骨が折れたぞ。旗艦が呼んでいる、ブリーフィングだ」

 

 島風は振り返り、風に踊る長い金髪が顔にまとわりつくのを抑えながら、声の主を確かめる。長い黒髪を同じように風に遊ばせる磯風が、やれやれ、といった表情で肩を竦めている。じっとその表情を眺めていた島風に、ん? と小首を傾げ、ぺたぺたと頬を触りながら磯風が問い返す。

 「どうした? この磯風の顔に何か付いているか? なに、心配はいらないぞ、貴様の教え通りにやれているだろう?」

 「ひゃっ!? あ、いや…うん、そ、そうだね…」

 

 腰に両手を当て胸を反らす磯風はどやぁっと得意げな表情で、島風の無言の問いを彼女なりに解釈して回答する。ぼんやりと自分の考えに嵌っていた島風は、磯風の言葉に我に返りややキョドりながら曖昧な返事をするが、彼女の心の中を占めていたのは、磯風の事でもあり、そうでもなかった。

 

 「ね、ねぇ…教えてくれる? 磯風は…強くなったと思う?」

 

 止むことのない強い海風は生き物のように磯風の黒髪を大きく巻き上げ制服のスカートを大きくはためかせる。髪型や制服の乱れを気にすることなく、ん? と不審気な表情になった磯風は、左手で右肘を押さえながら、右手を顎に当て考え込む。そして再び、さきほどよりもキラがついたどや顔で自信たっぷりの言葉を島風に返す。

 

 「確かに磯風は武勲をたてたがな。いや…この程度の働きでは何の意味もない。案ずるな島風よ、この磯風の力、次も見せてやろう」

 

 右腕を力こぶを作るように曲げ上腕を撫す磯風。Bポイントでの初戦、戦艦ル級二体、重巡リ級二体、駆逐ハ級エリート二体を擁する敵艦隊は決して侮れる相手ではなかったが、教導艦隊は巧みな攻撃で敵の連携を許さず各個撃破に成功、磯風がMVPを獲得する活躍を見せた。

 

 呉の藤崎大将からの打診を受け教導艦隊に転属となった磯風と浜風、そして雪風は、問題となった第三世代と呼ばれる特殊な改装を施されていたが、すでに明石の手で技本のプログラムは無効化され、磯風と浜風の練度は改装前の第一次改装の状態までリセットされている。素の状態に戻った彼女達は、宿毛湾本隊の教官・香取監修の特別プログラムを神通が指導するという、他の教導艦隊のくちくかん達が震えあがるほどの厳しい訓練に明け暮れていた。そして今回2-3進出に先立ち、日南中尉からの申し出で島風からの特別授業を加えた上で、満を持して実戦参加となった。

 

 第三世代艦娘とその問題点について艦娘間で多くが語られることはなく、島風も例の三人に対して、最初は多少ぎこちないな、と思ったが、すぐにその違和感も薄れ、彼女達も部隊に馴染んでいった。だが―――。

 

 「この大事な局面で教導艦隊に加われた事、磯風も誇らしいぞ。…よし、この戦いの後はMVP記念の夜間訓練を中尉と始めようか。手加減はせんぞ」

 

 馴染みすぎじゃないかな、と島風はむうっとした表情で唇を尖らせながら、プラント内の中央制御室に向かい風を巻いて走り出した。

 

 「私には誰も追いつけないよ!」

 

 

 

 日南中尉が東部オリョール海へ進出していた頃、宿毛湾を訪れていた不破少佐は、すでに洋上の人となっていた。航程はすでに終盤、最終経由地のラバウルを出発、目的地のブインまであと僅かである。

 

 艦娘が外洋展開する際の負担軽減策として、各拠点には通常艦艇が配備されている。通常艦艇と言っても、旧海上自衛隊から継承した艦艇に妖精さんの謎技術で艦娘運用に必要な装備を加え、オペレーションに要する人員は数名の艦娘と妖精さんで事足りる魔改造が施される。鎮守府クラスの規模の基地で二~三隻、泊地クラスで一~二隻、それ未満の基地には一隻が標準配備数となる。多くの基地では、通常艦艇を長距離移動時の足かつ洋上の整備補給拠点とする性格上、輸送艦や多用途支援艦、訓練支援艦等を母艦に採用しているが、不破少佐は彼の意向を反映し、艦後部の三分の一を占めるヘリコプター格納庫と甲板を艦娘運用スペースに改造したDDH-143(しらね)改を新たに受領した。

 

 「日南中尉(アイツ)は東部オリョール解放を狙って進出したか…。少しは本気出せよな、ったく」

 

 そもそも不破少佐が宿毛湾に立ち寄ったこと自体予定になかった行動で、これには艦隊本部も面食らったようだ。長旅に向かう前の国内最終整備との名目で宿毛湾に寄港した彼だが、日南中尉相手にオラつくためにわざわざ予定を変える訳もなく、真の目的は明石と打ち合わせにあった。

 

 海原を進むしらね改を中心とした輪形陣、旗艦の鳥海改二とペアの摩耶改二、直掩機を展開する雲龍、空を睨む秋月と照月、潜水艦(足元)を警戒する清霜と朝霜。そして広々とした後部甲板、遮るもののない洋上でぎらぎらと降り注ぐ陽光の下-――ビーチさながらに白いデッキチェアに寝そべる金のブーメランパンツ一丁の不破少佐と、差しかけたパラソルの下で左右からチャラ男にしな垂れかかる様に侍る、白ビキニの高雄と黒ビキニの愛宕。

 

 「適切な処置を施せば成長する…そりゃ駆逐艦レベルの話だ。より複雑で緻密な制御が必要な空母娘にあんな無理矢理な改装加えたら…明石も研究途上で今後何とかするって言ってたけど…」

 その言葉を聞くと、上体を逸らし少佐を見上げる高雄と愛宕。強烈なサイズのあれがぶるるんと揺れる。話題は第三世代艦娘のようだ。

 「だからって日南のヤツ、呉鎮守府提督(藤崎大将)のゴリ押しで三人も引き受けやがって…。アイツの性格じゃ飼い殺しなんてしないだろうし、上手く扱えなきゃ評価を下げるだろうが…。けれど上手く扱えば巻き返しを狙う技本の思う壺、運用方法に問題がすり替えられる。相変わらず甘い、どう転んでも誰かに利用されかねないぞ」

 

 「少佐だって…結局ブインに連れてゆくわけですから…」

 高雄が優しそうに微笑みながら、左腕にぎゅうっとしがみ付く。

 「日南がどう使うのかを見てから色々決めるよ」

 

 「うふっ、少佐とあの中尉、案外似てますね、可愛いっ♪」

 愛宕が嬉しそうに屈託なく笑い、右腕にぎゅうっと抱き付く。

 「な、ちがっ! 似てる訳ねーだろう! あんなんと一緒にするなっ」

 

 両腕をたわわでぷるんに挟まれながら不破少佐は反駁する。その後に続いた呟きは蒼空に溶けてゆく。

 「藤崎、桜井、そして元帥の伊達…ジジイどもがちんたら戦争を続けやがって。だから暇に任せた連中が第三世代(あんなの)まで作るんじゃないか。こんな戦争はさっさと終わらせるぞ、そうすれば」

 

 「そうすれば?」

 「どうなるのかしら?」

 「その頃には俺が元帥だ、俺にふさわしい豪華なハーレム…名前はもう決めてる、ファッキ〇ンガム宮殿を作って―――」

 「失礼します、不破司令官、命令を受けたので参りました。ブイン基地の司令官代理より入電ですので、CICにお戻りください」

 

 後部甲板に姿を現し、儀礼に則った敬礼を見せた第三世代の艦娘は、水着姿の艦娘を侍らかしたパンイチの指揮官にも、訳の分からない建物名称にも一切動じず、無表情のまま次の指示を直立不動で待ちづける。サングラス越しの目にその姿を映した不破少佐は、一瞬だけ哀しそうに顔を歪めたが、すぐに何事もないように、デッキチェアから立ち上がり艦橋へ向かい歩き始める。

 

 「ああ、分かったよ、今行く。さて、と…お前も俺の子猫ちゃんだ…何とかなるだろ。てか、何とかするさ」

 

 すれ違いざまに頭をぽんぽんとされたその艦娘は、髪を撫でながら、艦橋へと向かう不破少佐の背中を不思議そうに眺めていた。


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