それでも僕は提督になると決めた   作:坂下郁

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 前回のあらすじ。
 フフ怖さんとぜかましちゃん。


駆け抜ける嵐
067. 伝え合い、高め合う


 「で、だ。オレ達になにをさせようってんだ?」

 

 右手で庇を作る様にして、眩しそうに目を細める天龍が、大発に座乗する日南中尉に呼びかける。晴れ渡る初夏の宿毛湾、見上げる空には大きな白い雲がいくつも浮かんでいるが、ここ数日で一気に強くなった陽射しを遮るには十分ではなく、揺れる水面はぎらぎらと照り返す。もう一人、島風は両手を広げて全身に風を受けながら、長い金髪をなびかせながら第三訓練海域を縦横無尽に走り回っている。

 

 ゆらゆらと波に揺られる大発から、日南中尉がいたずらっぽく微笑んで天龍の問いに答える。その言葉は、天龍と島風の二人を唖然とさせるものだった。

 

 「そうだね、二人には鬼ごっこをしてもらう。訓練海域中一〇〇〇〇m四方だけを使って、制限時間は六分。鬼は天龍で、CMOSセンサーのセンターに島風を三秒以上補足し続けたら一回捕まえた、ということにしよう。大発(こっち)側でその判定はするよ」

 

 折り畳み式のディレクターチェアに腰掛ける日南中尉は長い脚を組んでラップトップを腿の上に置いている。はぁっ?と天龍が声を上げ、島風がきょとんとした表情になる。CMOSセンサーとは、日南中尉の発案で試験運用されたC4ISTARシステムの鍵となる一cm四方程度の画像センサー。確かに訓練海域まで移動する道すがら、頭部のどこかに付けるよう指示され、天龍は頭の横にある角状の艤装に、島風はウサミミリボンの付け根に、それぞれ装着していた。

 

 「おいおい、わざわざ呼び出して何をやらせるかと思えば…オレが鬼だと…フフフ怖いか?」

 「ひなみん…それはちょっと時間の無駄っていうか…天龍ちゃんが私に追いつけるはずないもん」

 「まぁ、そう言わずにやってみよう。きっと面白いと思うんだ」

 

 島風は明らかに気が乗らない表情で、つまらなさそうに連装砲ちゃん(大)の手を掴んでふりふりしている。その振る舞いが天龍に火を付けた。バシッと右拳で左の掌を叩いて勇ましく吠える。

 「うっしゃぁっ!やったろーじゃねーかっ! 天龍様を甘くみるなよ、ぜかましっ!」

 「へへーんだ、私には誰も追いつけないよ!」

 

 気合を入れる天龍を、島風は勝ち誇ったような表情で眺めているが、どうやら話はまとまったようだ。そんな二人の様子を意味ありげに見ていた日南中尉だが、ディレクターチェアから立ち上がると、右手を大きく上げ宣言する。

 

 「それじゃあ二人とも始めるよ。位置について…よーい、どんっ!」

 

 

 

 「はう…この私がやられるなんて…」

 「ったりめーだろ!オレが一番強いんだからよ!」

 

 所定時間が経過し終了を知らせる何度目かのブザーが訓練海域に鳴り響く。大発に帰投した二人を迎え入れる日南中尉だが、対照的な様子-しょんぼりと項垂れる島風とドヤ顔で胸を張る天龍を、こうなることが予想済みだったような表情で頷いている。最高速度は四〇ノット超の島風に対し、三四ノットの天龍。これだけを見れば勝負にならない…はずだったが、天龍は巧みに動き回り、何度も島風をセンサーに捉えることに成功していた。これが実戦なら、島風は天龍からの砲雷撃を何度も見舞われていたことになる。

 

 「おう゛っ! 納得いかなーいっ! なんで私が天龍ちゃんに何度も捕まっちゃうのっ!? もっかいやってよ!」

 「お、おう…オレも意外というか…まぁアレだ、オレは世界水準軽く超えちゃってるからな。いいぜ、受けて立ってやるよ!」

 

 はっはっは、と高らかに笑い両腰に手を当てそっくり返るほど鼻高々の天龍に、両肩をいからせてぷんすかしてる島風。そんな二人に割って入った日南中尉は少し休憩を挟むように命じ、三人で広々と広がる大発の船倉へと移動することにした。

 

 床にどっかと座りミニスカを気にせず胡坐をかく天龍と、ちょこんと体育座りで膝を抱える島風、二人の視線を一身に集める日南中尉も、白い第二種軍装が汚れるのも気にせず、片膝を立てた胡坐で座る。視線の高さに極力上下を作らない、というのは彼が心掛けていることでもある。連装砲ちゃん(小)を膝と胸の間に挟むようにして抱えた島風は、唇を尖らせてジト目で中尉の問いに、不機嫌そうに答える。

 

 「島風は実際に天龍と鬼ごっこしてみてどうだった?」

 「すっごいもやもやしたよ、ひなみん…。スピードが乗る前に進路をふさがれちゃうから、私は全然加速できなかったよ。なのに天龍ちゃんは特に低速域からぐぐーんって加速してくるし。それに、私より小回り利かせて、いっつも内側に回り込まれちゃうし…」

 「なるほどね。どの辺がポイントになるのかな、天龍?」

 んー、とぽりぽり頬を掻く天龍は、頭の中に浮かんだものをそのまんま言葉にして吐き出す。

 

 「まぁなんつーの、体が勝手にやってんだけど、ずばーんと突っ込んで、体が振り回される前にググッと踏ん張って、また一気にバーンってかっ飛んでくっつーの? それでいい感じだぜ?」

 「えー、でもー、ぴゅーって行ってぐいって止まって、またぴゅーんってなるのに時間かかるよ?」

 

 体は考えずとも勝手に動くが、頭では整理していない。自分の戦闘機動を言葉で説明しようとすると、大部分が擬音になってしまう感覚派の二人。それでもどうやら何となく会話が成立している様子に、日南中尉は笑いを堪えながら、要点を確かめるように解きほぐしていこうとする。

 

 「天龍、君が言いたいのは加速と体の使い方がポイント、ってことでいいのかな?」

 

 

 

 旧帝国海軍のオールギヤード・タービン採用艦の先駆けで、着任当時では三基三軸で約六万馬力に達する破格の出力を誇っていた天龍型だが、船体をコンパクトにまとめすぎたため凌波性や装備の拡張性に難があったのも事実。そのため、広大な海域を舞台とする長距離侵攻等や機動部隊相手の迎撃戦では対応が難しい場面があり、往時の太平洋戦争開戦時ですでに旧式扱いされていた。

 

 一方の島風は往時の最新鋭駆逐艦であり、二基二軸で七五〇〇〇馬力に達する出力から四〇ノットを超える最高速度と、強力な雷撃能力を備えた艦隊型駆逐艦の決定版。単純にカタログスペックだけの比較なら、旧式とはいえ軽巡洋艦の天龍を凌駕する高性能駆逐艦といえる。

 

 だが、別な視点で二人を比べてみよう。基準排水量は天龍三二三〇トンと島風二五六七トン、出力はそれぞれ六万馬力と七万五〇〇〇馬力。主機一軸当たりの重量出力比(パワーウェイトレシオ)なら天龍一七.九四と島風一七.一一とそこまで大きな差ではない。より軽くよりハイパワーな島風が最高速度の伸びや高速域での加速で天龍を圧倒するのは当然だが、低中速域でのダッシュ力に限れば、天龍は島風に匹敵する性能を有することになる。

 

 一旦会敵した後の戦闘機動は、最高速度で航行し続ける訳にいかず、直進、転舵、加速、減速…それらを全て急のつく動作で繰り返し続ける。水や風の抵抗、遠心力を受け常に下がり続ける速度をいかに落とさないか、あるいは落ちた速度をいかに早く戻すかが、実戦で勝敗を分ける重要な要素となる。戦闘中に多用される低中速域で、爆発的なダッシュを決める天龍は、この鬼ごっこでは、自分の得意な速度域に巧みに島風を封じ込めた。

 

 オレっ娘とか刀持ちとか眼帯とか、いろんな属性を持ち合わせている彼女の真価は加速性能にあり、狭い海域での乱戦なら一旦懐に入れると振り切るのが厄介で、無類の強さを発揮する。そして何より本人が胸を張った様に、敵の迎撃を切り裂き駆逐艦を率いて先陣を切って突入する、臆さない勇気こそが彼女を支える原動力なのだろう。

 

 

 

 島風が天龍を振り切れなかった理由を具体的に説明する日南中尉に、ほぉーっと歓声が沸き、キラキラした目から熱い視線が注がれる。

 

 「なるほどなーっ! あんま考えずに()ってたけど、オレの動きにそんな意味があったとはな、いや、大したもんだ」

 満足そうにうんうん頷く天龍は、よっしゃー、やっぱオレは世界水準超えてんだ、と大いに満足そうである。熱く盛り上がってる天龍を余所に、立ち上がった日南中尉は島風に並ぶように、体育座りで隣に座る。

 

 「どうかな、島風? 天龍の戦闘機動を学ぶのは、君が最も必要としていることだと思う。『君は速くなるんじゃなくて、強くなるんだ』、そしてそれを一緒に考えようって、あの時言っただろう? 随分待たせたけど、やっとあの時の約束を果たせそうかな。実際に教えるのは自分じゃなくて天龍だけどね」

 それは日南中尉が司令部候補生として着任して間もない頃、誰にも分ってもらえなかった気持ちを打ち明けた島風と、まっすぐにその気持ちに向き合った日南中尉が、月明かりに照らされた夜の港で交わした会話。島風と視線を合わせるように横を向いた日南少尉が、柔らかく微笑みかける。頬の熱さを自覚した島風は、自分の顔を見られないように俯き、しばらく考え込む。再び顔を上げると、連装砲ちゃんで顔の下半分を隠しながら、上目使いで話し始める。

 

 「し、仕方ないから、天龍ちゃんで我慢してあげる。わ、私じゃないよ、連装砲ちゃんが興味あるって」

 自分との約束、いや、約束とも呼べないような話を、日南中尉は忘れず、辛抱強く準備を整えてくれていた。目の縁を赤くして泣くのを堪えていた島風は、まっすぐな瞳で日南少尉から視線を逸らさず、けれども照れ隠しのような言葉を重ねにっこりと微笑む。中尉も視線を逸らさずに、今度は彼の方から島風に頼みごとをする。

 

 「そして、君が天龍から学ぶことを、磯風や浜風、雪風に教えてあげて欲しいんだ。君とあの三人のうち、磯風と浜風の訓練が終了し次第、東部オリョール海(2-3)の海域解放に乗り出す」

 

 艦娘が往時の軍艦の船魂や共に殉じた乗員たちの純化された思いを宿す存在であることは何度か触れた。当たり前だが、軍艦は機械である。三基三軸推進の軽巡洋艦天龍の機動を、二基二軸推進の駆逐艦島風で再現することはできない。だが艦娘の天龍の機動は、同じく艦娘の島風が学び、活かす事ができる。島風が学んだことを、さらに他の艦娘に伝えてゆくこともできる。知識や経験を伝え合い、お互いに成長し高め合ってゆけること、それが艦娘に与えられた大切な個性であり、その輪の中に第三世代と呼ばれる艦娘達にも加わってもらいたい―――という日南中尉の思い。

 

 「………ありがとう、ひなみん」

 

 沈黙が二人の間に訪れる。先ほどまでと違うのは、二人の間の距離。島風は日南中尉に寄り添うように隣り合い、肩に頭を預ける。長いウサミミリボンが日南少尉の頬をくすぐる。

 

 「ところでよ、あの鬼ごっこ何で六分間だったんだ?」

 頭の後ろで両手を組んだ天龍が、カットインしてくる。

 

 「雷速五二ノットの九三式酸素魚雷が必中距離の一〇〇〇〇メートルを疾走するのに必要な時間だからだよ。その距離では砲戦も雷撃戦も敵味方双方に危険な距離だからね、全力の戦闘機動での回避運動と射点確保の両立、ってところかな。ところで天龍、君にも第二次改装が実装されたって話、してたかな?」

 

 「な、なにぃぃぃっ! 初耳だぞっ!?」

 「だよね、いま初めて言ったから」

 

 にやり、とイタズラっぽく日南中尉は微笑んで、天龍にサムズアップでお祝いする。

 




(20180713 一部変更、たんぺい様ありがとうございます)

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