それでも僕は提督になると決めた   作:坂下郁

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 前回のあらすじ。
 ジュウコン王に、奴は…なるっ!


066. セーフティロック

 「以前から疑問だったのですが」

 と一言発した翔鶴は、お盆を両手で胸の前に持ち、じっと桜井中将を見つめる。

 

 甘味処間宮で不破少佐と日南中尉が揉めかけた話は、既に宿毛湾泊地の艦隊総旗艦を務める翔鶴の耳にまで届いている。神通の乱入と間宮のお説教(取り成し)でその場は収まったらしいが…。まったくあの人は変わっていません、と不破少佐の司令部候補生時代を思い出し苦い表情の翔鶴。無言のまま目線だけを返した桜井中将は、翔鶴の淹れたほうじ茶をずずっとすすり、軽く息を吐き疑問に答える。

 

 「なぜ不破君を、ということだね?」

 こくりと翔鶴が頷き、前髪がさらさらと揺れる。なぜ桜井中将が不破少佐を評価しているのか、彼女には理解できない。優秀なのは勿論認める。ただ、現候補生の日南中尉と比べるとあり方がまるで違う。緻密というより相手の裏をかく作戦、冷静というよりは(したた)かな性格、結果で過程を正当化する運用、何より一八〇度違う艦娘への接し方。繊細なコワレモノを扱うように、傷つけないように接する日南中尉と、欲望に従って艦娘の身も心も手に入れちゃう不破少佐。男女関係には一途な翔鶴にとって、不破少佐は女の敵、くらいに思えてしまう。

 

 「そうだね、より実戦的で実践的な指揮官だから、と言ったら納得するかい?」

 

 眉根に僅かに皺を寄せ、手にしたお盆で口元を隠す翔鶴。隠された唇は明らかに不満を示す形になっている。そんな様子を見ながら、うーん、と頬をぽりぽりと掻く桜井中将。

 

 「性格はともかく能力は一流、とは彼のためにあるような言葉だからね。確かに彼のチャラさというかエロさには、意見が分かれるだろう。煩悩塗れで途方もなく(欲望に)正直な馬鹿者、とも言える。けれど…」

 

 けれど? と翔鶴が首を小さく傾げ、きょとんとした表情になる。

 

 「彼の率いる艦隊は強い。これが最も重要なことだ。作戦が優れていようが艦娘を労わろうが、敗北に価値はない。軍紀を守る大前提はあれど、彼の凄さは、破天荒でも何でも、艦娘達を統べて自分の色に染めてしまう所にある。煩悩でも束ねれば人を惹きつける信念になるのかな。芯の強さ、心の強さは指揮官として最も重要で、得難い資質の一つだ。日南君にも芯が無いとは言わない、だが不破君に比べれば見えづらく…というか容易には見せないからね。いざという時に、艦娘達の身も心も支える存在となれるのか…」

 

 むぅっとジト目になり桜井中将を軽く睨む翔鶴。確かに正論であり、指揮官として確かな実績を残す不破少佐が、海軍刑法に反しない限り艦娘とどんな関係になろうと、それは彼と彼女らの問題だ。でも、正直ならいいってものでは…と納得いかず、翔鶴は依然としてぶつぶつ言っている。

 「この点では、私も彼に『器』を認めざるを得ないのだよ。比べれば、ただ一人の艦娘だけを受け入れる器しかない私は将官として二流なのだから」

 

 やや間を空けて桜井中将が口にした言葉。あまりにも意外できょとんとしてしまう翔鶴だが、すぐに照れたように優しく微笑む。中将にとってただ一人の艦娘、とは目の前にいる翔鶴のことである。手にしていたお盆を置くと、執務机を回り込み、中将を背中から抱きしめ、耳元で歌うように誘うように囁く。

 

 「多くの後進を育て、時を経た今でも機動部隊の指揮では肩を並べる者は僅か、と謂われる将を、二流とは言いませんよ。それに…私には超一流の旦那様ですから」

 

 

 

 

 甘味処間宮で不破少佐がオラつき始め、日南中尉が珍しく真っ向から受けて立った所まで、時間は遡る―――。

 

 「第三世代はさ、建造直後から練度が相対的にMAXなのがウリみたいだけど、そんなの最前線で二、三回死ぬような思いすればあっという間に超えちゃうよ。成長するのが艦娘のいい所じゃん? いい所を引き出せるかどうかは指揮官の腕次第」

 

 背後には顔を顰める高雄と摩耶。その気配に気づいたのか、取って食ったりしねーよ、と僅かに後ろを振り向き意味ありげに笑った不破少佐。日南中尉に向き直ると僅かに肩を竦め、にやりと口の端だけを上げて嘲笑(わら)いずいっと前に出る。

 「最初はさ、キスするだけで顔真っ赤にして恥ずかしがる子猫ちゃんが、数を重ねるうちに自分から欲しがりさんになるんだぜ? も、なんてーの、俺のテクっつーのかな、いや、俺の愛、そうLOVEだよアモーレ。でも、感情も薄くて成長もしないんじゃ、楽しくないじゃん」

 わきわきといやらしく手を動かす不破少佐。明るいイケメンじゃなければただの変質者にしか見えない。変質者ぶりはこの際さておき、楽しくないなら…どうするつもりだ? 日南中尉は内心で顔を顰める。自分の知っている頃と変わっていない、極めて実利的な思想と思考。押し負けないように、ずいっと前に出る。拳三つ分ほどの距離で真っ向から視線を逸らさず向き合う。

 

 「第三世代(彼女達)の不安定さは、技術本部による不適切な改装の結果であって、適切な処置を施せば成長してゆきます」

 「お前の所の三人みたいに、ってこと? でもさ、うちは最前線だからね、不確定要素はできるだけ排除しないと。弾込めてセーフティ外せば確実に撃てる銃じゃなきゃ意味ないよ。俺はね、撃ちたい時に撃ちたいの。例えば今、分かる?」

 

 撃つべき時に撃てること。成長の可能性を秘めていること。不破少佐の望む前者と、日南中尉の信じる後者、本来 “艦娘”という概念の中に奇麗に収まっていたそれらの要素が第三世代と呼ばれる艦娘にも内在することを実証するため、中尉は配属された第三世代艦のうち、磯風と浜風を、現在進行中の東部オリョール海攻略戦に投入することを決断した。

 

 

 

 「へえ…そんな面白ぇ事があったんだな。ったく、そういう時はオレを呼べよ、その不破とかいうチャラ男、ギッタギタにしてやったのによ」

 「他拠点のお客さんで、しかもひなみんより階級上なんだよ? そんなことしたらいけないと思いまーす」

 いつも捲っているカーディガンの袖をさらに捲り上げ天龍が鼻息も荒く言い募る。フィンガーレスのグローブを填めた右手で勇ましく撫す左腕だが、実は意外と華奢な骨格のその腕は細い。他の装備性能はともかく、確実に世界水準に肩を並べる立派な胸部装甲を強調するように腕組みをして息巻く天龍だが、一緒にいる相手から返ってきた言葉に、へっ、とつまらなさそうに声を上げ鼻をこする。

 

 天龍の世界標準超えの部位に、ちらり、と一瞬だけ視線を送ったのは、長いサラサラの金髪と黒いウサミミリボンを風になびかせる島風である。制服は…あえて説明するまでもないが、お馴染みのセーラー服調のもの。装甲効果があるのか疑わしいほど、肩から脇まで大きく開いたノースリーブの上半身、辛うじて鼠蹊部を隠す程度の超ミニスカートからはショーオフの黒いTバックが覗いている。

 

 「にしても中尉のヤツ、俺達をこんなところに呼び出して、何のつもりだろうな? 何か聞いてるか、島風?」

 ふるふると頭を振って身振りだけで返事をする島風も、同じことを考えていた。

 

 組み合わせとしては珍しい部類に入る。多種多様な艦隊任務に投じられることの多い駆逐艦にあって、強力な雷撃性能と最高速度四〇ノットを超える島風は往時の最新鋭最強と目された。一方で世界水準超え、と豪語する天龍は小型高出力を追求した野心的な軽巡洋艦だったが、小型に分類される船体が災いし拡張性を欠き、往時の戦争が始まった時点ではすでに性能は旧式となっていた。

 

 「済まない、待たせてしまったかな。そこの大発に乗って移動しようか」

 制帽をやや目深に被り視線を隠すようにして日南中尉が突堤に姿を現し、天龍と島風に乗船を促す。防盾に囲まれた大発の操舵把にはふよふよと妖精さんがまとわりつき、二人に向かってびしっと、それでいて可愛らしい敬礼を送っている。思わず顔を見合わせる天龍と島風。一体どこへ移動しようというのか、と二人が同時に口を開きかけたのを制するようなタイミングで、中尉が呼び出した理由と目的を明らかにする。

 

 「これから第三訓練海域まで行こうと思う。天龍、君には島風の教官になってもらいたいんだ」

 

 泊地内に複数設けられた、訓練専用のエリアの一つにこれから向かうという。再び顔を見合わせた天龍と島風だが、先に口を開いたのは島風だった。ただ、ちらちらと天龍を見ながら、どうにも言いにくそうな口調で、躊躇いがちに言葉を発する。

 

 「ね、ねぇひなみん? 私が、天龍ちゃんから何を教わるの? 多分、何にも教わる事ないと思うんだけど。だ、だって…天龍ちゃん、私より遅いんだもん」

 はぁっ!? と顔色を変えた天龍が島風をじろりと睨みつける。慌てて島風は胸に抱えた連装砲ちゃん(小)で顔を隠すようにして視線の攻撃から逃れようとする。

 

 「ば、馬鹿野郎っ! 戦いはなぁ、速さだけで勝負が決まるんじゃねーんだよ。勝ち負けを決めるのは…あれだ、ほら、そのなんだ……ここだ、ここっ!! ってガン見してんじゃーねよ、度胸とか根性とか、そうゆう話だっての!!」

 

 どーんと胸を張り、サムズアップの親指で胸元を指し示す天龍。大きく開けられた白いブラウスと、谷間に沿うように緩く締められたネクタイが世界基準越えの部位を強調し、その仕草に導かれるように日南中尉の視線が移動すると、見た目と威勢と裏腹に乙女な天龍は急に途中までの威勢のよさはどこへやら、急にあたふたし始める。そして中尉に近づくと、急に声を潜めて口元を手で隠しながら話し始める。

 

 「…いや、その、なんつーか、ほんとにオレでいいのか? オレが島風に教えてやれることなんざ…悔しいけど、ねーぞ…」

 

 天龍は自分の性能を誰よりも理解している。主機の出力は高くなく、中口径砲は積めるものの背は高いが華奢な体では砲撃の反動を吸収しきれず命中率は低い。そうなると駆逐艦同様にギリギリまで肉薄して魚雷を叩き込むのが主戦法になる。小型と言っても駆逐艦より遥かに等身が高い身体で、同じような機動を無理に取っているだけだ。同型艦の龍田は将来的に練度が満ちれば第二次改装を行え、天龍も次は自分だと期待している。だが、総じて対空・対戦・輸送護衛に特化したサポート型の能力で、遠征や輸送任務を軸に柔軟な対応ができる反面、天龍が夢見ていた、正面からのぶつかり合いで敵艦隊を打ち破れるような方向性ではなかった。

 

 「ん? あるよ、天龍にしか教えられないことだし、それは島風が最も知りたがっていたことだと、自分は思っているんだけれど? 二人の練度差が縮まってから、と思っていたからこの時期になったけど…まぁ、ちょうどいいきっかけにもなりそうだし、ね…」

 

 制帽をさらに目深に被り直し、表情を隠す様にする日南中尉が少しだけ苦い音色を言葉に交え、天龍と島風が『何言ってんのこの人』と、きょとんとした表情で顔を見合わせる。

 

 -そう…天龍、君のできることは特別な事なんだ。そしてそれを完全に身につけられるのは島風、君だけだと思う。けれど、うまくいけば、他の艦娘達…オリョール海に進出する磯風と浜風(彼女達)にも応用できるんだ。


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