それでも僕は提督になると決めた   作:坂下郁

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 前回のあらすじ
 いけるかしら、の活用法について。


063. ストロー

 現在教導艦隊は『O1号作戦』遂行のため、東部オリョール海へ反復出撃中。敵通商破壊艦隊を排除、海上輸送ライン防衛のため最奥部の敵を撃破し海域解放を目指しているが、作戦は一旦中断である。一方で同時並行で受託中の反復継続の任務群、例えばBd3『敵艦隊を一〇回邀撃せよ!』、Bd4『敵空母を三隻撃沈せよ!』、Bd5『敵補給艦を三隻撃沈せよ!』、Bd6『敵輸送船団を叩け!』、Bw2『い号作戦』、Bw3『海上通商破壊作戦』などなどなど…はさくさくと消化中。

 

 深刻な問題が起きての作戦中断ではなく、羅針盤に左右されやすいオリョール海域の特性で、海域最奥部まで到達できずにいるだけである。日南中尉としても艦隊の疲労度を考慮し、心も体もリセットするため二連休で完全休養日を設けることを通達した。そんなわけで、部隊の艦娘達は思い思いの時間を過ごしていたのだが―――。

 

 

 

 甘味処間宮は艦娘達のオアシス。和洋を問わず抜群の技量を誇る間宮によるお持て成しの心は、数寄屋造り風の店内の随所に息づいている。今日は白露の奢りで、同時に第二次改装を受けた時雨と夕立を間宮でお祝いしている。参加しているのは教導艦隊に配属される白露型駆逐艦のうち白露、時雨、村雨、夕立の四人。

 

 第二次改装を済ませ、時雨も夕立も印象が随分変わった。二人とも外ハネの髪がまるで獣耳のようになり容貌も大人びた。従来からの同一線上で落ち着いた感じで大人っぽくなった時雨に対し、瞳は赤色、髪の色も亜麻色の先端が桜色に染まったカラーの夕立はかなりアグレッシブな仕上がりである。

 

 以前からのセーラー服を基調にしながら、改二の新制服は全体的にフィット感が高まり、体の線がより強調されている。白く縁どられた上着の裾の部分がハイライトカラーになり、自然とウエスト周りが目立ち、等身が伸び奇麗なSカーブを描くようになったスタイルの良さが強調されている。時雨も確実に成長したが、それを大きく上回って成長を遂げた夕立の胸回りは、駆逐艦(クラス)を超えた十二分なサイズになってきた。

 

 けれども、その心持ちは改装前とあんまり変わっておらず、やっぱり娘>艦なのが、くちくかんらしいと言えばそれらしい。戦艦組が個別ヒアリングの結果を口外しないよう求められたのに配慮して曖昧なトークの中で自分の感情を吐露したのに対し、駆逐艦勢は『ん? ひなみんと一緒に決まってるよ』『や、冷暖炬燵持参するし』と、ふっつーに進路について話し合っている。

 

 後にその髪型と戦闘スタイルから忠犬と狂犬と呼ばれる時雨と夕立のコンビ、さらに二人と同様に第二次改装が可能な村雨も、その例外ではない。

 

 

 「ふ~ん、大人の階段を先に上られちゃった感じ? じゃぁ村雨はー…中尉に大人にしてもらおうかなぁ。あん、やだぁ、一気に出てきたぁ。うわぁん、白いのついたー」

 

 ツインテールを揺らしながら生クリームたっぷりのキャラメルフラペチーノを飲んでいた村雨。太めのストローで強めに吸った途端、生クリームごと一気に吸い上げてしまったようで、溢れた生クリームが口に入りきらず唇にはみ出してしまった。それ以上の他意はない、多分。その村雨は現在の練度を考えると、第二次改装はもう少し先の事になりそうである。そんなやっかみもあるのか、ちらり、と時雨を挑発するような意味ありげな視線を送る。

 

 「何だよぉ…。ただでさえ涼月とか磯風とかで頭痛いのに、村雨までそんなこと言うの? 姉妹なんだからさ、もっとこう、僕を応援するとかしてくれてもいいと思うんだけどな」

 時雨はこの手のあおりに非常に弱い。ぷうっと頬を膨らませながら、飲んでいたコーラフロートのアイスをストローでがしがし崩し始め、あっという間にグラスの中のコーラを茶色く変色させてしまった。

 

 「時雨は機嫌が悪くなるとお行儀悪くなるっぽい」

 「だって村雨が…」

 

 ほんとに子犬がするようにソフトクリームをぺろぺろ舐めている夕立が、我関せずという様子で、ぽつりと言葉を零す。いつもの事だ、と言いたげである。一方の村雨はふふーんと揶揄うような表情で相変わらずフラペチーノを楽しんでいる。不満タラタラの表情で、わずかに目の端に涙を浮かべた時雨が、軽く八つ当たり気味に夕立に食って掛かる。

 

 「ケンカしないでよー、せっかくのお祝いなんだからさ。でもいいよねー、みんな。私なんて一番艦なのに、いまだに第二次改装が実装されてないんだから…(2018.06時点)」

 どよーんと黒い雲を頭上に漂わせた白露の沈んだ声で、慌てて三人が宥めようとワタワタし始める。白露型駆逐艦シリーズの長女、明るい茶髪のボブヘアーと黄色いカチューシャが特徴のかなりの美少女である白露。妹たちに負けず劣らずなナイスなプロポーションで、艦隊本部の指定する水着で出撃(真夏のお出かけ)勢にも選ばれている。ただ、優等生すぎるというのか、どうにも個性の尖ってる妹たちに押され気味の立ち位置である。

 

 「いや、大丈夫だよ、白露姉さんだってそのうち…」

 「はいきた適当な慰めかたー。そのうちっていつ? 何年何月何時何分になったら改二になれるのよ?」

 ケンカしないでと言いながら、面倒くさい拗ね方の白露が時雨を困惑させる。幸運艦と言われる時雨の運でも、流石に姉の改二実装の時期までは左右できず、夜戦のカットイン攻撃(シャッシャッシャッドーン)の確率が高いくらいだ。村雨は苦笑いを浮かべ二人を生ぬるく見守り、夕立はやっぱり我関せずである。

 

 「白露姉さん子供っぽいぽい?あれ?変な言い方っぽい?あ、そうだ、そんな事よりも、明日は演習ぽいっ!」

 改二になっても無邪気さが抜けない感じで首を傾げていた夕立が、唐突に明日の予定を思い出す。完全休養日は今日でおしまい。明日は対外演習の予定が組まれていて、すでに日南中尉から明日の演習参加者に指名されている夕立はうきうきしながら席を立つ。

 

 「どこいくの?」

 「うー、なんか体がうずうずするっぽいっ! 明日まで待ちきれないから、ちょっと運動してくるっぽい! 白露姉さん、ソフトクリーム美味しかったっぽいっ!」

 「あ、ちょっと!口の周りちゃんと拭きなって」

 慌てて呼び止めた白露がハンカチを取り出して夕立の口の周りをこしこしと拭いている。えへへー、と頭に手をやりながら朗らかに微笑む夕立は、甘味処間宮を飛び出していった。

 

 今回の演習、日南中尉にとっては艦隊に少しずつ増え始めた改二勢のシェイクダウン(慣熟試験)的な意味合いもあり、参加する艦娘には勝敗に拘り過ぎず、向上した身体能力や艤装の能力の確認と運用を重視するように指示を出していた。

 

 

 

 「あの人、今日到着するんだよな……うーん」

 宿毛湾泊地第二司令部執務室。日南中尉は執務机に両肘をつき、組んだ両手で口元を隠す、いわゆるゲンドウのポーズのままで考え込んでいた。

 

 宿毛湾泊地は、太平洋に展開する艦隊の整備休息、あるいは各種公試の拠点としての性格を持つことは以前も触れた。ゆえに来訪者も多いのだが、今回宿毛湾を訪れるのはブイン基地の司令官である。

 

 南太平洋拠点群の一角を成すブイン基地は、日本海軍の支配海域の最外縁を成すこともあり、常時深海棲艦の攻勢に晒され、その度に粘り強く戦い基地を守り続けていた。そんなブインだが、先ごろかつてない規模の猛攻を受け窮地に陥った。勝ち目はないと判断したブインの艦娘達は、反対する基地司令官を無理矢理後方退避させると、全滅覚悟で抵抗を続けた。だが物語は、絆が生んだ辛く悲しい玉砕…にはならなかった。

 

 海域最大の拠点ラバウル基地まで退避に成功したブインの司令官は、ただちにラバウルと共同作戦を展開し反転攻勢、激戦の末ブインの死守に成功した。前線まで通常艦艇で乗り込み艦娘を鼓舞し続けた同地の司令官は重傷を負い内地送還されたという荒武者ぶりである。現在ブイン基地の機能はほぼ失われ、文字通りゼロからの立て直しになるが、療養を終えたこの司令官は再び同地へと赴く。それに先立ち、横須賀鎮守府から新たに受領した一個艦隊の最終調整のため、宿毛湾に寄港するのだが―――。

 

 「正直いって、()()()()苦手なんだよな…」

 

 日南中尉の前、最後に修了した司令部候補生は二年前まで遡る。海軍兵学校の先輩にして、司令部候補生としても先輩に当たるのが、ブイン基地司令官を務める不破 允航(ふわ まさゆき)少佐。名前通り『不敗』を通り名に持つ若き佐官は、中尉にとって尊敬すべき先輩であり、同じ司令部候補生のロールモデルとして見習うべき存在になるはずだが、そう単純にもいかないようだ。

 

 うーん、と再び黙り込んでしまった日南中尉。どうやらよほど苦手意識があるらしい。

 

 そんな日南中尉を悩みから引き戻す様なタイミングで、こんこんとノックの音が響く。入室を許可すると小さくドアが開き、さらさらの銀髪が見える。

 

 「失礼します、中尉。一五〇〇(ヒトゴーマルマル)、休憩しませんか? はいこれ、工夫して作ってみました。お芋ドリンクです! 疲れた時には甘いものがいいと思って、用意してみました」

 柔らかく微笑んで銀髪を揺らしながら入室してきた涼月が、グラスに入った白いドリンクを差し出していた。蒸かしたサツマイモとココナッツミルク、牛乳、砂糖をミキサーにかけたシェイク風の飲み物である。時雨と村雨が甘味処間宮でばちばちやっている最中、涼月はさりげなく陣地要衝に突入を成功させていた。一瞬きょとんとした中尉だが、同じように柔らかく微笑み返すとグラスを受け取りこくこくと喉を鳴らす。

 

 「うん、優しい味が嬉しいね。ありがとう涼月。君はもう飲んだの?」

 「え…」

 

 半分ほど空いたグラスに、さり気なく視線を向ける日南中尉。何気なく、他意の無い行動のはずが、グラスを差し出されたと解釈した涼月は、間接キスを意識しすぎて真っ赤な顔で固まってしまった。意を決したように気合を入れた表情で、グラスを手に取りじっと見つめる。涼月が何をするのかと眺めていた日南中尉は気が付いた。え、唇が触れた位置を確かめてる、とか…? 引き続きグラスを見つめていた涼月の唇がグラスに近づく。そして―――。

 

 ずずずずーーー。

 

 「うん…おいしいけど、もったりとした…飲み心地。ストローだと、きついね」

 

 二人の間に割り込むように、無表情の初雪がグラスにストローを差し込んで一気に飲み干してしまった。けふ、っと軽い音を残し、すたすたと冷暖炬燵に戻った初雪はそのまますやすやと眠りに落ちた…ようだ。日南中尉と涼月からは、ぴくりとも動かない初雪の後ろ頭は寝ているようにしか見えないが、前から見れば初雪はしっかり起きていた。そして二人に聞こえないようぼそぼそと呟いていた。

 

 「危ないとこ…だった…。島風も…もうちょっとこう、あれをそれした方が…うん」

 発言の意味はよく分からないが、初雪的には島風推しの模様。身動き一つしない初雪をぼんやり眺めていた日南中尉と涼月だが、我に返ったように涼月が慌てて本来の要件を切り出す。

 

 「そ、そうでしたっ! 翔鶴さんから伝言を頼まれてました。ブイン基地の不破少佐が予定より早く到着されたそうですっ」


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