それでも僕は提督になると決めた   作:坂下郁

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 前回のあらすじ
 記録の中の日南中尉。


候補生いろいろ
062. コンフェッション


 『艦娘は、建造元の、あるいは海域を問わず邂逅を果たした艦隊の属する拠点に所属が認められ、その統治運営を委嘱された当該拠点の最高責任者に独占的指揮権を付与する。ただし、直接の指揮命令系統においてより上位にある者の発令を受けたとき、あるいは当該艦娘と当該拠点の最高責任者の間に()()があるときは、拠点間の所属の変更を認めることがある(以下条文略)』

 

 上記は改正海軍特別法の一節だが、簡単な事を分かりにくく複雑に書くのは法律用語の常で、この条文の意味は明白である。艦娘に異動が認められる条件は二つ。一つはより上位者からの命令。艦娘運用拠点の責任者は言うまでもなく司令官や提督であり、指揮命令系統その上にあるのは軍区、艦隊本部、大海営、そして大本営である。各拠点には高度な独立性が担保されるため、発令前には慎重な事前調整(根回し)が行われるが、この場合は戦略的あるいは政治的な色を帯びた異動となり、余程の理由がなければ拒めない。

 

 もう一つは、艦娘あるいは拠点長の合意に基づく異動。艦娘の異動が同意ではなく合意-つまり艦娘の側にも選択権がある、というこの文言を改正海軍特別法に明記するかどうか、相当長期間議論の的となり紛糾が続いた。そして一五年前、この条文を含め艦娘の権利保護を中心とした改正を加えた海軍特別法が国会で可決、即日施行された。相当の制約を課すものの、それでも従来に比べれば大きな変化を受けたこの改正法により、いわゆる『ブラック鎮守府』を法的に規制する強力な根拠ができ、以来艦娘の処遇は目に見えて改善されたと言っていい。

 

 艦隊本部そして大海営の要請で桜井中将が宿毛湾泊地の提督として現場復帰を果たす際、膠着状態が続いていたこの問題を前進させることと司令部候補生制度の設立を条件に附したことは軍内で広く知られている。長年の課題に一応の決着をつける引き金を引いた事で、桜井中将は否応なしにハイライトされた。艦娘の権利保護に関しては賛成派も反対派も存在し、中将は前者からは自らの手柄のように褒め称えられ、後者からは諸悪の根源のように非難された。時を経た今でも、この問題は深く静かに尾を引いているが、それでも艦娘の権利保護の意識を高めることに成功したのは事実である。

 

 そしてこの条文が実効性を伴い機能する最初の場面が教導艦隊に訪れた。先日実施された第一次進路調査である。教導期間の折り返しに行われるこの調査は現時点での意向確認となる。この時点での回答が絶対ではなく、教導期間後半の艦隊運営次第ではプラスにもマイナスにも結果は転ぶ。最終的には教導課程修了時に、第二次(最終)進路調査として、日南中尉が直接艦娘達の意向を確認し合意を形成しなければならない。なお、日南中尉へのヒアリングは艦娘に先立ち行われていた。

 

 『自分は教導艦隊の全員を自分の任地に迎えたいと思っています。もちろん、自分の教導課程修了を仮定した上での話ですが』

 

 では、その肝心の彼女達はどうだったのだろうか―――?

 

 

 

 第一次進路調査の結果を分類すれば、艦種による傾向が比較的強く出ているのが特徴のようだ。

 

 川内型三姉妹と五十鈴を中心に、阿武隈や由良など長良型、北上、天龍などが揃う軽巡洋艦組は、日南中尉の将来性やポテンシャルを認め共に進もうとする娘が多い。一方で古鷹を中心に、建造や邂逅で早々に勢ぞろいした妙高型の四姉妹や、金剛型戦艦建造の過程で着任した鈴谷や熊野などが揃う重巡部隊は、中尉の戦術や作戦運用能力を高く評価し信用しているようだ。

 

 いずれにせよ日南中尉の力量や能力に信頼を置き、自分たちの将来を託すに足る指揮官として認めていることが窺える結果である。

 

 

 もし建造や邂逅を運が左右するなら、軽空母戦隊の充実に日南中尉の運の傾向が出ているかもしれない。部隊の航空戦力として活躍を続けるのは、教導艦隊創設初期から苦楽を共にし今では中尉に信頼を超えた感情を抱くようになった祥鳳と、姉を応援する立場を取る瑞鳳。さらに赤城も正規空母として大きな存在感を見せる。彼女もまた、過去のトラウマから前へ踏み出すのに中尉に支えられ、徐々に変化してきた自分の感情に気付き始めている。なお日南中尉と正規空母との巡り合わせは今一つのようで、今の所教導艦隊の正規空母は彼女だけである。この三人が千代田、千歳、飛鷹、隼鷹、RJを引っ張る形で、空母部隊は全員中尉に着いてゆくと一致団結。

 

 

 数では最多の駆逐艦勢と、力では最強の戦艦勢は、複雑な心模様や関係性を描いているようだ。

 

 

 

 舞台は金剛の手で勝手にガーリーにコーディネートされた榛名の部屋。普段は金剛型四姉妹で行われるお茶会に、今日は教導艦隊に属する戦艦部隊-日向、扶桑、ウォースパイトも招かれている。

 

 「手ぶらで来るのも何だから土産を持ってきた。ほら、特別な瑞雲だ」

 「これは…素敵です! ちょっとアレな感じもしますけれど…」

 どこに飾ればいいのかしら、と困り果てた表情の榛名が、ドヤ顔の日向から特別な土産を受け取る。

 

 「自慢のレシピ、比叡カレーだよ!さあ、食べて!」

 「逝けるかしら」

 紅茶の繊細な香りを吹っ飛ばすスパイスの香りを漂わせた一皿を満面の笑みで差し出す比叡と、そこはかとない棘を混ぜ込みつつ笑顔で拒絶する扶桑。

 

 「フォートナム&メイソン(フォートナムズ)のアフタヌーンティーですか、なかなかよいチョイスだと思います」

 「私手作りのスコーンも食べてくださ~イ!」

 最高級茶葉の繊細な香りに華やかな笑みを浮かべる、イギリス生まれの二人、金剛とウォースパイト。

 

 今日のお茶会は、トラディショナルなスタイルではなく、日英折衷ともいえるスタイル。L字型に組み合わされた白い革張りのローソファーには金剛型の四名が座り、中央に置かれたローテーブルには三段のケーキスタンド。下段にはサンドイッチ、中段にはフルーツやケーキ、上段にはスコーンやフィナンシェがスタンドを飾る。脇を飾る、というには自己主張の強い比叡特製のカレーも添えて。テーブルを挟んだ向こう側にはクッションが置かれ、ゲストの三名がそれぞれ座るのだが…脚を畳んで座る、という行為に慣れている扶桑や日向は上手に寛いでいるが、対照的にウォースパイトは悪戦苦闘していた。見かねた榛名が場所を変わり、女王陛下も一安心したようだ。それぞれ取り留めのない話をしながらお茶を嗜み軽食をつまむ中で、場もほぐれたと見た霧島が仕切り始める。

 

 

 「マイク音量大丈夫?チェック、ワン、ツー…よし。みなさん、今日は私たちのお茶会へようこそ! さて、最近教導艦隊に漂う仄かな緊張感…霧島的には、理論的な考察を心掛けていますが…みなさんは、どうされるのですか?」

 

 

 ぴたり、とざわめきが止まる。どうされるのですか、という目的語のない曖昧な問いは、ここ最近の教導艦隊の空気を考えるとその意味は一つしかない。第一次進路調査にどう答えたか、ということ。各人に選択の自由があり、かつ他者からの影響を避けるため個別にヒアリングが行われ、その結果は口外しないよう求められている。

 

 けれど当然気になる。ゆえに問いは曖昧に、なので答も曖昧に―――各艦娘の中でも比較的精神的な成熟度の高い戦艦娘達ならではの微妙なトークが開始される。

 

 「はい、榛名は大丈夫ですっ!」

 先陣を切って満面の笑みを浮かべ両手で小さくガッツポーズを見せる榛名。巧みに目的語を伏せつつ断言する榛名に他の戦艦娘達が思わず感心する。こういう時には使い勝手のいいセリフである。

 

 「まぁ、そうなるな」

 ミニスカートを気にすることなく胡坐をかき、ずずっと紅茶をすすりながら瑞雲を撫でまわす日向がぼそりと一言だけ言う。こちらも使い勝手のいいセリフである。

 「行けるかしら」

 クッションに横座りし、少し体をひねりながら艶然と微笑む扶桑。白く細い指先が上品にサンドウィッチを摘み、ゆっくりと口元へと運ぶ。さきほどから違うニュアンスで同じ事しか言ってないような気がするが、気のせいではないだろう。

 

 「私の想像以上、データ以上の方ですね」

 眼鏡をきらっと光らせながら、セーフともアウトともつかない微妙な表現で霧島が言う。よく見るとほんのり頬が赤い。あれ、そういうこと? と榛名が怪訝な表情で霧島を覗き込み、すぐに納得したような表情になった。ティーカップの紅茶はほとんど減っていない代わりに、香りづけで用意されたブランデーがすっからかんになっている。

 

 教導課程を日南中尉が無事修了した暁には任地が決まり司令官として着任する。その時に同行するかどうかは、中尉と自分自身が合意して成り立つ。榛名は日南中尉に着いてゆくと決めていて、はっきりと感情的な部分での思い入れがある自覚がある分、他のみんなの言葉は、同行を求められた際に断る理由はない、という風に聞こえていた。

 

 実際の所、日向や扶桑、あるいは霧島も、明確に戦艦であることを志向していた。この三人に共通しているのは、これまでのところ日南中尉の作戦や指揮に不満はなく、むしろ近い将来優秀な司令官になるのは間違いないと思っている点。加えて過信ではなく、自分たちの能力を正確に理解し、今後の日南中尉に必要とされる存在であると確信している。だからその指揮下で自分の力を存分に発揮する、それ以上でもそれ以下でもない。

 

 

 「Cum」

 

 

 唐突に発せられた、短い、聞きなれない言葉に注目が集まる。ティーカップを唇に寄せ静かに微笑むウォースパイトはそれ以上何も言わなかった。ただ一人金剛だけは何とも言えない微妙な表情を浮かべ、じっとウォースパイトを眺めていた。英国生まれの二人だけが分かるかもしれない、現在では主に学術の世界でのみ生き続けるその古い言語は、ウォースパイトの明確な、それでいて巧みに韜晦したメッセージ。

 

 「私は…金剛お姉さまの行くところに着いていきます!」

 ショートカットを揺らし立ち上がると、見得を切りながら微妙に方向性の違う宣言を堂々と行う比叡は、きらきらとした視線を金剛に送っているが、当の金剛はどうもぼんやりしている。やがて全員の視線が自分に集まっているのに気づいた金剛は、あははーと誤魔化すように笑いながら、いつも通りの明るい口調で応じる。ただ、どこか貼り付けたような笑顔にも感じられた。

 

 「あ…えと…私なら…時間と場所をわきまえれば、触ってもイイのデース」

 

 なかなか一足飛びな金剛の言葉に全員がきょとんとする。「……まあ、そうなるな」と日向が素っ気なく応じ、「イけるかしら」と、これまた同じ言葉でニュアンスを変えただけの扶桑。「気合い! 入れて! 触りますっ!」と微妙に方向性の違うシスコンぶりを比叡が見せれば、榛名はむぅっとした表情で長姉にわずかな対抗心を覗かせる。

 

 金剛型戦艦一番艦金剛、彼女が唯一、進路を決められない自分に戸惑い態度を保留した艦娘である。そんな彼女だからこそ、ウォースパイトのラテン語に余計反応してしまった。Cum、それはBe with(共に在る)を意味する言葉。なぜ自分ははっきりできないのデショウ…それが金剛にとっての悩みだった。


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