それでも僕は提督になると決めた   作:坂下郁

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 前回のあらすじ。
 お互いを少しだけ理解した島風と日南少尉。


005. 数えたら三〇〇以上あったという

 宿毛湾泊地 司令部棟大会議室A―――。

 

 『任務娘』の通称そのままに、黒い長髪に白のヘアバンド、手にファイルを持つ大淀は眼鏡越しに優しく日南少尉を見る。その隣、アッシュブロンドの長髪を後ろで束ねアップにした香取は、教鞭をふりふりしつつ、まとった白地に青縁の儀礼用軍服そのままに真面目な相を崩さない。ここまでは時雨も特に気にすることはなかった。だが、香取からやや離れて立つ鹿島、ゆるくウェーブのかかったツインテールの銀髪だが、なぜかこれまた眼鏡。

 

 「…どうしたの、鹿島さん? 普段眼鏡なんかかけてたかな?」

 「うふふ♪ 司令部候補生…日南少尉、可愛いですよね。眼鏡があった方がお姉さんアピールできるかな、って」

 

 ぴくり、と時雨のアホ毛(センサー)が反応し、姉の香取が頭を抱え、大淀が苦笑いする。そんな周囲を気にすることなく、目が合った日南少尉に向かい、小さく手を振る鹿島。

 

 「さて、そろそろ始めようか。本日より、司令部候補生への泊地教導を開始する。今日ここに来てもらった三名、大淀、香取、鹿島は作戦指導、訓練指導、拠点運用および日常生活に関する指導役であり査定役となる。実際の訓練はまた別な艦娘達をアサインするが、今日はまず泊地の全体像についてオリエンテーションを行う」

 

 穏やかな桜井中将の声が通ると、会議室の照明が落ち、前方に吊るされたスクリーンには、天井付設のビーマーからの映像が投影される。

 「このグラフは、過去一〇年間の年度ごとの兵学校卒業生数、司令部候補生の着任数と修了した候補生の数を示しています」

 一〇年前、九名着任した司令部候補生のうち教導を無事終了したのは三名。その年をピークに着任者数も教導修了者数も減少の一途を辿り、二年前を最後にその後は着任者さえいない。教導のレベルの高さは知っているつもりでいた。だが実際にこうやって数字で見せられると嫌でも緊張が高まり、小さく日南少尉の喉が鳴る。

 

 続いて正面のスクリーンには組織図のようなものが映され、桜井提督がレーザーポインタを使い説明を始める。

 

 「君には本部施設の東部に造られた第二司令部が与えられ、教導期間中貸与される時雨を秘書艦として、文字通りゼロから拠点運営を始めてもらう。君の艦娘の訓練には、宿毛湾の艦娘が当たるよ。その計画立案も君の役目だ。拠点運営に必要な資材や資源は毎日所定量が供給されるけど、工廠や入渠ドックの必要経費はかかるからね」

 

 真面目にメモを取る日南少尉の手元の動きを確認し、ひと段落したタイミングで、翔鶴はスライドを次のページに変え、話の続きを引き取る。

 

 「最終目標は少尉自らが育成した艦隊で沖の鳥島沖を解放してもらいます。教導期間は一年間ですが、これはその長きに渡ってこの目標を達成できないようでは、私達を率いるに能わず、そう見極める時間と思ってください。イベントと称される季節ごとの深海棲艦の大規模侵攻への対応もありますが、こちらへの対応は任意です」

 

 「基準を甘くして修了者を増やしても意味がない。もっとも、着任がなければ教導のしようもないのだが」

 自嘲するように肩をすくめる桜井中将と、少し寂しげに目を伏せる翔鶴。

 

 それは宿毛湾の教導の問題ではなく、構造的な問題を示唆する話―――。

 

 司令部候補生と認められるのは、兵学校で成績優秀な事が前提条件だが、加えて妖精さんと意志疎通ができる能力も要求される。ただこの能力は不安定で、獲得喪失、向上低下の要因がハッキリしない。この能力が完全に失われたと判断されれば、例え司令部候補生と言えども提督への道が閉ざされる。無論通常戦力を含め海軍と言う巨大組織には多種多様な軍務があり、提督としての資質を発現できない、あるいは喪失した場合でも進路は事欠かない。だが『妖精さんと意志疎通ができる』はおろか、最低限度『目にすることができる』兵学校生まで減少傾向が明らかに認められるのだから、艦娘部隊にとっては重大な問題である。

 

 ゆえに二年ぶりの着任となる司令部候補生の日南少尉には大きな期待が寄せられていた。

 

 

 

 「実務の話だが、詳細は後ほど香取から説明があるので詳しく触れないが、資材四種各三〇〇、高速修復剤(バケツ)三、開発資材五が初期資源として与えられ、日々燃料鋼材弾薬が一四四〇、ボーキサイトが四八〇の補給を受けられる」

 そこまで聞いて、日南少尉は顎に手を当てながら何事か考え込む。その様子を見ながら、桜井中将は話を続ける。

 

 「君には自分の拠点を運営する過程で、クエストとも呼ばれる総数三〇〇を超える任務群が与えられる。これに取り組むかどうかも任意だ。だが一種のチュートリアルも兼ねているから、私としては参加した方がよいと推奨する。達成報酬として資材や装備、アイテム等の追加補給や艦娘の貸与もあるからね。宿毛湾泊地から貸与された艦娘は君が指揮権を有するが、教導修了時に君と艦娘の双方が合意すれば、君に所有権が移転される。君が建造で手に入れた艦娘も同様だと思ってほしい」

 

 「提督、昨日いただいたご連絡ではすでに任務A1の達成条件をクリアしていることになりますが?」

 くいっと眼鏡を持ち上げなら、手にしたバインダーを捲り、大淀が桜井中将に確認をする。

 「ああ、その話ね。それはこれからだが、日南君がノーと言えば流れる話でもあるから」

 

 日南少尉と時雨が顔を見合わせる。一体何の話なのか―――?

 

 「日南少尉、駆逐艦島風をあなたの教導拠点に貸与できることになりました。これは本人の承諾も得ていますので、あとは日南少尉のご判断です。どうされますか?」

 島風の潜在能力は駆逐艦娘の中で最高水準だろうが、今はまだ自分の能力に振り回されている段階で、一層の練度向上が必要となる。他方、それを引き出すには信頼と時間と、現実的な問題として資源が必要となる、と香取は指摘した上で決断を求める。

 

 

 -てきとーに期待させるようなこと言わないでよっ

 

 

 下弦の月明かりに見守られながら、島風と二人で話をした港での時間を、日南少尉は思い出す。途切れ途切れの言葉でも、彼女の秘めた思いやジレンマは痛いほど伝わってきた。

 

 -彼女は…島風は自分の思いを明かしてくれたんだよな。なら、応えなきゃな。

 

 「分かりました、自分の艦隊で島風を預からせていただきます」

 

 -ばたんっ!!

 

 やや間を空けて、決然とした表情で日南少尉が答えたのと同時に、勢いよく会議室Aのドアが開き、黒いウサミミを揺らしながら島風が飛び込んできた。

 

 「おっそーいー! すぐに返事しないからどきどきしちゃったじゃないっ! …わ、私じゃなくて連装砲ちゃんがねっ」

 言葉とは裏腹に嬉しさを隠せない様子で、きゃいきゃいと日南少尉にまとわりつく島風。その様子を見ながら、大げさに肩をすくめ時雨がやれやれ、といった表情で零す。

 

 「こうなるだろうって思っていたけど、ね…。まあいいさ、歓迎するよ、島風」

 

 

 

 日南少尉と秘書艦の時雨、さらに正式に部隊に所属した島風を加え、オリエンテーションは進行中。

 

 「それではみなさーん、お昼ご飯も食べて一番眠くなる時間ですよね~。頭をフル回転させて眠気を吹き飛ばしましょうね」

 

 無理な相談である。食事の後は消化のため胃に血流が集まり、自然と頭がぼうっとする。口調は柔らかくのんびりしているが、有無を言わせない鹿島の姿勢に、日南少尉の自然と背筋が伸びる。

 

 「組織、任務に続いて、私、鹿島から、拠点を財政面からどうやって運用するか、概略をお話したいと思います。えっと、それではスクリーンを見てください。拠点運営の健全性を測る上で重要な指標であり、教導期間の終りまでに日南少尉に作成してもらう書類が三つあります。貸借対照表(B/S)損益計算書(P/L)キャッシュフロー計算書(C/F)ですね。それぞれ一定期間での、B/Sは拠点の資産負債、P/Lは利益と損失、C/Fは資材(お金)の動きを表したものです。ではまずB/Sから―――「ちょ、ちょっと待って鹿島さんっ」」

 「はい、なんでしょうか?」

 

 たまらず時雨がカットインする。何のために艦娘がこんなことを勉強しなければならないのか、理解できない。島風はぽかーんとしている。

 

 「補給物資(サプライ)による収入、戦費としての支出…そのバランスを維持向上させ、ひいては作戦行動そのものを管理する、というのが主旨ですか?」

 日南少尉の反応を教壇から見守っていた鹿島は、ひどく満足そうに頷く。

 「はい、日南少尉、正解です、花マルあげちゃいますっ!! うふふっ、これは期待できそう。うふっ♪」

 

 ガッツポーズを作り、満面の笑顔を浮かべる。兵学校を卒業して間もないこの若い少尉は、過たずにポイントを掴んでいる。嬉しさのあまり怒涛の勢いで鹿島が語る、財務会計的視点から見た拠点運営の在り方に全員が面喰うのに時間はかからなかった。

 

 島風が目をぐるぐるにしながら頭から煙を出し、時雨が虚ろな目でどこか遠くを見つめるが、日南少尉は眉根に皺をよせ厳しい表情を見せながら、それでも何とか鹿島のハイスピード&ハイレベルのオリエンテーションに追いつこうとしている。話がひと段落した所で質問のため手を上げる。

 「…鹿島教官、質問よろしいでしょうか? 今の内容は、通常複数の補佐官と分担して行われますよね? 宿毛湾での教導は、それを一人でこなせる人材を育成する、その理解でよろしいでしょうか?」

 「はい、日南少尉、再び正解です、もう一つ花マルあげちゃいますっ!! ちなみに花マルが三つになると、ご褒美がありますよ♪ …今日はこのくらいにしておきましょうか、鹿島も一気にしゃべり過ぎちゃいました」

 

 その言葉を待っていた、とばかりに島風と時雨がべたーっと机に突っ伏す。

 「おおう…難しくて何言ってるのか分かんなかった…」

 「僕、ほんとに秘書艦できるのかな…?」

 

 日南少尉も背筋を伸ばし、少し体を動かす。

 「話には聞いていたが、あれだけの内容を網羅すれば拠点運営で書類が膨大になるはずだ。大淀さんは詳しく触れてなかったけど、作戦遂行にも当然必要だろうしね。書類かあ…自分も頑張るけど、時雨、それに島風も…頼むよ、マジで」

 

 そのくだけた口調に時雨が小さく笑う。呼び捨てにしてほしい、そう頼んで受け入てくれた。それ以来、日南少尉が徐々に砕けた口調で話してくれるようになったのが嬉しい。

 

 「最後に何か質問はありますか?」

 あれで概略、とくちくかんズがぐったりする横で、日南少尉が再び手を上げる。

 「クスッ…兵学校ではないので挙手はいりませんよ。でも可愛い♪ はい、なんでしょうか?」

 

 「拠点運営で、実際に現金で資材を外部から売買する訳ではないですよね? とすればキャッシュフローは何のために必要となるのでしょうか?」

 

 何を言ってるの? という表情で二人同時に首を傾げる時雨と島風。よく聞いてくれた、という表情で嬉しそうに身を震わせる鹿島。

 

 「はい、日南少尉、と~ってもいい質問ですっ! 文句なしに花マルあげちゃいますっ!! えっとですね―――」

 

 説明を聞き、なるほどよくできたシステムだ、と日南少尉は思わず唸った。何をするにも資源は必要で、無計画に使えばあっという間に散財してしまう。制度上、宿毛湾泊地から必要な資材を借りることができるが、借りた資材は負債となる。借りた以上、日南少尉が補給と遠征で得る資材で返済するが、このバランスが崩れると資材ショートとなり更なる借入れを招くことになる。軍事拠点として機能不全に陥るのを避けるため、負債や返済といっても数字上のものだが、その全てが記録される。一年間の教導期間中、どれほど戦果を挙げようとも、拠点が財政破綻と認定されれば失格となる。逆に財政バランスを重視し過ぎて出撃や建造等を抑制すれば戦果は挙げられず、同様に失格となる。

 

 「さすが卒業年次(ハンモックナンバー)三位は伊達じゃないですね。では、約束通りご褒美をあげちゃいまーす、うふふ♪」

 

 教壇を下りると、日南少尉の机の上に腰掛け足を組む鹿島。その視線が、日南少尉にまとわりつく。なんとなーく嫌な予感がした時雨と島風は、ひそひそと話し合う。その分出遅れてしまった。

 

 -ちゅっ。

 

 体の曲線を強調するような柔らかい仕草で、流れるように日南少尉の頬に手を添え、軽く頬に口づける鹿島。余りにも素早く、日南少尉も避けられなかった。というより、そんな事をされるとは思っていなかったため反応できなかった。

 

 「「「なっ………!!」」」

 

 余裕のある風を装っていた鹿島だが、同じように顔は真っ赤になり、視線を日南少尉から逸らしつつもちらっと見ている。時雨の目がハイライトオフになり、島風が思いっきり頬を膨らませる。

 


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