それでも僕は提督になると決めた   作:坂下郁

49 / 120
 前回のあらすじ。
 思わせぶりな村雨嬢。


049. ネバー・サレンダー

 艦娘に装着した外部センサーから得られる情報と、マン・マシン・システムを持たない艦娘から刻々と入る情報を、日南中尉がデジタル情報に変換して統合的指揮統制システムを運用している以上、タイムラグが生じるのは避けられず、かつデータ入力と判断の両方を同時にこなすのは至難の技である。まして、川内と村雨に装備したセンサーの不具合で情報に欠損が出始めた今、中尉は珍しく険しそうな表情を浮かべブツブツ言いながら移動予測曲線を作成するため計算式のようなものを入力し始めた。

 

 「同時に複数の仕事を見事にこなす様は、流石と言うべきかっ! 日南中尉、貴様の器、我は見誤っていたっ! まさに将たるにふさわしいっ」

 情報の処理速度、判断の速さ…どれをとっても間違いなく優秀、それも折り紙付き…感に堪えない、という表情で首を振り、興奮気味に参謀が同意を求める様に話しかけた言葉を、中将は曖昧な笑みを浮かべながら何も言わずに聞いていた。

 

 -このシステムの本質は、彼の心理が投影されたものなのだろう。勝つためではなく、艦娘を傷つけない願望を合理的に叶える方法を、自分のできる範囲の中で見出した、ということか…。

 

 桜井中将は一瞬だけ峻厳な評価者としての視線を日南中尉に送ると、何事もなかったようにテーブルに置かれたお茶をずずっと啜りひと心地つく。正確にはそう見える様な素振りを見せた。中尉の様子を眺めていた桜井中将と御子柴参謀だが、思う所はまったく違っていた。

 

 しかし鹿島は視線の色合いと中将の振る舞いの意味に気付いたようだ。失礼します、とお茶のお代わりを入れるため湯飲みを下げようと桜井中将に近づくと小さな声で囁き、ふんふんと軽く鼻歌をしながら、ミニスカートの裾を揺らしその場を離れた。

 

 「日南中尉は、強さも弱さも全部ひっくるめて、まっすぐに前を見ています。良い所をより大きく、そのために鹿島が付いていますから」

 

 マイナスを減らすよりもプラスを大きく育てる、それが教官としての信念。同時に、弱点も相応にあるがそれを割り引いて余りある優秀さを見せる司令部候補生を絶対に大成させる、自分ならさせられるという教官としての矜持…何気ないが、鹿島という艦娘の強烈な自負心が凝縮された言葉である。

 

 はっきり言えばC4ISTARはbetter to have(あるに越した事はない)でありmust to have(なければならない)ではない。そういった物には、導入される側ではなく導入する側により大きな理由があることが多い。中将はその理由を日南中尉の心理上の問題として捉えたが、鹿島はそれを分った上で日南中尉を見守り育てる、そう言い切ったのだ。

 

 「…一本取られた、か。そして成長が見られないヤツもいる、と…」

 鹿島もまた教官として成長している…桜井中将は満足そうに一つ頷いたが、目の前の光景にはやれやれ、という表情しかできなかった。そこには、立ち去る鹿島のお尻に視線をホーミングさせ、鼻からはタラタラと情熱の証を零し続ける御子柴参謀の姿があった。

 

 

 

 「赤城、全力攻撃っ! 敵を逃すなっ」

 「はいっ! 全機突入、ここで叩きますっ!!」

 

 日南中尉の決然した指示と、スピーカーから間髪入れずに呼応する赤城の声が作戦司令室に響き、どよめきが起きる。赤城達が突入させた攻撃隊がついに敵艦隊を捉えた。敵艦隊上空ではすでに護衛の零戦五二型と敵の直掩隊が交戦を開始し、後に続く攻撃隊のため血路を拓こうとしている。

 

 「そろそろトドメを刺しちゃおっかな!」

 

 空母娘達の気合に反応するかのように、零戦五二型が敵艦隊上空を乱舞する。二一型が得意とした水平方向での巴戦に対し、五二型は縦方向での戦いを得意とし、七四〇kmまで引き上げられた急降下速度で一気に上空から襲い掛かる。今回赤城達の零戦隊が相手取るのはMark.IIと呼ばれるより上位の深海棲艦戦。一航過で何機かは確実に撃墜したが、多くはひらりと上空からの突撃を躱し同じように急降下で追撃を加えてくる。

 

 「振り切れないの?…ならっ」

 零戦よりも急降下速度の速い深海棲艦戦が追いすがり、後方から機銃を乱射してくる。敵機に背後につかれた一機の五二型は、機体を九〇度旋回させ意図的に失速状態に入り一気に沈降する。敵機が追い越したところで、慣性による姿勢制御で失速状態から回復し背後に回りこむと狙いすました二〇mm機関砲での斉射で敵機を落とす。『木の葉落とし』と呼ばれる戦闘機動(マニューバ)で、零戦を操る妖精さんの腕の冴えを存分に見せつけるが、一旦落ちた速度の回復には時間がかかり、その間に別な一群により上空から被られたこの機は撃墜された。

 

 空の至る所で繰り広げられる、艦戦同士の血で血を洗う激戦。一進一退の攻防は犠牲を払いながら教導艦隊が優勢を確保し、ついに戦局を動かす凛とした声が戦場に響く。

 

 「進路啓開! 艦爆隊、突入開始っ!」

 

 五二型が拓いた空の道、直下で激しく回避運動を続けながら航空戦の指揮を執る空母ヲ級eliteが剥き出しになった瞬間を逃さず、赤城の号令一下九九式艦爆隊が一気に突入を開始する。敵の攻撃隊の展開は想像以上に遅い。厚く覆われた雲により教導艦隊の位置を特定できずにいるのは間違いない、今敵の空母を叩かずにいつ叩くのか。

 

 空母娘の攻撃方法は大きく二つ、艦爆による爆撃か艦攻による雷撃で、赤城と彼女の航空隊はどちらにも優れた腕の冴えを見せるが、より得意な方は、と問えば急降下爆撃と答えるだろう。記録を紐解いても、南雲機動部隊としての記録になるが、真珠湾攻撃時で平均命中率四七%以上、セイロン沖海戦では驚異の八二%を誇る。往時の記憶を引き継ぐ艦娘としての赤城はその特性を備え、そして真価を今こそ発揮する。

 

 

 「日南中尉っ!! やりましたっ! 空母一、軽巡、駆逐二撃沈確実っ! 残敵は大破の重巡一と空母一ですっ」

 

 作戦司令室に飛び込んできた赤城の嬉しさを抑えきれない弾む声が、沸き上がる艦娘達の大歓声でかき消される。全員が勝利を確信していた。オペレータ席から立ち上がった日南中尉もガッツポーズを見せ喜びを露わに示する。応接席では御子柴参謀が膝を大きく叩き、よしっと大きな声を上げている。

 

 「敵はほぼ壊滅、航空隊も撤退しかないだろう。最後は水雷戦隊で叩く。川内、夕立、頼むぞ」

 「中尉、ヤバっ! 敵編隊…攻撃開始っ!! 私達戻るねっ!!」

 「………もうし…訳ありま…せん、中尉…敵の奇襲を…」

 

 瞬間、全てが暗転する。残敵殲滅のため進軍中の川内から急報が入ったのと、激しい爆音と悲鳴を背景に赤城から途切れ度切れの声が届いたのは、ほぼ同時だった。勝利のムードは吹き飛び、日南中尉も一瞬呆然とした後、思わずC4ISTARの画面に目をやる。主観ビューは千歳と夕立のものを残すのみ、送信される情報量が激減したモニターに示される COP(共通作戦状況図)はほとんど意味を成さない物になっていた。

 

 歓声から一転して悲鳴が木霊する作戦司令室、情報が錯綜し混乱する現場海域、中尉が把握したのは惨憺たる状況。攻撃ではなく、文字通り突入。帰るべき母艦を失った敵の航空隊の行動を、日南中尉は完全に読み違えた。爆弾を抱いたまま深海棲艦爆は教導艦隊に突入を続け、その混乱の最中で深海棲艦攻の雷撃は存分に効果を発揮した。必死の防空戦で、敵航空隊は大きく勢力を減らしたものの、依然として二次攻撃を仕掛けようとしており、艦隊護衛のため急行した川内と夕立と交戦中。

 

 大破:千代田、村雨、中破:赤城、小破:川内、千歳、夕立。

 

 

 「死なばもろとも…戻る母艦がないと分かれば、航空隊は死兵となる。戦場心理は経験しなければ分からない事も多い、今は責めないよ。それよりも日南君、今君がすべきことは?」

 

 「………艦隊の保全、です」

 

 桜井中将の淡々とした指摘と叱咤に、絞り出すような声で、青ざめた表情のまま日南中尉が拳を握る。噛み締めた唇の端には血が滲んでいる。中尉が艦隊に指示を出そうとしたのを、御子柴参謀が押しとどめる。興奮で顔を真っ赤にしながら、彼が行った指導は、妖精さんが見えるか否かの以前に、彼の資質が提督ではなく参謀である事を示す、ある面では冷静な、別な面では冷酷なものだった。

 

 「日南中尉っ! 旗艦さえ残れば勝てるのだっ! 健在な艦娘を旗艦の護衛につけ、後は敵の攻撃を吸収する盾とすべしっ! それが艦隊の保全だっ!」

 

 内容はどうあれ勝ちは勝ち、問題はどうやって確定させるか。静まり返った作戦司令室で、艦娘達の視線が日南中尉に集中する。敵の攻撃は続いていて、議論をしている時間はない。そして、御子柴参謀の言葉は大部分正しい。艦娘という存在を兵器として認識するなら、経験値や装備の喪失は痛手だが、()そのものは建造可能だ。それを理解しているから、艦娘として参謀の言葉は精神的に受け止められる。でも、理解しているからこそ、心理として受け入れたくない―――。

 

 日南中尉は大きく深呼吸をすると、御子柴参謀の言葉を無視するように、静かな、それでいて通る声で思いを語る。それは指示でも指揮でもない、本心からの言葉。

 

 

 「全て自分の指揮が至らなかった責任だ、君たちを傷つける様な事になって、悔しいよ…。こんな思いは…二度としたくない。だから、次の戦いでは全員で納得のいく勝利を分かち合おう。艦隊、輪形陣に移行、これより撤退戦に入る、決して諦めるなっ!! 中大破の三人を守れっ。川内と夕立は艦隊防空、千歳は直掩隊の展開を頼む。頼むから…全員、どんな姿でも構わない、必ず帰って来てくれ…」

 

 

 慰めるように励ますように、妖精さんが日南中尉の肩に座り、頭をぽんぽんとしている。少しだけ首を傾げた中尉は、妖精さんに微笑みかける。同じように、さり気なくスススと中尉の隣に立った時雨が躊躇いがちに制服の裾をつまむ。目を真っ赤にして涙をためた上目遣いのまま、何か言いたいけど言葉にならない、そんな表情。

 

 「…済まない、時雨。こんなことになるなんて…」

 「何を言ってるんだい? 勝ち負けで言えば勝ってるじゃないか。そりゃ、君には納得いかない内容かも入れないけど…。そんな事じゃなくて」

 

 艦娘から勝ち負けをそんな事と言われ、なら何が大切なのか、と日南中尉は驚いてしまった。

 「そんな事よりも…君の言葉が、君の気持ちが、すとんと胸に入ったんだ。そうだね、決して諦めない、うん、僕たちは…絶対に君の元に帰ってくるよ…何があっても必ず」

 反対側の腕には島風がぎゅうっと腕にしがみ付き、すりすりと頬ずりをしている。

 「おっそいよ、ひなみん…。でも、やっとクリスマスの時の約束、果たしてくれたんだね」

 それはクリスマスの時に、島風が中尉に願ったプレゼント-少しずつでもいいから、思っている事感じている事を教えてほしい。やっとそれが叶ったように島風は感じていた。

 

 

 日南中尉を中心に、多くの艦娘が集まり輪を作る。何を確かめるように、探していた何かが見つかったように、みな涙ぐんだり嬉しそうだったりしている。対照的に、呆然と、あの精神論的な指示にどんな意味があったのか訳が分からない、といった表情で眺める御子柴参謀。そんな光景を余所に、桜井中将は肩の荷が下りたような表情で翔鶴に通信を繋いでいる。

 

 「ああ、私だ…。雲中での航空追撃戦、無理をさせて済まなかったね。君の烈風のお陰で、教導艦隊は虎口を脱したようだ。…ようやく、かな、日南君も一皮剥けたようだよ」


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。