それでも僕は提督になると決めた   作:坂下郁

46 / 120
 前回のあらすじ
 素質だけならゲーマー日南中尉。


046. ストライク・オン

 厚みのある楕円形の頑丈な翼は、急降下でもびくともせず機体を安定させる。何より主翼両側下面に設けられたダイブブレーキがその素性を、何のために生まれた機なのかを物語る。

 

 雲量は僅か、飛行条件は良い。同時にそれは敵艦隊からも自分たちがよく見えることでもある。先頭を行く隊長機のキャノピーがスライドし、左腕が出てきた。もちろん、航空隊の妖精さんである。腕を二度三度前に動かすと、四機編隊の九九式艦爆の小隊は速度を微調整して隊列を整える。隊長機が一瞬だけふわっと持ち上がると、前のめりに姿を消す。適度な間隔を保ちながら、次々と部隊が急降下体勢に入る。

 

 

 北西方面、水雷戦隊(A群)VS 千歳・千代田。

 

 先陣を切って突入を開始したのは千代田の艦爆隊。上空六〇〇〇mから、機体の最高速度を大きく超える時速四八〇kmで行われる角度六〇度の逆落としは、搭乗員の感覚では真っ逆さまに落ちてゆくのと変わらない。相手取るA群は陣形が乱れているようにも見えるが、猛烈な対空砲火を打ち上げている。次々と空に黒煙でできた雲が広がり、砲弾の炸裂する振動が空気を伝わりビリビリと機体を揺らす。海面高度まで約四五秒、瞬き一つの間に照準器一杯に深海棲艦が広がる。どれだけ激しい対空砲火に晒されようとも、腹下の二五〇kg爆弾(二五番)を切り離す高度五〇〇mまで、搭乗員の妖精さんは操縦桿を固く握りしめ、絶対にコースを変えない。

 

 一番槍で部下を率いていた小隊長機が、高角砲の直撃を受け爆散する。だが止まらない、止まれない部隊は次々と突入を続け、引き起こしをしくじって海面に叩きつけられるもの、対空砲火の餌食になるもの…突入開始からわずか数分で小隊は一機になったが、その一機の投じた爆弾は駆逐イ級に至近弾を浴びせることに成功した。その後も間断なく急降下爆撃の雨が深海棲艦に襲い掛かる―――。

 

 「なんか対空砲火激しくない、千歳お(ねぇ)?」

 「あら…千代田は自信がないの?」

 

 A群との交戦地点から九〇km後方の教導艦隊は、空が引き裂かれ海が荒れる最前線とは対照的に、零戦が大きく左旋回しながら直掩に当たり、海上では村雨が警戒を続けている中で、一定の距離を保ちながら三角形を作り陣取る三人の空母娘達が空を見上げている凪の光景である。千歳の挑発に、そんなことないもんっ! と乗せられた千代田がさらなる猛攻を仕掛けようと、航空隊に指示を出す。激しい戦闘が繰り広げられているのは最前線と、各航空機から齎される膨大な情報が並列処理される空母娘達の脳内という一種変わった光景だが、これが艦娘の機動部隊と水雷戦隊の戦い。

 

 同様に宿毛湾の第二司令部の作戦司令室では、日南中尉が猛烈な速さでデータ入力を続け、モニターに表示されるデジタル海図にマッピングされた合計一九四機の艦載機は、数を減らしつつもその位置を変え続ける。モニターを見たまま手を止めることなく、中尉は表情を変えず、それでも微かな納得を声にのせ戦況を確かめる。

 

 「千歳と千代田は狙い通りに航空隊を動かしているね。あとは…相手がどこまで粘ってくるかだけど、今の所陣形を変える動きはなさそうだから、予定通り追い込めそうかな」

 

 総勢一九四機中、偵察と艦隊防空にあてた機を除いたのが攻撃隊となる。北西のA群に対応しているのは千歳と千代田が操る七二機。左右どちらにも濃密な対空砲火を展開できるよう複縦陣を維持し動き回る敵艦隊に対し、何とか火線の死角となる直上を占位しようと空を縦横に飛び回るのは、六小隊の九九艦爆から成る千代田の第一航空隊二四機。感覚的には手が届きそうな距離まで肉薄して爆弾を叩き込む急降下爆撃は、命中率の高さと比例して損耗率も高い。事実、次々と至近弾や直撃弾を与え敵の水雷戦隊の陣形を崩しているものの、千代田の第一航空隊を現すモニター上の輝点は減り続けている。

 

 敵の対空射撃を妨害するため、少数だが攻撃隊の直掩に回った零戦は、緩降下、角度で言えば二五度くらいで敵艦隊に突入を繰り返す。機銃掃射を加えては、敵に衝突するすれすれまで接近しスロットルを全開にして急上昇から旋回、再び攻撃態勢に入る。そして遠巻きに戦場を窺いながら、ピンポイントの角度で、こちらはプロペラが水面を叩くぎりぎりの超低空飛行で海面を翔け抜ける九七艦攻隊が雷撃を仕掛ける。俯角、中間、最大仰角、その全ての角度での迎撃を強制された敵の防空射撃は破綻し、ついに駆逐艦二、雷巡一を失うと単縦陣に陣形を変更、残存艦隊は出せる限りの最大戦速で逃走…に見える動きを取り始めた。

 

 「千歳お姉っ、あとはよろしくっ!」

 「千歳さん、シミュレーション通りに、よろしくお願いします」

 

 千歳に対し、千代田と日南中尉が同時に呼びかける。中尉とタイミングが被った事で千代田はむぅっと面白くなさそうに膨れっ面になったが、千歳は一瞬だけ意味ありげに微笑むと、航空隊の操作に集中する。

 

 「中尉と千代田、息が合ってますね。何だか妬けるかも? うふふ。さ、今度は私の番ね」

 

 

 三か所同時攻撃という作戦は、色々な(しがらみ)を黙らせるため、桜井中将と御子柴参謀が立案し、日南中尉を加えた三名で運用が議論された。参謀本部からの横槍を防ぐには速攻で勝負を決めなければならないという御子柴参謀の危惧。民間人の救出とUS-2の進入離脱を確実なものとするには、敵に連携の暇を与えず一気呵成に叩くべきという桜井中将の決断。参謀本部云々は日南中尉には伏せられているが、中央から派遣された作戦参謀が現場に対して妙に協力的な点で、中尉は何かを感じてはいたが、すっきりと腹をくくった表情を見せる御子柴参謀を見ていると、聞いていい事とそうではない事があるのだろう…そう考え口に出さずにいた。

 

 深海棲艦側も指揮官クラスの姫級や鬼級が数多く現れ、その戦術も戦争序盤とは比べ物にならない駆け引き(ギミック)を艦娘側に求めるようになっている。今回のバシー島沖での作戦の場合、ポイントEに取り残された民間人の救出のため海域入りする部隊を狙うように敵が動く…それが桜井中将と御子柴参謀の読みであり、日南中尉はそれを前提に作戦を組み立てていた。

 

 北西方面に関しては、七二機を一斉に突入させ攻撃に当たれば勝ちは揺るがない。だがそうなると、敵は徹底的にこちらの航空戦力の減殺に目的を絞るだろう。教導艦隊が受ける損害と要する時間を考えれば得策とは言い切れない。ならば、意図的に手薄な方面を作り、敵を誘導し少ない労力で効率的に叩く。

 

 そして今、敵の残存水雷戦隊は、日南中尉の策通りに誘導された方向のその先にいる教導艦隊の本隊を目掛け単縦陣で猛進を始めていた。

 

 「さあ、艦載機の皆さん、やっちゃってください!」

 

 千代田隊の攻撃を振り切り、絶好の的となる横っ腹を見せながら一直線に突入してくる敵艦隊を、千歳は戦場を大きく迂回させ待機させていた三二機の九七式艦攻隊で挟撃する。深海棲艦も艦である以上、基本右か左にしか動けない、逃げ道を失った敵艦隊に水面下の牙が次々と突き刺さる。

 

 「やだ…私ったら…かっこいいかも。もちろん、中尉も」

 

 作戦は叩き台で実戦は現場主導、そう思っていた千歳が目を丸くしながら呟く。事前に指示は受けていた。その通りに動くようシミュレーションもした。だが実際に現場が作戦通りに動くのを目の当たりにして、千歳は中尉の戦術眼にすっかり惚れ込んでしまった。

 

 ―――北西方面A群、全艦撃沈。

 

 「出番がなかったっぽい…」

 ここが地上でならつま先で道端の小石を蹴っているような仕草で、夕立は退屈そうに零すと、頭の後ろで両手を組み、唇を尖らせながら続々と帰投する千歳と千代田の航空隊を見上げる。自分の出番はなかったが勝利は嬉しい、一瞬で気持ちを切り替えた夕立は、にぱっと満面の笑みを浮かべて上空を征く航空隊にぶんぶんと手を振る。中には翼をバンクさせ夕立に応える機もあり、北西方面での勝利を雄弁に物語る。

 

 

 

 南東方面、輸送部隊(G群)VS 赤城―――。

 

 「赤城航空隊、突撃に入りますっ!!」

 

 赤城の航空隊三隊計七二機が相手取るのは戦艦一、軽巡一、駆逐艦二、輸送艦二。千代田から回してもらった八機を直掩に当て、自分は攻撃に集中しているが、敵の足を止められない。敵は単縦陣から移行した輪形陣で、中央に旗艦の戦艦ル級を置き進行してくる。六体から成る敵艦隊は、輸送艦を二体含むので実質戦力は四体。にも関わらず猛進を続ける意図ははっきりしている。敵は明確に砲戦を志向し、戦艦の大火力で教導艦隊を蹂躙するつもりだ。それ以外の五体は戦艦ル級を守るための壁役。

 

 「お互いの意図ははっきりしていますね。あなた達は旗艦を守りたい、私は旗艦を沈めたい。この赤城、受けて立ちましょう」

 

 目的はこの上なく明確で、教導艦隊に近づく前に沈める-赤城は大きく息を吐くと、航空隊を攻撃態勢に入らせた。濃密な対空砲火を抜け、狙うは敵の旗艦。この場合、輸送艦は明らかに穴となり、当然赤城もそこから強固な壁を崩そうとし、左翼と右翼の輸送ワ級を目掛け、九九艦爆が急降下爆撃を加えようと降下を始める。

 

 輪形陣の中央に陣取る、全身黒づくめの女-戦艦ル級が目線を空に向けニヤリと笑う。両前腕に装備した艤装のせいでよりスレンダーで滑らかな肢体が強調されているが、その対応は凶悪なものだった。背中に装備した長砲身の高角砲が動き出し砲撃が始まると、それを合図に艦隊全体から激しい火線が左右の二点に向け集中する。

 

 -なるほど、そういう意図でしたか、合理的ですね。でも、卑劣な…。

 

 つまり囮。ワ級を狙う攻撃隊に照準を合わせ、他の四体は味方撃ちも辞さずに猛烈な砲撃を加えてきた。ワ級の球体の艤装はあっという間に損傷し弾痕が増えてゆくが、そのワ級を目掛けて突入する艦爆隊は急にコースを変える事もできず撃墜される機が続出した。それでも数に勝る攻撃隊は次々と突入し爆撃を成功させるが、ワ級は驚異的ともいえる粘りを見せ、炎上し行き脚は落ちているがなかなか沈まない。

 

 搭乗員の妖精さんから受けたこのフィードバックには赤城も驚かされた。実は輸送艦という艦種は、大量の物資を積むために大きな容積の空間があり、また重量物を搭載するために非常に浮力が高く、船体構造上沈めるのは意外に難しい。予想外のワ級の頑丈さに手こずらされ、かつ被害を受けた艦爆隊を一旦退避させた赤城は、航空隊の再編を余儀なくされ、やや不機嫌そうに長い黒髪を右手で後ろに送り、鋭い視線で前方に視線を送る。水平線の彼方には、自分たちを目指して進撃してくる敵艦隊。

 

 「………全力で、参ります。私にできなければ、他の誰にもできない…日南中尉はそう仰ってくれました。それほどの信頼に…必ずっ」

 

 戻る攻撃隊の収容と補給再編、第二次攻撃隊の発進に赤城が慌ただしく動く中、低速のワ級二体が沈み、むしろ身軽になった敵艦隊は、赤城の航空隊が引き上げるのを追いかけるように最大戦速に増速する。砲戦距離にはまだ遠いが、空母にとって感覚的には目の前に立たれたような距離まで敵が迫ってきた。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。