それでも僕は提督になると決めた   作:坂下郁

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 20180408 連載再開しました。第三章、まるっと書き直しとなります。よろしければ引き続きお付き合いください。


艦隊、南西へ
041. 南へ向かう前に


 「随分と久しぶりな気がするね。ひょっとしてこのまま会えなくなるかと思っていたよ。最近はどうだい?」

 「いえ、その…そのような事はご冗談でも…。そうですね…何かと忙しかったような気がします。ですが、忙しさで言えば中将の方がはるかに大変だったでしょう」

 

 執務室のソファに腰掛けうち合わせを行っているのは、ここ宿毛湾泊地を治める桜井中将と、彼の麾下にある、将来の提督を目指し司令部候補生として研鑽を重ねる日南中尉。同じ泊地内にいる二人が、まるでしばらくぶりに合う親戚のような切り出しから話を始めた理由、それは先ごろまで実施されていた大規模侵攻作戦(イベント)『捷号決戦! 邀撃、レイテ沖海戦』に尽きる。

 

 イベントを振り返り話を続ける桜井中将だが、中尉はそれよりも自分の隣に当たり前のように座っている艦娘が気になっていた。明るいロングの茶髪を白いストライプの黒いリボンで結ったツインテールにしている艦娘が、中尉の目を覗き込みながら不思議そうに問いかけてくる。

 「ん? どうしたんだい、若き同士よ」

 「あの…中将、これは一体?」

 「ああ、イベントでのドロップ艦なんだがね…。君の隣にいるのはタシュケント、君には海外艦は珍しくないだろうが、ロシア艦の彼女には日本が色々と興味津々なようだ」

 

 ロシア艦…その言葉にまじまじとタシュケントに視線を送った日南中尉に、タシュケントが小首を傾げて微笑み返す。

 「あー…日南君、予め承知しておいてほしいんだが、彼女は貸与艦としての登録対象外なんだ。…でも、大丈夫か。タシュケントは育成終了後に高速A群編成のため横須賀鎮守府への転属が決まっているんだ。できれば彼女の意思も尊重したいのだが、ね…」

 「国家の命令にНет(ニェット)はありえないよ。同士諸君、何を言ってるんだい? ただ、将来有望な若き同士がいる、ってみんなが言うから、ちょっと見に来ただけだよ」

 

 高速A群…その言葉を聞いて、日南中尉はこれまでの背景が一気に見えた気がしていた。もともと島風は宿毛湾に転属してきたと言った。それは宿毛湾の性格を考えれば、他艦と艦隊行動を取れるように基本的な所作を身につけさせ、練度を向上させた上で、いずれ高速A群の編成を行う拠点へ送り出されたはずだ。だが中将は、島風の意思を優先して教導艦隊に配属できるよう色々手を回したのだろう。そして二度目はない、ましてより希少性の高いタシュケントという艦娘なら猶更だ。

 

 中将が納得していないのは表情を見れば明らかだが、代わりうる選択肢もないのだろう。そういう事情を考慮してもなお、自分の道を自分で選べない、いや選べないことに疑問を抱かないタシュケントの在り方に、ふと顔を顰めた中尉だが、中将の言葉が引っかかった。

 

 「現時点で無計画に艦隊規模を大きくするつもりは確かにないのですが…『でも、大丈夫か』というのは…?」

 「ん? いや、君は銀髪の艦娘にしか興味を示さない、と聞いたもので。言われてみれば頷ける部分もあるから、てっきりそうかと思っていたのだが…違うのかい?」

 

 揶揄われている、と日南中尉が気付いたのに気付いた中将は、にやっと薄く笑いながら肩を竦めていた。

 

 「それで日南中尉、本題に入ろうか。南西海域に進出を開始した所でのイベントだ、君の艦隊運営に制約を課してしまって申し訳ないと思う。だが一方で、限られた条件の中で君は現有戦力の底上げを図っていた、ということだね。概ねのことは報告を受けているが、詳細の説明を頼もうと思ってね」

 

 日南中尉は居住まいを正し、背筋を伸ばして中将の求めに答え始める。

 「はい、現在教導艦隊は鎮守府近海(1-5)を中心に、あとは鎮守府近海航路(1-6)EO(特務)に当たっています。これにより対潜哨戒攻撃能力と対空能力の向上を図ることを企図しています」

 「1-5か、相手は先制雷撃を仕掛けてくる、損傷艦が出るのは避けられないだろう?」

 

 柔らかく微笑みながらも、視線に冷ややかなものを宿す桜井中将。優秀と有能の違い-資質それ自体を指す前者と、資質の高低に関わらず結果を出す後者。少しずつ、艦娘達との関りを通して精神的に成長しているのは確かだが、これまでの所日南中尉は優秀さと同時に不安定さも露呈している。質問の意図を察した中尉は、中将に安心感を与えるには十分な、これまであまり見せなかった線の太さと、彼らしい甘さを感じさせる答えを返した。

 

 「スポーツで言えば、練習や試合でケガは避けられません。ケガを恐れて試合を避けるのは本末転倒です。ケガに強い体を作り、事前準備を怠らず、それでも起きてしまった事には迅速に対処する。まして戦場は生死が掛かっているので猶更です。…それでも、避けられるならそれに越したことはありませんが」

 

 

 

 白い礼装を着たツインテールの艦娘に率いられ海上を行く四人の艦娘。艦隊を率いるのは…なぜか鹿島である。先頭を進む鹿島に続くのは、初雪、龍驤、日向の三名。龍驤は頭の後ろに手を組み、海面でくるりとターンを描きながら初雪に近づき、耳元で話しかける。

 「なあコタツムリちゃん、聞いてええか? …教官、ついに教導艦隊に転属したんか?」

 「対潜攻撃のエキスパート…先制爆雷攻撃ができない…私達の護衛…って言ってた。あとは…既成事実を…作っちゃう、つもり…?」

 

 通称1-5、鎮守府近海での対潜掃討作戦に乗り出した教導艦隊だが、対潜先制爆雷攻撃を行える練度に到達している艦娘がいないこともあり、潜水艦の先制雷撃を躱し進撃を続けられるかは運次第という進捗状況。宿毛湾泊地での本来の鹿島の役割は教官、宿毛湾泊地本隊と教導艦隊の面々を指導育成することにあり、前線で力を振るうことではない。だが一進一退の作戦を続ける教導艦隊を見かねて、直接作戦への参加を申し出て受理された………という事になっている。実際は、巧みとも強引ともいえる話術で、イベント攻略に気を取られていた桜井中将を煙に巻いたのだった―――。

 

 「桜井中将、意見具申よろしいでしょうか?」

 「ああ、構わんよ。だが手短に頼む」

 「はいっ! 進行中の作戦ですが、対潜哨戒が重要なカギとなります。それでですね、この鹿島にも作戦参加のご許可を頂きたくお願いに参りました」

 「ああ…確かに対潜能力の高い軽巡と駆逐艦が必要となるのは間違いない。だが―――」

 「はいっ! それでは万全の準備を整え参加したく」

 

 もうお分かりと思うが、桜井中将はイベントの話をしており、鹿島は1-5の話をしている。目的語を曖昧にしたまま進んだ会話を利用し、鹿島は矢継ぎ早に姉の香取を黙らせ、日南中尉に反論を許さず、鎮守府近海での対潜掃討作戦に参加した。桜井中将も唖然としたが、もとより鹿島をイベント参戦させる意図はなく、それに忙しかったとはいえ話をよく聞かず承諾を与えたと解される返事をした事もあり、1-5限定の条件付きで鹿島の参戦が許可されたのであった。

 

 

 

 Extra Opetarion(特務海域)は特殊な条件が備わる海域で、一定期間内に当該海域の敵主力艦隊を複数回撃破して海域解放を達成することを求められる。この1-5海域では一部のポイントを除いて敵は全て潜水艦、しかも先制雷撃を仕掛けてくるため、被害は続出し攻略はなかなか進まなかった。

 

 それが鹿島の参戦で状況は大きく改善した。

 

 教導艦隊に比べればはるかに高練度で、対潜フル装備の鹿島は問答無用で敵潜水艦を先制攻撃で一体屠る。それでも被害をゼロにはできないが、確実に敵主力の陣取る海域最奥部まで到達できる確率は向上し、今回勝てば海域解放を達成できるところまできた。

 

 「ふむ…初雪は戦いたくない艦娘だと思っていたが、なかなかどうしでやるじゃないか。褒美に瑞雲をやろうか?」

 「いらない…てか積めないし…。てか、触らないで」

 海域最奥部突入直前、鹿島の指示で搭載している瑞雲の半数を哨戒に放ってひと段落した日向が、初雪の髪をくしゃくしゃしながら満足げに微笑みかける。実際今回の進軍では初雪の活躍が目立っている。敵の雷撃を躱しまくり、的確な爆雷攻撃で撃沈数を増やしている。一方の初雪は近すぎるコミュニケーションが得意ではなく、体を引き気味にしながら日向に訥々と答える。

 

 「それに…中尉の指揮は…安心、できるから…。ちゃんと入渠させて…くれるし」

 

 最後の言葉は急に吹いた強い風に飲み込まれ日向の耳には届かなかったが、それは初雪の本音でもある。往時の戦いでの初雪は、序盤の多くの海戦で活躍し、特にバダビア沖海戦では名取達と共に敵重・軽巡洋艦を撃沈させている。一方で、艦首断裂をはじめとする深刻な損傷や舵故障等のトラブルが発生しても応急処置の繰り返しで本格入渠させてもらえなかった過去を持つ。

 

 「艦隊、合戦用意! 急いでください!」

 

 鹿島からの号令が鋭く飛び、艦隊は一斉に行動を開始する。位置を入れ替えつつ単横陣を展開し、敵艦隊を迎え撃つ態勢を整える。覗き込んでいた双眼鏡を離すと、左手に提げているアタッシュケース様の爆雷格納筐を振り回しくるりと一回転し、真正面に爆雷を構えた鹿島は躊躇なく爆雷を投下する。次々と着水する爆雷が沈降を始め、しばらくすると、重低音と衝撃波と、立ち上がる巨大な水柱。一体を倒したのは確実だが、海域最奥部の敵は三体、残り二体からの先制雷撃に備えなければならない。すでに日向と龍驤は艦載機の発艦準備に取り掛かり、次々と瑞雲と九十七式艦上攻撃機が空に舞い上がる。

 

 が、すでに敵潜水艦からの雷撃は加えられていた。仲間一体が轟沈した際の激しい衝撃音と大量の泡に紛れ水面まで浮上した潜水カ級のflagshipとeliteが静かに牙を剥く。水面に広がる暗緑色の髪と赤紫色の髪を教導艦隊の艦載機が発見した時点では、すでに複数の雷跡が猛スピードで艦隊に疾走していた。

 

 「各艦雷撃に注意っ!! ………って、きゃあーっ! やだっ…」

 「…もうやだ、帰りたい」

 

 立ち上がる水柱が海に戻ろうとする雨と水煙、それが収まった海面に現れたのは、派手に制服が破れ海面にへたり込んだ鹿島と、セーラー服のスカートや上着の裾が破れ焦げた初雪の姿。射線が集中した初雪を庇い、受けなくてもいい雷撃をまともに受けてしまった。それでも鹿島は果敢に指揮を執り続け、龍驤と日向に攻撃続行の指示を出すとともに、初雪の状態を確認するため近寄ろうとして…コケた。ずべしゃ、と海面に顔から突っ込んだ所を見ると、脚部に受けた損傷は小さくなさそうだ。慌てて鹿島に近づいて助け起こそうとした初雪を制し、自分で立ち上がった鹿島が痛みを堪えた笑顔を見せる。

 

 その顔を見た初雪は、ちくりと胸が痛む。正直に言って、鹿島の事は苦手だった。ぐいぐい日南中尉に迫り、今回もポイント稼ぎでわざわざ参戦してきたのかな…そう考えていた。けれど、それだけでここまでのことができるはずがない―――。

 「大丈夫ですか、初雪ちゃん? 戦闘続行できる?」

 「………だいじょぶ。でも、教官…なんで? なんでここまで?」

 「当たり前じゃないですか、あなた達は宿毛湾の仲間で、日南中尉が大切にしている子達ですから。みんなを強くして、どんな海からでも生きて帰ってこられるようにするのが、鹿島の役目です。さ、おしゃべりはこの辺にして、残敵掃討、いきますよ♪」

 

 すでに日向の瑞雲と龍驤の艦攻が包囲態勢を敷いたとの報告が入り、次々と爆撃が加えられている。円を描くようにふわりと水面近くまで降下する瑞雲と九十七艦攻が爆撃を加え、時間差を付けられた時限信管がランダムな深度で爆発を引き起こす。断続的に立ち上がる大小の水柱の中、ひと際大きな水柱が立ち上がる。これでもう一体間違いなく撃沈した。

 

 「中破まで追い込んだけど、残り一体旗艦がまだ生きとるっ! うちらは艦載機収容して第二波攻撃に準備に入る。うまいことやってーや、コタツムリちゃん!」

 

 龍驤からの報告を受けた鹿島と初雪が見つめ合い、初雪がこくりと頷く。戦闘空域管制に当たる日向の瑞雲のナビゲートに従い、主機を全開にして突撃を開始する。

 

 -目標地点、視認…。

 

 腰に装備した爆雷を取り出すと、背中を反らして大きく振りかぶり、右足を軸に背中が正面に向くくらいねじり力をため込む初雪。そして一気にトルネード投法で投げ下ろす。ごっと低い風切音とともに空気を切り裂き直進する爆雷の直撃を、まともに頭に受けた潜水カ級のflagshipは、爆雷ッテソウジャナイダロ…と薄れゆく意識の中で思いつつ、ぶくぶくと沈んでゆく。さらに初雪の本格的な爆雷攻撃を受け、爆沈。

 

 「私だって本気を出せばやれるし…」

 

 にやにやしそうになる顔を必死でこらえつつ、小さなガッツポーズを見せた初雪の活躍で、教導艦隊は1-5解放を達成し、日南中尉に初となる勲章を齎すことになった。大きな歓声を上げながら抱きついてくる龍驤、「まあ、そうなるな」と万能のセリフとともに頷きながらゆっくり近づいてくる日向。旗艦の鹿島も懸命に胸元を直しながら近づいてきた。ああ、これから帰投だし、恥ずかしいのかな、という初雪の考えは、鹿島がぶつぶつ言ってる言葉で見事に裏切られた。

 

 「えっと…ああっ、これだと見え過ぎ? でも見えなさ過ぎだと、日南中尉にアピール不足だし…。まぁいいです、さぁ皆さん、宿毛湾に帰投しますよっ!!」


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