フルアーマー赤城、出陣。
今回の演習では、力の差を見せたい樫井大佐が自身の編成の骨格を、西村艦隊を中心としたものであると予め明かしている。
大湊艦隊/旗艦山城、副艦最上、鬼怒、満潮、山雲、扶桑
旗艦山城は練度一〇〇超、改二勢の扶桑と鬼怒、満潮は練度九〇台後半、他の二名も練度八〇台半ば、長年同じ部隊で戦い続けているため連携も巧み、秋の
沖の島仮設指揮所―――。
宿毛湾泊地の港湾管理線から南南西約20kmに位置する沖の島は、有事には前衛陣地として活用される施設だが、平時は演習用の拠点として簡易的な指揮所が置かれている。ここに詰めているのは、指揮官の日南少尉を中心に教導艦隊のメンバー、そしてオブザーバーとして教官の鹿島も同席している。
ブラインドゲームによる演習では、敵位置情報はおろか編成装備に至るまで索敵により入手せねばらならず、かつ齎された情報をもとに自軍編成と対比、作戦を修正しながら戦っていかねばならない。そのため日南少尉も普段より張り詰めた表情で野戦用の簡素で無骨な指揮官席に座っている。
教導艦隊/旗艦ウォースパイト、副艦時雨、神通、古鷹、島風、赤城
すでに進行中の演習、大湊艦隊は予告通り西村艦隊を中心とする布陣で装備も判明した。教導艦隊を守るのは、赤城率いる六〇一空仕様の烈風。瑞雲の編隊の接近を捉え、迎撃のため優美で獰猛な逆ガル型の翼が空を翔け上がる。だがブランクのある赤城は、どうしても航空隊を思うように動かせず、絶対性能では瑞雲を凌駕している烈風をもってしても、巧みな機動で防空網の穴をついて突入してくる熟練の大湊の航空攻撃を止められず、開幕の航空攻撃で神通が大破判定で戦闘不能。
出だしから一人脱落という状況で、日南少尉は無言を続けている。頭をフル回転させ自分の考えに没頭しているだけだが、周りから見るといきなり一人大破の結果に不機嫌になっているようにも見えなくない。そこに全身をペイント弾で真っ赤に染めた神通が帰投してきた。上半身が大きく破れた制服からは両肩や胸元が大きく露出し、神通も身の置き場がない様に両腕で露出した部分を隠そうとしている。
日南少尉は無言のまま立ち上がると、白い第二種軍装の上着を脱いで神通に羽織らせる。ペイント弾の赤で少尉の制服を汚すことを嫌がった神通が慌てて脱ごうとしたが、少尉は手で制し、静かに言葉を発した。
「相手は…強かったかい?」
「はい…あんな機動は予想してませんでした…。前の機の陰に入るように連なって突入してきた二機一組の瑞雲からの時間差の急降下爆撃…二発目を躱せずに…」
「自分もだ、神通。水上機にあそこまでの機動をされるとは予想を超えていた。だから、君が大破したのは君の責任じゃない。自分の指揮が甘かったからだ。ごめんな、ここから立て直すよ。この演習…負けられないから、ね」
そう言うとペイント弾で手が汚れるのもいとわず、神通の頭をぽんぽん、とすると指揮官席へと日南少尉は戻って行った。
「少尉、申し訳…ありませ…」
羽織らされた少尉の制服で自分を包むようにしていた神通だが、その声は最期まで言葉にならず、肩を震わせ泣き出してしまった。何もできなかった自分と、何も出来なくても責められない程度の自分…。少尉が自分を責めるつもりがないのは本当だと思う。それでも、それだからこそ、辛い。仮設指揮所に詰めている艦娘達が励ます様に集まり、神通もまた落ち着きを取り戻し始めるが、内心には固く誓うものが芽生えていた。
「強く…誰にも負けないくらい強くなりますから…。もっともっと鍛錬して…」
涙声に紛れ誰にも届かない神通の決意は、ほどなく『訓練の鬼』として結実するが、それは別な話として。
◇
大湊艦隊―――。
瑞雲隊が教導艦隊を強襲したのと同じように、低空を進入する雷撃隊と上空から急降下爆撃を加えてくる艦爆隊が迫りくる。迎撃にあたる大湊の直掩隊にとっても、友永隊と江草隊を
「艦隊の練度はまだまだでも、航空隊はきっちり仕上げてきているのね…っていうか、あの機体のマーク…そう、向こうの正規空母は宿毛湾本隊からの転属組………ふうん…まあ、ハンデということにしてあげます。さあ行くわよ、山城?」
「ふふ…うふふ…ふふふ…思ったよりはやるみたいね。満潮、被害状況知らせっ。各艦、単縦陣に陣形遷移、第二戦速で前進開始、砲戦で押しつぶすわよ………は? 何? …陣形を変えるな? あのねっ、敵の航空隊が引いてる今が好機でしょうっ」
山城が陣形を単縦陣に変更し前進を指示しようとした所に、
「…………ああもう、分かったわよ、聞こえてるからっ。艦隊輪形陣を維持、第一戦速で警戒続行しつつ前進」
-普段なら私の話も聞いてから、判断してくれるんだけどね………。
はあっと大きなため息で苛立ちを吐き出し首を二度三度振ると、右手を大きく前に振り出した山城が号令をかける。指示に従い、艦隊が単縦陣に遷移しかけた陣形を再び輪形陣に戻し前進を開始する。輪形陣の中央にいる山城は、厳しく前を見つめてた視線を左手に落とすが、赤い瞳の端に涙が僅かに滲んているようにも見える。
「指輪の跡って…簡単には消えないのね」
-これは単なる演習じゃない、日南少尉に俺が勝つことに意味がある。将官に手が届くチャンスが手に入るんだ、その何が悪い? それに…どうも涼月はあの若造に気があるようだからな、宿毛湾の方がいいそうだ。ちょうどいいだろう?
-だからそれは誤解で、あの子の往時の記憶が………はあ、もういい。この演習が最後、私…秘書艦を下りる。私にも考えがあるって言ったでしょ…もう、ついて行けない……」
これ見よがしに、
輪形陣の中心で物憂げに進む山城の物思いを破る様に、最上が鋭く叫ぶ。
「敵艦隊来るよっ! 単縦陣で突入…速い! 司令官、指示をっ!」
樫井大佐が陣取るのは宿毛湾の港湾管理線から直線距離で西方約25kmに位置する
指揮官席から離れた位置で壁に寄り掛かり腕を組み、山城と樫井大佐のやりとりを冷ややかに眺めているのが、宿毛湾泊地からオブザーバーとして派遣された教官の香取である。
-おそらく、この人の判断の甘さを旗艦の山城以下艦隊全体で支えているのね…。
桜井中将の薫陶を長年受け、今は成長を続ける日南少尉の指導に当る香取にとって、樫井大佐の指揮ぶりを見ていて不安しか覚えない。部外者ゆえに口を挟まず黙って聞いているが、何かを判断するための根拠が良く分からない。こうであってほしい、こうであるべきだ、という前提を根拠なく信じて作戦を決めているように見えてしまう。
開幕の航空戦を終えた演習は、いよいよ砲雷戦へと舞台を移し激しさを増してゆく。
◇
「赤城さんの報告通りですね。敵艦隊補足、北西約四〇kmを第一戦速で移動中。あと10分で砲戦距離に入ります。古鷹、突撃します! ウォースパイトさん、ご武運を!」
ウォースパイトには掛け値なしの最大戦速となる第三戦速で疾走を続けた教導艦隊が慌ただしく動き出す。練度差を考慮すると真っ向からぶつかっても支えきれるものではなく、だが負ける訳にはいかない。その答えが今回の作戦だった。
風に金髪をなびかせる旗艦のウォースパイは速度を第二戦速に落とし、先行する古鷹を見送りながら配置に付く。玉座を模した艤装に座り直し脚を組み、すうっと目を細め遥か水平線を睨む。彼女の役割は、射撃精度を利した
「それにしても、こんな大役を私に任せるとは…ヒナミ、
桜井中将が看破した通り、日南少尉の狙いは明確な反面リスクのあるものだった。明確な役割を担ったそれぞれの艦娘が、大湊艦隊を日南少尉の描く通りに躍らせるため動き始める。戦力の分散投入はどのような戦闘戦場でも悪手とされ、日南少尉も選択と集中を戦術の基本としている。が、あえて採用したこの作戦で何を狙うのか。
◇
「―――話の途中だったね。対する日南君だが、CSFの結果で比べると、彼のリーダーシップ領域は『戦略思考』と言えそうだね。際立って高い情報処理能力と冷静な判断力が彼の特徴だが、何をすべきかの優先順位が極めて明確で、全ての作戦行動がそこに繋がっている点が出色だと私は思う。けどね、それはそのまま彼の重大な短所となって現れている」
刻々と情報が集まる防空兼演習指揮塔の指揮所で、再び桜井中将が口を開く。
「幼い頃に重ねた経験に起因し、日南君は非常に自己抑制の強い人格形成がなされた。するべきかしないべきか、いわば『べき論』で物事を捉えている。したくない事でもするべきなら行い、したい事でもすべきでなければ行わない。将官になりたいからなる、と理不尽な行動でも押し通そうとする樫井君とは真逆だよ」
黙って話を聞いていた明石が、不思議そうな表情で横から口を挟み疑問を呈する。
「んー、軍人としてはむしろそうあったほうがよいのでは?」
「広義のそれとしてはそうだろうね。でも、日南君が目指すのは提督だ。命を賭けさせる立場として、下す命令に彼の思いが通ってなければ、部下は納得しないよ。彼はこの演習に勝とうとしている、だがそれは何のためなのだろうね? 些細なことほど自分を素直にはっきり出すべきだ」