それでも僕は提督になると決めた   作:坂下郁

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 前回のあらすじ。
 お見舞いイベント、時雨一歩リードか。


勝つための戦い
026. 君との距離


 宿毛湾泊地第二司令部ブリーフィングルーム・午後―――。

 

 「改めて、我々教導艦隊は南1号作戦を発令し、南西諸島の防衛ライン上の敵侵攻艦隊を捕捉、全力出撃でこれを撃滅する。出撃は明日〇五〇〇(マルゴーマルマル)。今日はみなゆっくり休んで鋭気を養ってほしい。なお、宿毛湾本隊の作戦状況によっては、入渠施設の利用に優先度選別(トリアージ)がかかる恐れがある。桜井中将は柔軟な運用を約束してくれているが、あてにし過ぎてはいけない」

 

 「想定される敵の配置と航路については時雨から説明してもらう…………時雨?」

 ぼんやりとしていた時雨は、日南少尉から名前を呼ばれると、ほとんど飛び上がるような勢いで驚き、周囲をきょろきょろ見渡している。

 「え、あ、うん。いや…ご免、ちょっとボーっとしてた」

 軽いため息を漏らし、日南少尉は手にしていたクリップボードで時雨の頭を軽くぽんっと叩く。別に痛くはないが、叩かれた箇所を手で押さえ、時雨は頬を軽く膨らませる。

 

 -だめだなぁ、あの日から同じ事ばかり考えてるようじゃ。

 

 あの日とは、風邪で倒れた日南少尉の看病をしていて、思わず眠り込んでしまった次の朝の事。日南少尉がどんなつもりだったのか分からない、けれど、例えほんのわずかな時間でも抱きしめられた。いったん意識してしまうと、頭がそこから離れない。気付けばそればっかり考えている。

 

 -これじゃあ僕、こないだの続きを…期待してるみたいじゃないか…?

 

 「これまでの戦訓より、ルートは三つと判明している。どこを辿っても敵本隊となる機動部隊が陣取る最奥部に到達しやすいようだが、行ってみなければどのルートに入るか分からない。これは羅針盤に勝つしかないけど―――」

 

 「期待してもいいのかな?」

 「いや…どうだろうか。でも今回は羅針盤の影響はさほど受けずに敵本隊までたどり着けそうだけど」

 「えっ、羅針盤っ!? あ、うん、そうだねっ!」

 

 どうも時雨が集中しきれていない感じがする。大丈夫かな…と日南少尉の心中に徐々に不安が頭をもたげてきた。

 

 「今回の作戦はもちろん、次の南西諸島海域以降は航空戦がきわめて重要になる。なので今の段階から意識的に空母系のみんなを艦隊に迎え、育成を図ってきたつもりだ。君達の力を最大限活かせる作戦を進めたい」

 その言葉に、祥鳳と瑞鳳が大きく頷きガッツポーズを見せる。二人だけではなく、1-3攻略時に加わった水上機母艦の千歳と千代田もやる気に満ちた表情で頷いている。

 

 -君に…君好みに育てられる……悪くないかな。っていうか、いい、かも…。

 

 「好きにしてくれていいんだよ、少尉…」

 「いや、そんな投げやりな事を言われても…時雨?」

 「投げやりなんかじゃない、僕は本気で……あれ?」

 

 今度こそ日南少尉は本気で頭を抱えた。意味を理解している一部の艦娘たちはにやにやが止まらず、意味を理解していない艦娘たちはぽかーんとしている。

 

 「…取りあえず、伝達事項は全て伝えたかな。あとは編成だが、これはもう少し検討して最終決定したいと思う。それでは解散………時雨、ちょっと残ってくれるかな」

 

 贔屓目に言って、今日の時雨はぼんやりしている。完全に心ここに在らず、それは日南少尉だけじゃなく、多くの艦娘が感じていた。ただその理由を分かっている者いない者それぞれだが、さすがに今日の調子じゃぁお説教だね、と皆生暖かい目で時雨を見ながらブリーフィングルームを後にした。

 

 

 ばたん。

 

 最期の一人が出て扉が閉まる。ブリーフィングルームに残ったのは日南少尉と時雨の二人だが、何となく気まずい空気が二人の間に流れる。

 

 「…時雨、どうにも集中できていないようだけど、何かあったのかい? 自分で良ければ相談に乗るし、もし自分に言いにくい事なら教官たちや翔鶴さんに相談してみたらどうかな」

 

 ふわふわした気持ちにさせている当の張本人に、どう相談しろと? でも他の人に相談するのも気が引ける…何とも言えない表情を浮かべると、時雨は少しだけ爪先立ちで机に軽く腰掛けながら、時雨は人差し指を顎にあて考え込む。そしてさりげなく試す様に口を開く。

 

 「ねえ少尉、次の作戦に僕は参加できるのかな?」

 「無論そのつもりだ。そんなことを心配していたのかい?」

 日南少尉が明らかにほっとした表情で肩の力を抜く。ああ、この人は全然分かっていないんだ…今度は時雨がむぅっとした表情になる。

 

 「全体の編成をどうするか固めよう。ブリーフィングでも言ったが、これまでの記録からすると、海域最奥部での敵機動部隊本隊との戦闘を含め、羅針盤次第で最大三戦が予想される」

 

 

 時雨にも話のポイントが見え、真剣な表情で少尉の話にうなずく。

 

 「我々の航空戦力は祥鳳と瑞鳳、攻撃力に不安は持ってない。問題は―――」

 「防御力、だね。二人とも打たれ弱いのは…否定できない、かな」

 

 今度は日南少尉が時雨の分析に満足そうに頷く。抗甚性と継戦能力の点で軽空母に不安が残るは事実だが、今回の海域は攻防とも彼女達の力が不可欠だ。

 「今考えているのは、前衛に時雨を含め駆逐艦と軽巡洋艦で合計三人、本陣に祥鳳と瑞鳳、後衛には…まだ早いかもしれないが()()の投入を考えている。君の意見を聞かせてもらえないかな」

 

 首をひねりながら、時雨は頭の中で少尉の言う編成を思い浮かべてみる。そっと手を挙げて、思慮深げな表情で時雨が言葉を重ねる。

 

 「敵の機動部隊と連戦になる可能性もあるし、艦隊防空と水雷戦、どっちを重視するのかな。彼女って…古鷹さんだよね? 練度的には…うーん、まだ厳しいような気もするけど、火力は僕たちの中で高いのは確かだよね。何にしても中途半端は避けないと…」

 

 前回1-3突破の際に新たに加わったのが、艦隊初となる重巡洋艦、古鷹型一番艦の古鷹。艦隊加入から日は浅いが、以前の五十鈴同様集中的な育成が図られている。選択と集中は日南少尉の明確な傾向だね、と思いながら時雨は少尉の返事を待つ。

 「万全を期すならウォースパイトを投入すべきだろう。けれど時雨、君を含む貸与艦達と建造やドロップで加わった艦娘達の練度差は相応にあるからね。今の時点で練度が高い者だけで戦いを続ければ、いずれ行き詰まる」

 

 その後も二人は組み立てた編成の長所短所の議論を続け、かなり長時間話し込んでいる。ブリーフィングルームの机に隣り合い、真剣に語る日南少尉の横顔に時雨はいつしか見とれていた。

 

 -まつ毛長い。唇も綺麗な形だし…。

 

 不意に日南少尉と目が合い、時雨はぼっと音が出そうなくらいに一気に顔を赤らめる。見ている事に気付かれていた、その事実が恥ずかしい。だが、日南少尉は残念そうな表情でため息をついた。

 「…時雨、集中してくれないか。一体どうしたっていうんだ?」

 「どうも………しないよ、うん。………ごめんね」

 公私の区別をはっきりつけているのか、思うほど思われていないのか、自己抑制が強い日南少尉の言動から推し量ることは難しい。でも、自分の気持ちだけが盛り上がって空回りしている事につくづく嫌になる。艦娘であり秘書艦であり、兵器であり兵士であり、でも一人の女の子でもある。そんな自分を持て余してしまう。

 

 「…編成を最終確認するね。前衛は僕と夕立、本陣は祥鳳さん、瑞鳳さん、後衛は古鷹さん、そして旗艦は、那珂ちゃんさん、だね。装備品はさっきの話通りで。じゃあ、明日も早いし、僕は行くね。………おやすみ、少尉」

 

 -君はどうして、あの時僕の事…あんな風にしたの?

 

 言えない言葉を胸にしまうと、時雨は不器用な笑顔を作り、ブリーフィングルームを後にする。その表情に何かを感じた日南少尉も、微妙な表情に変わる。

 

 -自分は…どうしてあんな風にしてしまったんだろう。

 

 (よこしま)な気持ちや軽い戯れではないし、難聴系でも鈍感系でもない。時雨が自分に寄せているだろう感情の種類にも見当が付く。だから常に一定の距離を保とうとしていたが、それでも時々境界線が曖昧になる自分に気付いていた。艦娘であり兵器であり兵士であり、でも一人の女の子でもある。そんな彼女達とどう接すればいいのか、いまだに正直良く分からない。けれど前回、自分につきっきりで看病してくれた時雨に対し、感謝の気持ちが溢れ、思わず体が動いてしまった。すぐに我に返り体を離したものの、一旦高鳴った鼓動はなかなか収まってくれなかった。

 

 「それでも、軍務は軍務で、立場として自分は彼女達を死地と紙一重の戦場へ送り込んでいる。彼女達にとって、自分はどうあるべきなんだろう…?」

 

 

 

 翌日早朝、宿毛湾泊地を抜錨した教導艦隊は順調な航海を続けていた。一方作戦司令部で、日南少尉と遠征に参加中の者を除いた艦隊のメンバーがいつも通り集まっている。遠く離れた海を征き戦いに臨む仲間達を応援し無事を祈り、思いを分け合い届けたい、そんな少女たちの儚く一途な思いで満ちた部屋。そんな彼女達を眺めながら、日南少尉はふとあることに気付く。普段なら鹿島教官がいるはずだがその姿が見えない。代わりに香取教官がいる。

 

 「ふふ、気になりますか、私がいる事に? 前回のバカ騒ぎの中心が、事もあろうに教官でしかも私の妹だなんて…罰として第二司令部にはしばらく接近禁止を命じました」

 教鞭をふりふりしながら、口を尖らせる香取教官。話を聞いて、日南少尉は二重の意味で納得していた。最近鹿島教官を見かけない理由と、入れ替わる様にLI●Eメッセージの絨毯爆撃が始まった理由。

 

 「それよりも少尉、今回の戦闘ですが―――」

 「少尉~、第一艦隊から入電ですよ~。中継繋ぎますね~」

 綾波ののんびりした声が香取の質問を遮り、全員の注目が通信機に集まる。艦隊が真東に進路を取ったとの報告を受け、日南少尉はひとつ頷くと指示を出す。

 

 「祥鳳、東北東方面への索敵線六、間隔一五度の一段索敵を展開してくれ。索敵範囲は狭いがそれでいいと思う。恐らく敵は海域中央部にある島とプラントを拠点にしているはずだ、だからそこからの進路を重点的に警戒してくれ。陣形は複縦陣、時雨を先頭に那珂、瑞鳳の戦列、同じように夕立、古鷹、祥鳳。ここから先通信はリンク共有、リアルタイムで情報処理する」

 

 香取が日南少尉の指揮を実際に見るのは、実は二度目である。一度目は翔鶴との訓練、そして今回。

 

 -鹿島があそこまで入れ込むのも分からなくないですね。この少尉、本当に逸材かも知れません。

 

 香取が日南少尉への評価を密かに上方修正していたうちに、祥鳳の放った彩雲から連絡が入る。単縦陣で接近中の敵艦隊。構成は重巡リ級、軽巡ヘ級、駆逐イ級三体からなる偵察艦隊。現場の艦隊、作戦司令室に詰めた艦娘達、それぞれが日南少尉からの指示を待つ。

 

 「全員戦闘配置っ!! 祥鳳、瑞鳳、ただちに攻撃隊発艦っ。敵に航空戦力はない、一気に仕留めるぞっ」


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