それでも僕は提督になると決めた   作:坂下郁

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 前回のあらすじ
 良い少尉、悪い少尉、喰えない中将。


022. 選択と集中-後編

 桜井中将の付した条件により、教導艦隊と幌筵艦隊の演習は、双方の考え方の差が明確に現れた布陣となった。練度で見れば一点集中型の幌筵艦隊とバランス型の教導艦隊だが、戦術で見れば真逆となる。

 

 幌筵艦隊の編成は、練度上限間近の練習巡洋艦香取に、改二なりたて勢の羽黒、千歳、千代田。難点は不知火型の二人、雪風と天津風の練度が低いことだが、そもそも今回の長距離演習航海の目的が不知火型の育成と改二勢の慣熟訓練であることを考えれば、これは止む無しと言える。だが今回の条件、『空母勢の装備を除いたステータス値の合計の二倍までを艦隊の総合値とする』のため、羽黒と香取の両方を同時に参戦させることができない。さりとて駆逐艦二人を参戦させると総合値の余力が高練度艦を組み込むには足りなくなる、という状態になった。

 

 結果、猪狩少尉の選択は羽黒と天津風の参戦だった。千歳千代田の攻撃隊による面制圧で事が済めばそれでよし、相手の抵抗が激しい場合は、航空攻撃で消耗させつつ水雷部隊が接近、天津風は高速雷撃で相手空母のいずれかを沈め、最後は羽黒が砲撃戦で残敵掃討という作戦。一方で練度の低い天津風を囮にする側面もあり、合理的だが情のない采配とも言える。

 

 

 一方、日南少尉の選択はある意味で真逆だった。猪狩少尉との行き掛りのため強行に出撃を主張した五十鈴、同じように祥鳳が出るなら自分も絶対に出る、と普段の調子からは想像できない強さで訴える漣。日南少尉はこの二人の訴えを受け入れ編成を決定、作戦を逆算する方法を取った。祥鳳と漣-祥鳳の最期の作戦となった珊瑚海海戦で護衛を務めるも、九〇機を超える米軍の空襲には抗せず祥鳳は撃沈され、漣は彼女の生存者を救助したという繋がりがある。

 

 ウサギの髪留めが目立つピンクのツインテールを揺らしながら、珍しく真面目な表情で漣が目を潤ませながら訴えた言葉に、日南少尉は頷くしかできなかった。

 「いつもふざけていると思われがちですが、祥ちゃんが出るなら今度こそ…。まぁ本気出すべき時は分かってます」

 そして日南少尉の了承を取り付けた後は、ぴゅーっと祥鳳に駆け寄ると抱き付いた漣はやっぱり漣だった。

 「(・∀・)キタコレ\(゜∀゜)/わっしょい!! 祥ちゃん、ご主人様見習いは、女の涙に弱いなり。これ豆ね」

 

 今回の演習ルールに従うなら、教導艦隊の切り札とも言えるウォースパイトを参戦させると、艦隊の総合値に四人目を加える余力が不十分で三人での出撃になり、低速の女王陛下に攻撃が集中する。宿毛湾泊地本隊からの貸与艦となる時雨、龍田、初雪、島風を中心に編成を考えると、条件を満たすには極低練度の艦娘を加えざるを得ず中途半端になる。参戦を強く希望する二人と祥鳳型の二人を念頭に、日南少尉は顎を手で支えながら目を伏せ考えていた。

 

 

 「五十鈴と漣…悪くない、というか、いい線いくんじゃないかな、うん」

 

 

 

 遠くの水平線がきらきらと不規則に輝いているのに最初に気付いたのは、教導艦隊を目指し波を蹴立て海面を疾走する天津風だったが、練度の低さ、すなわち経験の少なさがいきなり露呈する。

 「敵機!? いえ…波の反射かしら…いえ、でも…確証がないと報告は…」

 

 この逡巡のうちに、ペラが海面を叩かないすれすれの極低空を進む、祥鳳が発艦させた一八機の九七式艦上攻撃機が幌筵艦隊に迫る。この時の天津風が取るべき対応は、『敵機接近のおそれあり』と直ちに報告することだった。それを受けてどうするかは、報告を受けた側が考える事だが、確証がない事を上申すると叱られる、との恐れが天津風を必要以上に慎重にし、行き足を落としてまで確認を行い、報告のタイミングを致命的なまでに遅くしてしまった。

 

 その頃すでに幌筵艦隊上空では戦闘が始まっていた。浮かぶ雲間から逆落としで突入する一八機の零戦が、即座に腹下の爆弾懸架装置から二五〇kg爆弾相当の演習弾を切り離し、千歳と千代田が爆撃の雨に晒される。あまりにも大雑把な投弾だが、標的となった二人の軽空母の動きを止めるには十分な威嚇効果を発揮する。

 

 「わあああっーーーーっ」

 「やだあっ」

 

 次々と立ち上がる水柱でびしょ濡れになりながらも、キッと厳しい表情で空を見上げた二人は、改二改装と同時に配備された新鋭の零戦五二型を一気に上昇させ交戦を開始する。相手が突入させてきたのは同じ零戦でも爆戦、機体性能は高いとは言えない。すぐに蹴散らされるだろう、その考えは間違いだったと思い知らされた。識別のため、双方の機体の垂直尾翼は、教導艦隊側が黄色で、幌筵艦隊側の機体が若草色で塗られている。その黄色の垂直尾翼の機体の胴体に塗られたオレンジ色の不等号を二つ連ねたマーク。

 

 「やられた…」

 中継を聞いた幌筵艦隊の秘書艦、香取がぎりっと唇を噛む。艦娘の練度は簡単に上がらない。でも搭載する機体と搭乗員の妖精さんは別だ。おそらく教導艦隊は徹底的に航空隊を鍛えていたのだろう。こちらの機体性能が上と言っても二倍も三倍も違う事は無い、少々の差なら搭乗員の技量で互角以上に持ち込まれる。直掩隊を蹴散らされた後に、何が待つ?

 「二人とも回避ーーーーっ!!」

 香取の叫びと裏腹に、猪狩少尉は呆然としていた。圧倒的優位のはずが、どうしてこうなる…?

 

 

 「!!」

 千代田が慌てて千歳を庇うように突き飛ばすが一瞬遅かった。蹴散らされた直掩隊、ぽっかり空いた防空網、そこに突入してきた一八機の九九式艦上爆撃機。引き起こしの限度すれすれまで迫り、狙い澄ました爆撃を加えてくる。この時点で千代田中破、千歳小破。

 

 そしてようやく届いた天津風からの情報-『敵雷撃隊接近ノ可能性アリ。注意サレタシ』。

 

 「可能性、じゃなくて確実に敵機なんだけどっ!! ………きゃあああああっ」

 「飛行甲板だけは、やらせない!…って、手遅れだったね。あううっ」

 

 千歳は右舷から、千代田は左舷から、水面すれすれに突入してきた九七式艦攻の雷撃により、二人とも大破判定を受ける事になった。

 

 機動部隊同士の戦闘は先手必勝、いかに先に敵の空母の飛行甲板を叩くかがその後の成否を決める。教導艦隊が先手を打ったとはいえ、幌筵艦隊からの攻撃隊も祥鳳達に猛攻を仕掛けようと接近中、さらに海上を疾走し接近する天津風と羽黒の水雷部隊も着実に迫ってきた。

 

 

 

 空母娘同士の戦闘が他艦種の艦娘たちのそれと大きく異なるのは、自分自身の練度だけでなく搭載する航空隊の練度にも攻防ともに左右され、かつ場合によっては遠隔地の攻撃隊と直掩隊の制御を同時に行うことである。祥鳳の航空隊による猛攻を受けていた場面、それでも千歳と千代田は攻撃の手を緩める事は無かった。

 

 「お(ねえ)、先にあの軽巡やっちゃおうよ」

 航空隊の妖精さんから入る情報に、千代田は少しいらっとしながら、標的を五十鈴に絞るよう訴え、千歳も同意した。

 「そうね、千代田、まずうるさいのを抑えましょう。それから奥にいる空母部隊を狙います」

 

 これまでの交戦で、教導艦隊の直掩隊により雷撃隊が大きな被害を受けたのは把握している。だが海面すれすれを進む九七艦攻を抑える為水面近くまで下りてきた零戦二一型は、上空から急降下で追う自分たちの五二型からすればよい目標だ。それに数では大きく勝っている、ここで多少犠牲を出しても最終的に相手を叩くことができる。教導艦隊の巧みな攻撃に自分達は敗けた。けれどせめて引き分けに持ち込まなきゃ―――。

 

 奮闘を続ける瑞鳳率いる直掩隊をすり抜けるように接近する幌筵の航空隊。背後にいる漣と祥鳳、そして後衛の瑞鳳にちらっと視線を送り、空を見上げながら五十鈴はこきっと首を鳴らすと吠える。

 

 「さあ、五十鈴には丸見えよ。長一〇cm連装高角砲二基四門、お見舞いするわっ」

 

 二一号対空電探で捉えた相手に、速射性能に優れる長一〇cm砲が次々と火を噴く。空には黒煙でてきた花が咲き、その度に敵機が慌てて方向を変える。

 

 「なるほどね、少尉はつくづく合理的だわ。やりやすいったら」

 

 日南少尉がブリーフィングで念を押したのは、狙いを絞れる状況を作り艦隊防空にあたる事。瑞鳳の直掩隊はとにかく雷撃隊を叩く。そうすることで、五十鈴と漣は艦爆隊に集中でき、連装高角砲が真価を発揮する。

 

 「つっ、痛いじゃないっ! みんな、さすがに全部は抑えきれないわよっ。そっちに行くからねっ」

 高射装置を持たない五十鈴の対空射撃の命中精度は、一撃必中とまではいかないが、それでも猛訓練で得た練度の高さで幌筵航空隊の数を徐々に減らしてゆく。だが、千代田の作戦により狙いを変えた艦爆隊の猛攻を受けた五十鈴は、多勢に無勢、いよいよ躱し切れなくなり中破判定。

 

 

 

 続いて攻撃に晒されるのは漣と祥鳳。二人は距離を空け前方上空を睨む。瑞鳳の航空隊と五十鈴による必死の防空戦で大きな打撃を与えたものの、依然幌筵航空隊は攻撃力を喪失していない。加えてついに最前線に姿を現した天津風が突入を開始、さらにその後方からは羽黒が接近中。

 

 「祥ちゃ「漣ちゃんは突入してくる駆逐艦を抑えてくださいっ! 私、今度は負けませんからっ!」

 

 航空隊の目標は祥鳳、援護に回ろうとする漣には天津風がまとわりつく。さらに後方の瑞鳳は残存の航空隊を呼び戻し必死の防空に当る。

 

 「お姉ちゃん、まるで水面で踊ってるみたい…」

 

 -それしかない、じゃなくてそれがあるじゃないか。

 

 日南少尉の言葉を思い返し、迫りくる急降下爆撃を次々と躱し続ける祥鳳。珊瑚海海戦では二八機の攻撃を躱し切った。あれに比べたら―――長い黒髪を躍らせながら、ほとんど横転しそうなほどに体を倒し急角度でターンを続け、休むことなく回避を続ける姿の、あまりの見事さに瑞鳳が目を奪われたほどだ。それでも全弾を躱す事はできず、祥鳳中破判定。だが満足そうな表情で祥鳳が叫ぶ。

 「や、やりました少尉っ!! 今度は…今度は沈みませんでしたっ」

 

 

 「逃げられないよ! 漣はしつこいからっ!!」

 「ああっ、艦首と第一砲塔が!」

 長一〇cm連装高角砲での砲撃で天津風の接近を阻む漣と、何とか漣を振り切って祥鳳か瑞鳳に雷撃を加えたい天津風。どちらかの空母、という猪狩少尉の曖昧な指示が足を引っ張り、狙いを絞り切れないまま漣を振りきれず、天津風はどちらも逃すことになった。結果は相打ちといえる状態で、天津風漣とも中破。ただ雷撃を防ぎ切った点で漣の勝ちとも言える。

 

 そして―――。

 

 「全砲門開いてください!」

 粘る五十鈴を砲撃により大破判定で沈黙させ前進を再開した羽黒が、射程圏内に祥鳳を捉えた時、最後の一手が放たれる。

 

 「数は少なくても、精鋭だから!」

 

 それは瑞鳳が放っていた、教導艦隊に残った最後の矢。直上から急降下で襲い掛かる九機の九九艦爆が羽黒に迫る。これを躱されると、教導艦隊は羽黒に蹂躙されるだけだ。だが羽黒は祥鳳に意識を集中し過ぎたあまり、発動機の轟音と風切音に気付いた時には完全に遅かった。回避も迎撃もままならない。なぜ相手に航空隊が残っていないと決めつけていたのか、羽黒が悔しさに歯噛みしつつ着弾の衝撃に耐えようと体を丸める。羽黒、予期せぬ集中爆撃により大破判定。

 

 幌筵:大破:千歳、千代田、羽黒、中破:天津風

 宿毛湾:大破:五十鈴、中破:漣、祥鳳、損傷無:瑞鳳

 

 

 教導艦隊、勝利A―――。

 


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