それでも僕は提督になると決めた   作:坂下郁

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 前回のあらすじ
 艦隊、北方へ。


Snow White
120. 目覚めのメロディー


 往時――太平洋戦争当時の通信環境に比べれば文字通り隔世の感……衛星を介した高速通信網は、二五〇〇km以上離れた泊地と出撃先をタイムラグのないクリアな音声と映像で繋ぐ。さてその通信技術を用いて行われているのは――――。

 

 「方向性に間違いはないし、今の形を変えるにはまだ早いと思うんです」

 「そうはおっしゃいますけど……う~ん……優先順位ですよねぇ……」

 

 宿毛湾泊地教導艦隊改め沖ノ鳥島泊地から北方海域に進出した遣北艦隊は、海域関頭のモーレイ海の攻略が停滞している。道中では重巡が、海域最奥部では戦艦ル級が、低耐久軽装甲の水雷戦隊に立ちはだかり、どうしても誰かが大破し撤退……を繰り返している。その対策について少佐と鹿島の間で会議がもたれている。

 

 作戦の総合指揮を執るのは司令官の日南少佐であり、現場の戦闘指揮を担うのは艦隊旗艦だが、母艦を伴うほどの長距離侵攻では、その中間に立ち現場状況を踏まえて司令官と作戦目標を精査し、現場の艦隊旗艦に助言、時には命令を下す作戦参謀が必要となる。通信技術は進歩したとはいえ、故障や戦闘による損傷も起こりえる。不測の事態に陥り作戦司令部と連絡が途絶した際、鹿島は司令官代行として指揮を執らねばならない。

 

 椅子に座ったまま背筋の凝りを解すように伸ばすのは鹿島。対する日南少佐は、気分転換するように制帽を脱ぐと、ややラフに手櫛で前髪を直した後は、顎に手を当て考え込んでいる。

 

  ――わ……ああいう伏し目がちな表情も……うふふ♪ って、そういう事じゃなくて。

 

 一瞬頭の中がもわもわしかけた鹿島だが、ふるふると頭を振って自分を現実に引き戻しつつ、こっそり自分側のスクリーンのズームと角度を調整して、イイ感じの角度で少佐の顔が映る様にし、デスクの下に隠した右手でよしっとガッツポーズを作る。

 

 元々の作りが良い男女は、素材をさらにいかすのにお洒落に敏感になるか、素材の良さそのままにシンプルな方向になる。軍人の日南少佐は制服生活なのでファッションに凝れるはずもなく、さらに彼自身の性向としても後者のタイプ。そんな彼だが、業務が忙しくなるにつれ髪を切る頻度が落ち、気づけば結構な長さの髪になっている。

 

 そんな話はさておき、膠着状態の理由ははっきりしている。端的に言えば編成。

 

 今回の遣北艦隊は低-中練度の水雷戦隊+αと護衛の空母を中核とするため、どうしても決め手を欠く状態が続いている。中でも少佐がモーレイ海の攻略戦力の中心と考えているのは初春・子日・若葉・初霜(第二一駆逐隊)で、まさに第一次改装以上第二次改装未満に当たる。

 

 最終的にはキス島沖を解放するまでが今回の出撃の目的だが、キス島沖での決戦戦力として帯同させた高練度の艦娘達を投入すれば早期の決着も期待できる。ただ、それをしてしまうと艦隊全体の練度の底上げは果たせない。

 

 

 現場にいる作戦参謀の鹿島は、現状を良しとせず早期攻略を狙う。

 

 総合指揮を執る日南少佐は、現状で可能な範囲の育成と攻略を狙う。

 

 

 教官としての鹿島(本来の役割)を考えれば、日南少佐と主張が真逆な気もするが、その理由について少佐には心当たりがあった。ぎぃっと椅子を鳴らし長い脚を組み替えた少佐は、ふっと表情を緩めゆっくりと鹿島に語り掛ける。

 

 「プレミーティングの際に自分が言った事……きっと教官は大切に感じてくれていると思います」

 「え……そ、それはもちろんです! 現体制になって初めての海域攻略、絶対に成功させないと!」

 

 胸の辺りまで持ち上げた両腕で可愛くガッツポーズを作る鹿島の姿を見ながら、少佐は自分の心当たりが間違っていないと確信した。

 

 焦り――――鹿島は明らかに焦っている。

 

 艦娘は往時の記憶に良くも悪くも影響を受ける。練習巡洋艦として数多の海兵を育てた鹿島だが、第四艦隊旗艦としては後方配置、後には第一護衛隊旗艦、最終的には海上護衛総隊に編入され終戦を呉で迎えている。つまり対潜掃討戦に関してはエキスパートだが、艦対艦戦の指揮に関して経験が乏しいのだ。そこにもってきて沖ノ鳥島泊地としての初戦、指揮官代行としての重圧、育成段階の艦娘、停滞気味の作戦遂行……意識してるかどうかは別として、鹿島が焦る理由は明確だ。

 

 「もう一度振り返って頂きたいのはーー」

 「はいっ! 今回の出撃は北方海域の前半戦……すなわちモーレイ海とキス島沖の海域解放を成し遂げ、沖ノ鳥島泊地、ひいては日南少佐の実力を広く知らしめることですっ」

 

 食い気味に答えを返した鹿島が困惑した表情に変わる。画面の中の日南少佐は、同意を示す縦ではなく、ふるふると首を横に振り、ゆっくりと諭すように届く声がスピーカー越しに届く。

 

 「振り返ってほしいのは教官ご自身です。『良い所を最大限大きく、悪い所は相対的に小さく』、それが信条(ポリシー)でしたよね。自分もそうやって育てて頂きました。だから結果はあくまでも結果であって、そこに至る過程を重視して事に当たる…それが教官の良い所を最大限大きくすることでもあると、自分は思います」

 

 話の途中から徐々に肩を落とし俯いていた鹿島は、しばらくしてツインテールを揺らしながら顔を上げ、柔らかい微笑みを画面に向けた。良い意味で肩の力が抜けたような、穏やかな表情。少し照れ臭そうに自然な笑顔を浮かべながら、本来の彼女らしい言葉を紡ぐ。

 

 「そっか……うん……そうですよね。二一駆の子達は必ずやってくれます。そのために鹿島がいるんですよね。少佐、ありがとうございます。………これじゃどっちが教官か分からないですね、えへへ♪」

 

 

 

 「隼鷹、あなた大丈夫なの? どっか被弾……いえ、燃料の入れ過ぎじゃないでしょうね?」

 「心配性だなぁ、飛鷹。さぁさっさと行こうじゃないの。これくらい酔ったうちに入らないっての

 

 モーレイ海(3-1)、CポイントとFポイントに陣取った敵艦隊との交戦を切り抜け海域最奥部へと急ぐ進出部隊にあって、黒髪ロングの飛鷹が荒れる潮風に長い髪を躍らせながら不審そうに振り返る。

 

 燃料とは隼鷹の場合アルコールである。

 

 飛鷹の視線の先、やや後方を疾走する隼鷹はといえば、へーきへーきと言わんばかりに手をフリフリし、ボソッと任務中(on duty)の艦娘が言うべきではない言葉を小さく零す。対潜警戒の之字運動というほど明確ではないが、この季節の北方海域特有の荒い波での揺れというには乱れた、軽―い千鳥足気味の航跡を残している。

 

 要するに二日酔い。攻略の過程で手に入った新鮮な秋刀魚&鰯が肴とくれば、毎晩の晩酌も進むというものだ。

 

 「福利厚生担当者だからねー、大事、大事ぃ!」

 

 夜ともなればすでに氷点下に近い気温まで下がる北方海域、『血の巡りをよくして体温維持、あたしらみたいな航空母艦は指先の感覚が生命線だからねぇ。砲雷戦だってそーだろ、なぁ?』と、聞けば何となくそれっぽい隼鷹の言い分。

 

 だがそもそも飛鷹型航空母艦の発着艦方式は式神、飛行甲板上を模した巻物を広げると白い式神が航空機に姿を変える謎技術なので、指先うんぬんは関係ない気がする。ともあれ、あすか改に持ち込まれたのは体を温めるどころか沸騰させそうな量のアルコール、そして順調に消費が進んでいる始末である。

 

 そんな隼鷹の呟きは、潮風に乗りその後方を進む二人の駆逐艦娘の耳に届いていた。

 

 「酔拳のようなものかの、いとおかし。ふむ……わらわも少々嗜んでもよいかの?」

 

 足元までもある長い藤色の髪をボリューミーなポニーテールにまとめ、口元を扇子で隠しながら一杯所望するのは初春型駆逐艦一番艦の初春。ワンピースのような白いセーラー服はかなりタイトで体にぴったりとしたデザイン、防寒性などこれっぽちもなさそうで彼女が体を温める云々を言うならまだ分かる。だがやはり艦娘なので、艤装の展開中は妖精さんの加護を受け、身体能力が外気から受ける影響など僅かな物。

 

 「任務中だ、ほどほどに……というか飲むな」

 

 並走する艦娘が呆れたような口調で言葉を返す。同型三番艦の若葉は黒のブレザーにプリーツミニスカートという、同じ艦型だが制服の意匠が全く違う。第一ボタンを開けたブラウスに合わせた緩めの赤いネクタイを激しく風に躍らせ、たまに顔に当たるネクタイに嫌な顔をして手で払いのけながら、視線はまっすぐ前……隼鷹と飛鷹の背中を越え、先頭を疾走する二人の駆逐艦娘-同型二番艦の子日と同じく四番艦の初霜-の背に注がれる。

 

 『みなさん、そろそろ敵の哨戒圏に入ります! 海域最奥部Gポイントでは空母ヲ級の出現も否定できません、対空見張り厳として! 合戦準備っ!!』

 

 後方に位置する母艦あすか改のCICから、指揮官代行を務める鹿島の指示が入り、間髪入れずに中盤を行く旗艦の飛鷹から指示が飛ぶ。

 

 「隼鷹、ただちに索敵機発艦!! 他の各員は艤装の動作チェックに入って! 凍結防止のためボイラーの温度は上げ気味にするのを忘れないで!」

 

 先頭を行く初霜が無言で両腕に装備した一二.七cm連装砲B型改二の動作確認に入る。制服の意匠は若葉と同様のものだが、彼女はブレザーのボタンをきっちり閉めているのが違いとなる。

 

 「えっと……仰角、俯角、揚弾機、全て動作良し。初霜、準備万端ですよ」

 「今日はどんな日かなぁ。きっと深海棲艦の命日かなぁ♪」

 

 柔らかな口調で戦闘準備を抜かりなく整える初霜とは対照的に、ふんふんと鼻歌を歌いながら同じように動作チェックを行いつつ物騒な事を言うのは子日。ピンク色の長い髪を三つ編みにまとめ、初春同様のタイトなセーラー服調の制服だが、こちらはスパッツ勢である。

 

 

 そんな中、困惑と緊張、その両方を声色に載せ隼鷹が叫ぶ。その内容は、遠く沖ノ鳥島泊地の作戦指令室にいる日南少佐が思わず立ち上がるほどのものだった。

 

 「敵艦隊発見……何だこの大群は……二艦隊いるような……戦艦四、軽巡二、駆逐艦四、輸送艦二……?」

 「なっ!? 連合艦隊級の敵が展開してるなんて情報は……鹿島、飛鷹、情報精査っ!」

 

 あすか改のCICからは鹿島の慌てる声が通信越しに聞こえ、艦隊にも動揺が広がる。戦艦四体を含む連合艦隊との戦闘など想定外にも程がある。

 

 だが唯一、旗艦の飛鷹は慌てた様子がなく、海面にしゃがみ込むと両手で海水を救う。北の海の冷たさにちょっと顔を歪めつつ、飛鷹はそのまま掬った海水をばっしゃーんと隼鷹の顔に掛ける。

 

 「どう隼鷹、目が覚めた? もう一度確認して」

 「ぶわっ!? 何すんだよ飛鷹っ。……って、あれ? 戦艦二、軽巡一、駆逐艦二、輸送艦一……一艦隊逃走したみたいだね、こりゃ」

 

 逃走じゃねーよ、この酔っ払い……と皆ジト目になり、当の隼鷹はいやーまいったね、と頭を掻いている。やれやれ、と頭を振った飛鷹だが、これで無駄な緊張がほぐれたと気合を入れ直し攻撃指示に移る。

 

 「少佐、鹿島さん、若干カウントミスがあったみたい、気にしないでくれると嬉しいわ。さあ、全力出撃よ!!」

 

 白い人形(ひとがた)は、荒っぽく吹き荒ぶ北の海風に舞い上がると、次々と艦載機へと姿を変え海域最奥部へと翼を連ねてゆく。


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