それでも僕は提督になると決めた   作:坂下郁

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 前回のあらすじ
 戦場と漁場、戦果と釣果。


119. ランブル・フィッシュ

 沖ノ鳥島泊地本部棟――海面からの高さ約二〇〇m、五層構造の洋上要塞ともいえる施設の屋上を上空から俯瞰すると、正方形の緑豊かな島に見える。カモフラージュと耐熱対光性のため屋上全面緑化が施され、生い茂る木々や草花の他、畑として開墾された区画や庭園風に整備された区画もある。その庭園の一角では、しゃがみ込んだ時雨がぼんやりと考え込んでいるようだ。ちょっと頭の中を覗いてみよう---。

 

 

 鹿島さんは南西海域、僕は北方海域、ウォースパイトさんは西方海域、そして赤城さんはとにかく漁場……見事に意見が割れちゃったけど、日南少佐が北方海域を最初の進出海域に選んだ理由……悪戯っぽく笑って、謎掛けみたいに話を切り出してたっけ―――。

 

 『そうだね、点と面、それと分散と集中…そういえばピンとくるかな?』

 

 ごめん、何のことか分かんないや。数学の授業でも始める気なの?

 

 『最も部隊を展開しやすいのは南西海域だね。北方海域も西方海域も、あすか改(泊地母艦)を投入する点では同じだけど目的が変わってくる。西方海域は日本海軍の勢力圏を越えた先まで進出し、そこであすか改は孤立点になる。北方は海域中の要所に友軍拠点があり、協力を得られるだろう』

 

 なるほど。泊地から直接出撃できる先と移動先での連携が取れる先……それが少佐の言う『面』なんだね。なら、分散と集中って?

 

 『北方海域は対空対水上戦闘…3-5(特務)海域まで視野に入れれば対地装備も必要かな……ともかく、火力を前方投射に集中できる。けれど南西海域も西方海域も、潜水艦と水上艦、その両方との戦闘を余儀なくされる。そうなると必要な装備が全く異なるからね、本格的なASW(対潜戦闘)SSW(対艦戦闘)の両立はやや時期尚早だと思うんだ』

 

 なるほどなるほど。確かに先制対潜攻撃をできる練度まで達している子はごく少数だね。対潜を重視すれば火力不足が心配だし、その逆も当然心配。

 

 『何よりこの泊地に赴任して初の本格的な海域攻略だ、現時点でのみんなの能力を最大限生かせる場所で戦い、勝利を狙いたい。成功は自信に繋がり、自信はさらなる成長に繋がる、そう思うんだ』

 

 そっか……どんな時でも僕達を信じて、前に進ませてくれる。こんなに真剣に僕達艦娘に向き合ってくれるなんて……あれ、やだな……何で涙が……?

 

 

 「ゴホゴホゲホッ――――――って誰!? 何するのさ、もうっ!!」

 

 高い空の下、沖ノ鳥島泊地の屋上に立ち昇る秋刀魚を焼く香ばしい煙。時雨は七輪の前にしゃがみこんで、ぱたぱた団扇を左右に動かしながら物思いに耽っていた。こんがりと焼き上がるまでの時間、これまでとこれからに深く思いを馳せつつも、焦げる脂の匂いでそろそろ食べ頃かな、と時雨のお腹がくぅ~っと可愛く鳴り始めた時、正面からばっさばっさと激しく扇がれた団扇で逆流した煙は時雨の目に入り、時ならぬ涙を流させた。

 

 犯人は磯風である。

 

 「浦風に教わった通りに焼けばこうなるはずだからな、この際過程は省略だ」

 普段のセーラー服に白い割烹着を付け、ポニーテールにまとめた長い黒髪を靡かせながら、秋刀魚を奪いぴゅーっと走り去ってゆく。

 

 「…美味しそうに焼けてたもんね…じゃなくてっ! 僕の秋刀魚、何でもってくのさ、もうっ!!」

 

 一瞬納得しかけた時雨だが、すぐに我に返って磯風(秋刀魚強盗)を追いかける。

 

 時雨が行き先の見当をつけた先、ドアが半開きの日南少佐の執務室からも香ばしい匂いが漂ってくる。やっぱり磯風、僕の秋刀魚を自分が焼いたふりをして少佐に食べさせようって魂胆なんだね、とぷりぷりしながらノックもそこそこに入室した時雨が見たものは―――。

 

 

 日南少佐が執務机でぐぬぅという表情を浮かべる珍しい光景。

 

 

 あれ、磯風がいない? と怪訝な表情の時雨の目の前には、少佐にプレッシャーをかけるようにずらりと居並ぶ艦娘達-満潮、祥鳳、扶桑、漣の四名がいる。茶髪を三角巾で覆い赤ジャーに黒エプロンの満潮、両袖を通し黒いフリルで飾られたエプロンを付けた祥鳳、ラベンダーのパーカーワンピ+白エプロンに赤い半被姿の漣。扶桑も制服の上に秋らしく紅葉柄の前掛けに青い法被を纏っている。

 

 皆季節限定制服……そういや僕も毎年秋はこの服だよね、と白ブラウスにベスト+チェックのミニスカの時雨も、スカートの裾を摘まんでふりふりしながら、ちょっとしょんぼりしてしまった。出遅れた……一言で言えばそんな感傷。

 

 『秋刀魚&鰯祭り』……本気の期間限定任務だが、ここ沖ノ鳥島泊地ではなぜか不漁と言われた秋刀魚の水揚げが盛んだ。比率で言えば1:3で鰯:秋刀魚である。不漁とは一体……と皆首を傾げつつも、出撃した艦娘はドラム缶いっぱいの秋刀魚(時々鰯)とともに帰投する。イコール、日々の食卓に秋刀魚が登場する頻度が激増したのだった。

 

 芸がないと言われれば身も蓋もないが、やはり秋刀魚を美味しく食べるのは塩焼きにして、大根おろしと合わせさっと醤油を回しかける……おいしいのを少佐に食べてほしい、と皆の思考が同じ結論に帰結し、結果少佐の机には秋刀魚の塩焼きが四尾並ぶ事態となった。皆が何となく牽制し合う中、ロングポニーにまとめた黒髪を揺らしながら、磯風がどやぁっと姿を現した。

 

 「ほぉ……これで秋刀魚が五尾、どれも甲乙付け難い焼き上がりだな。だが少佐なら、磯風のを迷わず選ぶだろうな。ふふふ、どれか分かるかな?」

 

 そして時雨の目が点になる。こんがりと焼き目がつき食べ頃に仕上げたはずの秋刀魚が、磯風の手にあった僅かな間に、秋刀魚型の黒い何かに変容している。

 

「もーっ! せっかくおいしく焼けたのに、何をすれば秋刀魚がダークマターになるのさっ!!」

 

 大根おろしとカボスが添えられた焼き秋刀魚が五皿(ダークマター含む)。この場を切り抜ける術が見つけられず、少佐はだらだら冷や汗を流すしかなかった。

 

 

 

 執務室で秋刀魚(ソウリ―)ルーレットが繰り広げられ、取り敢えず気を利かせた時雨が少佐のために胃薬を調達しに走り出した頃、泊地は大きく二つに分かれ活動している。

 

 一つは、鎮守府海域と南西諸島海域を舞台に、秋刀魚&鰯漁支援のため反復出撃を続ける部隊。

 

 こちらには比較的低練度の艦娘が投入され練度向上と漁獲の両立を図る。本来日南少佐は特定の艦娘だけに依存するようなやり方は好まず、部隊全体の底上げを余念なく進めてきた。だが教導課程の後半で2-4と2-5の海域解放に試行回数の制限を課された事もあり、育成よりも勝利に比重を置かざるを得なかった。その解消を図る意味でも漁支援任務は渡りに船と言えるが、参加する方からすればそうも言えないようでもある。出撃の合間には、新設された戦技訓練班による猛訓練が待っている。そんな一コマ―――。

 

 「クマ……死ぬクマ……」

 「もう……くたくたにゃ……」

 

 

 艦娘はウェルドックになっている第一層(レベル0)から抜錨するのだが、球磨型軽巡洋艦の一番艦と二番艦の球磨と多摩は、演習海域から引き上げてきたかと思うと、そのままへたり込んで動けなくなった。

 

 ミントグリーンの襟元や袖や裾をあしらった白いセーラー服にショートパンツの制服を着るのは球磨型軽巡の特徴だが、この季節柄、球磨は白地に赤いボタン柄の浴衣姿で、海水をこれでもかと浴び半透けで肌にぴったりと張り付いている。多摩も同じ有様だが、こちらは濃紺に黄金色の蒲の穂と肉球が柄なので透けはしない。ただ張り付いた浴衣のせいで体の線は丸わかりである。

 

 「……確かあなた方はこの後ローテで出撃予定が組まれてますが……時間はまだありますね、もう一戦……いきます」

 

 やや遅れてウェルドックに姿を現したのは神通である。戦技訓練班の教官の一人として、今日は一対二のCQB(近接戦闘)の訓練に当たっていた。結果は……言うまでもないだろう。神通は肩を少し上下させ、その分だけ息が乱れているが、いたって平然としている。左手で右肘を押さえ、右手を顎に当て考えるような素振りでぶつぶつと言ってるが、中々物騒である。

 

 「やはり演習だと身が入らないのでしょうか……。何でしょう、(こころ)が熱くなるような方法は……」

 

 潜在能力(ポテンシャル)は高くとも連携不十分な力押しで戦う球磨多摩では、教導艦隊初期から最前線で戦い続けてきた神通の相手にならず、完膚無きまでの敗北を喫した。いい加減クタクタなのに、目の前の訓練の鬼はもう一戦やるという。振り回せばイ級くらいなら両断できそうな長大なアホ毛をぷるぷるさせていた球磨が、流石にうがーっと吠える。

 

 「殺す気クマ!? 味方を足腰立たなくなるまでやっつける訓練なんて聞いたことないクマ!」

 「殺すだなんてそんな……でも、あなた方が弱いままなら死ぬかもしれませんね」

 

 涼やかな眼差しで穏やかに微笑む神通もまた浴衣姿。薄紫の地に白百合をあしらい、セミロングの茶髪を緑のリボンでアップに纏めたしっとりとした風情だが、口から出る言葉は割ととんでもない。

 

 項垂れながら神通にドナドナされる二人を、「うわぁ……」という表情で見送る艦娘も多いがそれも明日は我が身、このような感じで戦技訓練班の猛特訓はあちこちで繰り広げられている。

 

 

 その一方で出撃準備を余念なく進めるのは、阿武隈を旗艦とする高練度の駆逐艦と軽巡、軽空母を中心とする北方海域前段攻略部隊で、モーレイ海(3-1)キス島沖(3-2)の攻略を受け持つ。

 

 今回の北方海域攻略は艦娘自身の航続距離を超える進軍なので、泊地母艦のあすか改が移動・補給・工廠・休息等の洋上拠点となるのだが、あすか改自体の整備補給も必要だし、作戦行動にあたって事前偵察の協力、万が一敵に敗れ甚大な被害を被った時には緊急退避する場所も必要だ。そのため単冠湾泊地と幌筵泊地のサポートを受けながらの作戦遂行になる。

 

 敵の有力な機動部隊の進出は確認されておらず、定石ともいえる水雷戦隊での高速高機動戦闘で敵と対峙する。一方で重巡リ級のエリートやフラッグシップ、一部ポイントでは戦艦ル級の出没が確認されており、抗甚性に劣る軽巡や駆逐艦にとっては油断できない相手だ。

 

 「ってなにこれ!? 三式水中探信儀、三式水中探信儀、三式水中探信儀、三式水中探信儀って……対潜戦闘ないんですけどー?」

 

 沖ノ鳥島の本体ともいえる島側にある港湾施設では、あすか改に資材資源や換装用装備の積み込みチェックにあたっていた阿武隈が首を傾げていた。やたらと探信儀(ソナー)が目につく。首を傾げても崩れない前髪の仕上がりに満足しながら、手にしたリストを見て困惑してしまう。

 

 「あーそれ? 赤城さんが持って行けって言ってたわよ。『北方海域こそ決戦場』とか言って、妙に気合入ってたけど」

 

 何かの入った段ボール箱を抱えてあすか改に向かう霞が、ぶつぶつ言ってる阿武隈の手元のリストを覗き込み、種明かしをするとそのまま去ってゆく。秋刀魚と鰯のために…赤城がこっそりと大胆に盛りこんだ装備は、日南少佐の代理として艦隊に同行する鹿島の厳しいチェックで大部分が却下されたりしつつ、着々と出撃準備が整えられてゆく。

 


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