それでも僕は提督になると決めた   作:坂下郁

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 前回のあらすじ
 時雨、宣言する。


118. 祭りと羅針盤

 全ての艦娘運用拠点は国内五か所の鎮守府と警備府を頂点とするいずれかの軍区に属し、日南少佐率いる沖ノ鳥島泊地は第二軍区所属となる。指揮命令系統(レポートライン)は本来軍区長の藤崎大将に直結だが、少佐の場合少々事情が厄介である。正式な役職は司令官()()、すなわち()()の代わり、という位置付け。その誰とは宿毛湾泊地を率いる桜井中将。

 

 指揮官代行はDr. モローの一件で日南少佐に累が及ぶのを避けるため取られた政治上の手であり、少佐は事実上沖ノ鳥島泊地の責任者である。だがこういう形でワンクッション置かないと『第二軍区管轄下での再教育を要する』の建前が有名無実化してしまい、第一軍区や監査本部の介入を招きかねない。

 

 

 なので実務上の監督として、同時にアリバイ作り(教育記録)の一環として、沖ノ鳥島泊地⇔宿毛湾泊地間で定期的なオンラインでの会議が行われるのだが―――。

 

 桜井中将との会議に先立ち開かれる、沖ノ鳥島泊地首脳陣のプレミーティング。

 

 出席者は、もちろん日南少佐、そして新設された作戦司令部の面々――時雨、赤城、ウォースパイト、鹿島。参加者には事前にアジェンダを知らせ会議までに自分の考えを纏めておくよう指示が出ている。

 

 簡単な会議にも対応する応接スペースには、ふんふんと鼻歌を歌いながら緩くウェーブのかかった髪の毛先で遊ぶ鹿島と、「前のより上等な感じかな」と言いながらクッションを確かめるように革張りのソファの座面でお尻を弾ませる時雨がロングソファの中央になんとなく集まっている。

 

 テーブルを挟んだもう一方のソファには、静かに目を閉じるウォースパイトが座る。整った顔立ちの彼女が乱れぬ姿勢で座すとまるで美術品のようにも見える。中央を空け反対側の端に座るのは、すっと伸ばした背筋が綺麗なSカーブを描く赤城。落ち着いた大人の雰囲気を漂わせる二人である。

 

 自らの執務机で作業していた日南少佐が、ラップトップとともに応接に移ろうと席を立った瞬間―――。

 

 事前に決めていたかのように、鹿島と時雨が同時に距離を空け、丁度人ひとり分ほどの空間を作ると『ね、きて』と熱視線を少佐に送る。一方最初から距離を空け座っていた向かい側の席では、ウォースパイト自ら少佐の分の紅茶を淹れ、ケーキスタンドを中央からややずらし、赤城は丁寧にソファ中央の座面を手で払い、こちら側に座るのが予め決まっているかのような自然な流れを整える。

 

 そして少佐は全てをスルーして、二台のロングソファを左右に見渡す位置にある一人掛のソファに座った。位置関係でいうと、少佐から見て中央にテーブル、左に鹿島と時雨、右にウォースパイトと赤城、正面にスクリーン。

 

 

 「それでは始めようか。知らせてある通り、今日のアジェンダは今後の作戦目標の設定についてだ。それぞれ意見を聞かせてもらえるかな」

 

 沖ノ鳥島泊地の現況は、鎮守府海域と南西諸島海域を解放したことにより、その先の戦場へと進む許可が得られている。

 

 

 北方海域、南西海域、そして西方海域。

 

 

 荒れやすい海域のため水雷戦隊を中心とした部隊の投入が定石とされる北方海域、距離としては最も近い南西海域は敵潜水艦が多く出没しかつ守りが堅い海域、長大な遠征となる西方海域では泊地の総合力を問われることになる。

 

 数に勝る深海棲艦は、艦娘が命懸けで解放した海域でも、時間が経つと水底から甦るように姿を現し、放置しておくと再度海域を制圧される。ゆえに軍区単位で管掌海域を定めた上で何度でも何度でも定期的に海域を清掃し続け、深海棲艦を海域毎に一定数未満で封じ込めるのが日本海軍の基本戦略。そのため各拠点は連携し相互支援しながら常に各海域に出撃している。

 

 なので沖ノ鳥島泊地としては遅かれ早かれ全てに進出しなければならず、詰まる所順番の問題でしかない。

 

 「やっぱり海上護衛総隊旗艦の実力、少佐には見てほしいなぁ、うふふ♪」

 コーヒーの入ったマグカップを両手持ちしながら、鹿島は体を捻り少佐の方を向くと小首を傾げにっこりと微笑みかける。主張は南西海域への出撃。練習巡洋艦といえども練度装備とも対潜掃討作戦の旗艦を務めるのにふさわしい実力を有する鹿島だが、これまで宿毛湾では教官の立場に徹し、実戦参加の経験は決して多くはない。それでも泊地最初の作戦行動で自分が指揮を執ると意気盛んだ。

 

 

 「少佐、君が育ててくれた水雷戦隊は泊地随一の充実度だと思うんだ。これを活かさない手はないよね、うん」

 やや離れた位置から、うるうると潤んだ瞳の上目遣いで訴えかけるのは時雨。彼女の主張は北方海域から始めようというもの。実際軍用基幹システム(MRP)を見ても、水雷戦隊を展開する優位性は確かに伺える。夏でも濃霧が出やすく航空隊展開に支障が多く、長く連なる島々のせいで潮流は複雑かつ激しく変化し大型艦の投入が必ずしも成功のカギにならない。そして時雨の言う通り、沖ノ鳥島泊地の水雷戦隊は鍛えあげられている。

 

 

 「ヒナミ……泊地の総力を挙げインド洋の敵を駆逐、英国を含む欧州各国との連携を図る大戦略も可能では? それこそ王の道(high road)の第一歩」

 かちゃりと小さな音を立てティーカップをソーサーに置いたウォースパイトが、西方海域攻略どころかさらにその先の欧州まで足を延ばそうと事も無げに言い放つ。彼女もまた新天地で気分が高揚している様子で、衣擦れの音とともに体を少佐に向けながら、白いフリルスカートから伸びる長く白い脚を組みかえると、正規空母や戦艦を中核とする機動打撃部隊の出撃を訴える。

 

 

 三者三様の意見を黙って聞いていた日南少佐だが、満足そうに薄っすらと微笑む。駆逐艦、軽巡、戦艦/重巡、正規空母/軽空母……特性や機能が異なる艦種が公平な立場で意見を出し合い最適解を模索する、という試み。作戦構想以外の意図も混じってそうな気もするが、それぞれの発言者はそれぞれの特性に応じた案を披露している。いずれ三海域とも進出するのだが、泊地の現況と艦隊の将来像のバランスを見ながら、優先順位を決めるのがこの会議の目的だ。

 

 さらに議論を深めないと……と少佐は脳内でSWOT分析を始めようとして、ふと気づいた。赤城が「私も北方…」と言いかけた時、少佐が膝に乗せたラップトップから電子音が鳴る。少佐は手早くチャットで返事をすると、PCを操作し正面にあるスクリーンに信号を送る。通信相手は―――

 

 

 「済まないね、会議を中断させて。進出海域の優先度を決めるとのことだが、ならこの情報も俎上に載せて話を進めた方がよいだろう」

 

 日南少佐に集中して注がれていた熱視線が、一斉に反対側のスクリーンに向かい、全員が起立し敬礼を送る。スクリーンの中の人物は宿毛湾泊地提督の桜井中将である。元々沖ノ鳥島側の事前会議が終了した後で中将にも参加してもらう予定だったが、先に中将がカットインしてきたのだ。スクリーン越しに答礼を返す中将から着席の声がかかり、一同は元の位置に戻る。

 

 「ふむ、少し声が遠いな。日南君、一人でそんな離れた所にいなくてもよいだろう、ソファが空いているようだが? ……ああ、楽にしてくれ。期間限定任務『鎮守府秋刀魚&鰯祭り』の発令と関連任務群の詳細について通達が届いた」

 

 中将にそう言われては是非も無し。日南少佐は『中将、絶対わざとですよね?』と内心呟きながら席を移し話の続きを待つ。

 

 「管理監督責任がある以上 沖ノ鳥島(そちら)には宿毛湾(こちら)から通知すべし、と艦隊本部は言ってきてね。くだらない権威主義というか……ともかく、幸いまだ漁は始まったばかりだ、今から参加しても時間は十分にあるはずだよ。任務達成報酬だが、資材資源に加え有力な装備、何より君が必要とするものが含まれているそうだ。詳細はデータを送っておいたからそちらを見てほしい。最終的な決定事項はメールしてくれればいい、時間は有効に使わねばな」

 

 そう言い残し中将は通信を終了した。

 

 「なるほど……。第四の選択肢になるかな、これは」

 

 中将から送られたデータをスクリーンに映し、日南少佐は顎に手を添え考え込む。今年の秋刀魚&鰯漁の関連任務……達成条件と報酬が簡潔にまとめられた表には、多種多様な資材や装備がある。試製甲板カタパルトやType144/147 ASDIC、一航戦仕様流星改などレアものも魅力的だが、何より少佐の目を引いたのは―――海防艦、そして()()()までもが漁獲量に応じ配備される点。

 

 工廠機能を強化拡充する鍵・工作艦の明石と邂逅できる海域は限られている。沖ノ鳥島泊地から現時点で進出可能なのは、鎮守府近海対潜掃討(1-5)沖ノ島(2-5)、そして今後進出予定の北方AL海域(3-5)と、いずれもExtra Operation(特務)海域のみ。進出難易度の低い鎮守府海域や南西諸島海域での反復出撃なら部隊と資源に負担をあまりかけず明石の配備が見込める。

 

 「………う」

 

 小さく上がった声に視線が集まる。見れば俯いた赤城が肩をプルプル震わせていたかと思うと、日南少佐に強く訴える。結果として少佐は赤城とウォースパイトの間を選びソファに座っていた。

 

 「出撃しましょう! ええ、鎮守府海域でも南西諸島でもどこでも! 新鮮な秋刀魚っ! ぱりっと焼けた皮目の香ばしさと脂の甘味が引き立つ塩焼き……ああ、大根おろしを添えて醤油を垂らせば……至福です。あ、お刺身もいいですね。鰯は梅と大葉と合わせて揚げるのもいいかしら。この泊地に来てからというもの、どうしても保存食が中心なので今一つも二つも三つも物足りないと言うか……『欲しがりません勝つまでは』ではないのです、欲しいから勝つのですっ!!」

 

 これが一航戦の誇り……と少佐が心打たれたどうかはともかく、彼は今非常に困っていた。ごくごく至近距離、具体的には両肩をがしっと掴まれ、鼻と鼻がくっつくような距離で赤城が熱弁を振るっている。北方海域の話じゃなかったのか。

 

 真っ直ぐ強く見つめる赤城の目から視線を逸らし下を向けば、いつも通り様の制服姿だが、戦場と異なり胸当てをしていない弓道着の袷の間から、普段はガードされている柔らかい部位の思い切った主張に合う。左に目を逸らせば鹿島や時雨がいてつくはどうを放っている。にげられない! 背後ではウォースパイトからも何となく不穏な雰囲気を感じる。ひなみ は まわりこまれた!

 

 繰り返すが今は会議中である。健康な男子として反応してしまうのは不可抗力だが、流される訳にもいかない。そうこうしているうちに、赤城の方がどれだけ至近距離で熱く語っていたのか、落ち付かない少佐の視線が時折どこに軟着陸していたかに気付き、さっと頬を赤らめ少佐と距離を取ると弓道着の袷をきゅっと固くし、ぎこちなく話を続ける。

 

 「そ、その……お恥ずかしいものを……。い、いえ、それはともかく、漁の支援に参加すれば低練度の子たちの技量向上を図りつつ、明石さんの配備が叶うのではないでしょうか。な、何より主力部隊による三海域いずれかの攻略と同時並行で進められるのも良い点では……」

 

 いえいえ、こちらこそ結構なものを……などとは口が裂けても言えない日南少佐もぎこちなく姿勢を正す。

 

 その後少佐の案を元に会議は続き至った結論―――『鎮守府秋刀魚&鰯祭り』へ参加し、低練度艦の底上げをしつつ明石の配備を目指す。そして並行して進出する海域も北方海域に決定、部隊は慌ただしく準備を整えてゆくことになる。


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