それでも僕は提督になると決めた   作:坂下郁

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 前回のあらすじ
 プレイバック的なまとめ。


117. 会議は踊る

 南北約1.7キロ、東西約4.5キロ、周囲約11キロほどの米粒形をした環礁が沖ノ鳥島で、一〇mまでの高潮に耐えうる防潮堤で周囲はほぼ覆われている。高い壁の中の環礁は埋め立てられ、壁に沿う様に防風林が植えられている。島の中南部には、東西に延びる一五〇〇m級滑走路を二本備えた基地航空隊と、砲身が空を睨む対空陣地が占める。開閉式の門扉が備えられた西側の一角は港湾設備で、泊地母艦ASE-6102あすか改が係留されるほか、輸送船等外来船舶用の受け入れもここで行う。残った部分はというと―――。

 

 「本土ではようやく秋刀魚漁支援が始まるようね、行けるかしら…」

 「今年は記録的に漁獲量が低いって聞いたわ、姉様。不漁だわ……」

 

 北東の一角は人工的に作られたホワイトサンドの砂浜、屋根を大きく広げたウッドデッキとデッキチェア…とビーチリゾートっぽい区画。荒天時には閉鎖されるが、外海からの導水路が作られ、程よい強さに調整され寄せる波の音が心地よい。

 

 ここで扶桑と山城が他愛もない会話を続けている。デッキチェアに横たわるのは、ボディサイドに赤をあしらった白いワンピースの水着の扶桑。気だるげに上体を起こし、長い黒髪を掻き上げなら遠い北の方角に視線を送る。同じ系統のカラーリングの水着だが、山城はビキニスタイルで手にした抹茶小豆のかき氷を姉に勧めている。

 

 水着でお出かけ(軽量装甲推し)期間は本土では終了し秋の装いに変わるこの季節だが、ここ沖ノ鳥島泊地は北回帰線の南に位置し、気候区分で言えば熱帯に属する。なので日南少佐の判断で、着衣の選択は公式行事を除き体感温度に基づいて各自の良識に委ねる、と早々に発令された。そうしないと彼自身、今時期は第一種軍装を汗だくになって着ることになる。

 

 「そういえば姉様、今日の会議……どうなるんでしょうね?」

 

 食べきれない量のかき氷を持て余していた山城が思い出したように姉の背中に問いかける。デッキチェアから降りた扶桑は、とさっと軽い音を立て砂浜に立つと大きく背伸びをしながら、首の後ろと髪の間に手を差し入れ大きく髪をふぁさぁっと流し、振り返らずに妹の山城に言葉を返して()()()()()()()()()へと歩き出す。

 

 「さぁ? 北でも南でも、命じられたままに戦うだけ……。シャワーを浴びてから会議室に向かうわ。……そうそう山城、今年は鰯が豊漁だそうよ」

 

 

 

 扶桑が向かった先――――元来“島”だった北島と東島の岩盤を利用し、一部は沖ノ鳥島に覆いかぶさり、大半は洋上に屹立する巨大な建造物。大深度海底資源掘削の拠点となるプラント施設の工法を利用して建てられたのが、ここ沖ノ鳥島泊地の本部施設である。約一km四方、高さは海面から約二〇〇mの五層構造。面積なら東京にあるドーム球場の二四個分、容積ではなんと一八一個にも相当する。

 

 海と繋がる第一層(レベル0)は、艦娘の出撃ドックと入渠施設、工廠、倉庫、海水淡水化設備、そして巨大なOTEC(海洋温度差)発電設備を備える。

 

 第二層(レベル1)は所属艦娘用にバストイレ空調防音完備の広々とした個室が用意され、その他は大浴場、アミューズメントスペース、準備が整い次第開店予定の甘味処や居酒屋、レストラン街。

 

 第三層(レベル2)は日南少佐の執務室兼作戦司令部、応接室兼謁見の間、彼専用施設(ベッドルーム、キッチン、男性用バストイレetc)、一部艦娘の持ち込み品(玉座、冷暖炬燵 etc)、資料室、会議室、トレーニングルーム、サーバールームが置かれる。なお少佐の執務室の詳細については後々語ることもあるだろう、多分。

 

 第四層(レベル3)は対空電探、水上電探、気象観測設備、各種通信施設、電子基準点、灯台の役割として探照灯。これら各種機器用のアンテナ類は横、すなわち海面に対し水平に張り出してある。

 

 そして第五層(レベル4)は全面緑化された屋上で、熱帯の樹木や草花を巧みに植栽した庭園と、緑化に紛れるように高角砲が隠蔽配備される。屋上の対角線を貫くのは緊急用の滑走路で、本部施設の約一km四方というサイズは一五〇〇m級滑走路を確保する逆算で決められたものだ。

 

 これだけのサイズの建造物だが、実際に活用できる広さはそれほどでもない。構造物の中央部に必要な機能を集中配備し、その外周は全て装甲区画となる。巨大さは途方もない抗甚性を担保する余力となり、設計上は往時のサイパン上陸作戦時における米軍の艦砲射撃と空襲の第一波に耐えうる強度となっている。

 

 洋上の一大要塞に思える沖ノ鳥島泊地だが、突貫工事で仕上げた拠点である、実際に日南少佐たちが着任してみるとソフトハード両面で問題や課題が山積している。

 

 扶桑姉妹が話題にした今日の会議では、ソフト面の最重要課題、組織再編が集中討議される。

 

 

 

 三時間を超える長丁場の会議、議論は百出し結論が先送りになるかとも思われたが、日南少佐の「まずやってみて、継続的に見直してゆこう」の言葉で沖ノ鳥島泊地の新組織は発足した。

 

 

 日南少佐のブレーンともいえる泊地の中枢機能となる作戦司令部は、時雨、赤城、ウォースパイト、鹿島プラスサポート要員に朝潮、涼月の体制で固まり、新設された各部門の責任者も決まった。

 

  戦技訓練Grp:霧島、飛龍、古鷹、神通、島風

 

  情報管理Grp:初雪、漣、青葉

 

  兵站管理Grp:五十鈴、名取、速吸、大鯨

 

  対外調整Grp:プリンツオイゲン、あきつ丸、足柄

 

  福利厚生Grp:龍驤、千歳、隼鷹

 

  給養Grp:専任担当不在のため各員持ち回り

 

 

 そして最後まで残った役割が一つ。

 

 

 時雨の意向を踏まえて議題として盛り込んだものだが、会議の議事進行を担当した鹿島でさえ、何となくこの話題には触れにくいような雰囲気をありありと醸し出していたが、各自に配布されたアジェンダにも明記されており、ないことにはできない。意を決したように、こほんと咳ばらいを一つして切り出してゆく。

 

 「えーっと…それでは、最後にですね。秘書艦ですが―――」

 

 最大二〇〇人収容可能な会議室の空気が一瞬で張り詰める。沖ノ鳥島泊地の誰もが、濃淡の差はあるにせよ司令官の日南少佐に信頼、あるいはそれを越えた感情を抱いているのは紛れもない事実。秘書艦は少佐の片腕とされる最重要ポジションとして、思う所のある者は他を牽制するような空気を纏い、自分には関係ないと思っている者はその剣呑な空気に飲まれている。

 

 だがある意味で秘書艦は誤解されている業務かも知れない。

 

 月月火水木金金二四時間三六五日おはようからおやすみに至る一分一秒も離れることなく、拠点運営から戦闘指揮、さらに指揮官の身の上から身の下までお世話する、ケッコンカッコカリの相手に選ばれる確率No.1……という風潮で語られることもあり、艦娘の間でも業務の実態がつかみ切れていない節がある。

 

 実際に秘書艦として日南少佐と共に在り続けてきた時雨には、ある確信があった。教導艦隊では(時雨自身そう望んだのもあるが)桜井中将の指名で任命された。そして今、日南少佐は沖ノ鳥島泊地の長として自らの拠点を得た。だからこそ、はっきりさせたい。そう思い、この会議で議題にあげたのだが―――。

 

 

 手を上げ発言の許可を求めたのは榛名である。鹿島がこくりと頷き発言を促すと、すっと立ち上がった榛名が確認するように言葉を続ける。

 

 「今までは時雨ちゃんが筆頭秘書艦でしたが、今回の組織改編では作戦司令部に異動。これは秘書艦を辞退した、ということでしょうか?」

 「あ、それはですね。秘書艦の所属は作戦司令部ということで「鹿島さん、僕から話すよ」」

 

 鹿島の言葉を遮った時雨が、静かに立ち上がり説明、いや、思いを吐露し始める。

 

 「今までは宿毛湾泊地の中の教導艦隊っていう位置付けで、司令部候補生の日南少佐のサポートをしてきたんだ。少佐は……みんなも知ってる通りとっても優秀で、実務的には僕のサポートなんかなくても大丈夫なようにすぐになっちゃった。そして今、この泊地に移ってきて、こんな規模になったら僕一人で実務を回すことなんて無理だよ、だからこうやって組織化って言うのかな、役割をみんなで分かち合うんだ。なら……秘書艦が最後まで全うする役目って何だろうね?」

 

 一旦言葉を切った時雨は、会議室にいる全員を見渡し、これまで自負してきた、これから新たに背負う覚悟をはっきりと言葉にする。

 

 「強さも弱さも、迷いも決意も……一人の人間、一人の男性として日南少佐をぜーんぶ受け入れて共に歩んでゆく。そして万が一……ほんとに万が一だけど、僕達が負けてこの泊地を放棄するような事態に陥った時には、命に代えて少佐を守り本土まで無事送り届ける……それが役目、かな。もちろん、そんなことがないように強くなってゆくけどね」

 

 全員に送られていた時雨の視線は、いつしか日南少佐のみに注がれている。少佐も時雨から視線を逸らさずに真っ直ぐ見つめ返す。ぎこちなく触れ合い、時にはぶつかり合い、それでも支え合ってここまで辿り着いた。その思いを余すことなく、居並ぶ全員の前ではっきりと口に出した。少佐の心の奥底まで届いてほしい、そんな願いを込めていたのかどうかは本人しか分からないが、時雨は瞬き一つせず少佐から視線を逸らさずにいた。そしてにっこりと微笑むと、再び全員に向かい合う。

 

 「だから、僕よりも秘書艦に向いている、って思う子がいたら遠慮なく言って欲しいんだ」

 

 それは決意であり覚悟。あるいは宣言かもしれない。静かな口調で語られた激しい想いが、会議室に沈黙をもたらした。

 

 「ふ、ん―――」

 

 挑発するような物言いに注目が集まる。注目の先には磯風が燃えるような目をして立ち上がっている。

 

 「なるほどな。この磯風、柄にもなく感動したぞ。だが時雨……今貴様が述べた覚悟、ここにいる者で持ちあわせない者がいると思うのか? この磯風は……いや、ここにいる全員は、何があっても少佐と共にあると心に決めた者ばかりだ」

 

 その言葉が引き金となり、全員がざっと音を立てて席を立ち、日南少佐に視線を送る。

 

 「……どうやら秘書艦になる資格は全員有していることになるな。後は―――」

 

 後は? 今度は時雨が相手の言葉の続きを待つ番となった。

 

 「後は貴様も言っていただろう、少佐の全てを受け入れる、というやつだ。受け入れると言えばこの磯風、夜戦も殊の外得意かもしれなくてな。いや如何せんそういった経験がないので想像でしかないのだが」

 「僕だってそんなの……まだだけど…」

 

 思っていなかった展開に時雨が顔を真っ赤にしてしどろもどろになり、日南少佐も『はぁっ!?』という表情に変わる。

 

 「初めては色々大変らしいが、少佐に任せておけばまぁ多分大丈夫だろう。なのでこんな物を用意したのだがな」 

 

 磯風はどやぁっ! と勝ち誇った表情でごそごそとセーラー服の中に手を突っ込むと、明らかに不釣り合いな大きさの何かを取り出した。

 

 

 それは枕。よく見ると両面に文字がプリントされている。

 

 

 「少佐に贈ろうと思って持ってきたのだが、これはYES-YES枕といってだな。少佐が磯風を求めたい時はこの枕のYESの面を上にしておけば以心伝心だ。逆に少佐が求められたいときは反対の面のYESを上にしておけばよい」

 

 司会の落語家が椅子から落ちるために新婚夫婦をゲストに迎える長寿TV番組の、クイズの景品として贈られるアイテムに似ていて異なる、少佐の拒否権が全くない枕。

 

 「ってゆーか普通は反対側NOじゃないの!? でも少佐相手ならNOは言わないから……ってもーっ、何でこんな話になるのさ!」

 

 落差の大きい展開に時雨がめんどくさいモードに入り、居並ぶ艦娘の間にもざわざわとざわめきがさざ波の様に広がり、やがていつも通りの大騒ぎへと広がってゆく。結局秘書艦については日南少佐に一任、ということになり、わざわざ大海営発行の泊地運営規則集を調べていた鹿島の一言で会議は締めくくられた。

 

 「えっと……秘書艦に任命できる人数に上限はないみたいですよ、うふふ♪」

 


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