それでも僕は提督になると決めた   作:坂下郁

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 前回のあらすじ
 戦闘開始。


109. Beauty and Beast-後編

 この世界で、深海棲艦が日本本土に攻勢を仕掛けてくるのは稀な事ではない。敵空母『シャングリラ』が本土への空襲を仕掛けてきたり(その追撃作戦が艦隊作戦第三法)、敵大型泊地の偵察に先立ち戦力増派のため本土近海の敵を排除したり(光作戦前段)、北方海域を舞台とした迎撃戦に第五艦隊を中核とする部隊を派遣したり(出撃!北東方面 第五艦隊)などなど。

 

 ゆえに帝都の防衛義務を負う横須賀の守りは有栖宮大将の代になり徹底して強化された。継戦能力を重視した鎮守府は重要施設を全て地下化し、敵の進攻に対し主戦場に設定した浦賀水道で敵を鏖殺するのが作戦の基本となる。今回も、富津岬沖合に展開する第一・第二艦隊(連合艦隊)と、三浦半島の城ケ島と房総半島の洲崎に秘匿された要塞陣地に配備された第三・第四艦隊が敵が浦賀水道に入った時点で挟撃する構えで、館山・横須賀・立川・谷田部の各基地航空隊は状況により攻防ともに対応する。

 

 ここまで考えれば、単独行動を取った新課程艦隊は完全に統制を乱すもので、有栖宮大将の逆鱗に触れるのも当然と言える。ましてその救援に横須賀の艦隊を動かすとなれば味方の配置を暴露することに繋がり、到底許容できるものではない。それゆえに、あるいはだからこそ、横須賀鎮守府の作戦計画にとって+αでしかない日南少佐率いる教導艦隊の動く余地があるのだが…。

 

 

 「ん~…少佐、電探に感あり。敵前衛艦隊の突入を確認、どうしよっか?」

 

 川内率いる時雨・涼月・朝潮(救援部隊)から入った連絡に、あすか改のCICでは日南少佐が無言で頷く。敵は空母棲姫を旗艦とし、空母ヲ級二体、護衛の駆逐艦から成る機動部隊を中核とした連合艦隊で、このうち前衛艦隊から軽巡ツ級、それに駆逐イ級三体が突入してきたという。横須賀鎮守府の作戦計画を知る少佐にとって、遅かれ早かれこうなるのは予想できていた。

 

 基地航空隊の分厚い防空網の突破に梃子摺っていた敵の目には、壊滅寸前の新課程艦隊(先遣隊)を救出、あるいは前線を押し上げる、いずれかの目的で横須賀から連合艦隊が出撃してきたと映るだろう。なら攻撃に充てた航空隊を呼び戻し再編、決戦に臨むと判断しても不思議はない。消耗しているとはいえ依然強力な戦力を残した敵の連合艦隊が今、教導艦隊に牙を剥こうとしている。

 

 

 

 「さて…と。う~ん、どうしよっかな」

 

 上に伸ばした両腕、右手首を左手で掴み肩甲骨のあたりを解すように大きく伸びをする川内が独り言のように呟く。コキッと鳴らすように首を左右に動かしながら、川内は頭の中で優先順位を整理する。

 

 上空を乱舞する敵機には味方の航空隊が対抗しているが、空域を安全圏とするにはもう少し時間がかかりそう。

 

 接近中の敵前衛艦隊四体は、軽巡ツ級率いる駆逐イ級三体、それも後期型と呼ばれるタイプ。

 

 さらに救出対象の新課程艦隊は五名全員大破、ただ能代と夕雲は近づくと見境無しに攻撃を仕掛けてくる。

 

 中破艦を含む味方の後続部隊は現場海域(ここ)の制空権を確保しなければ進出できない。

 

 

 脳内会議は終了、うん、と一つ大きく頷き川内の揺れるセミロングの茶髪に合わせてマストを模した髪飾りも揺れる。そしてニヘラッと笑いながら、あすか改の日南少佐に自らの考えを伝える。少佐の作戦と現場の状況を擦り合わせ最終的な指示を仰ぐのだが、今回は―――。

 

 「実質四対二の戦いになるぞ…それでもいいのか?」

 「いいじゃーん、私にピッタリ! 肉は切られても、骨は断ってくるから!」

 

 真っ先にツ級を叩く――川内の進言と少佐の目標は合致した。先ほどまでとは違う、ニヤリとしながら凄みを湛えた笑みが川内の顔を彩る。5inch連装両用砲を二基備え、艦娘側で言えば五十鈴をも上回る対空能力を誇る軽巡ツ級(黒い巨腕)を好きにさせては蒼龍と飛龍の航空隊に甚大な被害が及び、ひいては後続部隊の進出の妨げになる。

 

 だが、二人の間で一致しなかった部分もある。敵艦隊四体を排除してから新課程艦隊を伴い戦場を離脱させようとした少佐に対し、川内は新課程艦隊の救出を優先した。自分と朝潮だけで突入、時雨と涼月には能代と夕雲の制圧に当たらせるという。戦場で議論している時間もなく、少佐は声にあふれる自信と、徹すれば教導艦隊随一と言われる回避能力の川内、そして朝潮のコンビに敵前衛艦隊との戦闘を託す決断をした。

 

 「骨は断って欲しいけど、肉は切られないで欲しい。…済まない、川内」

 「あんな事言われたら、その気になっちゃうじゃん。ね、だから夜戦…どうかな?」

 

 川内らしい夜戦主義全開の発言にあすか改のCICに苦笑が満ち、日南少佐も愉快そうに相好を崩しつつ、やんわりとオコトワリしたのだが、川内の反応は違っていた。

 

 「そこまでこの戦闘を長引かせるつもりはないんだ。悪いけど次の機会でいいかな?」

 「ん? その夜戦じゃない方だけど? まいっか、突撃よ、朝潮、遅れないでねっ!」

 

 明るい性格、スタイルの良さ、料理も上手、書道も達筆、戦闘になれば群を抜くCQB(近接戦闘術)と回避能力…夜戦夜戦騒がなきゃ完璧超人系の川内。その彼女がいろんな意味で本気を出した瞬間だった。

 

 

 

 

 時雨は思う―――。

 

 

 それは出撃前の話。少佐は作戦に関して隠し事をしない。今回みたいな戦いなら、余計に知っておくべきだったのかな、うん…。でも僕たちは…どうしようもないほどショックを受けたんだ。技術的な(難しい)ことはよく分からないけど、Mod.B…それは僕達が辿っていたかもしれない道。僕達には少佐がいて、新課程(あの子達)にはいなかった。偶然なのか運命の悪戯なのか、たったそれだけの違いであの子達は自分が自分でいられる全てを剥ぎ取られて、死地に放り出されたんだ。

 

 -心から申し訳ないと思う。君達艦娘に何をしたのか、自分は受け止めなければならない。

 

 出撃前の訓示には程遠い、内臓を絞る様に辛そうな声で、それでも少佐は僕達から目を逸らさずハッキリと言った。負う必要のない責任まで、自分の事として感じているんだね。君が君であるために、そこまでしなきゃならないの…? 君はどれだけの想いを抱えて提督になろうとするの…? いけない、出撃前に涙は禁物だね。フルフルと首を振ると、ぐっと唇を噛んで目を真っ赤にした涼月が少佐から視線を逸らさずにいるのが目に入った。

 

 -君達艦娘は確かに存在して生きている。命が救われるのに…それ以上どんな理由が必要かな? だから…自分に力を貸してほしい。

 

 悲しそうな色を瞳に宿した少佐は、僕たちに深々と頭を下げている。止めてよ、そんなこと。僕は君の艦娘で、同じ方向を目指して戦い、歩き続けるんだ。君があの子達を助けたいと思うなら、それは僕も同じ思いだよ。

 

 

 けど、戦場で実際に目にしたのは、砲も魚雷も失い、力なく海面に横たわる清霜・早霜・阿賀野(三人)と、仲間を守る様に立ちはだかる能代・夕雲(二人)の新課程艦隊…いや、鏡合わせの僕達―――。

 

 

 

 聞きたくない。僕たちはそんな…獣みたいな叫び声で相手を威嚇したりしないよ。

 

 

 見たくない。腕とか脚とか…早く治さないと。ねぇ…その赤い瞳…ちゃんと見えてるの…?

 

 

 知りたくない。艦娘の中に…そんな獰猛な一面があるなんて…それとも…僕達のほんとの姿…なの?

 

 

 

 「時雨さんっ!! ぐぅっ!!」

 

 あうっ! 右から疾走してきた涼月に思いっきり突き飛ばされ、現実に引き戻された。水面に叩きつけられそうになり、二度三度踏鞴を踏んで何とか体勢を立て直す。その間に僕の目が捉えたのは、折れているはずの右腕を振り回して涼月を殴る能代さんの姿。ごめんよ、僕がぼんやりしてたから…。僕を庇った涼月は、無防備な状態でまともに強烈なロングフックを顔面に受けて、そのまま倒れ……ない。両足を踏ん張って持ち堪えてるけど、膝がガクガクしてる。

 

 能代さんは艤装がほぼ全壊だから力技で押してくる。けど涼月は、連撃の左フックを右手だけで組み止め、追撃で迫る右フックも左手で組み止める。僕達駆逐艦娘の中ではタフな彼女だけど、近接戦闘はそんなに得意じゃない。まして僕達のミッションは『救出』、砲雷撃で沈黙させる訳にもいかないし。

 

 手四つの体勢になると体格差と出力差がモロに効いてきて、能代さんが押さえつけるように覆いかぶさり、涼月が膝を折りそうになる。待ってて、今度は僕が助ける……って夕雲、邪魔しないでっ!!

 

 

 何度も何度も殴られ蹴られながら、それもでもどうにかこうにか夕雲を押さえ込んで必死にチョークスリーパーホールドに持ち込んで落とした時。ついに支えきれなくなった涼月が海面に押し倒されそうになりながら、持ち上げた右脚を力いっぱい前に送り出す。涼月の前蹴りは能代さんの鳩尾に深々と食い込んで呼吸を奪ったみたいだ。僕達は最強の生体兵器って言われてるけど、やっぱり生身の体な訳で、息が出来なきゃ体を動かせない。びくん、と大きく背を反らした能代さんは動きを止め、その間に立ち上がった涼月は振りかぶって思いっきり能代さんを殴り倒した。

 

 

 「ずっと…ずっと、守るんですっ! 貴方を…貴方の想いを…私は…私がっ!!」

 

 

 涼月が吠えた。普段の物静かな彼女からは考えられない叫び。ぼろぼろになって、立っているのもやっとの姿で。

 

 

 そっか。

 

 

 何となく分かっていたけど、僕と涼月は、求めてるものが違うんだ。今、ハッキリ分かったよ。

 

 

 少佐と色々…ほんとに色々あって、ようやく気付いたんだ。深海棲艦との和平なんて叶うかどうかも分からない大きな夢、分からず屋の軍の上層部の横槍、その狭間で僕達艦娘が泣かないように少佐は戦い続けてるんだ。それは僕達が深海棲艦と戦火を交えるとは違う戦い。僕は少佐の夢を叶えるための力でありたくて、その夢が叶うのを一番近くで見たくなったんだ。

 

 でも涼月、君は少佐のために戦って、少佐だけが君の帰る港なんだよね? だから君は一番Mod.Bに反応していた。僕たち艦娘が作られた存在で、どれだけ人間と異なるのか、嫌になるくらい教えてくれる第三世代の到達点…。僕達は戦うために生まれた存在で、どう言っても否定できない事実だよね。でも涼月、君は…人と艦娘、その間にどれだけ深い河があるのか僕には分からないけど…君はそれを越えて、少佐と結ばれたいんだよね。僕もそういう時があったから、分かるんだ、うん…。けど―――。

 

 「涼月っ!! 避けてーーーっ!!」

 

 完全に無警戒の涼月に、能代さんが右手の指先を束ねた貫手で心臓部を目掛け突き込もうと突撃。これ以上ない奇襲、いくら艦娘でも脳か心臓を破壊されると生体機能を維持できない。これまでの戦いで負ったダメージのせいか涼月の動きは鈍く、回避運動もままならないみたい。少佐を守りたいと思っている涼月を守る。そのためには―――背中の基部からフレキシブルアームを介して前方に伸びる砲身の延長線上には荒れ狂う軽巡がいて、トリガーに掛けた指先を少し内側に引くだけで砲は火を噴き涼月を救う事ができる。こんなことしたくない、でも…。

 

 がいんっ!!

 

 え……呆然と立ちすくむ僕の目には、金剛さんがほとんど海面とすれすれに上体を倒して突入してきたかと思うと、体を大きくひねった渾身の右フックを能代さんのボディに叩き込み、横っ飛びに吹っ飛ばされてゆくのがスローモーションのように映っていた。


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