それでも僕は提督になると決めた   作:坂下郁

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 前回のあらすじ
 鹿島さん、よかったね。


108. Beauty and Beast-中編

 すでに横須賀新課程艦隊に接触していた第一艦隊だが、救助のため接近した高雄と愛宕に対し突如能代と夕雲が攻撃を加えてきたために、現場は大混乱に陥った。無防備な状態で至近距離から()()の攻撃を受けた重巡二名は驚愕のあまり防御もままならずに中破。新課程艦隊護衛のため艦戦を配置しつつ態勢を立て直すのに一時後退中の第一艦隊と、全速で追いかける第二艦隊の合流待ちの現況―――。

 

 「周囲に敵機を近づけず、新課程艦隊を力づくでも連れて帰る…だからこそ作戦目標をシンプルにして、余計な事を考えずに済むようにしてあげないと。少佐の仰る『選択と集中』ですよ♪」

 

 簡単ではないのは、言ってる鹿島も分かっている。分かっているからこそ、日南少佐の肩にかかる重圧を少しでも和らげようと、人差し指を立ててウインクしながら、ことさら明るく訴える。

 

 横須賀新課程艦隊は突出し過ぎ――有栖宮大将の鳴らした警鐘が、教導艦隊の接近により具体的な危機へと成長している。作戦計画からはみ出した一部隊だけならともかく、連合艦隊級の戦力が投入され前線を押し上げていると深海棲艦側が判断しても不思議はなく、今までとは比較にならない数の敵攻撃隊が急速接近してきた。

 

 横須賀鎮守府は放置することで深海棲艦の攻撃目標を分散し、深海棲艦は攻撃することで接近中の教導艦隊を釣り上げようとする…双方が新課程艦隊に見出した価値は『捨石』。ただ一人それを良しとしない日南少佐と、彼の思いを受け止めた教導艦隊の孤独な闘いだが、容易なものではない。

 

 蒼龍と飛龍の送り込んだ直掩隊は敵の第一波を撃退したものの、すでに第二波の接近を対空電探が捉えている。交戦開始にはまだ多少時間があるが、この間に方針を定め行動しなければならない。

 

 教導艦隊として連合艦隊を編成するのは実は初めてで、各艦の連携や陣形遷移の訓練は十分とはいえない。もちろん必要な指示は出してあるが、実戦で大規模艦隊行動には不安が残る…日南少佐が少し表情を曇らせたのを見逃さず、席を立った鹿島が少佐を励ますように背後に立つと、そのまま背中から覆いかぶさるように両腕を回す。

 

 ふわっと爽やかで甘い香りに包まれた日南少佐は、一瞬ここが戦場で自分がCICにいることを忘れそうになった。だからといって本当に忘れる訳もなく、ムギュられながらも鹿島の言葉に応じようと首を回して振り返ろうとして…完全に固まった。

 

 背中から抱きしめられているので、鹿島の顔のない方に振り返ったはずが、いつの間にか鹿島が頭の位置を変えていた。結果、少佐の唇が鹿島の頬にほとんど触れそうな距離になり、少佐は触れかかる鹿島の細い銀の髪に絡め捕られたような錯覚に囚われた。頭を僅かに動かした鹿島の唇が動き、吐息と共に溶けそうな言葉を投げかける。

 

 「みんなを信じましょう。…覚えてますか? 花丸三つで特別なご褒美…少佐はとっくに達成してますよ? ご褒美…今……あげちゃおうかな…ううん、貰ってくれますか?」

 

 鹿島の長い睫が下り瞼が閉じられ、吐息が少佐の唇にゆっくりと近づいてくる。攻めっ気まんまんの鹿島に対し、少佐も少佐で魅入られた様に動けずにいた。

 

「…………」

 

 近づく鹿島と動かない(動けない?)少佐にほとんどくっつきそうな距離まで接近した初雪が、無言のままジト目で強引に割り込んできた。

 

 ブリッジクルーの交代要員…吹雪と潮、そして初雪の三名がCICに入室した際に目にした光景――指揮官と本隊から派遣された教官のラブシーンに、他の二人が顔を真っ赤にして棒立ちになったのと対照的に、無表情ですたすた近づいた初雪は、彼女らしいマイペースさでカットインして二人を引き離した。

 

 「で、では少佐、作戦内容はしょういうことでお、お願いしますね」

 あからさまな言い訳をしどろもどろな口調で残した鹿島は真っ赤な顔で髪を直しながら自席に戻り、初雪はじとーっと刺さる視線を少佐に送り込んでいた。

 

 「あの…初雪? その…イヤなんか…」

 「言い訳おつ……。てか、脇…甘すぎ……」

 

 ぷいっとそっぽを向いた初雪は自分の席へとしゃーっと向かってゆく。中途半端に伸ばしかけた手が宙ぶらりんになった少佐は、ぱんぱんっと自分の頬を強めに叩き気持ちを引き締め直す。その間にオペレータ席に座った初雪はヘッドセットを装着しインカムの位置を口元に調整すると、どこかと連絡を取り始めたようだ。

 

 「…だってさ、少佐。指揮、よろ…」

 

 時間にすれば僅かな間にCICで繰り広げられた攻防の最中、合流を果たした第一艦隊と第二艦隊から輪形陣への遷移完了の報告が入り、初雪の横着なスルーパスの声が新たな局面の開始を告げる。

 

 

 

 前衛に涼月、左舷に霞と川内、右舷に朝潮と摩耶、後衛に時雨という第二艦隊のガードの内側には第一艦隊が複縦陣で配され、第一列に金剛と赤城、第二列に飛龍と蒼龍、第三列に中破した高雄と愛宕が並ぶ。蒼龍と飛龍の航空隊が新課程艦隊を守り、赤城の航空隊が教導艦隊を守り、さらに対空偏重の布陣で防御に徹すれば教導艦隊の保全は果たせるが、最終目的は横須賀新課程艦隊の救出なので、いずれかのタイミングで必ず前進しなければならない。

 

 そのためにも横須賀新課程艦隊に襲い掛かる深海棲艦の攻撃隊を蹴散らさねばならないのだが―――。

 

 「しつこいっ…けどそろそろ反撃よ!」

 「手ごわいっ! けど…徹底的に叩く!」

 

 輪形陣の中央、海上で地団駄を踏んでばいんばいん揺らしながら悔しがっているのは蒼龍で、対照的にキッと空を見上げ唇を噛んでいるのは飛龍である。遠くの空で戦う航空隊の妖精さんから齎される情報は二人の脳裏にフィードバックされるが、敵の第二波は第一波よりも激しさを増している。

 

 徹底した敵艦戦の編隊戦闘-二機一組で描かれるS字の軌跡(サッチウィーブ)は制空に当たる蒼龍の零戦隊の連携を阻み、個人技での対抗を余儀なくされる付岩井小隊の零戦五二型丙の部隊。一方飛龍の部隊は岩本隊の零戦五三型で編成され、高空から侵入する急降下爆撃隊を迎え撃とうとするが、蒼龍のエアカバーで抑えきれなかった敵機の妨害を受け、望まぬドッグファイトに巻き込まれている。低空を進む敵の雷撃隊に対応する熟練の零戦二一型の部隊も、敵艦の跳梁を抑えるため向かい始めた。ミッドウェー海戦で初めて実戦投入され、以後零戦の弱点を突き日本軍機に対する米軍機のキルレシオを改善させた戦法が、時を経て姿形が変わった今も、二航戦の前に立ちはだかっている。

 

 

 高まる緊迫感が首筋にヒリヒリした感触をもたらすが、第一艦隊の旗艦を務める金剛は冷静な表情を崩さず、ちらりと左に視線を送る。手は首元を飾る細い金の組紐のタイをいじり、世間話でもするかのように何気なく話し始める。

 

 「HE-Y 赤城ィ…蒼龍と飛龍(ダブルドラゴン)のストレスも限界ネー。そろそろだと思うヨ…」

 

 第一艦隊第一列、隣り合う赤城は伏せた目をそのままに何気なく答える。

 

 「そうですね…そろそろだと思います」

 

 防空網が破綻する前に艦隊直掩を担う赤城の烈風隊の一部を割いて援護に回すタイミングでは、という金剛の問いに、赤城は同意しながら全く動こうとしない。潮風に踊る長い黒髪を押さえながら、何かを待つように遠くを見つめている。ん~? と眉根を寄せた金剛がもう一度問いかけようとした瞬間、赤城が待っていた『何か』が全艦にリンク通信で訪れた。

 

 「教導艦隊、第四警戒航行序列に陣形変更、前進開始! 敵を後退させる! 川内、時雨、涼月、朝潮は最大戦速で突入、新課程艦隊を中心に簡易輪形陣形成! 蒼龍と飛龍、九九式艦爆(江草隊)九七式艦攻(友永隊)発艦、指揮権は赤城に移譲し二人は直掩隊を立て直してくれ。金剛は主砲三式弾装填、砲撃のタイミングは任せる、敵攻撃隊の進路に制限を加えつつ前進。そして高雄と愛宕、空母部隊は敵航空攻撃を排除した後に前進、霞と摩耶は護衛に当たってくれ」

 

 日南少佐からの流れるような指示に()()()の艦娘が即座に行動を開始する。現場が騒然と動き出す中、残る一人…赤城への指示が出る。

 

 「赤城…頼んだぞ」

 「はい…お任せください」

 

 たったこれだけの短い会話に、赤城は満足そうに微笑むと長弓を撓らせ番えた矢を空へと解き放つ。光に包まれた矢は流星改へと姿を変え、直掩の烈風とともに一気に増速し小さな点となる。発艦を終えふうっと小さな息を吐いた赤城に、不思議そうな表情で金剛が話しかける。すぐにでも主機を全開にして前進する場面だが、どうしても気になることがある。

 

 「赤城…貴女の言った『そろそろ』って……」

 「はい。少佐が突入の指示を出す頃だろうって」

 

 防御に徹するとはいえ、数に勝る敵相手に守るだけではジリジリと追い込まれる。だからこそ前に出る…赤城は一〇機の彩雲を開度二〇度で放ち、敵艦隊の位置を特定するため広範囲の索敵を続けていた。少佐にだけ共有された結果に基づく指示を待ち、赤城は一人静かに息合いを整えていた――敵旗艦の空母棲姫を奇襲し敵を撤退、悪くても後退させ新課程艦隊を安全に救出する時間を稼ぐ一撃を放つために。

 

 「彼我の距離、私の部隊の航続距離と速度、突入経路を考慮すれば、少佐が攻撃を選択するならあの頃合いで指示がでますので」

 

 事も無げに微笑む赤城に対し、金剛はぽかーんと口を開けるしかできなかった。『頼んだぞ』と『お任せください』だけで、少佐と赤城は通じ合っている。どれだけの信頼関係ならそんなことが…ちくりと胸の奥に感じた痛みを隠すように、金剛は捨て台詞っぽく、あるいは宣戦布告っぽく言い残し、白波を蹴立てて一気に速度を上げ前線へと突入を始める。

 

 「Woow!! 少佐と赤城、そこまで分かり合ってるなんテ、まるで夫婦みたいネー…ムゥ…jealousyデース! 負けてられないネ!」

 

 きょとんとした表情で小さく手を振りながら、前進する部隊を見送っていた赤城の顔が真っ赤に染まるのに時間は要さなかった。

 

 「多門丸、聞こえた!?」

 「やだやだやだぁっ!」

 

 背後で騒いでいるのは、空を見上げ感無量の態の飛龍と、イヤイヤと激しく頭を振る蒼龍。

 

 「てっきり時雨か涼月だと思ってたけど、ほぉ~…なるほどねー。いやでも、少佐みたいな男には、姉さん女房の方がいいのか。なぁ、霞?」

 「なんで私に振るのよ? そんなのどうでもいいじゃないっ!」

 ニヤニヤしながら霞に寄り掛かる摩耶に対し、興味なさそうにしながら唇を尖らせる霞がそっぽを向く。

 

 僅かな幕間でも垣間見せるキャイキャイした少女の顔と、旺盛な戦意で深海棲艦に立ち向かう兵士の顔と…どちらが彼女達艦娘なのかと聞くのも野暮だろう。今こうして笑いあっている次の瞬間には自分は海に沈んでいるかもしれない――命懸けだからこそ自分の想いに嘘をつかない、それだけの事。儚い命だからこそ瞬間を全力で愛おしみ、戦う。そんな艦娘がもう一人。

 

 「みなさん、配置に就きましたね? 戦闘に集中してくださいっ! ちなみに、全部通信で聞こえてましたけど…って少佐っ! 何を照れてるんですかっ!!」

 

 あすか改のCICでは一連の会話の中継を聞いていた鹿島がゴゴゴ…しながら膨れっ面になり、オマエモナーと初雪がボソリと突っ込んでいた。


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