それでも僕は提督になると決めた   作:坂下郁

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 前回のあらすじ
 ただいま戻りました。


107. Beauty and Beast-前編

 「…それで少佐は…どう…されるのですか?」

 

 鹿島は依然として日南少佐の腕の中で、うるうると潤んだ瞳の上目遣いで見上げる。戦況は理解してるが、『一緒に』といった自分に、何か聞かせてほしい…鹿島は臆することなく答えを求める。本当の意味での積極性を発揮し、鹿島はさらに体を押し付ける。戦場では敵航空隊から熾烈な攻撃が続き、壁と鹿島に挟まれて逃げ道のない日南少佐には胸板で感触を強調するやわらか装甲の圧力が続く。

 

 「い、意図した状況ではありませんが、横須賀艦隊の前衛を務める場合を想定した作戦を下敷きにしようと思います。時雨には先ほど伝えておいたので、みんなは動いてるはずです」

 「………………そ、そうですね………………はぁ……分かりました」

 

 鹿島は任地に自分を伴うのかを、少佐は新課程艦隊の救出作戦を、それぞれ『どうするのか』--曖昧な問いは、返した答と期待した答の双方にズレを生んでいた。ぷうっとふくれっ面の鹿島が大きなため息とともに答え、あれ? あの作戦では駄目だっただろうかと日南少佐が少ししょげる。

 

 少佐の作戦は理にかなったものだが、真っ当すぎる。なら…と、鹿島は脳内フル回転で少佐の作戦をベースに編成を組み立てるが、一転、くすっと悪戯っぽく笑い明るく弾む声で次の行動のきっかけを作る。自分の望む答ではないけれど、今は気にしない。思いは精一杯伝えたつもりだ--すっと少佐から離れて、自分を励ますように小さくガッツポーズを作ると、鹿島は花が咲くような笑顔で少佐に手を伸ばす。

 

 「さぁ、行きましょう、日南少佐!」

 「はい、でも先に行かねばならない所があります。そちらに寄ってからあすか改に戻ります」

 

 駆け出した日南少佐と鹿島が肩を並べた僅かな刹那、耳に入った言葉が鹿島の足に急ブレーキをかけた。

 

 -宿毛湾に戻ったら、中将に転属申請書を出します。

 

 その間にも少佐は振り返らずに、横須賀鎮守府の本部棟の廊下を駆け目的の場所へと向かっている。しばらくぼんやりと走り去る背中を見つめていた鹿島は、目をぱちくりし、自分の頬を軽くつねる。そして我に返ったように慌てて日南少佐を追いかけてゆく。

 

 「えっ? えっ? 少佐、少佐ぁーーーっ!! それって…!? も、もう一度言ってくださいっ! 録音し損ねましたっ」

 

 

 

 教導艦隊は時雨の指揮代行の下、旗艦金剛以下、蒼龍、飛龍、赤城、高雄、愛宕が現場海域に向かっている。そんな中で時間の浪費は避けねばならないが、情報不足での戦闘はもっと避けねばならない。責任者二人が拘束された異常事態の中、新課程艦隊がどういう作戦目標でどのような指揮命令系統で動いているのかも分からず、まして第三世代艦娘における第二次改装に相当するMod.Bの詳細は不明なままだ。不確定情報をできるだけクリアにして、適切な判断をする…日南少佐は笹井技官と秋川特務少佐-横須賀新課程艦隊指揮官-の収監されている営倉を訪れ、刑務官が二人を連れてくるのをじっと待っていた。

 

 「宿毛湾泊地教導艦隊指揮官、少佐の日南です。笹井技術少佐に単刀直入に伺います、Mod.Bとは--」

 「おおっ、日南少佐、何だかんだ言って第三世代にご興味がおありですか。技本は技術蓄積の宝庫、封印指定まで含め過去の記録を調べた中に、何やら昔々、霊子工学部門の鬼才と称された仁科(なにがし)が提唱した、堕天(フォールダウン)と呼ばれる特殊な改装理論を発見しましてね、ええ。さすがにあんなエキセントリックな機能の実装は憚られますが有益な部分も多く、この私が部分的に再利用「結論から話してください」」

 

 昔話も自慢話も興味はない、と日南少佐の切り口上に一瞬鼻白んだ笹井技官だが、さすがに長口舌を振るう場面ではないと理解し、ポイントを要約し始めた。ただその内容は到底少佐の容認できるものではなかった。

 

 「…まぁ、いいでしょう。Mod.B…形容すればBeastやBerserk、機能で言えばBoostやBurst。ダミーコア(疑似人格)に体を明け渡して出力制限を解除、爆発的な出力でさながら獣のように戦い、文字通り体の動く限り視界に入る物全てを破壊する、第三世代艦娘の到達点です。いざとなれば貴方との演習で発動させるのも選択肢に入っていましたがね」

 

 「艦娘を死なせる気ですかっ!?」

 「壊れる可能性は否定しません」

 

 笹井技官-失脚した武村技術少佐の後任となるこの男は、つまらなさそうに眉を顰めている。同様に日南少佐も眉を顰めているが、こちらは埋めようのない断絶に暗然としたためだ。艦娘の命の際を同じように話しているが、『死なせる』と『壊れる』の間の溝はあまりにも深い。間を置いて、笹井技官は淡々と語り続ける。

 

 「私が求められたのは()()()()()()()()()、そのために必要と仮定されることをしたまでです。あなたの好きそうなクープマンモデルを持ち出すまでもなく分るでしょう、戦いは数です。それゆえの第三世代…育成に最も時間がかかり不安定性の元凶となる感情を極力低下させ、命令への追従性と生産性を向上させる。さらにダミーコアが起動すれば理性さえ捨てて殺戮兵器(キリングマシーン)化することも可能で戦闘の質にも配慮。この方が人間も艦娘も余計な感情をお互いに抱かず健全な関係…そう、兵器と使用者に立ち戻り深海棲艦の殲滅に集中できる、そう思いませんか? …思わないでしょうね、あなた達みたいな人は」

 

 一旦言葉を切った笹井技官は、鹿島を一瞥し文字通り鼻で笑った。目線の動きを追う様に日南少佐も鹿島に視線を送ると--両手で頬を押さえデレた表情の鹿島が色々呟いていた。

 

 「新たな任地に少佐と一緒に…えへへ♪ という事は……ある日二人きりの執務室、ふと目が合うと少佐の手が鹿島の手に重なって……。か、鹿島にも心の準備が…あ、嫌じゃないですよ? むしろ大歓迎というか…」

 

 久々にポンコツモード全開で、身体をクネクネしながら一人でキャーキャー言ってる鹿島だが、日南少佐と笹井技官の視線に気づくと、顔を真っ赤にしながらンンッとわざとらしい咳ばらいをして威儀を正し始めた。

 

 「あの…鹿島教官?」

 「は、はいっ!? そ、そうですね、少佐は先にシャワーを浴びていただくとして……じゃなくて! 話は全部聞いてましたからね? ……笹井技術少佐、貴方は自分で手掛けながら、艦娘を分かろうとしないのだから、分かるはずがないですね。そんな無茶な改装なんかなくて、必ず帰ると信じて送り出してくれて、無事の帰還を喜んでくれる…それだけで私達はどこまでだって強くなれるんです! なのに…」

 

 ナニイッテルノコノヒト…と疑問符を頭上にいくつも浮かべた日南少佐はさておき、一旦言葉を切った鹿島の少し釣り目の目がすうっと細められ、冷ややかな鋭さを帯びた視線を放つ。

 

 作られた身体に宿る仮初の魂を持つ艦娘は、ある意味で量産化された工業製品だが、だからこそ一人の『個』として認められ、失うことを怖がってもらえるだけでいい。矛盾しているが、そうすれば命を捨てて戦い、必ず生きて帰ってくると誓える。だから教官は、指揮官は、少しでも強くなれるように艦娘の心と体を大切に慈しみ、厳しく鍛えるのだ。

 

 戦うことは目的なのか手段なのか-相反する思いを抱え矛盾を生きる、それは人間そのもの。ヒトの現身としてヒトの理想を託された艦娘だからこそ、託された理想に純粋に応えようと懸命なのだ。なのに目の前の、自分達艦娘の建造に深く関わっているはずの技官は、まるで正反対の事を臆面もなく言い募る。

 

 

 そんな中時雨から日南少佐に緊急連絡が飛び込んできた。応答した少佐の携帯から今にも泣きだしそうな時雨の声が響く。ダミーコアに支配された艦娘に、敵味方の区別はない--今の今までしていた会話が、思いつく限り最悪の形で現実となっている。

 

 「少佐っ、日南少佐っ!! 金剛さん達、新課程艦隊と接触したって。動けるのは能代さんと夕雲だけらしいだけど……その…僕たちに攻撃してくるって……。ね、ねぇ、どうしたらいいかなっ!?」

 

 

 

 新課程艦隊がどうなろうと戦局全体に影響はない。残酷だが、それがこの戦闘の現実。ぎりっと歯噛みした日南少佐は、これまで青ざめた顔で空気と化していたもう一人に、一縷の希望を手繰り寄せようと呼びかける。彼女達を見捨てることはできない。

 

 「秋川特務少佐、Mod. Bを停止させる方法は!? 彼女達は…貴方の艦娘だ、こんな状況で何も、何も思わないんですか!? 自分達指揮官が彼女達を守らずに…誰が守るんだっ!?」

 

 「ははははっ! そんな情緒的なことを言い出すとは…本当に貴方は卒業席次(ハンモックナンバー)第三位ですか? そんなのは--」

 「少佐、能代と夕雲(二人)を大人しくさせないと新課程の子たちに近づけないよ! このままじゃ……」

 

 

 「黙れっ!!」

 

 

 笹井技官の嘲笑も時雨の悲鳴も掻き消す怒号が木霊する。声の主は横須賀新課程艦隊の指揮官・秋川少佐で、俯いたまま肩を震わせていたが顔を上げると日南少佐に鋭い視線を送ってきた。

 

 「Mod. Bは指揮官を含めてのシステム…一旦起動したダミーコアには新課程の指揮官が指揮を執る限り、轟沈までシグナルが強制的に送信され続ける。だから俺は指揮権を放棄する。そうすれば…彼女たちは…命令が無ければ人形と変わらないから。……知らなかったんだ…第三世代っていうのがこんなものだなんて……能代は、俺の昇進のためにあんな改装を受けて…なのに…俺の事を忘れちまったんだ。俺達にだって今の君達と同じような時が……。日南少佐、言えた義理じゃないのは分かってる、でも…頼む…頼むから能代を…あいつらを救って…」

 

 

 

 全速前進させていた母艦と海上で合流した日南少佐と鹿島はすぐさまCICへ移動し指揮を執り始めた。前陣に荒潮、後陣に霰、左右に文月と皐月、直掩に祥鳳を配置した輪形陣の中央に陣取るあすか改は、敵の散発的な攻撃を受けたもののこれまでの所順調に南下を続けている。

 

 レーダースクリーンや各種計器類が白く輝く薄暗いCICで、ブリッジクルーの交代要員の到着を待っている日南少佐と鹿島に、僅かな凪の時間が訪れていた。

 

 「…にしても鹿島教官、流石にこの編成は驚かされました。というか、自分はそこまで頭が回りませんでした」

 

 ぽつりと零す日南少佐の呟きに、右手に持ったペンをくるくる回す鹿島は、ツインテールを揺らしながらにっこり微笑んだ。

 

 「うふふ♪ どうせならトコトンやっちゃう方がいいかなーって思います! 投入した第二艦隊が第一艦隊に追い付き次第輪形陣に遷移、進軍続行です!」

 

 鹿島の助言を受けて投入した後続部隊--川内を旗艦とし、時雨、涼月、朝潮、霞、そして摩耶から成る第二艦隊。先発の正規空母三を中核とする第一艦隊と合わせれば、全一二人から成る連合艦隊、今回は空母機動部隊を構成できる。第一艦隊の搭載全機数の八割を占める艦上戦闘機隊と対空兵装をガン積みした後続の第二艦隊は、強力な対空防御陣を形成する。

 

 徹底的に空を明け渡さず、全力を挙げて自分自身と横須賀新課程艦隊を守ることを最重要作戦目標に置き、戦場を突っ切り教導艦隊は南下を続ける。


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