加賀さん、公認する。鹿島さん、モヤモヤする。
「これで全員揃ったね。急な招集で済まない」
鹿島が桜井中将の執務室を訪れると、日南少佐が応接テーブルを挟んで中将と翔鶴と向かい合っていた。ヤバ…私一番最後? と鹿島が慌てて応接に駆け寄り、ミニスカの後ろの裾を手で押さえながら空いている少佐の隣に腰を下ろす。
「どうだい日南君、受領した
「はい、フネ自体は問題ありません。あとは
カタパルトレールとは、テールゲートやウェルドックを持たない艦艇から艦娘が洋上出撃する際の装備で、あすか改の場合、魚雷防御用投射型静止式ジャマーを撤去し船体中央部から左右に各三組、折畳式のレール設置され、一艦隊分六名同時出撃が可能となる。
上達すれば着水と同時に全開加速が可能だが、こんな装備は教導艦隊の艦娘には未体験領域で、初めての訓練では射出された後にそのまま海面に突き刺さる者が続出した。めくれちゃったスカートから丸見えの
「なるほど…カタパルトレールにはすぐに慣れる、心配はいらないよ。それよりも、本隊から帯同させる艦娘はまだ確定しないのかい? まぁ、枠を全て使い切らなくても構わないのだが」
「申し訳ありません、重要なことなのでぎりぎりまで考えさせていただきたく思います」
司令部候補生制度において、任地を得た候補生が本隊から帯同できる艦娘の数には限りがある(課程修了時の所属員数の5%が上限)。教導艦隊の場合は計算上4.45名、すなわち四名と少佐は理解していた。そのうち三名、速吸・蒼龍・飛龍はすでに決定しているので、残り一枠をどうするのか…。何食わぬ顔で黙って話を聞いていた鹿島だが、胸の奥にちくりと痛みを覚えながら少佐の横顔を盗み見る。気づいているのかいないのか、少佐は鹿島の視線に反応せずに中将との話を続けている。
「本題に入ろうか。早速というか、君の任地を管轄する横須賀鎮守府から演習参加命令だ。ただ…」
そこで一旦言葉を切った中将の表情は苦り切ったものに変わる。
司令部候補生としての日南少佐は無任地の佐官であり、ある意味ではどの軍区にも属していなかった。だが今回の昇進と任地決定により、少佐の所属は横須賀鎮守府が頂点の第一軍区と正式決定された。
第三世代艦娘を巡る、横須賀に置かれた技本主導の新課程、その背後に見え隠れする伊達元帥の影…桜井中将は日南少佐の任地決定に関してきな臭いものを感じ、優秀な若手が政治的には別勢力に取り込まれるのを良しとしない藤崎大将は、日南少佐に自らの影響力を残す方策として古典的だが閨閥に取り込もうと見合い話を持ち込んだ背景につながる。目の前の中将の様子に日南少佐にはピンとくることがあったようで、それは正解だった。
「横須賀鎮守府本隊ではなく、横須賀新課程と対戦、ということですか?」
「横須賀新課程もようやく指揮官が決まったそうで、ぜひ
唖然とした表情同士、日南少佐と鹿島が顔を見合わせる。臆面もなくというか粘着質というか、技術本部の厚顔っぷりには呆れるしかない。理不尽な圧力を掛けてまで日南少佐を教導艦隊から奪おうとした相手は、この期に及んで一体何を考えているのか…。顎に手を当て考え込んだ日南少佐に向かい、肩を竦めながら桜井中将が話を続ける。それは自らも属する海軍自体を自嘲するような、皮肉な口ぶり。
「軍区と管理海域も再編されたがね、それぞれの方針には埋めがたい差があるのが現実だ。日南君、今後は君も拠点長だ、否応無しに政治向きとは無縁でいられない。その意味では…日南君、例のお見合いだが」
「はぁっ!?」
思わず鹿島はソファからがばっと立ち上がり、我に返って慌てて席に戻る。急な起立と着席のせいで鹿島のプリーツミニのスカートは、座っている日南少佐のちょうど目の高さでふわりと大きく揺れ、Oh モーレツな感じのインナーをばっちり見せてしまった。動揺を極力押し殺しながらンンッと一つ咳払い、露骨に視線を逸らしながらも、日南少佐ははっきりと言葉を続ける。
「触れていただいたので、この場をお借りしてお答えいたします。そのお話はお断りさせていただきたく。今の自分にそういった事を考えている余裕はありません。中将、そんなことよりも--」
◇
降り注ぐ月明りと夜天に輝く星と、逆らう様に地上で光を放つ赤や黄色の作業灯や警告灯が彩る宿毛湾泊地片島地区の港湾施設。長い影を埠頭に落としながら歩くのは日南少佐で、視線の先には洋上迷彩を施されたあすか改が停泊している。旧自衛隊時代にはライトグレーの単色だったが、今回艦娘の運用母艦として再整備と大改修を加えられ、それに合わせて海との識別困難化を図り深海棲艦からの視認性を低減させるため濃紺と青を組み合わせたカラーリングに変更された。
「司令官、こちらにいらしたのですね! 今回の出撃に参加する要員二一名のうち、最終搭乗組が到着致しましたっ」
たたっと少佐の前に回り込むときびきびした動きで敬礼、直立不動で出撃前の報告を行うのは朝潮型駆逐艦一番艦の朝潮。正秘書艦の時雨に副秘書艦の涼月に加え、いわば秘書官補佐的な位置付けで管理業務を回してくれている。マイペースな時雨と癒し系の涼月に対し、朝潮の生真面目さは少佐と噛み合いが良く、業務効率という点では先任二人を上回るほどの仕事人ぶりである。
「ああ、ありがとう朝潮。それで「母艦の機関武装艤装すべてオールグリーン、抜錨三〇分前に最終チェックをかけます。積載貨物は念には念を入れまして、五会戦分の燃料弾薬と必要資材に高速修復材、あとは食糧真水と…おやつは一人三〇〇円で用意しました! 」」
演習の詳細が分からず、かつ相手が技本ということもあり、少佐は二艦隊+交代要員という大所帯で臨んでいた。そのため必要な物資は多いのだが、朝潮に確認事項を最後まで言わせてもらえなかった。それでも先回りで届いた満額回答に柔らかく微笑みかける。おやつ云々はまぁあれだが、そこまで気を回してくれたのだから文句のつけようがない。当然ですっ! と口では言いながら満足そうにムフーっとする朝潮だが、きょろきょろと周囲を確認し、すーはーすーはーと深呼吸を繰り返す。いいんちょ、という言葉が誰よりも似合う朝潮にしては珍しい姿。
「何事も平等は大切と意見具申致します。つきましては--」
「へ?」
ずいっ。
出し抜けに朝潮の頭が差し出され、日南少佐が間の抜けた声を出す。綺麗な天使の輪で飾られた艶やかな黒髪を見ながら、ああそういうこと…と少佐は思い当たった。成功報酬…きっかけは忘れたが、いつの頃からか、任務や業務が上手くいった時の習慣。時雨は頭をなでなでされるのを好み、えへへーとくすぐったそうに照れながらくねくねする。涼月は肩に手を置かれるのがいいようで、そうすると触れた手を自分の頬で愛おしそうに挟んでくる。どうやら秘書艦同士扱いは同じに、ということらしいが朝潮は時雨と同じ系列のようだ。
「ま、まぁ…そういうことなら…」
少佐が朝潮に向かい伸ばした手を頭に載せ、左右に動かす。だが朝潮は不完全燃焼といった感じの微妙な表情を浮かべて、頭を動かしている。
「頭じゃなくてぇ~、か・み。髪を優しく撫でてほしいのよぉ~」
「ちょっと…恥ずかしい…」
「なんか、少し信じらんないわね。まあ…でも、なんて言うか……」
「そうそうその感じ! アゲアゲで行きましょ!」
振り返ると朝潮型駆逐艦四名-荒潮・霰・満潮・大潮がニヤニヤしながら立っている。目の前の朝潮はというと、口をパクパクさせながら顔を真っ赤にして固まっていた。だが開き直ったのか、ギクシャクした動きで少佐の手をガシッと掴むと、「こ、こんな感じでお願いします」と手を導いて髪を撫で始めた。
「くちくかんの髪撫でてニヤついてるようじゃ、アンタもクズってことかしら」
灰色の長い髪を青緑色のリボンでサイドテールにした霞が、少佐と朝潮を呆れたようなジト目で見ながら近づいてきた。これまで語られることは無かったが、朝潮型は、教導艦隊水雷戦隊の中核戦力の一角をなす白露型、
「まぁいいわ、今回の演習は曰くつきの連中なんでしょ、私に任せておきなさいっ。ほら、ついてらっしゃいな」
朝潮の手から少佐の手を強引に奪い取った霞は、あすか改のラッタルへと向かいずんずんと歩いてゆく。背後からは朝潮型シスターズににやにや見守られ、ラッタルの終点、あすか改のデッキでは時雨と涼月、そして鹿島がゴゴゴ…しながら待っていた。
◇
桜井中将私室---。
「日南君は抜錨したようだね。……翔鶴、私は自分で思う以上に政治寄りに物を考えるようになっていたんだね。日南君は…どこまでも真っ直ぐに艦娘と向き合ってくれている…こんなに嬉しいことはない」
少し寂しそうに微笑む桜井中将は、パートナーの翔鶴に向かい偽らざる心情を吐露していた。日南少佐の任地が属する第一軍区は、横須賀鎮守府を頂点とした完全な上意下達型の組織で、艦娘に対するスタンスも、藤崎大将や桜井中将の属する第二軍区とは異なっている。
第一軍区に第二軍区が打ち込む
『技本としては技術力誇示が必要なのでしょうが…そんなどうでもいい事よりも、
静かな口調で語られた、少佐の揺るぎない意思。
先刻の打ち合わせを締めくくる少佐の言葉を思い返し、すうっと目を細めた桜井中将は、既に船上の人となった日南少佐に思いを馳せ、合わせる相手のいない、ラム酒で満たされたグラスを持ち上げる。
「力無き理想は無力だが、理想無き力は暴力だ。技本は昔から何を考えているか底の読めない連中が多い、日南君…いや、日南少佐、心して掛かるといい」