ダンジョンにミノタウロスがいるのは間違っているだろうか   作:ザイグ

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第九話:大群と猛牛

 

 金髪の剣士と戦闘後、上の階層に登った僕は久々に樹の中のような階層に来た。

 水の階層も良かったけどこの階層も面白くて好きだ。とりあえずは傷だらけの体を癒すために体力回復の薬草を食べるとしよう——と思ってたんだけど

 

 

 ——この階層ってこんなにモンスター多かった?

 

 

『『『オオオオォ——————————ッッ‼︎』』』

 

 正面には怪物。右にも怪物。左にも怪物。上にも怪物。

 怪物、怪物、怪物、怪物、怪物、怪物、怪物、怪物、怪物、怪物、怪物、怪物、怪物、怪物、怪物、怪物、怪物、怪物、怪物の大群——いや、もはや『鯨波』と表現した方がいい数が殺意を放ちながら押し寄せる。

 

 この階層で体力回復の薬草を探しているときだった。植物を掻き分ければ巨大茸が毒胞子を撒き散らす。樹を登れば巨大蜂が針を突き刺す。花畑にいけばリザードマン、進路を変更すれば鹿のモンスター、未開の森に入れば熊のモンスターが襲ってきた。

 何処に行こうにも必ずモンスターに遭遇する。元々生息している数は多かったけどこれはおかしい。

 極めつけは広い通路内を埋めつくすモンスターの大群。

 

 あまりの遭遇率の高さにイライラしていた僕は怒りを発散させるように一番近くにいたデカイ猪を蹴り飛ばした。

 するとどうなるか?

 僕の剛脚による蹴撃をデカイ猪は堪えることもできずにボウリングの球のように転がった。そして進路上のモンスターをボウリングピンのごとく弾かれる。ストライク!

 

 結果、怒り狂ったモンスターが鯨波のごとく押し寄せる。……うん。自業自得だね。

 

 はぁ、とため息を一つして背中の黒大剣を抜くと同時、モンスターの大群と猛牛の戦端が開かれる。

 掃討が始まった。凄まじい剛閃の嵐が殺到する怪物を容易く両断し、絶命へと至らせる。猛牛より身の丈のある大型モンスターも、硬い外殻に守られた甲虫も、大輪(はな)の盾で防ごうとしたリザードマンも関係ない。等しく切り捨てられる。

 押し寄せる群れに対し、猛牛は真っ向勝負、正面からぶつかり合う。その潜在能力(ポテンシャル)の高さを活かしてモンスターの鯨波の中を前進、たった一匹で押し返す。

 猛牛が前進した後には怪物は姿を消す。埋め尽くされていた通路には代わりに大量の屍と灰が残る。

 まさに死の暴風。近付くモンスターは問答無用で切断される。誰も彼の歩みを止めることができない。

 その桁外れの怪力が繰り出す斬撃は防御不能。どれだけの数が集まろうとこの階層のモンスターだけでは纏めてねじ伏せられるだけ。

 興奮する怪物の雄叫びは、瞬く間に絶叫へと変わり果てた。

 猛牛の前進は止まらない。接近戦では歯が立たないと巨大蜂や巨大蜻蛉が空中から仕掛けるが無駄だった。凄まじい剛脚が地面を蹴りつけ宙へ。空中を舞う怪物と同じ高さまで跳び両断する。

 ならばと蹂躙する猛牛に巨大茸が味方を巻き込んでまで一斉に毒胞子をばら撒くが——これも無意味。猛牛は迫る毒の霧に黒大剣を力の限り振り抜く。発生した風圧が毒胞子を吹き飛ばし、周囲のモンスターに猛威を奮った。

 喘ぎ苦しむモンスターの群れを素通り、唯一自分に有効的な攻撃をする巨大茸に突っ込む。そのまま群れを駆逐する。

 単身ならば第二級冒険者でさえ命を一つ二つ落としておかしくない過酷な戦場。それを第一級冒険者の中でも上位に食い込む潜在能力(ポテンシャル)を誇る彼は無傷で有り続け、モンスターを蹂躙した。

 

『シャアッ!』

 

 それを阻止せんと向かってきたリザードマン。一匹で勝負を仕掛けるなど無謀としか言えず一振りで絶命するはずだが——このリザードマンは違った。

 

『ヴゥオッ⁉︎』

 

 必殺の剛撃を大輪(はな)の盾を斜めに構えることで逸らし、花弁の短剣を首目掛けて鋭い一閃を放つ。猛牛は素早く一歩退がることで回避。

 

 ……このリザードマン。人間みたいに『技』を使ってくる。それにいまの一撃の速さ。他のリザードマンとは身体能力が明らかに違う! 僕と同じように魔石を食べてるな!

 

 彼の予想は正しい。目の前のリザードマンは彼と同じく魔石を食べて身体能力を飛躍させた『強化種』。その潜在能力(ポテンシャル)は通常種を遥かに上回るLv.4に届く。加えて自分と同じ盾と剣を使う戦闘型(バトルスタイル)の冒険者と死闘を演じた『戦闘経験』があり、このリザードマンは冒険者の戦い方を見て『技』を修得していた。このまま魔石を食らい続ければ優れた身体能力と剣技を併せ持つ冒険者にとって危険極まりない『異常事態(イレギュラー)』になるだろう。——だが、相対する猛牛はそんなリザードマンとは比べものにならない前代未聞の『異常事態(イレギュラー)』だった。

 

『ヴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ‼︎』

 

 黒大剣を振り上げ、力任せに振り下ろす。

 リザードマンは盾に傾斜を付けて斬撃を逸らそうとするが——黒大剣は更に加速。大輪(はな)の盾を両断。リザードマンの肩に食い込み、そのまま腕を斬り落とした。

 場数が違う。戦ってきた敵の強さが違う。食らってきた怪物の数が違う。いままでの戦闘の中で積み重ねてきた『経験』も『技』も『駆け引き』もこのリザードマンは『隻眼のミノタウロス』に劣る。

 

『ガアアアアアアアアアアアアッ⁉︎』

 

 腕を切断され、絶叫するリザードマンに猛牛は情け容赦ない。既に握られた拳を振りかぶり、拳砲を炸裂させる。

 リザードマンは咄嗟に残った腕で防ぐ。だが、彼の剛腕はLv.4程度の『耐久』補正で受け止められるものではない。

 防御した腕は折れ、拳が頬に突き刺さる。鱗を貫き、牙を粉砕し、顎を破壊した。その勢いのままリザードマンの体を殴り飛ばした。十メートル以上を飛んだリザードマンは壁面に激突。

 片腕は斬られ、反対の腕も折れた。顎が砕けたのでまともに鳴き声も出せずリザードマンは壁面に背を預けたまま動けない。そこに猛牛が歩み寄る。

 

『シャァ……ァァ……』

 

 満身創痍になりながらもリザードマンは威嚇の咆哮を上げようとするが、出るのは掠れた弱々しい鳴き声。それでもその瞳に敵意を込めて睨みつけてくる。

 

 ——絶望(ぼく)が目の前にいながら衰えないその戦意はすごいと思う。だからこそ確実に仕留めなければいけない。

 

 リザードマンを見据えたまま、黒大剣を大上段に振り上げる。別れの言葉を告げた。

 

『コレデ、終ワリ』

 

 ドゴンッ、という黒大剣が振り下ろされた轟音が炸裂。ザクロが潰れるようにリザードマンの頭から真っ赤な飛沫が飛び散った。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 戦闘終了後。僕はモンスターが押し寄せてきた方面へ向かっていた。

 あの数は異常だ。この階層で何か(・・)が起きているのは間違いない。そうなればここを活動範囲にしている僕も無関係じゃない。

 問題解決、とはいかなくても事態の全容くらいは把握しておいた方が身の為だね。

 そして大群が押し寄せて方面へ向かった先で

 

 

 

 ——何これ? 気持ち悪る……。

 

 

 

 来たことを後悔した。目の前の光景は来たのを間違えだったと思うくらいには気持ち悪くて醜悪だ。

 僕をここまで気持ち悪くさせるものは、通路を塞ぐ巨大な大壁だった。

 

 不気味な光沢があるのが気持ち悪い。

 

 ぶよぶよと膨れ上がっているのが気持ち悪い。

 

 肉質なのに緑色なのが気持ち悪い。

 

 肉壁が放つ鼻を突く腐臭が気持ち悪い。

 

 

 生理的嫌悪をこれでもかと催す肉壁に僕はいますぐ半周回って逆走しそうになるが、踏み止まる。

 正直、触れたくもないがこれは元々この階層にあったものじゃない。

 見たところ、何かが(・・・)壁面に被さっている。ここだけなら目を瞑っても構わないが、この肉壁は何かが(・・・)肥大化してダンジョンに張り付いているみたいだ。

 だとしたら、このまま肥大化を続けて階層全体を飲み込んでしまうなんて……あぁ、ヤダヤダ。想像もしたくない。鳥肌になってしまう。

 

 とにかく。僕の生活を脅かす可能性もある以上、行くしかない。でも、どうやって入ろう。一応、『門』みたいなものはあるけど……ノックしたら開くわけないよね。友達の家じゃないし。

 

 肉壁の中心には花の花弁が折り重なったような『門』、あるいは『口』のような器官がある。僕の巨躯でも優に通り抜けられるほどだが、開く気配はない。……壊すか、岩壁に比べれば脆そうだ。

 

 黒大剣を抜剣。そのまま三度、振るう。三箇所に切れた割れ目の端が重なり、ちょうど三角形を形作る。

 僕が三角形に切れた肉壁を押す。肉壁は抵抗なくズレて奥に落ちた。目の前に三角形の穴が空く。

 空いた穴から僕は中に入った。

 

 

 

 ……うぁ〜、予想してたけど中も肉壁に覆われてるよ。

 

 

 

 内部は全面が緑壁と化していた。壁も、天井も、地面もそうだ。あたかも生物の体内に入り込んだ錯覚を受ける。更に後方では三角形の穴が気色悪い音を立てて盛り上がっいく——修復していく肉壁は、口が閉じていくようでまるで食べられた気分になる。

 

 肉壁が完璧に塞がるのを見届けた僕は通路を進んだ。いくつもの分かれ道があったが道には迷わない。肉壁から発散される腐臭。その臭いがより濃くなる方に進めば肉壁(これ)を作った元凶に辿り着ける。

 

 そして進路が正しいと示すように不自然に散乱した灰を発見する。

 魔石を抜かれた怪物の成れの果て。怪物の死骸だ。

 

 

 ——僕と同じように『門』を破った複数の怪物。ここまで侵入して何か(・・)に殺されたんだね。

 

 

 黒大剣を抜き放つ。侵入した怪物を食い荒らしたように、大量の死骸(はい)はばらばらに周囲へ散らばっている。

 侵入を防ぐ『門』。その先には奥にある何か(・・)を守る番人がいる。ならば侵入した僕も例外じゃない。潜んでいる敵を探すように神経を尖らせる。

 複数空いている薄暗い横穴の奥、通路の前方、そして後方。鋭い視線を周囲に配る最中、僕の耳が頭上で蠢く音(・・・・・・)を拾った。

 

 ——上か!

 

 頭を振り上げる。視線の先には、薄闇の中を蠢く何本もの長駆(・・)があった。

 その細長い形状から蛇かと思ったが違う。頭部に開かれた何枚もの花弁。毒々しく染まる色彩は極彩色。中央には牙の並んだ巨大な口が存在し、粘液を滴らせている。

 遥か上方の天井をうぞうぞと這うのは花のモンスターだ。

 

『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ‼︎』

 

 破鐘(われがね)の咆哮とともに花の怪物は天井から落下した。

 

『ヴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ‼︎』

 

 僕も咆哮を返し、怪物の群れを迎撃する。

 




『隻眼のミノタウロス』
名前:ミノたん(仮)
推定Lv.5相当
到達階層:26階層
装備
【ウダイオスの黒剣】
・アイズの身の丈より長大な剣。
・第一級武装にも劣らない階層主の『ドロップアイテム』。
・彼は未加工のまま使用している。
【ウンディーネ・クロス】
・精霊の護布。水属性に対する高耐性。水中活動ての恩恵ももたらす。
・大半が破れ、残りを首元に巻いている。型はマフラー。

補足
『技』を使うリザードマン=リザードマン・強化種
花のモンスター=ヴィオラス

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