ダンジョンにミノタウロスがいるのは間違っているだろうか   作:ザイグ

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第七話:人魚と猛牛

7黒剣と猛牛

 

 ——勢いで助けたけど……どうしよう?

 

 僕は窮地を救ったマーメイドを見る。怯えた目で見上げる姿は、可憐な容姿も合間って庇護欲を誘う。

 というよりも本当に『怪物』と問いたいほどいままで見た怪物とか乖離した姿だ。肌の色や下半身が魚でなければ人間と区別がつかない。

 ……剥き出しの乳房を隠さない羞恥心のなさは怪物らしいが。

 

『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ‼︎』

 

 一人悶々としていると大海蛇が何匹も水面から飛び出した。こちらの存在に気付いたのか、同族の死を察したのか、敵意を剥き出しに襲い掛かる。

 僕は咄嗟に彼女を抱き上げてその場から離脱した。

 

「エッ? ——ヒャア⁉︎」

 

 跳躍で襲撃を回避。落下に任せて蹄の踵落としで大海蛇の頭部を粉砕。そのまま裏拳を繰り出し、別の大海蛇の胴体を破砕する。一瞬で二匹の大海蛇が屠られるが、水面を破りながら次々と大海蛇は現れる。

 

 だが、くねる長駆を足場に僕は縦横無尽に跳躍。大海蛇達の攻撃は当たらず、僕の攻撃は一撃で大海蛇を粉砕し、引き千切り、瞬く間に数を減らしていく。

 

「ワァ……!」

 

 戦闘中の僕とは対照的に、抱えられたマーメイドは目を輝かせる。

 水中を泳ぐのとは違う空中を舞う景色。自分が見たこともない水晶洞窟の光景が次から次へと流れ、目まぐるしく変わっていく。それは水の世界しか知らなかった彼女にとって冒険に等しいだろう。顔を興奮に染めて喜んでいた。

 

「スゴイ、スゴイ! ミノタウロス、大好キ!」

 

 ——おぉ、立派なモノが密着して……。

 

 興奮したマーメイドが首もとに抱き着いてくる。怪物である僕達は基本裸体なので……その、柔らい弾力が直に伝わってくる。

 だが、その感触を楽しんでいる暇はなかった。大海蛇とは別の、ヒュンッッ、風を切る存在がいる。僕の動体視力でも姿がブレる緋色の斜線が飛来した。

 マーメイドを狙ったそれを僕は掴み——握り潰した。

 なんだと思い、掌のモノを見ると

 

『……燕?』

 

 ぐしゃぐしゃに潰れていたが、それは燕の死骸。濡れた緋色の羽毛がこぼれ落ち、桜色の肉から紫紺石が剥き出しになっている。

 それにしても驚異的な速度だ。猛烈な滝水を破れほどの速力をもって宙より突撃してくる。その光景はまさに射出される弾丸のごとく。そして空中には、まだ幾筋もの緋色の斜線が飛び交っていた。

 

「『イグアス』……!」

 

 マーメイドが怪物の名前らしきものを口にした。

 

 『イグアス』。彼が知らないモンスターの名前。

 25階層から27階層に出現する緋燕(つばめ)のモンスター。大瀑布の裏側、崖の表面を根城にしており、冒険者の間では『不可視のモンスター』と言われるほど速い。

 『閃光』という異名まで冠し、この階域で最も恐れられる——下層最速のモンスターだ。

 

 ——マズイ、厄介な組み合わせだ。

 

 上はイグアス、下はアクア・サーペント。空中ではイグアスに、水中ではアクア・サーペントに地の利があるのでどこで戦おうと不利。

 イグアスは異常なまでの『耐久』を誇る彼に攻撃すれば、その速度が祟って自らを潰死させるだろう。だが、いまイグアスはマリィを集中攻撃しており、無視するわけにはいかない。——だから、先にイグアスを潰す(・・・・・・・・・)

 

 僕は攻撃目標をイグアスに変更。残る五匹ほどのイグアスの先に片付けて制空権を確保。大海蛇はその後ゆっくり片付ければいい。

 僕は緋色の軌道を視線で追う。イグアスが近づいた瞬間、剛腕を振り回して蹴散らしていく。その間に大海蛇も攻撃してくるがマーメイドを抱き込むように自分を盾にして防ぐ。体当たりも、噛み付きも、強靭な体を持つ僕には効かない。

 体中に大海蛇が噛み付くが、その間に数匹しかいなかったイグアスを殲滅。続いて大海蛇の殲滅に移る。

 

『ヴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ‼︎』

『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ⁉︎』

 

 圧倒的な能力(ステイタス)にモノを言わせた暴力に、大海蛇達は抵抗する力はなかった。滝壺を埋め尽くす大海蛇は倒され、あるいは逃げて姿を消した。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

「助ケテクレテアリガトウ」

『勝手二、助ケタダケ。気ニシナイデ』

 

 大海蛇がいなくなり、安全だと判断した僕は彼女を滝壺に戻した。

 

「……」

『……何?』

 

 が、彼女は首もとに抱き着いたまま離れようとしない。それどころか鼻をくっつけ、すんすんと鳴らした。

 

「レイノ匂イ……」

 

 ——いや、レイって誰? 僕、滝に流されてたのに匂いなんて残るの?

 

同胞(なかま)ノ匂イハシナイケド、貴方モ『異端児(ゼノス)』ナノ?」

ゼノス(・・・)? 知ラナイ。何ノコト?』

 

 僕の質問にマーメイドは教えてくれた。この洞窟がダンジョンと呼ばれる場所であること。『異端児(ゼノス)』はダンジョンから産まれ落ちた怪物の中で破壊と殺戮の衝動に支配されない知性を有したモンスター——この時、怪物の名称を知った——であること。

 紫紺石の正式名称が魔石で、それを食べるモンスターが強化種と呼ばれるなど。自分も知らない自分のことを彼女は色々教えてくれた。僕の種族名がミノタウロスであることは、予想通りだが。

 ただ僕が理性を持つモンスターでありながら、異端児(ゼノス)特有の匂いがしない理由は彼女もわからないらしい。……彼らと違い僕が異世界転生した存在だからかな?

 あとレイってのは歌人鳥(セイレーン)らしいから樹海の階層であった人だと思う。喋るモンスターがそうそういないだろうし。

 

異端児(ゼノス)ハ、他ニモ、イルノ?』

「イルヨ。可愛イ、リド……恥ズカシガリヤ、グロス……他ニモイッパイ」

 

 可愛い……恥ずかしがり屋……モンスターが? 兎型のモンスターとかかな? 

 

『君ハ、エット……』

「私、マリィ!」

 

 名前を聞いていなかったと思うと、マリィは即答してくれた。仲間はかなりの数がいるようだが、彼女は一人だ。おそらく水中でしか活動できない彼女を連れて行けないのだろう。

 

「ミノタウロスノ名前ハ?」

『名前……』

 

 マリィに問われてフッと思う。僕はダンジョンから産まれたモンスター。当然、名付け親などいない。名乗る相手もいなかったので名前なんて考えていなかった。さてどうしよう。

 

 ミノタウロス……牛のモンスター……猛牛……牛……オックス……ブル……。

 

『……ミノタン?』

 

 ——ないないないないないないないないない。自分で考えておいてこれはない。ダサ過ぎる。

 

「ミノタン?」

 

 マリィの呟きに僕はハッと口を塞ぐ。いつの間にか口に出していたらしい。それも一番、聞かれたくないことを聞かれた!

 恥ずかしさのあまりプルプルと震え出す。

 

『チ、チ……』

「チ?」

 

 純粋な目で見つめてくるマリィ。そこが限界だった。

 

『違ウウウウウウウウウウウウウウウウウウウッ!』

 

 その場から僕は逃走した。現実逃避するように全速力で走り、僕の姿はあっという間に見えなくなった。

 

「変ナ、ミノタン……」

 

 マリィから盛大に誤解されていることを、走り去った僕が知ることはなかった。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 マリィから逃げ出してしばらく。太陽がないので『昼』か『夜』かも分からず、水中にいることが多くなったので時間の経過も分からない。

 あれ以来、マリィとは会ってない。というより恥ずかしくて気配を感じたら逃げてしまう。

 それからはひたすら水棲モンスターと水中戦をする毎日。地上では無類の強さを誇るミノタウルスといえど『圧倒的地形の不利』の前には遥かに弱い怪物にも手を焼く。

 幸い怪物は僕を無意識に同胞と思っているのでこちらから手を出さなければ襲ってこない。それに馬鹿だから襲ってくるのは手を出した一匹だけで実力差があっても逃走しない。一対一なら負けはしない。

 

 だから『ドロップアイテム』もかなりの数が手に入った。特に金属の青い蟹は群れを作り、陸上も行動するので倒しやすかった。倒した数は群を抜き、その蟹の甲羅の『ドロップアイテム』も一番多い。

 だから、この甲羅で鎧を作った。この蟹の甲羅は巨大蜂以上の防御力を秘めている。あの強い人間達を相手にするには役不足だろうけどこれがいま用意できる最高の防具だから仕方ない。それと武器になりそうな『ドロップアイテム』は残念ながら出なかった。

 

 それから水中活動を向上させる物も手に入れた。水中戦で陸上戦との最大の違いは機動力と呼吸。

 機動力は重量級で脚が蹄の僕では泳ぐのは人間より遅い。加えて巨体なので水の抵抗も人間以上だ。

 呼吸は肺呼吸する陸上生物では長時間の潜水は不可能。

 それらを解消するためのモノを僕は入手した。

 まず機動力を向上させるモノは、巨大な海蛇の『ドロップアイテム』である鰭。大きいモノでは十メートルにもなる海蛇の鰭はそれだけでも十分、大きい。それを蹄に付ければまるでダイビングに使用する『フィン』のようになる。水掻きを得たことで水中速度が速くなった。

 次に呼吸は、何故か水中じゃなく地面に生えていた薄紅色の珊瑚の塊。その中に隠れていた貝殻に入っていた七色に輝く真珠で解決した。真珠が潜るのに何の関係があるのかと思うだろう。でも、この真珠凄い効果を持っていた。

 何と口に入れると水中で呼吸する『酸素ポンベ』のように水中で息ができるようになる。

 こんな便利なモノがあるのになんで人間達は使わないのか疑問に思ったけど、高く売れるからだろう。装飾品として加工すれば高額になるだろうから、売り物を口に入れる馬鹿はいない。だから、この真珠の効果に気付かない。

 え、なんで誰も気づかなかった事に気付いたって? ……真珠って飴玉に見えないこともないとだけ言っておく。しばらく甘味を口にしてないから、飢えてた訳じゃない。

 

 こうして水中活動が改善されてから一日の大半を水中で過ごすようになってしまった。

 もう『猛牛』じゃなくて『水牛』に改名すべきかもしれない。そんなくだらない事を考えながら水面を漂ってるいると足音が聞こえてきた。——この数は二人。人間だな。

 足音を聞き僕はそう判断した。この水の階層に二足歩行の歩き方をする怪物はいない。なら、人間しかありえない。

 そういえばこの前のエルフ以外に人間を見ていなかったなと足音のする方を見ると

 

『ブゥフッ⁉︎』

 

 僕は盛大に咳き込んだ。あまりに予想外な人物がいたからだ。

 一人はエルフ。始末したエルフと違い絶世の美貌と王族の気質を持つ女性。杖を持っているので魔導士と推測。

 問題はもう一人だ。激戦を繰り広げたのだろうその装備はボロボロで、長い金髪と整った顔をした女剣士。死闘したあの顔を見間違えるはずかない。

 僕は金髪の剣士と早過ぎる再会を果たした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




『隻眼のミノタウロス』
名前:ミノたん(仮)
推定Lv.5相当
到達階層:26階層
装備
【ウダイオスの黒剣】
・アイズの身の丈より長大な剣。
・第一級武装にも劣らない階層主の『ドロップアイテム』。
・彼は未加工のまま使用している。
【ウンディーネ・クロス】
・精霊の護布。水属性に対する高耐性。水中活動ての恩恵ももたらす。
・型はマント
【蒼蟹の鎧】
・甲羅を紐で繋いだだけの簡素な鎧。
・第二級冒険者の攻撃も防ぐ防御力がある。
・材料にドロップアイテム『ブルークラブの鋼殻』を使用。
・ズバ抜けた『耐久』を誇る彼には無用の長物。
【海蛇の水掻き】
・足に鰭を取り付けただけの簡易な水掻き。
・水中速度が上昇する。
・材料にドロップアイテム『アクア・サーペントの鰭』を使用。
【真珠の呼吸器】
・『迷宮真珠(アンダー・パール)』を口に入れるだけ。もはや装備品ですらない。
・水中呼吸可能。
・冒険者は未だにその真価を知らない。

捕捉
金属の青い蟹=ブルークラブ
薄紅色の珊瑚の塊=迷宮珊瑚(アンダー・コーラル)
七色に輝く真珠=迷宮真珠(アンダー・パール)

 

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