ダンジョンにミノタウロスがいるのは間違っているだろうか 作:ザイグ
5邂逅と猛牛
一階層に、更に一階層、もう一階層——『略奪のミノタウロス』率いる猛牛の群れの暴走は破竹の勢いで続いた。
まるで道筋を覚えているように12階層まで先頭の猛牛のが最短ルートを突っ切り、そのまま『中層』を抜けて『上層』へ進出。
途中、撹乱するように各階層に数匹のミノタウロスが散り散りになったは彼の策略だったのかもしれない。
ただでさえ少人数で追跡していた【ロキ・ファミリア】は討伐の為に分散するしかなく、追跡は困難を極めた。
——そして先頭にいた『略奪のミノタウロス』をアイズ達は見失ってしまった。
◆ ◆ ◆
……ここまで来れば大丈夫そうだね。
階段を十以上登り、追撃を振り切った僕は物陰に隠れて息を潜めていた。
隠れて十分くらいはたっただろうか、あの怖い人達がくる様子はない。どうやら逃げおおせたらしい。
それにしても何であんな化け物みたいに強い連中が徒党を組んでんだよ。ゲームとかだと中ボス、ラスボスは一体とかだろう。
そんな愚痴を内心で零しながら、物陰から出ると
「あっ」
『ブォ?』
白髪の少年に出くわした。どうやら強い気配にばかり気を取られて、弱い気配に気付けなかったようだ。てか、どうしよう?
「……」
『……』
人と怪物。予想外の事態に両者は思考が停止し、見つめ合う。そして少年の方が先に我に返った。
「ほぁあああああああああああああああああああああああっ⁉︎」
——叫ぶな馬鹿あああああああああああああああああああっ!
折角逃げ切ったのにこんな悲鳴を上げられたら、見つかってしまう。僕は少年の口を塞ごうと手を伸ばすが——それより速く疾風が迫った。
『ヴゥッッ!』
「……!」
防げたのは獣の勘、いや奇跡だった。咄嗟に盾のように構えた大剣が僕へ見舞われようとしていたサーベルを弾いた。しかし、代償として大剣に亀裂が入る。
追ってきたのは金髪の剣士。名前は……なんて呼ばれてたっけ? まぁ、金髪の剣士でいいか。
なんてどうでもいいことを考えていると少女は斬りかかってきた。僕はサーベルと真っ向から打ち合わず、攻撃の軌道をずらように大剣を振るう。
さっき一撃防いだだけで大剣には亀裂が入った。見た目は細く脆そうなサーベルだが武器の質は間違いなく向こうが上。まともに打ち合えば折れてしまう。
だから、僕は大剣を攻撃に使わず防御に回した。向かってくるサーベルに対し、側面を狙う。
攻撃の軌道をずらし、受け流す。その僅かに生じた隙に反撃の剛腕を振るい回す。
「……っ!」
流石にこんな戦法を取る怪物と対峙したことがないのか少女も戦い辛そうにしてる。
一流の剣士である彼女にとって僕の拙い技など大した障害にはならない。せいぜい牽制になる程度。実際に何度も防御を掻い潜り、身に付けた鎧を簡単に斬り裂かれていく。
『ゥウウウウウウウウウウウウウウウッ!』
でも僕は構わず猛攻を仕掛ける。傷つくくらいではもう怯まない。
彼女は攻めきれない。防御をすり抜けようと、鎧を斬ろうと、サーベルは僕の体を浅く斬るだけ。かすり傷しか与えられない。
——僕の体、というよりミノタウロスの体がそもそも断ちにくい。ミノタウロスという種族は強靭かつ過剰なまで重なった筋繊維がぶ厚いゴムの役割を果たし、半端な攻撃は通じない。
加えて紫紺石を大量に食らった僕は大幅にパワーアップしており、他のミノタウロスとは比べものにならない怪力と耐久力を誇る。
金髪の少女が強くても簡単には斬れない。でも、このままだどジリ貧。だから、僕は攻撃に出た。
『ヴゥムゥンッ‼︎』
蹄による踏み込み。足に力を込め、彼我の距離を一瞬で縮める突進。
カウンターとして二、三撃は貰うだろうが『怪物』生粋の打たれ強さと強靭さを持つ僕なら耐えられる。
そして捕まえれば彼女より遥かに怪力な僕の勝ちだ。
実際に掴みかかると彼女の剣撃が胴体、両腕、首と予想より多い四箇所を深く斬られ血を流すが許容範囲だ。こんな軽傷はしばらくすれば完治する。
概ね僕の予想通りになり、あと少しで彼女の肩を掴もうとして——大剣を真横に構えた。
瞬間、凄まじい衝撃が大剣越しに伝わる。元々亀裂の入っていた大剣は耐久力の限界を超え——砕け散る。
衝撃の正体は金属製のブーツを装備した蹴り。どうやらあの僅かな攻防の間に彼女の仲間が合流したらしい。
「——吹き飛びやがれええええええええええええええええッ‼︎」
駆け付けたのは狼の青年だった。攻撃を防がれた彼は即座に体を回転させ反対の足で振り下ろすような蹴りを放つ。僕も負けじと腕を交差させ、強烈な蹴りを受け止めた。
「ちぃっ!」
『ヴォ……!』
足を押し返そうと力を込めると腕の隙間からサーベルの刺突が繰り出された。両腕で蹴りを受け止めているので防げず、蹄が地面に食い込むほど踏ん張っているので避けることもできない。
サーベルは吸い込まれるように僕の片目を貫いた。
『ヴゥ、ヴゥモオオオオオオオオオオォ——⁉︎』
一瞬遅れてやってきた激痛に僕は絶叫を上げた。ミノタウロスになって一番の痛みにのたうち回る。
「よくやったアイズ! 畳み掛けるぞ!」
「うん……!」
好機と見た二人が容赦なく攻めかかる。迎撃しようにも痛みに動きが鈍り、剣撃や蹴撃をモロに食らってしまう。
——マズイ、マズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイ‼︎ このままだと殺される! でも、この窮地を打破する方法があるのか⁉︎
激痛で体は鈍り、片目が潰されたことで視界半減、この二人に硬殻の防具は何の意味も成さず大半が砕かれ、大剣も破壊された。
……無理だ。詰んでる。逃げようにも敵二人の方が早いから逃げ切れない。さっきみたいに囮が必要だ。
僕は死ぬのか? こんな暗い洞窟の中で。ここがどこかも分からずに。ただ一匹の怪物として。
——いやだ! まだ終わりたくない! 僕はまだ何も成していない!
『シ———』
無意識に僕は口を動かしていた。心の底からいまの想いを。終わってたまるかという気持ちを。
『シネ——』
「え……」
「何だ?」
何事か口ずさむ僕に二人は訝しむ。いまはそんな彼らの事も気にならずに自分の激情をブチまけた。
『死ネルカアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ‼︎』
「モンスターが……!」
「喋りやがったぁっ⁉︎」
咆哮や鳴き声しか出せないはずの怪物。それが明確な言葉をしたことに狼の青年と金髪の剣士は驚愕する。後ろで恐怖に震えていた白髪の少年も双峰を見開いている。
だが、言葉を話せたからと言って何だというのか。戦闘能力が向上するわけでも、逃げ足が速くなるわけでもない。この場ではまったくの無意味だ。ただ——
壁面——左右及び彼らの背後——全てに
偶然か、はたまた我が子を想う迷宮の意思か。それともここが袋小路だったからか。彼の窮地を救うようにそれは起こった。
◆ ◆ ◆
「嘘だろ、ここは5階層だぞ!」
「それにこのタイミングで……!」
「え、ええ、何これ⁉︎」
壁面全てに亀裂が走る。この現象に熟練の冒険者二人は覚えがあり、初心者の少年は何が起きているのか分からずに狼狽えていた。
壁面に亀裂が走るのは前触れ。モンスターが迷宮より産まれ落ちようしている。それも全壁面という大規模に。
『
それは問題ではない。ここはダンジョン5階層。出現するモンスターは『ゴブリン』などの雑魚中の雑魚と呼ばれるモンスターばかりだ。
アイズ達第一級冒険者なら片手間に一掃できる。だが、その片手間といえる時間さえ目の前の猛牛に与える訳にはいかない。
戦ってみてわかった。このミノタウロスの
加えて他のミノタウロスを先導し、武器を扱うなど何を仕出かすか予想ができない。
ここで確実に仕留めなければ途方もない脅威になると冒険者の勘が告げていた。
だが、無情にもダンジョンは待たない。不快な産声を響かせながら、百近いゴブリンが壁面を破って現れる。
産まれ落ちるのと連動するように『略奪のミノタウロス』も動き出す。
『ヴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ‼︎』
『略奪のミノタウロス』はゴブリンの一匹を掴み——力任せに投擲した。豪速球と化したゴブリンが投擲された先には白髪の少年。彼はアイズ達にとって急所ともいえるべき少年を標的にした。
「……!」
すぐざまアイズが投擲されたゴブリンを斬り刻み、少年を庇うように立つ。彼ではゴブリンの群れに対処できず蹂躙されると判断したからだ。
「アイズ、その雑魚を守ってろ!」
「でも……!」
「言う通りにしろ!」
ベートの有無を許さない迫力にアイズは頷き、四方八方から襲い掛かるゴブリンを瞬殺していく。
そしてベートも『略奪のミノタウロス』との戦闘を再開した。
【ロキ・ファミリア】随一の俊足を活かして『略奪のミノタウロス』を翻弄。群がるゴブリンを踏み抜きながら、蹴撃を叩き込む。
『略奪のミノタウロス』も防御を捨て強靭さにものを言わせた捨て身の攻撃に切り替えた。
いくら蹴撃を叩き込もうと猛牛は怯まず、猛牛はベートを捉えられず剛腕は空振りに終わる。
両者は対極の戦闘スタイルをしている故に互いに決め手に欠けていた。
『スキル』の恩恵もありLv.6のフィン達より僅かに速いベートに猛牛は追いつけずに必殺の剛腕を当てられない。
『耐久』に特化した防御力がLv.6に匹敵する猛牛にベートの蹴撃が有効たりえない。
なまじ実力が拮抗している両者では中々決着がつかない。だが、拮抗状態が続けば不利なのは『略奪のミノタウロス』だ。
いまは少年をゴブリンから守るために動けないアイズだが、彼女の実力なら一分もすればゴブリンを全滅させるだろう。そうなればまた二対一となり敗北は必須。
ゆえに『略奪のミノタウロス』は勝負に出た。近くにいたゴブリンの頭を掴み——握り潰す。
『ゥウウウウウウウウウウウウウウウッ!』
「ぶわぁっ、てめえッ‼︎」
握り潰したことで手に付着したゴブリンの血肉をベートの顔面目掛けて投げ付け、見事に命中。目潰しである。
卑怯——とベートは思わない。命懸けの戦いだ。怪物が勝つ為に最善を尽くしているだけに過ぎない。
顔にべっとり着いた血肉にベートが視界が塞がれ、一瞬だけ動きが止まった。それを『略奪のミノタウロス』は見逃さない。
猛牛は両手を地面に叩き付け、
『ヴヴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ‼︎』
「————がぁッッ」
ベートにラッシュが直撃。双角が腹に食い込み、そのまま壁面に彼を叩き付けた。轟音を響かせベートの体が壁面にめり込む。
腹部に風穴を開けられ、大型モンスターと壁面に挟まれた衝撃にベートは白目を向き、全身から力が抜ける。
「ベートさん……!」
それを目にしたアイズが悲鳴上げるように彼の名前を呼ぶが返事はない。代わりに『略奪のミノタウロス』が反応し、またもゴブリンを彼女に投擲した。
「……!」
アイズは愛剣で斬り刻もうとするが、『略奪のミノタウロス』は次の行動に出た。
半ばから折れた大剣。もはや使い物にならなくなった武器を猛牛は渾身の力で投擲した。
投擲した大剣は前方を飛ぶゴブリンに命中。衝撃に耐え切れずゴブリンは炸裂し、血飛沫を盛大にブチまけた。
「……っ」
「うわっ⁉︎」
四方に飛び散る血を全身に浴びたアイズと少年は顔をしかめる。
その隙に『略奪のミノタウロス』は背中を見せ、逃走をした。Lv.5相当の剛脚を解放し、その背は瞬く間に見えなくなる。
直ぐにアイズは追おうとしたが踏み止まる。気絶したベートや怯えた少年を放置するわけにはいかない。もし、あの猛牛がそこまで理解して逃走したのなら、恐ろしいとアイズは思った。
まずアイズは背後に庇っていた少年に声をかけた。
「……大丈夫ですか?」
「だっ——」
「だ?」
「だぁああああああああああああああああああああああああ⁉︎」
少年は全速力でアイズから逃げ出した。先程逃げたミノタウロスに彷彿とさせる逃走っぷりである。
アイズは呆然と立ち尽くすしかなかった。
◆ ◆ ◆
この日、第一級冒険者を撃破した『略奪のミノタウロス』は第一級の
また二つ名も装備品を殆ど失い他のミノタウルスと外見の区別がつかくなったので、【剣姫】が片目を潰したことから『隻眼のミノタウロス』に変更された。
『隻眼のミノタウロス』
推定Lv.5相当
到達階層:24階層
装備
【大剣・二代目】
・『リヴィラの街』で入手した大剣。
・武器狂(ボールズ)が集めた逸品。
・第二等級並の威力を持つ。
・強奪品のため固有名不明。
・ベートの蹴りに耐えきれず折れた。
【大蜂の鎧】
・硬殻を紐で繋いだだけの簡素な鎧。
・第三級冒険者の攻撃も防ぐ防御力がある。
・材料にドロップアイテム『デッドリー・ホーネットの強殻』を使用。
・ズバ抜けた『耐久』を誇る彼には無用の長物。
・アイズとベートの攻撃に耐えきれず全損。
補足
金髪の剣士=アイズ
白髪の少年=ベル