ダンジョンにミノタウロスがいるのは間違っているだろうか 作:ザイグ
怪物の女性に上への階段を教えて貰った僕は階段をいくつか登り、綺麗な階層まで戻った。でも、そこに留まることなく更に上に登る。
実は灰色の巨人に戦いを挑もうと思っている。あの辺りで唯一戦ってなく、一番強いのはあの巨人で間違いない。
まだ未熟だった時は冒険隊に討伐され、戦う機会がなかったが他の怪物同様、壁から産まれ落ちてると思う。
いまの僕は武器も防具もより強力なモノを手に入れている。勝機は十分ある。
何より、巨人から取れる紫紺石のことを考えると涎が出る。あの巨人は他の怪物より上質な紫紺石を持っていると僕の食欲が告げている。
という訳で僕は装備も万全な状態になったので灰色の巨人に挑もうと階層を上がったけど——いなかった。
灰色の巨人は綺麗な階層の階段前に陣取っていたはずだが見当たらない。ひょっとしたらあれは特別な怪物だから産まれ落ちてるまでの期間が長いのか、別の誰かに討伐されたか。戦闘痕がないから前者だな。
肩透かしをくらった僕はここに居ても仕方ないので上に登ることにした。
なんか
あの大群相手では人間側は死んだな、と同時に人間の遺品から使えそうなモノがあれば貰おうと考え、階段を降り、大広間に戻ったんだけど。
……何、この状況?
「——蹴り殺してやるぜええええええええええええええええッ‼︎」
「うるさいわよッ、バカ狼! 次はどいつだああああああああッ‼︎」
「ティオネもうるさいじゃん! とりゃあぁ——ッ!」
『ヴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ⁉︎』
ミノタウロスの大群相手に人間達が無双していた。特に先頭で暴れる狼の青年と褐色の姉妹の暴れっぷりは凄まじい。
ミノタウロスが吹けば飛ぶようにポンポンと宙を舞っている。どっちが怪物かって話だよ。
でも、実際問題これはマズイ。あの三人は僕と同等かそれ以上の怪物だ。他の人達も強いし、後方に待機してるのはもっと強いのかも知れない。
勝ち目はないと判断し、来た道を戻ろうとすると
「あっ、なんか鎧着たミノタウロスがいる! あたしが貰うねッ!」
褐色の姉妹の片割れに気付かれてしまった。しかも口振りから僕をスコア程度にしか思ってない。
それだけ彼女は強さに自信があるのかもしれないけど——気に入らないな。僕だって強いんだよ?
「うりゃあぁ——ッ!」
一瞬で距離を詰めた褐色の少女が振りかぶった拳を僕に叩き付ける。その渾身の拳撃を——僕は片手で受け止めた。
「…………あれ?」
遥か格下のミノタウロスに受け止められるなど欠片も思っていなかったのだろう。褐色の少女は戦闘中ということも忘れ呆然とする。
——そしてそんな致命的な隙を見逃すほど僕は甘くない。
『ヴヴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ‼︎』
「——ッ⁉︎」
猛牛の咆哮を響かせ、今度はこちらが渾身の鉄拳を見舞う。褐色の少女は受け身をとることもできずに直撃。そのまま遥か後方、静観していた人達を通り抜けて壁面に激突し、停止した。彼女はモロに食らった打撃に耐えられず気絶したのか、起き上がることはなかった。
「「「……」」」
信じられない光景に人間達は硬直した。
彼は知りえないことだが、いま吹き飛ばした少女の名は『ティオナ・ヒリュテ』。
二大派閥の一角【ロキ・ファミリア】を代表するLv.5の第一級冒険者である。本来Lv.2にカテゴライズされるモンスター『ミノタウロス』では百匹の群れで挑もうと蹂躙されるだけの
その彼女が一撃で吹き飛ばされた。その事実が【ロキ・ファミリア】に与えた衝撃は計り知れなかった。
◆ ◆ ◆
「嘘……」
「ティオナさんが……」
「……負けた」
第一級冒険者が負けた。その事実に団員達の中に不安が広がる。
実は【ロキ・ファミリア】は未到達階層を目指していたが
そこにまたも
「——落ち着けッ!」
「「「——ッ」」」
しかし、よく響き勇気ある声が彼らの不安を吹き飛ばした。声を張り上げたのは金髪の
体は小さいが全団員から信頼される勇気と力を持った【ロキ・ファミリア】団長。彼の一言はパニックになりかけた彼らを落ち着かせるには十分だった。
「リヴェリア、ティオナの介護を。重傷なら回復魔法を頼む」
「ああ」
「アイズ、ベート、ティオネは鎧を装備したミノタウロスを! 他の団員は決して近くな!」
「「「了解!」」」
次々と出される指示に団員達は素早く動いた。あの異常なミノタウロスは第一級冒険者が三人がかりで抑え、他のミノタウロスは団員達が仕留める。彼らは下っ端といえど通常のミノタウロスに遅れをとることはない。
「最後の最後に変なモンスターに出会したのう」
「そうだね、ガレス。あれはおそらく、『強化種』だ」
近くにいたドワーフの呟きにフィンは答える。
『強化種』。同族を殺し、『魔石』を取り込むことで能力を上げるモンスターの総称。
別のモンスターの『魔石』を摂取したモンスターは能力が飛躍的に上昇する。そして力の全能感に酔いしれ、ひたすら同族の『魔石』を食い漁るようになる。文字通り弱肉強食の法則によって力を引き伸ばすのだ。
「多分、ボールズが言ってた『略奪のミノタウロス』はアレのことだろうね」
「聞いた話ではLv.4相当という話だったが……ティオナを吹き飛ばす『力』から見るにLv.5相当に強化されたようじゃ」
『略奪のミノタウロス』。それは『リヴィラの街』に襲来した『
最初は15階層に出現するミノタウロスが12階層に進出するという
ギルドは即座に『略奪のミノタウロス』を
「確かにあそこまで強くなり、武器の使い方まで覚えていたのは驚いたけどアイズ達なら問題ない」
フィンは見つめる先、『略奪のミノタウロス』が大剣を抜き、構えるのを見て呟く。
熟練者であるフィンから見ればまだまだ素人の域だが、理性なきモンスターが剣術を覚えている時点でおかしいのだ。
だが、それは何の問題もない。アイズ達、第一級冒険者は技術も実力もある。敵が
ティオナも完全な不意打ちでなければ気絶しなかっだろうし、
「そうじゃな。あの三人が負けることはないじゃろう」
ガレスもフィン同様、彼らの勝利を確信していた。
——ただ一つ。彼らに誤算があるとすれば『略奪のミノタウロス』を知らなかったことだろう。知能が高くとも所詮はモンスター。ならば絶対に襲いかかってくるはすだと。
彼の中身が自分達と変わらない理性と知性を持った人だったなど夢にも思わない。
だから、彼の次の行動が読めなかった。
『ヴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ‼︎‼︎』
彼がまずしたのは『
生物の心と体を『恐怖』で縛り付ける威嚇。Lv.5相当の『略奪のミノタウロス』の雄叫びは凄まじいが、同格のアイズ達を縛るには至らない。
だが、彼の狙いはアイズ達ではない。アイズ達には効かなくとも下っ端である団員は耐えれない。
彼らはなす術もなく
『ゥウウウウウウウウウウウウウウウッ!』
次は咆哮ではないただの唸り声。アイズ達に対して何の意味もない行動。
『ヴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ⁉︎』
ミノタウロスが集団逃走を開始した。彼の唸り声を合図にするように逃げ出したのだ。
「ええっ⁉︎」
「お、おいっ⁉︎ てめえ等、モンスターだろ⁉︎」
その光景にティオネとベートは驚愕する。アイズも金色の双峰を見開いた。
その隙を見逃す『略奪のミノタウロス』も逃走を開始。Lv.5相当の『
「追え、お前達!」
動揺を抑えたリヴェリアの号令が飛ぶ。
だが、逃走するミノタウロスを追おうにも大多数の団員は未だに硬直状態にある。
動ける極一部が追跡を開始するが、『略奪のミノタウロス』はあろうこうと16階層に続く階段を駆け上がり、猛牛の群れもそれに続いて上層に消えていった。
「ちょっと、そっちは⁉︎」
「面倒な予感しかしねえぞ……⁉︎」
「あの『略奪のミノタウロス』、これを狙って……?」
「だとしたらタチが悪いのう!」
アイズ達は死にも狂いでミノタウロスを追いかけていった。
補足
狼の青年=ベート・ローガ
褐色の姉妹=ティオナ&ティオネ