ダンジョンにミノタウロスがいるのは間違っているだろうか   作:ザイグ

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第二十九話:落下と黒牛

 

 

 深く、深く、深過ぎる大穴。何層もの階層をぶち抜いて(・・・・・・・・・・・・)形成された長大な縦穴。

 降下する中、僕は見た。穴の底で落ちてくる己を仰ぐのは、無数の牙の隙間から煙を吐く、数匹の巨大な紅竜。

 穴の最下層、砲撃地点に居座るのは二本の脚で立ち全長十M(メドル)の巨軀を誇る大紅竜だ。

 その内の一匹が顎を開いた。砲身のごとき口腔が爆熱。大火球が装填され真っ赤に染まる竜の口が真上へ照準される。

 

『——————————アァッッ‼︎』

 

 大紅竜から砲撃が放たれる。直径五M(メドル)を超える大火球が打ち上がり——直撃。

 大爆発。アステリオスを紅蓮が包んだ。

 

 ——熱っ、階層を壊したのはあの竜達か⁉︎

 

 真下の大爆発の正体は——遥か下の階層からの砲撃(・・・・・・・・・・・)。アステリオスは数百M(メドル)先の地の底から狙撃されていた(・・・・・・・)

 凶悪な咆哮が前兆を告げる、竜の火砲。狙い撃ち、幾多もの分厚い岩盤を破壊してのける莫大な大火球(フレア)。深部に生息するより強大なモンスターの攻撃がアステリオスを脅かす。

 階層到達の能力基準を無視する暴挙。まさかの、『階層無視』。

 既階層ならば特級の異常事態(イレギュラー)に値する現象。信じられない事態。この階域にそれまでの常識は通用しない。

 規模が違う。尺度が違う。脅威が違い過ぎる。これこそが本当の——地獄‼︎

 

 ——出鱈目過ぎる!

 

 大紅竜もアステリオスだけには言われたくないだろう。深層の階層主に匹敵する怪物でありながら、上層域、中層域、下層域を好き勝手に動き回っては、遭遇(エンカウント)した冒険者もモンスターも襲っていたのだ。冒険者達にとってはこれほどの悪夢はないだろう。

 

 ——でも、違うコイツ等じゃない。最初の火球はあんなものじゃなかった(・・・・・・・・・・・・・・・・・)

 

 アステリオスの最初の大火球を放ったのは、いま仰ぎ見ている紅竜ではいと断言した。その根拠は全身に負った火傷だ。

 あれだけの大火球の直撃を受ければ火傷など当たり前。むしろ骨さえ残さず蒸発しかねない大火球を受けてその程度で済んだことを驚くべきだろう。——だが、違う。

 アステリオスは直撃した大火球で火傷一つ負っていない(・・・・・・・・・・・・・・・・・・)。彼は【天性猛牛(ミノタウロス)】で炎属性に対する高耐性と【天性黒犀(ブラックライノス)】で魔法に強い耐性を得ている。大紅竜の攻撃は、体内の魔力を燃焼させて大火球を放つ、言わば魔法のような攻撃だ。ゆえに魔法耐性は有効。

 火耐性と魔法耐性、桁外れの『耐久』補正も相まって並の炎属性の魔法には焼かれない。

 結果、アステリオスは炎に対しては桁違いな耐久力を発揮し、Lv.6の潜在能力(ポテンシャル)が組み合わされば階層をぶち抜く大火球さえ無傷で耐え切るほどだ。

 しかし、最初の大火球は違った。落下中よりも遠距離、更には分厚い岩盤をぶち抜いて威力が落ちていたにもかかわらず、アステリオスの耐性を貫通して、強竜(カドモス)でさえ傷一つ付けられなかった皮膚(アーマー)に火傷を負わせている。

 

 ——大火球(あれ)を撃った竜が、他の紅竜より強いモンスターがいる!

 

 縦穴からはそれらしいモンスターの姿は見えないがこのまま落下するだけでは狙い撃ちされる。縦穴の壁面を蹴りつけ直下へと疾走する。風を切り、強大な怪物が待ち受ける縦穴の底へ。

 だが、敵は大紅竜だけではない。蟻の巣のごとく縦穴に繋がる横穴から、多くの竜が翼を打って飛翔してくる。尾を入れれば体長は三M(メドル)に及ぶ飛竜(ワイヴァーン)だ。

 大紅竜の火球が開通かせる縦穴を通じてダンジョンの異物(ゼノス)を始末せんと紫紺の飛竜が襲いかかる。

 穴の底には大紅竜、縦穴の階層には飛竜の群れ。この階域はまさに『竜の巣』だ。

 横穴から続々と出現してくる竜種に、拳を握り締めるアステリオスは駆け出した。

 

『ヴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ‼︎』

 

 巨軀にもかかわらず、未だ降下中ということを忘れてしまうほどの素早さでアステリオスは岩盤を蹴り、矢となって、真っ直ぐに飛んできた飛竜(ワイヴァーン)の一匹に振りかぶった鉄拳を叩き込んだ。

 

『アアアアアアアアアアアアアッ⁉︎』

 

 出鱈目な『力』に硬い鱗も何の意味もなさず砕かれ、致命傷を負ったモンスターは絶叫をあげる。そのままアステリオスは力任せに殴り飛ばし、別の飛竜(ワイヴァーン)と衝突させ、それでも勢い衰えずに他の個体を巻き込みながら壁面に激突した。

 

 ——あーあ、せっかくの魔石(おやつ)が勿体無い。

 

 身動きが取れなくなる空中戦。その上、下から砲撃まで晒されている中では魔石を食うこともできない。飛竜(ワイヴァーン)達の魔石は良質そうなだけに残念だ。

 放たれる飛竜(ワイヴァーン)達の火炎弾——一斉射撃も全身で受け止めて突進。被弾しながらも全く堪えた様子を見せず、近くにいた飛竜(ワイヴァーン)の一匹に襲いかかる。

 爆音とともに放出された大紅竜の大火球も、鉄槌のごとく振り下ろした剛腕で相殺し、砲撃の第二波も凌いだ。

 捲き起こる大爆発。墜落していくモンスター。耳を塞ぎたくなるほどの竜達の吠え声。

 この世のものとは思えない凄まじい戦闘を繰り広げながら、アステリオスは穴の底に近づいていく。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 ——だあぁぁぁぁっ、次から次へときりが無い!

 

 大紅竜の砲撃に晒されながら、アステリオスは飛竜(ワイヴァーン)の群れと戦闘を繰り広げる。

 大火球によって階層を破壊し規模が広がる。それに比例するように飛竜(ワイヴァーン)は倒しても倒しても湧いてくる。むしろ、数は最初より増えていた。

 

 ——それに滅茶苦茶速い飛竜(ワイヴァーン)がいる⁉︎ 僕と同じ『強化種』だな!

 

 降下を続けるアステリオスは壁を蹴っては跳びかかり、能力(ステイタス)にものを言わせた出鱈目な戦法で飛竜(ワイヴァーン)を撃墜していくが、翼のない彼には限界があった。

 前肢が翼と化した両翼で高速飛行する飛竜(ワイヴァーン)、その中でも殊更速度が飛び抜けた個体にアステリオスは悪戦する。突撃と同時に繰り出される爪あるいは牙に加えて、すかさず尾で弾かれ止めとばかりに火炎弾を連射される。『強化種』といえどアステリオスとは潜在能力(ポテンシャル)に大きな差があるので傷一つつかないが、彼の反撃も空を切るだけだ。

 同胞(モンスター)を襲い多くの『魔石』を取り込んだ『強化種』。より獰猛により精強となった飛竜達の王は、血走った獣の瞳で傷付けられない敵を睥睨し、苛立ちながら風を切った。紫紺の鱗を持つ周囲の飛竜達もまた逆襲しようと飛びかかる。

 

『ヴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ‼︎』

 

 アステリオスは剛腕剛脚を振り回し、近付く飛竜(ワイヴァーン)を片っ端から粉砕する。そして周囲の飛竜(ワイヴァーン)を粗方一掃したアステリオスは岩盤に両腕を突き刺し——引き剥がした。

 両手に掴まれた大質量の岩石。それを『強化種』目掛けて投擲。しかし、『強化種』は悠々と回避。が、それだけでは終わらない。

 アステリオスは次々と岩盤を引き剥がし、巨大岩石を連続投擲。幾度となく宙を貫く大塊。己より遥かに大きな岩石が減速もせず弾丸のごとく飛来する豪速球に必死に避け続けていた飛竜の王の動きも次第に陰りを見せ、すかさずそこを狙う撃ちし——とうとう被弾。衝撃に耐え切れず『強化種』は錐揉みする。崩れた体勢を何とか立て直そうとするが——アステリオスがそれより速く動いた。

 Lv.6の脚力を解放。疾風のごとく跳びかかり、『強化種』にしがみついた。

 

『オオオオオオオオオオオオオオオッ⁉︎』

 

 竜は必死にアステリオスを振り払おうとするが、硬質な紫紺の鱗を突き破り食い込む五指がそれを許さない。

 

 ——逃がさない。『強化種(おまえ)』の魔石だけは頂くよ!

 

 ただでさえ魔石に貪欲なアステリオスが飛竜達の魔石を取り逃がしているんだ。魔石を取り込み特に良質になった『強化種』の魔石だけは絶対に手に入れたかった。

 胸部に片腕を突き刺し——引き抜く。その手には紫紺色に輝く魔石が握られていた。

 魔石(かく)を失ったことで飛竜の王は灰塊へと成り果てる。

 アステリオスは魔石を口へ放り込み、ぱくっと食べる。良質な魔石を取り込めたことに満足した彼は残る飛竜(ワイヴァーン)達に攻めかかった。

 

『——————————ッッ‼︎』

 

 壁を蹴り、宙に身を躍らせ、弾丸となって高速落下してくるアステリオスに飛竜(ワイヴァーン)達の口腔が火を吹いた。火炎弾の嵐にアステリオスは構わず突っ込む。顔色一つ変えず、傷一つなく突破する。そして急白する飛竜(ワイヴァーン)に剛拳を見舞う。頭蓋を粉砕され、脳漿を飛び散らせながら、そのまま死骸を足場代わりにして跳躍する。巨軀ゆえの長大な射程(リーチ)の剛腕をもって周囲のモンスター達をいっぺんに薙ぎ払った。

 

『アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ‼︎』

 

 こちらを忘れるなとばかりに大紅竜の咆哮、そして砲撃された大火球。そんなもの意味がないとばかりにアステリオスは振るった片腕が紅蓮の大火球を粉砕した。

 

 ——いい加減にうざいな。穴の中も近くなってきたし、紅竜の方へ殴り込もう!

 

 飛竜(ワイヴァーン)の撃破を続けていたベートは縦穴の底を睨みつけた。視界内に確認できる紅竜は四匹、穴の底までの高度はニ〇〇M(メドル)を切った。迫りくる『竜の巣』の終点にアステリオスは獰猛な笑みを浮かべた。飛竜(ワイヴァーン)を無視し穴の底へまっしぐらに疾駆する。

 

『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ‼︎』

 

 四対の紅竜の瞳が接近してくるアステリオスに照準し、四つの大火球を放つ。真上を見上げる四体の紅竜からの一斉砲撃が行われた。その威力は第一級冒険者さえ消し飛ばすほど絶殺。——だが、アステリオスは一気に加速。回避行動も取らずに真正面から大火球の砲弾群に突っ込んだ。

 大爆発。四つの大火球が同時に炸裂し、これまでにない紅蓮の大輪を咲かせた。

 流石に仕留めただろうと紅竜達は思い——次の瞬間、その瞳に驚愕を浮かべる。

 

『ヴヴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ‼︎』

 

 爆炎の中からアステリオスが現れる。流石にあの大爆発を無傷とはいかなかったのだろう。所々に焦げ目があるが、それだけだ。五体満足な彼は竜達に向かって降下した。

 次の瞬間、『竜の巣』を走破し、大穴が空いた天井から最下層へ抜け出る。

 だんっ、と勢いよく踏み切ったアステリオスは、直下にいる大紅竜の一匹に狙いを絞り、鉄槌となって剛拳を振り下ろし——炸裂。

 仰いでいた紅竜の頭部を粉砕させ、ゆっくりと背中から倒れ込んだ。

 一〇M(メドル)に及ぶ竜の巨体が地に沈み、倒壊した塔のような轟然と階層を震撼させる。

 そのすぐ脇に着地を決めたアステリオスは、竜達の混乱の吠え声を耳にしながら顔を上げ——ようとした瞬間、特大の火球が撃ち込まれた。

 

『グッ……ゥウウウウウッ⁉︎』

 

 先程の大火球の砲弾群に匹敵、いや、それ以上の破壊の紅蓮が撒き散らされ、アステリオスは耐え切れずに吹き飛ぶ。全身を焼かれ、痛々しい火傷を負う。

 

 ——この威力……間違いない。最初に攻撃してきた竜だ!

 

 だった一発で大火球四発を超える威力を誇る特大火球。それを放った元凶を見ようと顔を上げると

 

『ルゥオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!』

 

 ——何、あれ……?

 

 驚愕に目を見開いた。その正体はやはり竜だった。だが、姿が他の紅竜達とはあまりに異なる。

 紅竜より頭一つ抜きんでた巨体。竜鱗も紅色ではなく中に吸い込まれそうな漆黒。だが、全身を覆うのは鱗というより殻のようで骸骨を連想させる。その瞳には眼球がなく、闇が充満する巨大な眼窩の奥では、朱色の怪火が小さく揺らめいていた。

 その中でも異彩なのが、頭部に生やした(オウガ)を彷彿させる二本の角。そして骸骨そのものの竜腕だ。どちらも他の紅竜にはない特徴だ。到底、紅竜と同じに思えない漆黒の大骸竜。

 

 ——姿もそうだけど匂いが気になる。これは……同胞(ぼく)の匂い?

 

 生前にあったレイやマリィと同じ匂い。そこで僕はある答えを導き出した。——この竜は『異端児(ゼノス)』だと。

 だが、もしアイズ達【ロキ・ファミリア】がこの竜を見た場合、あるモンスターを連想しだろう。

 

 

 

 ——竜骨のウダイオス(・・・・・)、と。

 

 

 

 




補足
大紅竜=ヴァルガング・ドラゴン
紫紺の飛竜=イル・ワイヴァーン
竜の巣=『竜の壺』

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