ダンジョンにミノタウロスがいるのは間違っているだろうか   作:ザイグ

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第二十四話:魔法と猛牛

 

『ヴヴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ‼︎』

 

 『隻眼のミノタウロス』が雄叫びを上げる。それは威嚇というよりこれからの死闘に自身を奮いたたせるようだった。

 それでも桁外れの『咆哮(ハウル)』。

 生物の心身を原始的恐怖で縛り上げる威嚇。Lv.6相当の怪物が放つ強制停止(リストレイト)に追い込む雄叫びは、階位(レベル)を昇華させた上級冒険者でさえ満足に動けなくする。

 

「!」

「アイズ一人で行っちゃ駄目!」

「先走るんじゃねぇ!」

「あんた達もね、ティオナ、ベート!」

 

 だが、そんなもので臆するアイズ達ではない。アイズが先陣を切り、ティオナとベートが彼女に呼び掛け、最後にティオネが声を張り上げる。誰一人、微塵も硬直していない。

 Lv.5以上の能力(ステイタス)。オラリオの中でも一握りしかいない第一級冒険者。現代の『英雄』と呼べる者達。怪物の咆哮で屈するなどありえない。

 アイズが神速の一刀を見舞う。猛牛は黒大剣で防ぐ。反撃の拳砲を放とうとするが、それより速くメタルブーツと大双刃が迫る。

 猛牛は後退を余儀なくされ、更に湾短剣(ククリナイフ)が数本飛来した。

 

『ブゥオッ!』

 

 それを猛牛は灰褐色の外套(フーデッドローブ)をはためかせることで散らす。それどころか宙を舞う一本を掴み、追撃してくるアイズに投擲した。

 

「!」

 

 迫る湾短剣(ククリナイフ)をアイズは一振りで払い落とす。その一瞬の隙を見逃さず彼女を断ち切らんと猛牛が剛閃を振るう。

 

「させるかああああぁぁっっ!」

 

 割り込んだベートが黒大剣を蹴り飛ばし、軌道をズラす。そのまま踏みつける。黒大剣は地面にめり込み、踏み締められているせいで抜けなくなる。

 

『ヴォッ⁉︎』

「いまだ、やれ!」

「言われなくても!」

「とりゃあぁーっ!」

 

 ベートの掛け声に応じるように、アマゾネス姉妹がそれぞれの獲物を繰り出した。

 斬り刻まんとする二刀の湾短剣(ククリナイフ)とカチ割らんとする大双刃。迫る死に猛牛は黒大剣から手を離した(・・・・・・・・・・)

 使用できない武器を放棄。身軽になった彼は体を大きく仰け反らせ、ティオナ達の攻撃を回避。

 

『ウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウンッッ‼︎』

 

 仰け反らした体を弾かれたように突き出し、剛力の双腕と牛角の頭突きを放つ。

 両腕の剛拳をティオナは大双刃で、ティオネは二本の湾短剣(ククリナイフ)。必殺の双角をベートはメタルブーツで迎え撃った。

 激突する。三人の第一級冒険者による迎撃。——なのに勢いが止まらない。

 

「えっ⁉︎」

「マジか!」

「嘘でしょ⁉︎」

 

 『隻眼のミノタウロス』は『力』だけならLv.7に匹敵する。だからと言ってLv.5三人がかりで押し切られる事実にベート達は驚愕を禁じえない。そして吹き飛ばされた。

 

『ヴゥンンンンンンンンッッ……!』

 

 追撃しようとする猛牛。それを阻むようにアイズは風剣を見舞う。

 猛牛は地面に刺さった黒大剣を蹴り上げ、掴むとフルパワーで薙ぐ。

 風撃と剛撃がぶつかり、互いに弾かれた。両者はすぐに立ち直り、激しい打ち合いを始める。そこへベート達も加わり、四人がかりで攻め立てた。

 黒大剣をベートが蹴り弾き、鉄拳をティオナが打ち返す。風剣が肉を抉り、湾短剣(ククリナイフ)が体皮を裂く。猛牛は血塗れになっていく。

 それでも止まらない。どれだけ傷つけようと猛牛は決して止まらない。その動きは全く衰えない。異常なまでの『耐久』補正が彼の体を傷だらけになろうとも十全に動かす。

 猛牛は文字通り、命懸けで暴れ続けた。

 

「……凄まじいな」

「ああ、前回見た時とは身体能力も戦闘技術もまるで別物だ。一ヶ月でこれほど急成長したモンスターは初めてだよ」

「それに頭も回るようだ。あれだけ動き回りながら、常に私達と猛牛の間にアイズ達がいるように位置取りをしている。間違いなく私の魔法を警戒しているな」

 

 後方からアイズ達の見守るリヴェリアが、激しい抵抗を見せる猛牛に驚愕し、フィンも同意する。

 【ロキ・ファミリア】最古参であるフィン達は冒険者として長年活動してきた。当然、『強化種』を何体も討伐したことがある。その中でも今回の『隻眼のミノタウロス』は別格だ。

 推定Lv.6相当の潜在能力(ポテンシャル)。第一級冒険者に匹敵する『技』と『駆け引き』。武器を使いこなし、防具を身につける知能の高さ。どれもいままで見てきたモンスターの中でも最上位(トップクラス)にして、ありえないほど『異常』だ。

 あれは‘計算できない’存在の一つだ。

 

 ——アイズ達を信じないわけではないけど、隙ができたら僕が仕留めよう。

 

 親指のうずきを感じなら、フィンは槍を握り直した。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 ——はは、わかってたことだけどジリ貧だよ、これ。

 

 元々アイズ一人でも手一杯だったのに、そこに三人も追加されれば攻撃を捌ききれるはずかない。かと言って一人づつ仕留めていこうにも一人に集中すれば他の三人に攻撃を邪魔されて決定打が与えられない。

 逆にこちらは全身に傷を負う。アドレナリンが過剰分泌でもされているのか、痛みはたいして感じていない。負けるのは確実だ。だからと言ってこの状況を打破できる名案を閃くほど僕の頭は良くない。

 

「うりゃああぁーっ‼︎」

 

 どうやら僕には考える余裕もないらしい。短髪のアマゾネスが巨大な双剣で振り回す。

 黒大剣で受け止め、押し返そうとするが彼女は渾身の力で踏ん張る。それでも僕の怪力には遠く及ばない。吹き飛ばすべく更に力を込めようとすると

 

「貰った!」

 

 二刀使いの長髪のアマゾネスが背後から迫る。二刀が振るわれアステリオスの背中に十字の傷を作る——がそれだけだ。彼は微塵も揺るがず、ギロッと彼女を睨む。

 

「!」

 

 ——そんな不意打ちでやられるほど弱くないよ!

 

 鍔迫り合う黒大剣に角度をつけ、大双刃を下に受け流す。大双刃は地面にめり込み、蹄で踏みつけて固定。ベートのやったことを彼は再現した。

 

「え……⁉︎」

『ヴゥンンンンンンンンッッ……!』

 

 短髪のアマゾネスを動けなくしたアステリオスは受け流した勢いを利用して背後に黒大剣を繰り出し、長髪のアマゾネスを狙う。

 だが、彼女も第一級冒険者。その程度は簡単に回避しようと——して黒大剣が止まる、そして握り締められた柄が鳩尾に直撃した。

 

「ごふぅっ⁉︎」

 

 予想外の攻撃。『駆け引き』で上をいかれた彼女は無防備な体に直撃を許す。長髪のアマゾネスは女性らしからぬ声を出した。そのまま吹き飛ばされそうになる彼女の足をアステリオスは掴んだ(・・・)

 

『ヴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ‼︎』

「なっ、待っ——」

「嘘、ティオネ——」

 

 驚愕する姉妹を無視し、アステリオスは長髪のアマゾネスを振り回した(・・・・・)。その先には短髪のアマゾネス、彼女の妹だ。

 まさかの人間武器(・・・・)。人間同士でありえない。まして知性なきモンスターが実行することもない。『知性を持つモンスター』だからこそ成せる非情な手段。その人間を力任せに見舞い、妹を吹き飛ばした。

 

「ぎぃ……!」

「が、ぁ……⁉︎」

 

 吹き飛ばれる妹と、衝撃に苦痛の声が漏れる姉。金属のような硬質な物体ではないとはいえ、高速で人体がぶつかり合えば損傷(ダメージ)は甚大だ。

 

「ティオナ、ティオネ!」

「この牛野郎!」

 

 仲間の名を叫ぶアイズと、怒りに燃えるベートが接近する。そうはさせまいとアイズにティオネを投擲。彼女は攻撃を中止し、彼女を受け止めた。

 その隙にアステリオスは空いた手で大双刃を掴み上げる。

 

 《ウルガ》。超硬金属(アダマンタイト)製の巨剣。その特性は超重量、超威力。誰も装備できない。したがらない。ゆえに専用装備(オーダーメイド)。

 だが、ティオナ以上の『力』を誇るアステリオスには何の問題もない。

 双剣装備(ダブル・ソード)。二本の大剣でベートに攻撃を仕掛けた。

 

「チィッ——得物を取られてんじゃねぇぞ、馬鹿アマゾネス!」

 

 ティオナに文句を言いながら迎撃するベート。しかし、黒大剣だけでも必殺だというのに大双刃まで繰り出されては防ぎきれない。その上、一撃でも当たれば致命傷は免れない。彼の顔に焦燥の色が浮かぶ。だが、そこにアステリオスに爆進する影。

 

「調子にのってんじゃねえぞッ、牛野郎ッッ‼︎」

 

 ティオネだ。アステリオスに投げ飛ばされ、完全にブチ切れた彼女は、受け止めてくれたアイズも置き去りに突っ込む。

 ベートと交戦するアステリオスに向かって左拳を振りかぶった。

 

『ヴゥオッ!』

 

 武器も持たずに向かってくるなど愚かと言わんばかりに大双刃を見舞う。しかし、追いついたアイズが細剣(デスペレート)で防ぐ。

 大双刃を潜り抜け、ティオネは己の拳をぶち当てた。

 

『⁉︎』

 

 極厚の腹筋に初めての直撃を許し、アステリオスの体が後方に揺らめく。

 が、負けじとアステリオスは盛り返し、両手の武器を繰り出す。すると横からまた襲撃。

 

「あたしの《ウルガ》を返せー!」

 

 吹き飛ばされたティオナも戦線復帰し、姉同様、徒手空拳で躍りかかる。

 これでまた四対一の攻防に戻る。アイズとベートが黒大剣と大双刃を受け流し、ティオナとティオネが怒涛の連撃をアステリオスに叩き込む。

 だが、やはり効果は薄い。馬鹿げた『耐久』補正と怪物特有の強靭性(タフネス)の前には第一級冒険者の殴打も決定打にはなりえない。それを彼は理解しているのだろう。先程と違い、アマゾネス姉妹の猛攻を無視して異常な打たれ強さで受け止めている。

 二人を意識から度外視した分、アイズとベートへの攻撃が増す。

 

「!」

 

 このままではいけない、と判断したアイズは勝負に出る。アステリオスの背後に回り込み、呪文(うた)を口ずさむ。

 

「【吹き荒れろ(テンペスト)】‼︎」

 

 剣身に大気流(エアリアル)を流し込み、暴走させる。より精神力(マインド)を注ぎ込むことで風を強化。アステリオスの『耐久』を、強靭性(タフネス)を、凌駕する一撃を生み出す。

 

『——ヴオオオッ!』

 

 危険を感じたアステリオスは振り向きざま、大双刃を繰り出す——が風が鳴る方が速い。神速の袈裟斬りが走った。

 アステリオスの左腕を——切断(・・)する。

 

『————』

 

 アステリオスの時が止まる。何が起きたのか理解できなかった。

 風を纏った剣閃によって、アステリオスの上腕が大双刃を持ったまま宙を舞い、地面に突き刺さった。

 

『————————————ッッ⁉︎』

 

 絶叫が打ち上がり、上腕の半分より下が消え失せたアステリオスの腕から血飛沫が迸った。

 

「いまだ、仕留めろ!」

「言われなくてもそうすんだよ、クソ狼!」

「《ウルガ》が返ってきた! ありがとうアイズ!」

 

 好機と見た第一級冒険者の総攻撃。片腕だけでは防ぎきれない。急いで『魔力』を燃焼させ、自己治癒力増幅に用いるが焼け石に水だ。止血はできても、失った腕を元通りにするほどの再生力はアステリオスにない。

 

 ——ダメだ! このままじゃ死んじゃう! 何か、何か手は⁉︎

 

 必死に思考を巡らせるが生き残れるとは思えない。元よりアイズ達がここに来た時点で、彼の命運は尽きていた。それでもアステリオスは最後まで諦めない。

 

 ——この体じゃ勝てない。逃げることもできない。諦める気はないけど、生き残れはしないよね。

 

 この状況から生き延びれると思うほど楽観的ではない。人間を何人も殺してきたんだ。今度は僕がそちら側になっただけ。覚悟はできてた。まだまだ生きたいけどそれは受け入れよう。ただ——死ぬ前に心残りがある。

 アステリオスは自身に猛攻を続ける冒険者達、その内の一人。アイズに視線を向ける。

 

 ——せめて彼女との決着をつけたい!

 

 一度目は逃亡した。二度目は見逃した。三度目は有耶無耶になった。何度も戦ったが、彼女との決着をついておらず、彼女に勝つことが僕の目標の一つだ。

 彼女と決着をつけたい。誰にも邪魔されず、一対一で戦いたい。でも、ただ戦うだけではダメだ。あの反則(まほう)に勝つにはそれに対抗する力が必要だ。

 誰にも邪魔されず、魔法を覆せる、——そんな『魔法(ちから)』が欲しい。

 何かがカチリッと嵌った気がした。何かが僕の中で発現したような感覚。気付けば僕は詠唱を口ずさんでいた。

 

『【迷エ——】』

「詠唱⁉︎」

 

 アイズ達が、そして傍観していたフィンとリヴェリアまでもが驚愕する。

 

『【彷徨エ——】』

「モンスターが⁉︎ 嘘でしょう⁉︎」

 

 凶暴な破壊衝動と本能のまま生きるモンスターが呪文を唱えることは絶対にありえない。『魔法』に伴う理性と叡智は人類の領分であり、決して怪物が立ち入れる領域ではないのだ。

 『隻眼のミノタウロス』が言葉を喋る知性があるとはいえ、所詮はモンスター。超えれないはずの領域に踏み入った詠唱行為に、ティオネが堪らず叫び散らす。

 

『【ソシテ死ネ——】』

「不味いぞ、止めろ!」

 

 ベートが吠えるがもう遅い。詠唱は完成し、『魔法』が発動する。

 

 

『【ケイオス・ラビュリントス】‼︎』

 

 

 瞬間、紅光領域がアステリオスを中心に拡散。アイズを除いた(・・・・・・・)全員が後方に弾き出された。

 

「これは……!」

「——『結界』だ」

 

 ベート達が自身のいるところまで弾かれ、アイズとの間にできた紅光の壁。フィンが目を見開き、最強の魔導士であるリヴェリアが一目で正体を看破した。

 『結界魔法』。アステリオスがアイズとの決闘をするために、用意した闘技場。誰も侵入できず、誰も脱出できない。出る方法はただ一つ、生き残ること。

 

『決着ヲ、ツケヨウ!』

 

 アイズに黒大剣を向け、アステリオスは叫ぶ。


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