ダンジョンにミノタウロスがいるのは間違っているだろうか   作:ザイグ

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第十九話:終幕と猛牛

 

 巨大花の頭部が迫る。隕石のごとき体当たりが小人(ヒューマン)を押し潰さんと繰り出された。

 

「うわあああああああああああああああああああッッ⁉︎」

 

 狙われたヒューマンが絶叫を上げ——恐ろしいほどの巨軀が激突した。

 膨大な粉塵を撒き散らし、大空洞に衝撃が走る。彼の生存は絶望的である。

 

「ゴルメスまで!」

「止まっている暇はありませんよ、ルルネ!」

 

 仲間がまた一人死んだことに愕然とするルルネに、アスフィが叱咤する。

 止まった彼女を逃すまいと、巨軀から幾多も伸びる蔦の触手が迫るが、なんとか回避する。

 

「どうする、アスフィ〜⁉︎」

「……【千の妖精(サウザンド・エルフ)】に『魔法』をブッ放してもらいたいところですが、この巨体相手では前衛壁役(ウォール)がいようが意味がありません。それに——」

 

 大人数で盾を並べようが、巨大花の蛇行の前では全てが轢き潰される。防ぐ防げないという次元の問題ではない。

 それにレフィーヤを見れば、彼女は気絶したベートを抱え、フェルヴィスに護衛されながら、防戦するのが手一杯だ。とても助力を頼める様子ではない。

 

「きゃあ⁉︎」

 

 そして事態は悪化する。重傷のファルガーを背負うヒューマンの少女(サポーター)がしなる触手に受け、吹き飛ばされた。それでも仲間(ファルガー)を離すまいと必死に彼を掴む。

 

「痛……!」

「……ネリー……俺を、置いて……いけ」

 

 自分を庇ってくれた少女にフィルガーが声をかける。足手まといがいては生き残れない。だから、俺を捨てていけと。

 

「何言ってるんですか! そんなことできません!」

「だが……このまま、では……俺も、お前も……助からない!」

「……っ」

「俺がいては、共倒れ、だ……だから、お前だけでも……」

「でも——」

 

 なおもいいすがろうとするネリーの頭上。幾多もの触手が襲いかかる。回避も間に合わず、防御する術もない。もうダメだと思ったとき——無数の火球が放たれ、触手を全て撃ち落とした。

 

「大丈夫ですか!」

「メリル、ありがとう!」

 

 小人族の少女(メリル)に助けられ、安堵した次の瞬間。

 地面から夥しい緑槍が撃ち出される。不意打ちの第二波。弧を描きながら冒険者を突き刺さんと殺到する。

 ネリーは咄嗟にファルガーをメリルのもとに投げ飛ばし、短剣型の『魔剣』を抜き、迎撃しようとするが——触手の方が早かった。

 

「————」

 

 彼女の腕、肩、足、腹、胸、ありとあらゆる箇所を触手が突き抜けた。誰が見ても致命傷。助かる見込みはない。ネリーの瞳から光がなくなり、魔剣が手から落ちる。

 

「ネリー……!」

 

 仲間が一人また一人と倒れていく中、アスフィは唇を噛み締めながら、切り抜ける手段を探す。

 だが、あんな巨体を倒す術などなく、頼みの綱のアイズは化け物二人に防戦一方。どれだけ考えてもいい案が浮かばない。もはやこれまでかと、心が絶望に染まろうとしたとき

 

「【万能者(ペルセウス)】!」

 

 自身の二つ名を呼ぶ声に、ハッと顔を上げる。見ればこちらに駆け寄るフィルヴィスがいた。

 レフィーヤの側を離れて大丈夫なのかと思えば、視界の端で、彼女を守る獣人とエルフの女性がいた。

  タバサとスィーシア、先程の戦闘で石の散弾を受けた彼女達は回復薬(ポーション)で回復して戦線復帰したようだ。だが、完治したとはいえず、その動きはぎこちない。

 

「【白巫女(マイナデス)】、何か策が⁉︎」

巨大花(やつ)の頭に()を開けられるか、そこから私が魔法(いかずち)を叩き込む!」

「——わかりました」

 

  フィルヴィスの狙いを察したアスフィは、即席の連携を仕掛けた。

  ネリーが落とした『魔剣(ナイフ)』を拾い上げる。そして再び、飛翔靴(タラリア)を起動。飛行能力を駆使して触手を掻い潜り、フィルヴィスが体皮を駆け上がる。

  二人は巨大花の頭上へ。アスフィは『魔剣』を構えた。

 

「はぁっ!」

 

 花頭部分に鋭い刺突を見舞い——次の瞬間、炎刃が大爆発を起こした。

  爆炸薬(バースト・オイル)は先のミノタウロス戦で使い果たした。ならば『魔剣』の最大火力で風穴を開けるしかない。

  特製マントで防御しながら、自爆覚悟の攻撃。巨大花の頭部に大穴を開けてみせた。

 

「あとは……頼みます!」

「任せろ!」

 

  爆風で吹き飛ばされるアスフィと入れ替わるようにフィルヴィスが駆け抜ける。

  広がった深い傷口に向かって、すぐさまフィルヴィスも飛び込んだ。

 

「【一掃せよ、破邪の聖杖(いかずち)】!」

 

  詠唱過程を一瞬で終わらせ、眼下の傷口——体内へ続く()短杖(ワイド)を突き刺す。

 

「【ディオ・テュルソス】‼︎」

 

  短杖(ワイド)から放出された雷が巨大花の体内へ叩き込まれた。

  不自然に何度も痙攣するモンスターの体皮の下がうっすらと発光し、冒険者達が刻んだ傷から電流がこぼれ落ちる。大量の精神力(マインド)が支払われた最大威力の暴雷が、モンスターの巨軀から『核』の在りどころを探し回った。

  巨大花の動きが停止したのは間も無くだった。体内の『魔石』が雷撃に焼きつくされ、断末魔を発さないまま、大長軀が膨大な灰へと果てる。

  文字通り崩れ落ちた巨大花のモンスターに、【ヘルメス・ファミリア】から歓声の声が上がった。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

  ——巨大花(ヴィスクム)がやられた⁉︎

 

  灰となった巨大花に僕は驚愕する。

  巨大花は重鈍で戦闘能力は第一級冒険者には劣るが、その規格外の巨体と大きさゆえの耐久力は尋常ではない。肉弾戦主体であれば第一級冒険者でも討伐困難な超大型モンスターだ。

  それが大半がLv.3の冒険者に負けるとは予想してなかった。

 

「——はッ」

『⁉︎』

 

  巨大花が倒された事実に一瞬止まった隙をアイズは見逃さない。首を断とうと風剣を見舞う。

  しかし、それは割り込んできた紅の大剣に阻まれた。

 

「油断するな、馬鹿が」

『……ゴメン』

「有象無象など私達で幾らでも始末できる。いまは『アリア』に専念しろ」

 

  レヴィスの言葉に頷き、黒大剣を構える。

  レヴィスの言う通り、巨大花は巨体過ぎるのを除けば潜在能力(ポテンシャル)は大したことない。頑張って一匹のモンスターを倒したところで事態は好転しない。

  僕とレヴィスに対抗できるのはアイズだけ。だから、アイズが倒れたら冒険者達は詰みだ。

  彼女さえ倒せばこちらの勝ちだ!

 

『ヴォオッ!』

「っっ!」

 

  剛閃と鉄拳の嵐。一撃でも直撃すれば風鎧(エアリアル)を貫通して命を奪う連撃にアイズを苦悶の表情になる。そこにレヴィスも紅の大剣と拳打を繰り出す。彼女の体に徐々に傷が増え始めた。

  レヴィスの大剣を防御し、打ち合ったかと思えばすかさずアステリオスの横槍が入った。途切れることのない二人の猛攻は決してアイズを逃がそうとしない。アイズがレヴィスの攻撃を防御すれば、アステリオスが攻撃する。アステリオスの攻撃を防御すれば、レヴィスが攻撃する。

  互いの攻撃を囮にして、アイズを仕留めにかかる。

 

  ——よし、このまま攻めれば勝てる!

 

  止まない猛攻に常に神経を研ぎ澄まさなければならず精神を磨耗させ、二人分の攻撃に対応し増えていく傷に体力を消耗させる。アイズの精神と体力と限界に近づき、動きも洗練さを失っていく。

  弱ったアイズを好機と見たアステリオスとレヴィスは同時に動いた(・・・・・・)

  左右から挟撃してきた敵に、アイズは風の力を借りて大跳躍。上空へ逃れた。

 

「『ッッ‼︎」』

 

  敵を見失った黒大剣と紅の大剣が真っ向からぶつかる。上空へ逃げたアイズを一瞥し、示し合わせたようにアステリオスとレヴィスは目を合わせた。それだけで互いの狙いを察した彼らは行動に移る。

  レヴィスは軽く跳ね、地面から足を離す。片手で紅の大剣の柄を握り、反対の手を剣身の峰に添えて大剣を固定する。

  それに合わせるようにアステリオスが筋肉を隆起させ、黒大剣をフルパワーで振り抜いた!

  結果、黒大剣とぶつかっていた紅の大剣もろともレヴィスは上空へ投げ出され、アイズを狙う砲弾と化した。

 

「——っ⁉︎」

「墜ちろ」

 

  超速で飛来したレヴィスは、紅の大剣を薙ぐ。迫る斬閃にアイズは風を推進力に体を無理矢理方向転換して回避した。空振りに終わらせたアイズは、空中で回避ができないレヴィスに反撃の一閃を繰り出そうとするが——彼女を大きな影が覆う。

 

「えっ——」

 

  反射的に振り向いたアイズが目にしたのは、黒大剣を振りかぶるアステリオスの姿が。

 アステリオスは読んでいた、アイズなら回避すると。レヴィスを投げた直後、Lv.6の剛脚で自身も大跳躍をして追撃したのだ。

 

『ヴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ‼︎』

 

 渾身の振り下ろし。豪速で迫るそれを不可避と悟ったアイズはなんとか愛剣(デスペレート)を自身と黒大剣の間に割り込ませ、最大出力の風鎧(エアリアル)を纏う。アステリオスの全力攻撃(・・・・)に、アイズは全力防御(・・・・)で対抗する。

 黒大剣と《デスペレート》がぶつかり——轟音とともにアイズが叩き落とされた。

 

「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っっ⁉︎」

 

 両腕が折れるかと思う衝撃と耐えることもできない重撃にアイズは、急激に落下。地面に激突しても勢いは止まらず、背中で地面を削っていく。そして大主柱にあと少しでぶつかるという位置で止まった。

 

 ——終わりだ‼︎

 

 僕は倒れ伏したアイズを仕留めるべく、鉄拳を振りかぶった。

 重量級の落下と重力による加速。それらが加算された拳砲は第一級冒険者(アイズ)といえど即死は間違いない。

 

「っ——待て、アステリオス!」

『……エ?』

 

 レヴィスが突然の中止するように叫ぶ。しかし、もともと自由落下に身を任せていたため、僕も攻撃を止めることができなかった。

 迫る脅威(ぼく)に、アイズは残り少ない精神力(マインド)を振り絞り、突風(エアリアル)で自らの体を弾き飛ばす。多少の痛みを伴おうと、あれを喰らうよりはマシと彼女は蹴撃の回避に成功する。

 僕の拳はそのまま地面に激突。地面を大きく抉り、幾筋もの亀裂が広がる。その衝撃は地面に留まらず、手前の石英(クオーツ)の大主柱全体に駆け巡った。

 たちまち竜の爪痕のような巨大な亀裂が生じ、罅が天辺まで上ったかと思うと、次には甲高い破砕音が響いた。磨耗していた大主柱はとうとう倒壊してしまう。

 そして、連動するかのように食料庫(パントリー)の天井が崩れ始めた。

 

『コレ、ハ……!』

大主柱(あれ)食料庫(パントリー)中枢(きも)だ。壊せば食料庫(パントリー)は崩壊する」

 

 状況を把握できない僕に、レヴィスが何をしてしまったのか教えてくれた。……滅茶苦茶ヤバイことしちゃった⁉︎

 もう戦闘は不可能。この崩壊の早さではアイズを倒すよりも生き埋めになる方が早い。逃げるしかない。せっかくのアイズを倒す好機を僕が潰してしまった。

 

「こうなっては仕方ない。——『アリア』、59階層へ行け」

 

 レヴィスがアイズに声を投げかける。てか、59階層? 僕が潜った一番深い階層は26階層だが、倍以上も深い階層があるのか、このダンジョン⁉︎ どれだけ深いの?

 

「ちょうど面白いことになっている。お前の知りたいものがわかるぞ」

「……どういう、意味ですか?」

「薄々感づいているだろう? お前の話が本当だとしても、体に流れる血が教えている筈だ」

「……」

「お前自ら行けば、手間も省ける」

 

 僕がダンジョンの深さに驚愕している間にも、レヴィスとアイズの会話は続く。何かすごく重要そうなことを言っているけど……正直、全然理解できない。

 一人置いてけぼりを喰らっていると、レヴィスと睨みあっていったアイズは、仲間の呼ぶ声に出口へと走っていった。……それより、これ僕達も逃げないとヤバくない?

 

「来い、冒険者(やつら)の知らない抜け道がある」

『ア、出口別二、アルンダ』

 

 レヴィスに先導され、崩壊する迷宮から僕達は姿を消した。

 この日、24階層の食料庫(パントリー)は崩壊した。

 

 【ロキ・ファミリア】重傷一名。軽傷二名。生還三名。

 【ディオニュソス・ファミリア】。生還一名。

 【ヘルメス・ファミリア】。死者九名。重傷四名。生還六名。

 24階層食料庫攻略(パントリーアタック)パーティ、総勢十九名。その大半が死亡及び重傷という深い爪痕を残す結果に終わった。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

『レヴィス、ゴメン……』

「……お前に助けられのも事実だ。それで水に流そう」

『コレカラ、ドウスル?』

「私は傷を癒す。しばらくは動く気はない。お前は?」

『強クナル。ダカラ、モンスターヲ狩ル』

「そうか。ならば共闘はここまでだ。何処へでも好きに行け」

『ウン。マタネ』

 

 

 

「…………『またね』か。再会の約束などしたことがなかったし、する相手もいなかったな」

 

 アステリオスの姿が見えなくなった後、レヴィスは一人呟いた。




『隻眼のミノタウロス』
名前:アステリオス
推定Lv.6相当
到達階層:26階層
装備
【ウダイオスの黒剣】
・アイズの身の丈より長大な剣。
・第一級武装にも劣らない階層主の『ドロップアイテム』。
・彼は未加工のまま使用している。
・連戦により磨耗気味。
【ヴィオラス・クロス】
・レヴィス作。大型の戦闘衣(バトル・クロス)。
・第一級冒険者の打撃を防ぐ高い防御力がある。
・【ウンディーネ・クロス】を編み込んだことで弱点である炎属性を克服している。
・材料にドロップアイテム『ヴィオラスの花弁』を使用。
・彼の体格に合わせているので動きやすい。形状(デザイン)はレヴィスの好み。
・ようやく手に入れた彼の実力に見合った防具。
・連戦により大半を損失している。

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